JRRCマガジンNo.275 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)3 基本的な概念(2)

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JRRCマガジン  No.275 2022/5/19
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)3
【2】著作権講座初級オンライン開催について(無料)
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みなさまこんにちは。

緑芽が日増しにその色を増しています。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度について(初級編)の続きです。
どうぞお楽しみください。

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◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter3. 基本的な概念(2)―固定の要件
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1. はじめに
今回は、イギリス著作権法における、著作物の固定要件について説明をします。その前提として、ベルヌ条約の無方式主義についても触れておきましょう。以下で説明するように、方式(formalities)と固定(fixation)とは異なる概念です。

2. ベルヌ条約と無方式主義
イギリスも日本もベルヌ条約の同盟国です。ベルヌ条約は、権利の享有及び行使には、いかなる方式の履行をも要しないとして、著作権の保護についていわゆる無方式主義を定めています(ベルヌ条約5条)。端的にいえば、ベルヌ条約の同盟国は、著作権の保護を与えることについて、特許保護のように出願や登録などの「方式」を義務付けることはできないということです。1908年のベルヌ条約のベルリン改正条約で採用されました。

誤解されやすいのですが、無方式主義は、ベルヌ条約で保護される権利に関するものにすぎません。そのため、著作物の本国における権利保護について、登録などの方式を要求することは、条約上は許容されます。

たとえば、日本において、日本を本国とする著作物の著作権保護についてのみ登録要件を加重しても、条約違反にはなりません。他方で、ベルヌ条約で保護される日本を本国としない著作物の著作権保護について、方式を要求すればそれは条約違反になります。

ベルヌ条約の同盟国のなかには、アメリカのように、著作権局における著作権登録を、著作権侵害訴訟を提起するための訴訟要件とする国もありますが、ベルヌ条約やTRIPS協定で保護される大部分の著作物はその要件を免除されており、自国を本国とする著作物に限定されますので、条約上は許容されます(17 U.S.C. § 411(a), amended by Berne Convention Implementation Act of 1988, Pub. L. No. 100-568, § 9(b)(1)(B), 102 Stat. 2853, and amended by the D.M.C.A. of 1998, Pub. L. No. 105-304, § 102(a), 112 Stat. 2861)。仮に、アメリカの著作権法がベルヌ同盟国である日本を本国とする著作物に同じ義務、すなわち侵害訴訟開始の要件としての登録を要求すれば、それはベルヌ条約違反になります。

著作物の本国がどこになるのかはベルヌ条約5条4項に幾つかのパターンが定められています。たとえば、本国がどこになるのかについて、「いずれかの同盟国において最初に発行された著作物については、その同盟国」(ベルヌ条約5条4項a号)とあるので、日本で最初に発行された作品は、日本が本国となります。なお、同項では、幾つかの同盟国における同時発行の場合など、他のパターンについても、本国を定める基準が規定されています。

本国以外の著作物について無方式主義を採用しなければならない理由は、ある国を本国としない著作物の著作権者は、その国の登録制度のことはよく知らないでしょうから、その国での著作権の保護に方式を求めてしまうと、外国人の著作物の保護が実際には困難となるからです。皆さんも、仮にイギリスに著作権に関する登録制度があったとしても、きっとよく分からないですよね。20世紀初頭はもちろんのこと、インターネットが普及した現代でも同じことでしょう。知らないことで、同盟国の国民が保護を奪われることは、実質的に差別的な取り扱いになってしまい、条約まで作って国際的保護するとした趣旨にそぐわない結果となってしまいますので、それを避けるためにも無方式主義は重要です。

なお、イギリスも日本も、基本的に著作権保護について、自国を本国とするか他の同盟国を本国とするかを問わずに、無方式主義を採用している点では共通しています。イギリスでは過去には、書籍出版業組合(Stationers’ Company)への登録という方式要件がありましたが、1911年に廃止されています。

