JRRCマガジンNo.343 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)20 権利の例外(3) フェアディーリング③

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JRRCマガジン  No.343 2023/11/02
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
【2】受付開始!「2023年度オンライン著作権講座 中級」のお知らせ(無料)
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皆さま、こんにちは。

朝晩はめっきり寒くなって参りました。
いかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
Chapter20. 権利の例外(3):フェアディーリング③
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                              明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1.はじめに

イギリス著作権法の第1部「著作権」の第3章は「著作物に関して許された行為」を規定しています。この第3章には、第28条から第76A条まで規定があります。

それらの規定の中には、「フェアディーリング」(本連載Chapter17を参照)という要件がある場合と、それがないため「フェア」という要件を裁判所が判断しない場合との2種類が存在します。フェアディーリングとして規定されているのは、研究又は私的学習の目的(第29条)のほか、批評、評論、引用及び時事の報道(第30条)、カリカチュア、パロディ又はパスティーシュ(第30A条)、教育のための例示(第32条)の目的によって分類された4つの場面です。

今回は、前回に引き続き、フェアディーリング規定のなかから、批評、評論、引用及び時事の報道を目的としたフェアディーリングに関する規定をみていきます。

2.批評等を目的とするフェアディーリングの概要

イギリス著作権法の30条は、3つの種類のフェアディーリングについて定めています。批評・評論の抗弁(1項)、引用の抗弁(1Z項)、そして時事の報道の抗弁(2項)です。

批評・評論の抗弁(1項)、引用の抗弁(1Z項)に関しては、以下の3つの条件を満たさなければならない点では共通しています。

(i)その著作物が公衆に対して利用可能なものとされていること
(ii)当該引用による使用が、その著作物についてフェアディーリングであること
(iii)当該引用が、(実際上その他の理由のために不可能である場合を除いて)十分な出所明示を伴うこと

この二つの抗弁の違いですが、批評・評論の抗弁は、その名の通り、著作物や実演に対する批評や評論を目的とした場合にのみ認められるフェアディーリングです。これに対して、引用の抗弁は、著作物の批評や評論を目的としたものである必要はありません。しかし、引用の抗弁が成立するには、(iv)「当該引用の範囲が、それが使用される特定の目的によって要求される以上のものではないこと」という条件が付加されています(30条1ZA項(c))。

時事の報道の抗弁(30条2項)については、フェアディーリングであることと、十分な出所表示を伴うこと以外に条件はありませんので、公衆に対して利用可能なものとされていなくても利用できます。ただし、興味深いこととして、写真の著作物は2項の適用対象から除外されています。したがって、写真については、批評・評論の抗弁(1項)、引用の抗弁(1Z項)のみが適用されることになります。

いずれの抗弁もその対象となる著作物は、特定の種類の著作物に限られません。 (a)文芸、演劇、音楽又は美術のオリジナルな著作物、(b)録音物、映画又は放送、(c)発行された版の印刷配列(1条1項)という、イギリス著作権法で著作物として定義されている全てのものが対象となります。

著作物の実演がなされる場合に関わる著作権も対象となります。例えば、イギリス法における実演ということなので、講義、演説、講演及び説教において引用したり、録音を再生しながら批評等する場合などが考えられます。また、著作権とは別に、実演家の権利も、批評・評論および引用の抗弁の対象となります(1988年著作権法Schedule 2, s.2)。

利用された著作物自体が批評や評論の対象となっている必要はありません。ある作品を批評する際に、批評を例示する目的で他の同様の著作物から引用することも許されます(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para 9-67. 以下、Harbottle et al.とする)。

批評等を目的とするフェアディーリングに該当する場合、どのような利用行為であっても、著作権を侵害しないことになります。「ディーリング」という言葉が、著作物を利用する行為一般を含んでいるからです。

なお、同条が適用される場合、著作権者側に補償金請求権が生じるといった制度は用意されていません。同条に限らず、イギリスの著作権法では、著作権の例外を認める場合に、補償金請求権を認める規定は用意されていません。この点はイギリス法の特徴でもあります。

商業活動としてなされる批評・批判や引用であっても認められますが、フェアという要件や引用の目的上必要な範囲といった要件が課されているため、著作物を量的・質的に無条件で自由利用できるわけではありません。

第30条第4項は、引用の抗弁については、契約の条件が同条により著作権の侵害とならない複製物の作成を禁止または制限することを意図する場合、その範囲において、当該契約の条件は執行できないとし、契約によるオーバーライドを妨げる規定を設けています。

