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JRRCマガジン No.304 2023/1/19
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
【2】追加受付! 2023年1月25日開催 大阪工業大学共催 著作権講座(オンライン)
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皆さま、こんにちは。
寒さが一層厳しく感じられる今日この頃、
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。
濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/
◆◇◆━濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
【1】最新著作権裁判例解説(その4)
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横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未
第4回の今回は、最近出たての東京地判令和4年6月24日(令和2年(ワ)第18801号)〔音楽著作物の氏名表示事件〕を取り上げます。
<事件の概要>
本件は、原告X(「A´」等の筆名で音楽活動に従事)が、被告Y(音楽著作権を管理する音楽出版社)に対し、① Yが、JASRACに対し、Xが単独で作詞作曲した音楽作品(以下「本件作品」といい、本件作品のうち楽曲部分を「本件楽曲」と、歌詞部分を「本件歌詞」と、それぞれいう。)について、これを作詞作曲した者の筆名がグループを表す筆名としての「B」である旨記載した作品届(以下「本件作品届」という。)を提出し、本件作品に係るXの著作者人格権(氏名表示権)及び著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害したと主張して、また、②Xとの間で本件作品に係る著作権譲渡契約を締結していたYは、JASRACに対し、一旦、本件作品届に記載された「B」が個人を表す筆名である旨記載した訂正届を提出したにもかかわらず、再び、「B」がグループを表す筆名である旨記載した再訂正届を提出して、本件作品に係るXの著作者人格権(氏名表示権)及び著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害し、上記著作権譲渡契約に基づく善管注意義務に違反したと主張して、いずれも損害賠償を求めた事案です。
本件訴訟に至る経緯・事情について補足すると、上記グループを表す筆名としての「B」の一員である「C」の存在が関係しているところ、本判決の認定によると、以下の通りです。
・Xは、平成13年11月頃、居酒屋である「D」を開店し、Cは、その頃から、「D」にて勤務。Cは、かつて、「C′′」の筆名でシンガーソングライターとして活動を行い、レコードを発売したり、ライブ活動を行ったりし、また、「C′」の筆名で作詞作曲を行い、E等のアーティストに対して多くの音楽作品を提供してきた経験があったところ、「D」にて勤務するようになってからしばらくして、知人のミュージシャンとともに、「D」において、ミニライブを実施)。
・Xは、その頃まで、一切音楽活動をしたことがなく、楽器を演奏することもできなかったが、「D」での上記ミニライブをきっかけに、自ら作詞を実施。Xは、平成14年頃、初めて自らメロディーを作り、これに自ら作詞した歌詞を付けたことから、Cに対し、これを楽譜にすることなどを相談。そして、Xは、Cの助言を受け、上記メロディーに乗せて歌唱した音声(本件原音声)をカセットテープに録音し、これをCに交付。
・Cは、本件原音声について、歌詞の内容は情緒的で、雰囲気の良いものではあったが、メロディーがゆっくりとした3拍子で、地味であったことから、約1週間かけて、3拍子を4拍子にしたり、サビ部分の旋律を見直したり、伴奏を付けたり、特に後半部分を歌詞に合わせてメロディーを補い、全体的にボサノバ調に再構築したりすることによって本件楽曲を完成させ、ギターを弾きながらこれを歌唱したものをカセットテープに録音し、これをXに交付。
・Xは、「D」の開店1周年を記念して、平成14年11月頃、本件作品等を収録した本件CDを作成。本件CDに収録されている本件作品以外の作品は、Xが作詞し、Cが作曲したことから、その外装には、作詞者として、原告の筆名である「A′」と、作曲者として、Cの筆名である「C′」と、それぞれ記載。また、本件作品の作詞者及び作曲者として記載された「B」は、Xの名字の「a」、Cの名字の「c」、「D」の「d」を組み合わせたものであった。
・X及びCは、平成15年4月頃、本件作品から得られる著作権使用料について、Xがその75%を、Cがその25%を、それぞれ取得する旨合意。
・X及びYは、平成15年5月4日、Yが本件作品に係る著作権管理を行うことを目的として、XがYに対して本件作品に係るXの著作権を独占的に譲渡する旨の著作権譲渡契約(本件著作権譲渡契約)を締結。本件著作権譲渡契約に係る契約書(以下「本件X契約書」という。)には、「作詞者」及び「作曲者」の各不動文字にそれぞれ丸が付けられ、「筆名」欄に「A′」と記載されていたところ、Xは、同日、「A′」の記載に二重線を引き、「B」と記載した上で、これに署名押印。また、本件X契約書には、本件作品に係るXの著作権が本件作品に係る著作権全体の75%であることが記載。