したがって、たとえば、日本人であるあなたがイギリスに留学中にイギリス国内で書籍を発行した場合、その著作物は、イギリスを本国とする著作物になりますが、イギリスでの著作権保護を享受するときに、基本的に登録のことは考えなくても基本的に大丈夫です。

3. 固定要件
(1)ベルヌ条約と固定要件
「固定」の要件というのは、以上に述べた「方式」とは異なる概念です。著作物の保護について、「物に固定されているかどうか」を条件とするのが固定要件です。ベルヌ条約は、著作物の固定を保護の要件とはしていませんが、同盟国の立法に留保されるとしています(ベルヌ条約2条2項)。すなわち、ベルヌ条約の同盟国は、著作物が物に固定されていることを保護の条件とすることも許されています。

日本の著作権法は、基本的に著作物の保護に関して、固定要件を求めていません。これに対して、イギリスの著作権法は、著作権の一部の保護対象について固定要件を求めており、「文書その他に記録されない限り、かつ、それまでは、文芸、演劇又は音楽の著作物に著作権は存続しない」(イギリス著作権法3条2項)とされています。

具体的には、次のような違いが生まれるでしょう。いまあなたが鼻歌を創作していたとします。詩を呟いたとしてもよいでしょう。イギリス法では、録音や書き取りなどによって固定されていなければ、権利は発生しません。これに対して日本の著作権法では、形式論をいえば、音楽の著作物が創作さえされれば、権利が発生していることになっています。

(2)特定性との関係―頭の中にのみあるもの
「頭のなかで」言葉を呟いたり、音楽を「頭のなかで」創作して再生できたりする人も多いと思います。日本の著作権法の下では、単に著作物が創作者の頭のなかで言語化されているだけだったり、作曲したものが頭のなかに止まっているだけでは、「表現されたもの」(日本著作権法2条1項1号)が成立していないので、著作物は成立しません。

この点について、イギリス著作権法では、著作物が成立しないことについて、(a)著作物であるが固定要件を満たさないか、あるいは、(b)そもそも頭の中にあるだけでは特定性を満たさないので著作物となり得ないという説明が考えられます(See G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen (Harbottle et al.), Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para, 3-127)。

ここでいう特定性というのは次のようなことです。欧州司法裁判所の判決によると、著作権の保護対象は「表現」であるという要件から、必ずしも永続的な形でなくても、十分な正確性と客観性をもって特定しうる方法で表現されていなければならないと理解されています(Levola Hengelo BV v Smilde Foods SV(C-310/17) EU:C:2018:899; [2018] Bus. L.R. 2442 at [35]-[41])。

欧州司法裁判所におけるLevola事件は味の著作物性を判断されました。この判決から類推すると、頭の中にのみある作品も、特定可能性がないということで、固定性を論じるまでもなく、そもそも初めから著作物として成立しえないという説明も可能と思われます。最近話題の人工知能(AI)による創作の場合、コンピューター内部で特定性は担保されているのかもしれませんが、生身の人間の頭のなかは特定性はないでしょう。現代の科学では、脳をスライスして顕微鏡で覗いても、せいぜい脳細胞しか見えなさそうです。

(3)即興的に作られ固定されていない曲の権利関係
頭の中で創作されただけでなく、即興的に作られた作品が対外的に表出されたが、何の記録もされなかった場合を考えてみます。たとえば、作曲家Xが即興で楽曲を作ったが、いかなる録音や採譜もなされていなかったようなケースです。

日本の著作権法では、著作物の創作時に著作権の保護が成立するので、Xが即興的に作った楽曲を、その場で聴いていたYが、それを頭の中で記憶し、許諾なく同一の楽曲を演奏して録音すれば、作曲家Xの作曲した音楽の著作物の著作権を侵害する可能性が出てきます。

なお、著作権を侵害する行為によって作られた録音物(レコード)については、それを製作したYが、レコード製作者に与えられる著作隣接権を持つことになります。レコード製作者は著作隣接権を与えられるものの、著作権者の許諾なしにそのレコードを複製等により利活用することはできないというだけです。

