JRRCマガジンNo.308 最新著作権裁判例解説5

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JRRCマガジン No.308    2023/2/16
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。

立春を過ぎ、本格的な春の訪れが待たれる頃となりました。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。

さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。

濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/

◆◇◆━濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
【1】最新著作権裁判例解説(その5)
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               横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未

  第5回の今回は、最近出たての東京地判令和5年1月20日(令和3年(ワ)第13720号)〔漫画出版権事件〕を取り上げます。

<事件の概要>
 本件は、Bの作成した別紙原告漫画目録記載の漫画(以下「原告漫画」という。)に係る出版権を有する原告(書籍、雑誌等の企画・出版及び販売等を業とする会社)が、被告(「C」という同人サークルに所属し、「A」というペンネームで二次創作同人誌を発行及び販売している)に対し、被告の作成した別紙被告漫画目録記載の漫画(「被告漫画」)の表紙(「被告表紙」)及び中表紙(「被告中表紙」。被告表紙と併せて「被告表紙等」)は原告漫画の表紙(「原告表紙」)を複製したものであり、原告漫画に係る原告の出版権を侵害すると主張して、民法709条に基づき、65万円(著作権法114条2項に基づく損害額45万円及び弁護士費用相当額20万円)及びこれに対する被告漫画の発行日である令和2年1月20日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前のもの)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、著作権法112条1項に基づき、被告漫画の複製の差止めを求める事案です。

<判旨>
 原告敗訴(原告の請求はすべて棄却)。
(1) 前記前提事実・・・のとおり、原告は、Bとの間で、本件出版契約を締結し、原告漫画について、紙媒体出版物(オンデマンド出版を含む。)として複製し、頒布することなどを内容とする「出版権」の設定を受けることを合意したところ・・・上記出版権は、著作物を「原作のまま…複製する権利」であることからすると、出版権の目的である著作物を有形的に再製する行為には及ぶが、上記著作物のうち創作的表現とは認められない部分と同一性のあるものを作成する行為には及ばないし、翻案、すなわち、上記著作物の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が上記著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第1小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)にも及ばないと解される。
(2) 証拠・・・によれば、被告が作成した被告表紙等は、少なくとも以下の部分において、原告表紙と相違すると認められる(以下、これらの相違部分を「本件相違部分」という。)。
ア~カ(略)
(3) 前記前提事実・・・によれば、二次創作同人誌を発行していた被告は、自らの知識や経験に基づき、被告漫画のストーリーや登場人物の設定等を念頭に置きつつ、被告漫画の表紙及び中表紙としてふさわしいものとなるように考えながら、原告表紙との本件相違部分を含む被告表紙等を作成したということができる。そして、本件相違部分は、人物の髪型、目及び衣服といった当該人物の外見を特徴付ける部分に関する表現であり、別紙対比表からも明らかなとおり、被告表紙等における被告人物1及び2の外見の描写のうち本件相違部分が占める割合は小さくない。さらに、本件相違部分に係る表現がありふれたものであることを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件相違部分には、被告の思想又は感情を創作的に表現した部分が含まれると認めるのが相当である。
 そうすると、原告表紙と被告表紙等との共通部分に創作的表現が認められない場合には、被告表紙等は、原告表紙のうち創作的表現とは認められない部分と同一性があるにすぎず、被告は、創作的表現を含む本件相違部分を備えた、原告表紙とは別の新たな著作物である被告表紙等を創作したといえる。また、上記共通部分に創作的表現が認められる場合には、被告は、新たに創作的表現を含む本件相違部分を加えることにより、原告表紙の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物である被告表紙等を創作したものであるから、原告表紙を翻案したものといえる。
 以上によれば、被告表紙等は、いずれにしても、原告表紙を「原作のまま…複製」(著作権法80条1項1号)したものとは認められないから、被告が被告表紙等を作成したことにより原告漫画に係る原告の出版権が侵害されたとは認められない。