3.批評・批判、引用の抗弁

(1)引用の概念

批評・批判の抗弁は、批評・批判の対象となる著作物の特定が必要であり、政治活動に対する批判などにおいて著作物を利用するとき、その著作物ともっともらしく結びつけた批評・批判でないと利用ができないことから、国際的な慣行と比較しても、対象が不当に狭すぎることが指摘されていました(L. Bently, B. Sherman, D. Ganjee, P. Jonson, Intellectual Property Law (6th edition, OUP, 2022) p.261.以下、Bently et al.とする)。

そうした中、2014年に、目的の限定がない一般的な引用の抗弁が追加されました。2001年のEUにおける情報社会指令5条3項(d)および4項を完全に実装したものです。その後、同規定については、同指令とそれに基づいて欧州司法裁判所の判例によって形成されてきたEU判例法が解釈の指針となってきました。

なお、要件を見る限り、批評・批判の抗弁と引用の抗弁とは重複し、おそらく多くの場合、批評・批判の抗弁は引用の抗弁の適用範囲に包摂されると考えられます。実際、ほとんどの実務目的にとっては、批評・批判の抗弁(30条1項)は余計なものであり、引用の抗弁(30条(1ZA項)だけを参照すれば足りると指摘されています(前掲Harbottle et al., para 9-64)。引用の抗弁についてだけ、オーバーライドの禁止が法定されているかどうかという点だけが実質的に相違しています。

イギリスがEUに加盟している間、イギリス著作権法における、批評や批判という文言や、引用という文言の解釈は、EU法ないしEU判例法に依拠して行われてきました。控訴院や最高裁判所で判例変更があったり、法改正がなされるまでは、「保持されたEU判例法」が法源となります。

引用の意味については、欧州司法裁判所の判決が述べており(ペラム事件およびシュピーゲルオンライン事件)、これがイギリスの著作権法の教科書でも引用されることが多い状況です。これらの判決は、引用の文言を「日常的に使われる言葉としての通常の意味」として理解することを提案しており、「引用の本質的な特徴は、・・・主張を説明するため、意見を擁護するため、またはその著作物とその利用者の主張との知的な比較を可能にする目的で、著作物またはより一般的には著作物からの抜粋を使用することである」と示唆しています(Pelham GmbH v. Ralf Hutter and Florian Schneider-Esleben, Case C-476/17, EU:C:2019:624, [70]-[71]; Spiegel Online v. Volker Beck, Case C-516/17, EU:C:2019:625, [77]-[78])。

他にもいくつか、引用の内容について、EU判例法の述べている部分がありますので、以下に示しておきます。

引用は、特定の目的によって必要とされる場合に限り、著作物全体を引用することができますが、許容される使用は、特定の目的によって必要とされる範囲に限定されます。引用の目的で原稿や記事を利用する場合、その特定の引用の情報提供の目的を達成するために必要な範囲を超えてはならないとされています(Spiegel Online v Beck (C-516/17) EU:C:2019:625; [2019] Bus. L.R. 2787; [2019] E.C.D.R. 24 at [83])。

引用に際して、議論を述べたり展開したりする必要はなく、利用者の著作物が引用された著作物と対話すること(dialogue)で十分であるとされています。例えば、ある音楽作品からサウンドサンプルが取られた場合、その作品の中で聴覚的に認識が可能な方法で行われるのであれば、事実関係によっては、サンプルが取られた作品との対話を意図していると判断される場合に限って、引用が認められる可能性があります(Pelham GmbH v Hütter (C-476/17) EU:C:2019:624; [2019] E.C.D.R.3 at [71]-[72])。

著作物の引用は、情報社会指令第5条5項に基づき、著作物又は他の主題の通常の利用と抵触するほど広範であったり、権利者の正当な利益を不当に害したりすることはできないため、引用された著作物の利用は、当該利用者の主張との関係で二次的なものでなければならないとされています(Spiegel Online v Beck (C-516/17) EU:C:2019:625; [2019] Bus. L.R. 2787; [2019] E.C.D.R. 24 at[79])。

(2)公衆に対して利用可能なものとされていること

批評・批判、引用の抗弁は、公衆に対して利用可能な状態である場合に主張することができます。公衆に対して利用可能な状態については、具体的には、(a)複製物の公衆への配布、(b)電子的検索システムを用いて著作物を提供すること、(c)著作物の複製物の公衆へのレンタル又はレンディング、(d)著作物の公の実演、展示、演奏又は上映、(e)著作物の公衆への伝達を含む、いずれかの手段により提供されていれば満たします(30条1A項)。