・C及びYは、平成15年5月4日、本件作品に係る著作権管理を行うことを目的として、Cが被告に対して本件作品に係るCの著作権を独占的に譲渡する旨の著作権譲渡契約を締結。同契約に係る契約書(以下「本件C契約書」という。)には、「作曲者」の不動文字に丸が付けられ、「筆名」欄に「C′」と記載されていたところ、Cは、同日、これに署名押印。また、本件C契約書には、本件作品に係るCの著作権が本件作品に係る著作権全体の25%であることが記載。Cは、令和2年3月4日、Yから依頼されて、本件C契約書の「筆名」欄の「C′」の記載に二重線を引き、「B」と記載。
・Yは、平成15年6月4日、JASRACに対し、本件作品に係る作品届(本件作品届)を提出し、その著作権管理を委託。本件作品届には、「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載され、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックが入れられていた。また、「備考」欄に「B→C′ A′」と記載。
・Yは、令和元年7月18日、JASRACに対し、本件作品届を訂正する旨の訂正届を提出。上記訂正届には、「訂正箇所」欄に「著作者名を団体→個人へ変更」と、「訂正前」欄に「B団体名」と、「訂正後」欄に「B 個人名」と、「訂正理由」欄に「錯誤」と、それぞれ記載。
・Xは、令和元年11月1日頃、JASRACに対し、別途、本件作品に係る作品届を提出。上記作品届には、「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載され、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックは不挿入。
・Yは、令和2年3月13日、JASRACに対し、再度、本件作品届を訂正する旨の訂正届(本件再訂正届)を提出。本件再訂正届には、「訂正箇所」欄に「著作者名を個人→団体へ変更」と、「訂正前」欄に「B 個人名」と、「訂正後」欄に「B 団体名」と、それぞれ記載され、「訂正理由」として、Xの要望により前記の訂正届を提出したにもかかわらず、Xから、Yが虚偽の内容の本件作品届をJASRACに提出したことにより人格的利益が侵害されたとして、損害賠償を請求され、Yとしては、このような訴えを受け入れることはできないため、本件作品届を本来の契約書に記載のあるとおりに訂正する旨が記載。
<判旨>
本判決においては、本件作品につき、作成の経緯等に鑑み、XとCとによる共同著作物であると認定した上で、本件作品における「B」の筆名表示に係るXの主張については、以下のように述べてXの請求が棄却されています。
●(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権を侵害するものであるか)について
「前記前提事実・・・のとおり、本件作品届は、JASRACに対して提出されたものであり、前記・・・のとおり、本件作品をJ-WIDで検索しても、本件歌詞の全部又は一部は表示されず、本件作品が演奏されることもないことからすると、「著作物の公衆への提供若しくは提示」(著作権法19条1項)に該当するとは認められない。
これに対し、原告は、本件作品届がJASRACに提出されれば、本件作品が公衆に提供又は提示される際、本件作品届に記載された著作者名がそのまま本件作品の著作者名として表示されることになるから、本件作品届の提出は「著作物の公衆への提供若しくは提示」に該当すると主張する。しかし、本件作品が公衆に提供又は提示される際、本件作品届に記載された著作者名がそのまま本件作品の著作者名として表示されることを認めるに足りる証拠はないから、上記主張は採用することができない。
以上のとおり、被告がJASRACに対して本件作品届を提出した行為が原告の氏名表示権を侵害するとは認められない。」
●(本件作品届の提出が本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
「(1) 原告は、著作者には自己の著作物の作品届に著作者として正しく記載される法的利益が認められるところ、被告が本件作品届を提出したことにより、本件作品に係る原告の著作者として取り扱われるべき人格的利益が侵害されたと主張する。
しかし、前記・・・のとおり、被告が、本件作品届の「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載し、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックを入れて提出したことについて、届出内容が誤りであったとまでは認められない。
したがって、原告の上記主張は前提を欠くというほかない。
(2) また、原告の前記(1)の主張は、著作物に著作者の実名又は変名を著作者名として表示する法的利益をいうものと解されるところ、これは正に氏名表示権について述べるものであり、そうすると、前記・・・のとおり、被告による権利侵害は認められない。」
●(本件再訂正届の提出が本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものであるか)について
「確かに、前記前提事実・・・のとおり、本件再訂正届は、一旦訂正した本件作品届を、当初の記載のとおりに再び訂正するものであり、被告がその訂正及び再訂正を行った理由に照らすと、その一連の行為は、音楽の著作権を管理する者として不適切であるといわざるを得ない。
しかし、前記・・・のとおり、被告が本件作品届の「著作者」欄のうち「作詞」欄及び「作曲」欄にいずれも「B」と記載し、各欄にある「グループ」のチェックボックスにいずれもチェックを入れて提出したことについて、届出内容自体が誤りであったとまでは認められないから、本件再訂正届の内容自体に誤りがあったとも認められない。
