JRRCマガジンNo.170 知の資産の保存と活用(その1)

川瀬真

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JRRCマガジン No.170             2019/6/27
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本日のJRRCマガジンは、川瀬先生の「知の資産の保存と活用(そ
の1)」です。柔軟な権利制限規定の三層、図書館の果たす役割、
Google Books訴訟や電子図書館構想など本日のメルマガも盛りだ
くさんの内容です。どうぞ最後までお楽しみください。

◆◇◆川瀬先生の著作権よもやま話 ━━━━━━━━━━━━
第34回 「知の資産の保存と活用(その1)」
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1 はじめに
 2018(平成30)年の著作権法改正の重要事項の1つとして、柔軟
な権利制限規定の導入が行われました。そこでは、文化審議会著
作権分科会報告で提言された権利制限の形態を下記の3つの層に分
け、特に第一層と第二層については、既設の権利制限規定がどの
層に該当するかにより整理・統合し、各層に該当する条文の規定
方法に工夫をしました。

第一層 著作物の本来的利用には該当せず、権利者の利益を通常
害さないと評価できる行為類型
第二層 著作物の本来的利用には該当せず、権利者に及び得る不
利益が軽微な行為類型
第三層 公益的政策実現のために著作物の利用の促進が期待され
る行為類型

例えば、第一層に該当する「著作物に表現された思想又は感情の
享受を目的としない利用」(30条の4)の2号に定める「情報解析
の用に供する場合」ですと、世の中の大量の著作物をアーカイブ
化(複製)したうえで、そこから要素となる情報を抽出し、それ
らの解析を行い、新たな知見を得る行為が権利制限の対象になり
ます。すなわち、著作物をアーカイブ化(複製)しますが、それ
は情報解析の材料としての利用であって、解析から得られる知見
は全く別の情報ということになります。
今回のテーマである「知の資産の保存と活用」については、上記
の第三層に該当する行為です。すなわち、文献等の著作物をアー
カイブ化(複製)し、アーカイブ化した著作物の全部又は一部を
他人に提供(公衆送信、複製等)するための権利制限と理解して
いただくとわかりやすいと思います。

2 図書館の果たす役割と著作権法31条
 知の資産の保存と活用に重要な役割を果たしているのは図書館
です。図書館は長く文献等の現物の保存・活用に重要な役割を果
たしてきましたが、複写機器等の複製機器が普及すると現物を複
製し保存することや複製物により利用者に提供することが可能と
なってきました。
 そのため、1970(昭和45)年の現行著作権法制定の際には、権
利制限規定(31条)を新たに設け、図書館における文献等の複製
物による提供や保存を一定の条件で認めることとしました。
 まず、複製物による利用者への提供ですが、国立国会図書館や
公共図書館、大学、博物館・美術館、研究所等の一定の条件を満
たした図書館においては、利用者の求めに応じ、利用者の調査・
研究のために、図書館資料の一部分(発行後相当期間を経過した
定期刊行物の場合は、個々の記事の全部)を一人につき一部提供
することができます(31条1項1号)。これがいわゆる図書館のコ
ピーサービスを認めた規定です。
また、法令で定められた図書館間において、絶版等の理由で一般
に入手できない図書館資料を複製し提供することもできます(同
条同項3号)。
次に、図書館資料の保存ですが、「保存のために必要がある場合」
は、図書館資料を複製し、当該図書館資料を保存した上で、当該
複製物を活用することができます(同条同項2号)。ただし、保
存の必要性の程度は、厳格に解釈されており、長い間図書館資料
を使用して資料の傷みが激しくなった場合や、所蔵する貴重な稀
覯本の損傷等を防止する等の場合にはじめて保存の必要性が生じ
ると解されています。