無許諾でなされた行為は、公衆に提供されていると判断する要素とはなりません(30条1A項ただし書き)。

(3)フェアディーリングであること、および、比例性

30条のいずれの抗弁も、フェアディーリングであることが立証されなければなりません。

フェアディーリングにおける「フェア」を判断する場合に関連する考慮要素はさまざまなものがありますが、最も重要な要素としては、(a)侵害と疑われる利用が著作権者による著作物の利用とどの程度競合しているか、(b) 著作物が公表されているかどうか、(c)利用の程度および利用された部分の重要性の3つが挙げられるとされており、そのなかでも、(a)が最も重要な要素といわれています(前掲Harbottle et al., para 9-48)。

批評・批判、引用の抗弁について説明した文献によると、「裁判所は、批評や批評を目的とした利用行為がフェアであるかどうかを判断する際、批評そのものがフェアであるかどうかは考慮しない傾向にある。 むしろ、批評を説明したり支持したりするために、複製の程度がフェアであるかどうかを考慮する」と指摘されています(前掲Bently et al., p.264)。

引用の抗弁については、「当該引用の範囲が、それが使用される特定の目的によって要求される以上のものではないこと」という条件が必要です。この条件は、比例性(proportionality)の問題として整理されています(前掲Bently et al., p.264)。

また、引用を伴う表現の目的によって目的の重みが異なるため、引用がフェアかどうかを判断する場合、特定の目的が何であるか影響を与えるとされ、「ある利用が何らかの社会的、文化的、情報的利益をもたらすものであれば、それに比例した引用は自動的にフェアなものとなる可能性が高い」と指摘されています(前掲Bently et al., p.265)。

(4)出所が明示されていること

批評、評論、引用及び時事の報道を目的としたフェアディーリングに関する第30条の適用を受けるには、原則として、著作物の出所を明示することが義務付けられています。しかし、出所明示についてはそれが難しいなどの理由がある場合には、省略することができます(同項)。著作物が匿名で公表されている場合や、未公表の著作物で作者が合理的に特定できない場合は、もともと出所表示ができませんが、その他の理由のために出所明示が不可能である場合にも、免除されます(前掲Harbottle et al., para 9-53)。

引用された著作物が、例えば脚注への挿入や複製によって、引用された主題に不可分に統合されている必要はありません。したがって、引用著作物へのハイパーリンクを含めることによって行うことができるとされています(Spiegel Online v Beck (C-516/17) EU:C:2019:625; [2019] Bus. L.R. 2787; [2019] E.C.D.R. 24 at [80])。

4.終わりに

引用に関しては、イギリス著作権法独自のルールよりも、EU判例法のルールの方が重要な意味を持っています。また情報社会指令は「引用」について定義していませんので、欧州司法裁判所の判例法によるルール形成が重要な意味を持ちます。

したがって、イギリスの著作権法の文献を読むと、今回見てきたように、EU判例法における引用について紹介がなされています。EU離脱後においても、イギリスでは保持されたEU法・EU判例法が有効ですので、同様の状況です。

日本では、著作権法32条の引用については、さまざまな要件論があります。従来の裁判例では、旧法下の最判昭和55年3月28日民集34巻3号244頁〔パロディ・モンタージュ事件〕が示した明瞭区別性と主従関係性の2要件で引用の適法性を判断するものがありました(2要件説/伝統的2要件説)。

また、現行法の条文における「引用」の文言にこの2要件を取り入れつつ、32条1項に明記されるその他の要件(公表要件、公正慣行要件、正当範囲要件)を考慮する立場(新2要件説)などもあります。さらに、裁判例のなかには2要件に拘泥せず、諸事情を衡量して引用の成否を判断する裁判例(知財高判平成22年10月13日判時2092号136頁〔美術鑑定書事件控訴審〕)もあります。

日本の引用規定(32条1項)は、現行法が1970年に制定されてから、全く変更していないという、著作権制限規定の中でも珍しい規定です。これは制限規定の中でも、テクノロジーの発展に伴う環境変化に耐え得る、一般性・抽象性の高い制限規定であるからということができるかもしれません。その抽象性ゆえに、要件論の組み立て方が、判例・学説によってまちまちになるのだと思われます。

このように日本の引用規定は要件論の組み立て方のレベルで解釈の自由度が高いので、外国法を参照することの有用性も高いものと思われます。イギリス著作権法やEU判例法における議論は、日本の著作権法の引用をめぐる議論にさまざまな示唆を与えてくれるでしょう。

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16:50 終了予定
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