JRRCマガジンNo.173 知の資産の保存と活用(その2)

川瀬真

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JRRCマガジン No.173             2019/8/15
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大型の台風の影響もあり東京も天候が変わりやすくなっています。
暑くて外出もままならない、そんな時こそ読書などの知的財産を
増やすことに目を向けられてはいかがでしょうか。
今回は川瀬先生の「知の資産の保存と活用(その2)」です。

◆◇◆川瀬先生の著作権よもやま話 ━━━━━━━━━━━━
第35回 「知の資産の保存と活用(その2)」
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5 2009(平成21)年の著作権法改正と国立国会図書館における
所蔵資料のアーカイブ化の促進
 前回説明したように、Google Booksサービスの影響や長尾構想
の提唱を踏まえ、当時、知の資産の保存と活用はわが国において
政策上の重要課題になっていました。このような状況の中で、文
化審議会著作権分科会では、「時代の文化の土台となるアーカイ
ブの円滑化について」というテーマで議論が行われ、2009(平成
21)年に報告書が公表されました。そこでは、国立国会図書館法
の納本制度に基づきわが国の出版物等を網羅的に収集している国
立国会図書館が、わが国における知の資産の保存・活用の中心的
存在であることを踏まえ、所蔵資料の滅失、損傷、汚損等を避け
良好な状態で出版物等を保存することができるように、納本後直
ちに電子化(複製)できるようにすることが適当であると提言さ
れました。
 なお、電子化された複製物の活用については、当面は関係者の
協議により円滑化を図ることが適当とされました。
 この提言を受け、政府では、2009(平成21)年に著作権法を改
正し、これまで図書館資料の保存については、国立国会図書館も
他の図書館(公共図書館、大学図書館等)と同様の取扱いであっ
たことを改め、国立国会図書館については、上記のとおり、納本
後直ちに電子化(複製)することができるようになりました(31
条2項の新設)。
 ところで、この著作権法の改正を踏まえ、2009年度の補正予算
において、国立国会図書館の所蔵資料の電子化のために約130億円
の予算が認められました。同図書館の毎年度の電子化予算は数億円
と聞きていましたので、破格の予算が認められたことになります。
この補正予算により、1968(昭和43)年までの約90万点の書籍等
が電子化されたといわれています。

6 2009(平成21)年の国立国会図書館法の改正等によるインタ
ーネット資料の収集等
 これまで情報伝達手段としては、出版物等のパッケージ媒体に
よる提供が主でありましたが、ネットワーク社会の到来を迎え、
インターネットを活用した情報提供が拡大してきました。このよ
うな状況を踏まえ、国立国会図書館では、国、地方公共団体、独
立行政法人等の公的機関がインターネットを通じて国民に提供す
るいわゆるインターネット資料を収集するための制度を創設する
ため、国立国会図書館法の改正が行われました。
 なお、この改正に伴い、インターネット資料の多くは著作物で
あるところから、同時に著作権法も改正され、このための権利制
限規定が新設されました(43条)。
 このインターネット資料については、下記のURLから誰でも閲覧
できます。
 http://warp.ndl.go.jp/
7 デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進
に関する懇談会
Google Booksサービスの衝撃を受けた政府は、総務省、文部科学
省及び経済産業省の副大臣・大臣政務官が相談のうえ、2010(平
成22)年3月に、三省の合同主催で、「デジタル・ネットワーク社
会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」(座長 末松
安晴 東京工業大学名誉教授)を設置しました。この懇談会は、
知の資産の中心となる出版物に着目し、デジタル・ネットワーク
社会における知の拡大生産を実現し、わが国の出版文化を次の時
代に着実に継承しつつ、広く国民が出版物にアクセスできる環境
作りを整備することを目的としていました。委員は、有識者のほ
か、権利者、出版者、新聞社、印刷会社、通信業者等の幅広い分
野から選ばれ、WTを設置するなどして、同年6月にはその結果
を報告しました。
この報告書の性格ですが、この懇談会では今後の政策の方向性を
示すにとどまり、具体的な政策の立案・実施については、担当の
各省に行わせるというものです。具体的には、「知の拡大再生産
の実現」、「オープン型電子出版環境の実現」、「知のインフラ
へのアクセス環境の整備」及び「利用者の安心・安全の確保」の
4項目です。この中で文部科学省関係は、
①デジタル・ネットワーク社会における図書館と公共サービスの
在り方に関する事項(国会図書館のデジタル化資料の活用方策等)
②出版物の権利処理の円滑化に関する事項
③出版者の権利付与に関する事項
の3点でした。

8 電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議
 この提言を受けて、文化庁では、2010(平成22)年11月に「電
子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議(座長 渋谷達紀
早稲田大学教授(当時))を設け、2011(平成23)年12月に報告
書を提出しました。
この中で知の資産の活用という点で重要な①については、国立国
会図書館における所蔵資料(書籍・雑誌等)のうち、約210万冊の
デジタル化が完了しているという状況を踏まえ、デジタル化され
た所蔵資料を一定の範囲・条件のもとに公共図書館や大学図書館
等で利用可能となるよう著作権法の改正を求めました。また、所
蔵資料の検索サービスの拡充を求めるとともに、長尾構想でも言
及されていたデジタル化された所蔵資料の民間業者への提供につ
いては、民間業者のビジネス等への影響も懸念されるところから、
まずは関係者協議の場の設置や実証実験サービスの実施等を検討
するところからはじめる必要があるとの見解を示しました。

9 2012(平成24)年の著作権法改正
 検討会議の提言を受け、2012(平成24)年に著作権法が改正さ
れ、利用者が国立国会図書館のデジタル化された所蔵資料をネッ
ト経由でより一層活用できるようになりました(31条3項)。
具体的には、国立国会図書館は、絶版その他これに準ずる理由に
より一般に入手することが困難な図書館資料を、公共図書館や大
学図書館等の一定の図書館等で利用者が閲覧するために当該図書
館等に自動公衆送信することが権利制限の対象に加えられました。
権利制限を絶版等の資料に限定したのは、現に流通している書籍
との競合関係に配慮したためです。更に、利用者は閲覧だけでな
く、調査研究の目的であれば、送信された著作物の一部分(定期
刊行物に掲載された個々の著作物の場合はその全部)の提供を受
けることも可能となりました。
 このように一定の条件付きながら、遠隔地の利用者が地元の図
書館等で国立国会図書館においてアーカイブ化されている著作物
の全部又は一部を閲覧できるようになり、しかも複製物の提供も
受けられるというこの改正はまさに知の資産の活用という面で画
期的な改正であったと考えます。
 なお、上記の一定の図書館等には、外国の図書館等が含まれて
いませんでしたが、2018(平成30)年の著作権法改正において、
政令で定める一定の外国の図書館等にも送信ができるようになり
ました(31条3項の改正)。

 今回のテーマである「知の資産の保存と活用」については今回
で終了です。次回は、上記の「デジタル・ネットワーク社会にお
ける出版物の利活用の推進に関する懇談会」においても検討すべ
き事項として取り上げられた、出版者の権利付与に関する問題に
ついて解説します。

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