<解説>
 著作権関係の訴訟では、侵害事件の場合、著作権や著作者人格権に係る侵害訴訟が多くなっていますが、本件は出版権侵害に係るやや珍しい訴訟となっています。

 今回の裁判例に入る前に、出版権制度の基本について少し確認・整理をしておきます。
 著作権法の中にはその題名からは直接的に連想しきれない権利(例えば、著作隣接権)が含まれており、今回取り上げる出版権もその一つです。出版権自体は旧著作権法(明治32年法律第39号)の時代から規定されていたものであり(注1)、出版権の内容については、本件の判決文でも触れられているように、当事者間での設定行為で定めるところによって出版権者は出版権の目的である著作物について、頒布目的で原作のままで印刷その他の機械的・化学的方法により文書・図画として複製したり公衆送信(注2)したりする権利を専有する旨が規定されています(著作権法第80条第1項)。
 ここでのポイントは出版権者がその法定された権利を「専有」していると規定されている点です。この「専有」の文字は著作権者の持つ複製権等の各支分権(第21条以下)でも用いられている文言であり、複製権についていえば、「著作者だけが著作物についての排他的な支配権を有し、著作者だけが著作物の複製についての利益にあずかるという趣旨で、物権的な性質を有する権利であることを示して」(注3)いる、ということです。このことは、一つには知的財産法の特徴である差止請求権に現れており、著作権法で規定される差止請求権者には、著作者等と並んで出版権者も対象とされているところです(著作権法第112条第1項)。
 即ち、著作物を複製物等により出版する場合の著作者と出版社との出版契約形態については、多様なものがありうるところ、これを大別すれば、通常の債権的な利用許諾である出版許諾契約と、出版に係る物権的な権利を付与する出版権設定契約との2種類が存在しており、前述の出版権は後者に係るものになっています(注4)。
 このような出版権は産業財産権法でいえば、例えば特許法における「専用実施権」に相当する相対的に強い権利(特許法第77条各項)であるわけですが、例えば著作権者の専有する複製権との競合関係については、「複製権者が出版権を設定することの法律上の趣旨からすれば、複製権者が出版権の内容となる利用行為を行ったり、出版権の内容となる利用を第三者に許諾したりすることは出版権の排他性と正面から衝突しますので、その複製権の行使は出版権と衝突する限りにおいて不可能」(注5)であるという理解になります。その分、出版権に関しては著作権法上の権利義務が種々規定されているところであり、例えば、出版権者による継続的な出版義務(第81条)や著作物に対する著作者の修正増減(第82条)、複製権等保有者による出版権の消滅請求(第84条)などの規定が整備されています。

 さて、ここからが本題ですが、今回の判決では、被告表紙等が原告表紙を「原作のまま・・・複製」したものと言えるのかどうかが最大の争点です。判旨の最後にある通り、出版権の内容を規定した著作権法第80条第1項の条文は正確には次のように規定されているためです。
(出版権の内容)
第八十条 出版権者は、設定行為で定めるところにより、その出版権の目的である著作物につい
 て、次に掲げる権利の全部又は一部を専有する。
一 頒布の目的をもつて、原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画
 として複製する権利(原作のまま前条第一項に規定する方式により記録媒体に記録された電
 磁的記録として複製する権利を含む。)
二 原作のまま前条第一項に規定する方式により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて公衆送信を行う権利

