JRRCマガジンNo.307 ドイツ著作権法 思想と方法5 フェアネス条項

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JRRCマガジン  No.307 2023/2/9
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お詫びと訂正 
初出時「相当報酬の原則を規定する32条の規定は」の段落の文章の末尾が、法改正により条文番号が変更されていました。
 誤:「(79条2項2文)」
 正:「(79条2a項)」
以上訂正させていただきます。

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◆今回の内容
【1】三浦先生のドイツ著作権法 思想と方法5
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皆さま、こんにちは。

この時期はバレンタインのときめきを懐かしく思い出します。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。

さて、本日は三浦先生のドイツ著作権法 思想と方法の続きです。
三浦先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/miura/

◆◇◆━三浦先生のドイツ著作権法 思想と方法5━━
【1】フェアネス条項
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  国士舘大学法学部 教授 三浦 正広

 「契約は守られなければならない(Pacta sunt servanda)」というローマ法の格言が意味するように、契約は法的拘束力を伴なうものであり、当事者は自由意思で合意した内容を履行する義務を負う。しかしながら、そのような契約条項も決して金科玉条ということではなく、契約をめぐる状況が大きく変化した場合にはその内容が変更されることもありうる。このような考え方は、民法理論では事情変更の原則と呼ばれる。ドイツでは、契約締結時の事情がその後大きく変化し、当事者がそれを予見できなかったために、契約どおりに履行すると、著しく公平性に反する結果を招き、信義則にもとるとする判例法上の理論が、消費者契約における消費者保護の強化の一環として、2002年の債務法改正に際して明文の規定として導入された(ドイツ民法313条)。これは、e-commerce 対応のEU指令などとともに、契約法の現代化の流れのなかで把握することができる。

 ドイツ著作権法におけるフェアネス条項(Fairness-Paragraf)とは、著作者自身の経済的必要性や未経験のために、わずかな報酬で利用権を移転したが、その後、著作物の利用により予期せぬ大きな利益が生じた場合のように、契約当事者間に著しい利益格差が生じた場合に、契約的弱者として位置づけられる著作者への相当報酬の分配を保障する規定である。著作物の利用により、利用者側に想定外の利益が得られたような場合には、契約に取決めがない場合でも、事後において相当額を著作者に分配できるようにすることを定めている(著作権法32a条)。これは、利用者が得た利益と、それに対する著作者の寄与との間の公平性を調整するという意味を有する。この規定は2002年の著作者契約法の制定により設けられた規定である。このような相当報酬の理論は、将来のデジタル・ネットワーク時代に対応するための、ドイツ著作権法の基本思想であり、新機軸である。かつてはベストセラー条項(Bestseller-Paragraf)と呼ばれていた(旧36条)。

 この場合の契約は、著作者と利用権の移転または利用許諾を受ける利用者との間で締結される著作権契約であり、この規定は、ドイツ法では著作権一元論のもとで著作者を保護するための規定であると位置づけられる(著作者契約法)。日本の著作権法にはこのような規定は存在しないが、二元論のもとでは著作権者ではなく、創作者である著作者を保護する趣旨の規定であると解することができる。

 契約は、契約の自由および信義誠実の原則のもと、当事者間の信頼関係に基づいて成り立つものである。民法上の契約でも、不動産賃貸借契約のような時間的な継続性を必要とする契約においては、当事者の信頼関係が重視される。著作者の人格が反映されている著作物を対象とする著作権契約においては、なおさらより強固な信頼関係が必要とされる。また、著作権契約は、出版契約がそうであるように、単に著作者と出版者という両者間の契約にとどまらず、言論・出版・表現の自由あるいは芸術の自由、文化の発展に多大な影響を与えるものであることを踏まえると、その社会的な役割が考慮されなければならず、著作権契約においては、まさに当事者間のWin-Winの関係が求められる。