3 Google Books 訴訟の衝撃
 Googleは、米国の大学図書館等から提供を受けた所蔵文献のア
ーカイブ化を行い、利用者の求めに応じ、該当文献の書誌事項、
著作物のごく一部分の提供(スニペット表示)等を行う文献検索
サービスを2004年ごろから開始したところ、2005年に全米作家協
会等から著作権侵害の訴訟を提起されました。
 Googleは、これに対し米国著作権法107条に基づくFair Useの
抗弁を行い、Googleの事業は適法であると主張しました。
 この訴訟は、2008年に和解案が提示されました。しかし、訴訟
を提起した全米作家協会等は権利者を代表してGoogleを訴えたと
いう米国特有の集団訴訟の形式をとっていたため、権利者が和解
拒否の意思表示をしないと自動的に和解したことになるため(オ
プトアウト方式)、わが国のみならず、欧州等の権利者に大きな
動揺が起こりました。わが国にも、ネットや新聞に和解案の内容
について広告が出され、全米作家協会等の関係者が来日し権利者
側に説明が行われましたが、多くの関係者は納得せず、米国の裁
判所に反対意見を提出したり、わが国政府にその対策を要望しま
した。わが国では、米国政府に和解案に関する懸念を表明するこ
とにとどめましたが、欧州のドイツ及びフランスについては、政
府が米国の裁判所に反対意見を伝えるという事態になりました。
また、米政府内でも和解案はGoogleの独占を助長し反トラスト法
違反になるおそれがあるとの意見や、米国著作権局がオプトアウ
ト方式に疑問を呈するなど、和解案の承認に懸念を表明する意見
が出されました。
 その後、この和解案は、対象の文献を英語で書かれたものに限
定するなどの修正が行われたものの、結局裁判所は和解案を承認
せず(2010年)、訴訟は継続されることになりました。この訴訟
は、2013年に地裁判決、2015年に高裁判決が出され、いずれも
GoogleのFair Useの抗弁が認められ、権利者側の敗訴になりました。
なお、権利者側はこの判決を不服として上告しましたが2016年に
上告不受理の決定が行われ、2015年の高裁判決が確定しています。
 このGoogle Books 訴訟ですが、和解案が承認されなかったこと、
また、2018(平成30)年の著作権法改正により、同様の行為がわ
が国でも権利制限の対象になったことから、現在においてわが国
への影響は少ないのですが、当時は、わが国に大きな危機感を与
えたといっても過言ではありません。
 その理由ですが、まずGoogle Booksサービスでは、米国の大学
図書館等で所蔵されている日本語で書かれた文献も多数アーカイ
ブ化されており、わが国の大学の一部でも条件付きながら日本語
文献を提供している実態があったこと、後述する2009(平成21)
年の著作権法改正までは、図書館の所蔵資料のアーカイブ化は、
保存の必要性がある場合に限られており、しかもその規定は厳格
に解釈されていたこと等から、日本の文献が米国の一企業により
無条件で大量にアーカイブ化され、書誌情報等の提供が当該一企
業により独占されるのではないかということです。
 また、和解案には、Google の経費で権利処理機関が設立され、
市販されていない一定の文献等については、有償で利用者に文献
の全文又は一部が提供されることが盛り込まれていたところから、
米国では権利者の許諾権が事実上報酬請求権に弱められ、文献の
内容が知りたければ、Google Booksサービス を使えばいいという
ことになる可能性があったことです。もちろん、権利者が和解案
に参加しなければ、無断で複製物が提供されないことになるので
すが、わが国では和解案を拒否しなければ和解したことになると
いうオプトアウト方式にはなじみがなく、権利者側は混乱したと
ころです。
 このように、わが国の知の資産のネットによる利活用が外資系
の一企業の手に委ねられれば、例えば、配信者の恣意的な運用に
より誰かに都合の悪い情報の配信が制限されるのではないか(い
わゆる、配信者による「検閲」への危惧)と指摘する声が大きく
なってきました。

4 電子図書館に関する長尾構想
 2008年頃から主張されていた当時国立国会図書館長であった長
尾真氏の私的な構想です。長尾氏は、納本制度により、書籍や雑
誌等が国立国会図書館の納本されている実態を踏まえ、国立国会
図書館が納本された書籍等をアーカイブ化し、それを利用者や公
共図書館、大学図書館等に無償で提供するとともに、別途設立さ
れた「電子出版物流通センター」(仮称)を通して、権利者に使
用料を支払って、利用者に提供するという考えを提唱されました。
 この構想は、Google Books 訴訟の影響もあり、わが国で大いに
注目されましたが、その中でもわが国の知の資産のアーカイブ化
とその情報の提供を担う中心は国立国会図書館であることを強く
印象付けました。

 次回は、2009年の著作権法や国立国会図書館法の改正による、
国立国会図書館をわが国の知の資産の集積拠点とする制度改正の
内容やGoogle Books 訴訟の和解案に対する政府のその後の対応
策について説明します。

(参考文献)Google Books裁判資料の分析とその評価(松田正行
編著、増田雅史著 商事法務 2016年)
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