 この各号に規定されている「原作のまま」とはどういう状態を指すのでしょうか。普通に考えれば一字一句違わぬ状態を意味することになりますが、それ以外にはあり得ないのかどうかが問題となります。
 この点については見解が分かれており、著作権法案起草者は「一字一句たりとも修正しないでということではなくて、原著作物として、つまり、原作の複製権として機能する形態においてという意味でありまして、言葉を換えて言えば、翻訳して出版するとかあるいは翻案して出版するという二次的形態において複製する権利を含まない趣旨であ」(注6)るとしており、これは複製権でカバーされる範囲と一致する見解です。これに対し、別の見解(注7)では、この複製権一致説について「そうだとすると,「原作のまま」との文言は,原作の二次的著作物の複製に対しては禁止権を行使できないということを示した文言ということになる。
しかし,それはそれで「原作のまま」という言葉をあえて用いた趣旨に反するように見える」と批判した上で「誤字・脱字・仮名遣い等を補正したにとどまるものを除き,当該著作物の内容を変更したものは「原作のまま」複製したものとはいえないというべきであろう」として、誤字脱字等補正限定説を主張しています。
 従来の裁判例では、複製権一致説を採用したと思われる些か古い例(注8)がある一方で、その後は誤字脱字等補正限定説を採用したもの(注9)が見られます。
 この点、今回の判決の説示からすると、一見、複製権一致説を採用したように思えるところですが、判旨は「原作のまま」の区切りでなく、「原作のまま・・・複製する権利」のかたまりで取り上げているところは要注意です。
 今回の事案では、原告表紙と被告表紙等とではありふれたものでない相違点の表現が相当程度存在しており、被告表紙等は原告表紙とは別の著作物を創作したか或いはこれを翻案したかのいずれかであることから、結局のところ出版権の内容を構成する「原作のまま」複製したものには当たらず、原告の出版権を侵害するものではない、とされていますので、判旨の関係部分のうち「上記出版権は、著作物を「原作のまま…複製する権利」であることからすると、
出版権の目的である著作物を有形的に再製する行為には及ぶが」の部分については、その後に続く「上記著作物のうち創作的表現とは認められない部分と同一性のあるものを作成する行為には及ばないし、翻案、すなわち、上記著作物の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が上記著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第1小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)にも及ばないと解される」を導出するためのインデックスに止まると読むことも否定しきれないと思われます。
 このように、本判決では「原作のまま」の判断基準について、素直に見ると複製権一致説を採用しているかのように見えるものの、いずれの説を採用しているのかは厳密には明らかではないと思われます。
 その上で、私見では、「原作のまま」と複製との関係性を考慮すると、複製権一致説では「原作のまま」の用語が重ね言葉として用をなさなくなってしまいますし、また新たな表現上の創作性が加わらない範囲での変更は全て出版権の範囲内だとするのは当該権利の有する準物権性の点に鑑みて広きに失するように思われますので、誤字脱字等補正限定説が妥当と考えます。なお、今回の判決における結論については(原告表紙と被告表紙等の現物が見られないのですが、)認定事実を前提とする限りで妥当でしょう。今回は以上です。

(注1)旧著作権法の昭和9年改正時に「第二章 出版権」として、第28条の2~第2条の11までが整備された。
(注2)従前の出版権は紙媒体での出版行為についてのみ規定されていたが、電子書籍の普及に対応すべく、平成26年の著作権法一部改正において、公衆送信についても出版権の内容に含められる等の規定整備が図られた。
(注3)加戸守行『著作権法逐条講義(七訂新版)』189頁。
(注4)横山久芳「出版契約の種類」上野達弘=西口元編『出版をめぐる法的課題 その理論と実務』34頁以下。出版契約を締結する際に、出版許諾契約とするのか、出版権設定契約とするのかについては当事者間の合意による。
(注5)前掲注3・加戸584頁。
(注6)前掲注3・加戸591頁。
(注7)小倉秀夫=金井重彦編『著作権法コンメンタール改訂版Ⅱ』663頁[小倉秀夫]。
(注8)東京地判平成10年7月17日(平成6年(ワ)第9490号)では、米国人医師による原著を翻訳した原告等書籍と類似する記述内容の被告書籍が当該原告等書籍に係る複製権や出版権を侵害するかどうかにつき、「被告書籍によって複製権が侵害される場合には、同時に出版権も侵害されるものと認められる」と述べている。
(注9)大阪地判平成19年6月12日(平成17年(ワ)第2317号)では、被告会社が旧ハイブリッド用紙等の被告用紙を発行するなどしたことにつき原告会社が本件用紙に対する原告の著作権・出版権を侵害すると主張した事件において、「「原作のまま」複製したものとは,出版権の対象である著作物をそのまま再現したものをいい,したがって,誤字・脱字・仮名遣い等を補正したにとどまるものを除き,当該著作物の内容を変更したものは「原作のまま」複製したとはいえないものと解するのが相当」と述べている。

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