 たとえば印税契約のように、著作物の販売部数に比例して報酬も増えるような契約であれば、利用者の収益に応じて著作者の報酬が確保されることとなり、相当の報酬が保障されることになるが、買取契約のように、著作者に対する報酬が、著作物の販売部数とは関係なく定められている場合には、売上げしだいでは利用者が一方的に大きな利益を得る可能性がでてくる。
 本来、著作権契約における報酬は、契約自由の原則のもと、当事者間の合意により定められるものであり、契約の成立や効力に影響を与えるものではない。著作権契約の特徴として、著作物が商業目的で利用される場合に、利用者は相当の利益が得られることを想定して著作物を利用するわけであるが、どれほどの利益が得られるかは、契約締結の時点では知りようがない。出版契約などは、出版者が自己の計算において行なう契約であり、たとえ利益が上がらなくてもその責めは出版者自らが負うこととなる。他方、契約が履行された結果、事後になって利用者が想定していた以上の利益が得られることもありうる。そのような場合でも、当初の契約条項において、著作者への利益還元に関する取り決めがない場合、その利益は一方的に利用者の利益となり、著作者の利益との関係において不均衡を生じさせる。
 このような傾向は、インターネットによる著作物の利用需要の拡大により顕著となっている。著作物の利用が加速したデジタル・ネットワーク時代においては、著作者の権利を保護する方法自体を変革する必要に迫られた。ドイツでは、著作者の権利の内容を拡大し、著作物の利用段階において著作者の経済的利益を確保することを可能にする方法がとられることとなる。著作者の契約上の地位を強化し、著作者を契約的弱者と位置づけ、利用者である企業等との関係において契約の自由を制限して、著作者を保護しようとするしくみである。
 著作者の権利は、単に「著作物とその利用に関する精神的および人格的結びつきを保護する権利」であると規定されていたが(旧 11条)、新たに「著作物の利用に関する相当の報酬を保障する権利」であるという条項が追加された(11条2文)。これにより、著作者の権利の性質は大きく転換された(相当報酬原則)。この相当報酬原則の採用により、使用料規定や団体協約等で定められる具体的な報酬額が、相当の報酬としての認定を受けることとなる(32条)。

 かつてのベストセラー条項は、現行著作権法制定当初から存在していた(旧36条)。そこでは、利用契約において、著作者の利益と利用者の利益の間に、予見不可能な「重大な不均衡(grobes Missverhaeltnis)」を生じさせた場合、著作者は、契約の相手方に対し、状況に応じた相当の利益の分配を請求することが可能となり、相手方は、著作者に対し、契約の変更に同意する義務を負うものとされていた(契約変更請求権)。しかしながら、この規定の「重大な不均衡」および予見不可能性という2つの要件が適用の弊害となり、効果的に機能しているとは言い難い状況であった。そこで、2002年の著作者契約法の制定に際して、この旧36条のベストセラー条項は大きく改正され、著作権法32a条「フェアネス条項」として再構成されることとなった。事後における両者間の利益格差が「重大な不均衡」とはいえないまでも「著しい不均衡(auffaelliges Missverhaeltnis)」が生じていれば十分であり、そのような不均衡の発生が予見可能であったかどうかは問わないものとされ、従前の2つの適用要件は大きく緩和された。
 ところが、著作者契約法の見直しが行なわれた2021年の著作権法改正ではさらにその要件が緩和され、32a条1項の「不均衡」の文言が削除された。すなわち、契約変更請求権は、著作者の報酬額が、著作物の利用により得られる契約相手方または第三者の利益と比較して、過度に低額である場合に行使することができるものとされた。この32a条は、契約当事者間の合意を覆すことのできる極めて重要な条項であるために、より厳格な解釈が必要とされるが、この条項の適用のハードルはさらに引き下げられることとなり、著作者保護の姿勢がより鮮明に反映される形となった。

 相当報酬の原則を規定する32条の規定は、利用契約締結時における報酬について考慮する規定であるのに対し、32a条のフェアネス条項においては、著作物の利用後において、なお契約当事者間で合意した報酬の変更が認められる。このフェアネス条項は、32条と並んで強行規定として定められており、当事者の合意により排除することはできない(32b条)。少なくとも形式的には契約当事者間の力関係による影響を受けないようなしくみが整備された。また、この契約変更請求権は、契約の相手方だけでなく、相手方から利用権の譲渡および移転を受けた第三者に対しても行使することができるものとされている(32a条1項、2項)。さらに、ベストセラー条項の適用は著作者に限定されていたが、連邦最高裁(BGH)の判例が実演家への準用を認めていたことを受けて、このフェアネス条項は実演家の利用権についても準用されることとなっている(79条2a項)。
 形式的にベストセラー条項の規定は、要件の修正を受けながら、その趣旨はフェアネス条項に継承されたこととなるが、その過程において、著作者契約法により著作者の権利の性質が大きく修正されたことで、法体系上の位置づけ、意味合いは大きく変更されたといえよう。

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