これに対して、イギリス著作権法では文芸、演劇又は音楽の著作物に関して固定要件があります。ということは、Xが楽曲を創作して即興演奏し、それを耳コピしたYがその後しばらくして同一の楽曲を自ら演奏し録音した場合、Yに著作権が発生したりしてしまうのでしょうか。

そんなことにはなりません、というのが結論です。

たしかに、イギリス著作権法においては固定要件があるため、Xが即興的に作った曲を演奏した時点では、その音楽の著作物に著作権は発生していません。その点は、日本の著作権法と異なります。

まず、著作権がいつ発生するのかといえば、この事例ですと、事後にYが録音という方法でその音楽の著作物を最初に固定したその時点で、その音楽の著作物に著作権が発生することになります。固定に関しては、著作者自身によって記録されるかどうか、また、許諾を得て記録されたかどうかは関係がないとされていますので(イギリス著作権法3条3項)、Xが固定しようが、Yが固定しようが変わりありません。

では、Yが音楽の著作物を固定したとして、その著作権は誰に帰属するのでしょうか。イギリス著作権法でも、文芸、演劇又は音楽の著作物のような保護対象に関しては、著作物を創作する者が著作者とされています(イギリス著作権法9条1項)。したがって、音楽の著作物の著作者は創作を行ったXである以上、著作権はXに帰属します。Yは音楽の著作物を固定していますが、創作を行ったわけではないので、著作者にはなりません。

したがって、無断で録音行為を行ったYは、Xが音楽の著作物について有する著作権を侵害することになります(以上の帰結について、前掲Harbottle et al.のpara 3-175を参照)。

なお、録音物を製作したYには、録音物(レコード)についての著作権を有することになります。イギリス著作権法では、著作隣接権という言い方はしないものの、個別の録音物については、その製作者が記録された音楽の著作物の著作権とは区別される著作権を有します(イギリス著作権法3条3項、5条のA、9条2項aa号参照)。この点の権利関係の考え方は、権利を表現する用語法は異なるとしても、日本の著作権法と同様になります。

(4)日本法と帰結が異なる具体的場面
ではイギリスに固定要件があることによって、日本法と異なるという場面は具体的に想定できるでしょうか。

相違が生じる場面として、固定がなされない状態のまま音楽の著作物が利用され続ける場面が想定できます。つまり、Xが音楽の著作物を即興的に作り、固定が一切なされていない状況下で、他人が公の演奏をしているという場面です。

日本の著作権法では、この場面でも演奏権の侵害が成立し得ます。

これに対して、イギリス著作権法では、固定されていなければ著作権が発生していませんので、権利侵害の問題が生じません。また、その後のいずれかの時点で固定がなされたとしても、固定がなされた時点をもって著作物が作成された時点であると判断されますので(著作権法3条2項参照)、その時から権利が生じるにすぎず、遡及的に権利が生じるわけではありません。したがって、固定する以前になされた過去の演奏行為について著作権侵害が問われることはないと考えられます。

4. おわりに
今回は、無方式主義とともに、イギリス著作権法における著作権保護のための固定要件を見ていきました。

固定しないと権利が発生しない、というと、日本の著作権法の理解と大きな違いであるかのようにも見えます。しかし、現代は、文芸、演劇、音楽という情報が口承のみで伝達していく世界ではなく、それを記録して伝えていくさまざまな情報伝達手段があります。そして、それが権利の利活用の主要な場面になっています。

即興されたものが、口承のみで利用されている場面があるとしても、そこでの権利関係をめぐって法的紛争が起きるということは、現実的な問題はあまり想定できないかもしれません。

ある種の方式が問題となるより重要な場合として、一部のモラルライツの権利における「主張」要件があります。著作物の利活用のためには合理的と思われる制度なのですが、これはまた別の回で説明をいたします。

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締 切:2022年5月19日17:30
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