また、前記・・・のとおり、本件作品をJ-WIDで検索すると、著作者(作詞及び作曲)として「B」と表示されるが、「B」が個人を表す筆名か、グループを表す筆名かを明らかにする表示はないことからすると、「未確定」と表示されたから、J-WID上の「B」の表示が原告個人を表すか否かが不明な状態になったとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
さらに、前記・・・のとおり、被告による本件再訂正届の提出は、本件作品に係る原告の氏名表示権又は著作者として取り扱われるべき人格的利益を侵害するものとは認められない。」
<解説>
本判決は、著作者人格権の一つである氏名表示権についてアタマの整理をするのに適切な事件であると考え、今回取り上げたものです。
氏名表示権を保護する著作権法第19条第1項は「著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。」と規定しており、その趣旨は「著作者の創作という個人的事実によって生ずる著作者と著作物の人格的不離一体性に着目し、その人格的利益を保護するために、著作者がその著作物の創作者であることを主張する権利を認める趣旨に出たもの」(注1)(注2)(注3)とされています。
ただし、氏名表示権は、同一性保持権を規定する第20条の場合と異なり、本判決が指摘する通り、原作品以外の場合については「その著作物の公衆への提供若しくは提示に際し」との限定がかかっていて、本件に即していえばJASRACのJ-WIDでの検索結果として本件作品の歌詞・楽曲が提供・提示されるものではない以上(注4)、氏名表示権の侵害をY(或いはJASRAC)に対して問うことは困難であったと考えられ、その点において判旨の妥当性は首肯されるものと考えます。
その上で、氏名表示権については一つの問題提起をしておきたいと思います。
本件においては、「B」の筆名が個人を指すのか、グループ名を指すのか、という点がXにとっての争点の一つでした。
教室事例にはなりますが、これを少し変形して、仮に本件のようなケースにおいて被告側事業者が著作権管理団体に対して著作者が望むものでないパターンの氏名を届け出て、それを当該管理団体が公衆に提供・提示したとした場合、当該管理団体は氏名表示権侵害の責任を負うことになるのでしょうか。
このようなケースにおいては一見、著作権法第19条第2項が適用されるようにも思えるのですが、同条同項は「著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。」と規定されており、「すでに著作者が表示している」場合でないと適用できないと考えられます。
しかしながら、著名作品であれば常識的に判断しうる場合も少なからずありますが、それほど有名でない作品も含めて「現在、この作品についてされている著作者名表示(無名の場合も含めて)が、著作者の意思の通りに表示されているものであるかどうか」を逐一チェックしなければならないとするのは、同条同項の狙いとした趣旨をも没却させることになりかねず、妥当性を欠くものと思われます。
この点については、既存の解説書等でも明確にされているものがあまり存在せず、管見の限りでも「利用しようとする著作物の著作者の氏名表示に問題,疑義が感じられても,調査・探求には及ばない。」との見解(注5)くらいしか見当たりませんが、これを第19条第2項の条文上読み込むことは難しいのではないかと思われます。敢えていえば同条同項の類推適用ということになると思われるものの、本来的には法の欠缺として条文上で明確に手当てすべき事柄であると考えられます。今回は以上です。
(注1)加戸守行『著作権法逐条講義(七訂新版)』176頁。なお、「著作者であることを主張する権利」とは、いわゆるベルヌ条約のパリ改正条約第6条の2(1)に規定される権利である。
(注2)ベルヌ条約とは、「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」であり、1886年に創設された著作権の基本条約であって、現在のパリ改正条約は1971年に作成。2022年10月末現在での締結状況は179。
(注3)今回は割愛しているが、著作権法上の氏名表示権とベルヌ条約パリ改正条約第6条の2(1)の「著作者であることを主張する権利」との関係については、諸見解があり、詳細については半田正夫=松田政行編『著作権法コンメンタール第2版』786頁以下[柳沢眞実子]を参照。黒川徳太郎訳『ベルヌ条約逐条解説』においても「著作者であることを主張する権利」については「その主張は,通常,複製物における氏名表示の形で行われる」とされており、両者が同一であると見ることには私見的にも消極である。
法制上の点では、氏名表示権と現行法第115条の名誉等回復措置請求権とを合わせてベルヌ条約上の義務を担保しているものと整理しているのではないかと思われるが、名誉等回復措置請求権は故意・過失による著作者人格権侵害をその要件としており、その点での疑念は残ろう。実際、本件のようなケースにおいて仮にY側が著別人を著作者としてJASRACに届け出ていた場合を想像してみると、対象著作物の公衆への提供・提示の場面であろうとなかろうと、氏名表示の在り方そのものだけでなく、著作者にとっては「その著作物の著作者が自分である」と修正等する法的利益は存在しうるのではないかと思われる。
(注4)筆者も実際にJ-WIDで何曲か検索をかけてみたが、歌詞・楽曲が再生されることはなく、作詞・作曲した者の氏名等が表示されたのみであった。
(注5)小倉秀夫=金井重彦編『著作権法コンメンタールⅠ』460頁[山本順一]。
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【2】追加受付! 2023年1月25日開催 大阪工業大学共催 著作権講座(オンライン)
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