JRRCマガジンNo.194 著作物等の保護期間について(その4)

川瀬真

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JRRCマガジン No.194 2020/2/20
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みなさまこんにちは。
本日のコラムは実演、レコード、放送及び有線放送に関する保護期間のお話です。

日本レコード大賞受賞時の司会のアナウンスではエントリーされた歌手の名前だけではなく、作詞家、作曲家、レコード会社、プロダクション、そして歌手の方は『歌唱』と紹介されているのはご存知ですか。
『日本レコード大賞』ですがこの賞は在京新聞社・通信社の記者が中心となって決定し、主催は公益社団法人日本作曲家協会です。レコード大賞はどちらかというとアカデミー賞のような会員(選定委員)の一票できまる性質のものです。
一方、楽曲売上の客観的指標から表彰される賞が日本レコード協会が主催するのが『日本ゴールドディスク大賞』で、1989年1月21日以降発売の作品に対し、発売日からの累計正味出荷枚数が一定数を超えた場合、ゴールドディスクの認定を行っているそうです。
この二つの賞の性質が全くことなるのは興味深いところですが、レコード大賞司会者の受賞者アナウンスは、音楽や映画などの作品が著作者と権利者、著作隣接権者の皆で作り上げている創作物であることを表していることがわかります。

前回までのコラムはこちらから
https://jrrc.or.jp/category/kawase/

◆◇◆◆◇◆川瀬先生の著作権よもやま話━

著作物等の保護期間について(その4)

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4 実演、レコード、放送及び有線放送に関する保護期間

(1)原則的保護期間
わが国の著作権法は、実演、レコード、放送及び有線放送を著作隣接権制度により保護しています。
現行法では、原則として実演後70年まで、レコードの発行後70年まで(権利発生はレコードの固定時)、放送後又は有線放送後50年まで保護されることになっています(101条)。
また、保護期間の計算は暦年計算で、著作物の場合と同じです(101条)。

(2)保護期間の変遷
①旧法上の取扱い
わが国の著作隣接権制度は、1970(昭和45)年の現行法の制定の際に設けられたものですが、実演のうち「演奏・歌唱」及び「録音物」については、旧著作権法では著作物として保護していました。
この措置は、1920(大正9)年の改正で行われたものです。この改正については、浪花節の演述家である桃中軒雲右衛門の語りが著作物であるかどうか、
当該者の語りを録音したものを複製することが著作物の複製といえるかどうか等について争われた事件について、1914(大正3)年7月、大審院(現在の最高裁)は、1審及び2審の判断を覆し、
桃中軒雲右衛門の語りは著作物ではないと判断したことを踏まえ行われたものです。
 
旧法では、演奏・歌唱及び録音物の保護期間は、他の著作物と同様の取扱いでしたが、現行法の成立を念頭に置いた保護期間の暫定延長は行われませんでした。
したがって、保護期間は次のとおりです。

生前公表(原則) 著作者の死後30年まで
死後公表    公表後30年まで
無名又は変名で公表 公表後30年まで
団体名義で公表   公表後30年まで

なお、この制度の外国人への適用ですが、演奏・歌唱及び録音物はベルヌ条約上の著作物ではないため、外国人が日本で第一発行したものを除き、日本人だけが対象の制度ということになります(旧法28条)。

②現行法上の取扱い
実演家等の保護を目的とする国際条約として、1961(昭和36)年作成の「実演家、レコード製作者及び放送機関に関する国際条約」(実演家等保護条約又はローマ条約)があります(わが国は1989(平成元)年に加入)。
この条約は著作隣接権を保護する条約としては最も古く、現行法では、将来この条約に加入することを念頭に、著作隣接権制度の仕組みを整えました。
1970(昭和45)年に成立した現行法では、保護対象は、実演、レコード及び放送であり、保護期間は、それぞれ実演後20年、固定後20年及び放送後20年でした。
20年というのは実演家等保護条約で定められた最低限の保護期間です。

その後、都市型大規模有線放送の出現や有線放送事業者の自主制作番組が増加している等の状況を踏まえ、1986(昭和61)年の著作権法改正により、
実演家等保護条約では保護の対象としていなかった有線放送事業者に著作隣接権を付与することにしました。
また、多数の国が20年を上回る保護期間を定めていることを踏まえ、1988(昭和63)年の著作権法改正により保護期間を20年から30年に延長することとしました。
さらに、改正後の状況の変化、すなわち1992(平成4)年のEU統合をひかえ、欧州各国の著作隣接権の保護期間が50年に統一されつつあること、
またGAT(関税及び貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウンドの知的財産権に係る交渉(TRIPS交渉)において、先進国が主張する保護期間の大勢が50年であること等を踏まえ、
1991(平成3年)の著作権法改正において50年に再延長されました。

また、その後1996(平成8)年に作成されたいわゆるインターネット条約といわれる「実演及びレコードに関する世界知的所有権機関条約」(WIPO実演・レコード条約)においてレコードの保護期間が、
実演家等保護条約やTRIPS協定とは異なり、レコードの固定後から発行後になったのを踏まえ、2002(平成14)年の著作権法改正において保護の開始は固定後ですが、保護の終期は発行後50年までに改められました。
以上の経緯を経て、2018(平成30)年12月30日から、実演及びレコードについては、TPP11協定の内容を踏まえ、実演後又はレコードの発行後70年まで保護されることになりました。

なお、TPP11協定では、実演の保護については「音の実演」に限定していましたので、条約上は、映像実演は保護期間を据え置き、音の実演だけ保護期間を延長することも可能でしたが、
わが国では両者を一体として扱っていたというこれまでの経緯もあり、そのような措置は行われませんでした。
ただし、放送及び有線放送の保護期間については、TPP11協定の対象外であったため、保護期間は延長されず、50年のままとされました。
 
(3)保護期間の特例

①旧法において保護対象であったものに関する経過措置
(2)①で説明したように、旧法下では「演奏・歌唱」及び「録音物」について著作物として保護されていましたが、現行法では著作隣接権制度で保護されることになりました(原始附則2条3項)。
そうした上で、保護期間については、既得権の保護と現行法の仕組との調整を図りつつ、旧法で計算した保護期間が現行法で計算した保護期間を上回る場合は、
旧法の保護期間を適用することとする一方、現行法による保護期間が旧法に比べて短くなったことを考慮し、現行法の施行から70年(当初20年、その後30年、50年になり現在は70年)を超える場合は
現行法の施行から70年までで打ち切りとしました(原始附則15条2項)。

この経過措置については、主として演奏・歌唱に関する保護期間に適用される場合が多いと思います。
実演家については、多くの場合、個人名義(実名又は周知の変名)で実演を行っているので、旧法下では保護期間は死後起算で計算することが多いと考えられます。
一方、録音物については、旧法下においても団体名義の著作物として公表後起算で計算されることが多いと考えられ、旧法下では団体名義の録音物は公表後30年まででしたので、
現在では経過措置が適用される場合はほとんどないと考えられます。
 
このことから、経過措置の具体例については、演奏・歌唱の場合をモデルに説明することにします。

例えば、歌手の美空ひばり氏(1989(平成元)年死亡)が旧法下の1965(昭和40)年に行った「柔」の歌唱に関する保護期間を計算します(原始附則15条2項により計算)。
ア 美空ひばり氏の実演は旧法下で行われたものですので、旧法における保護期間は、
死後30年までです。
計算 1989年(死亡年)+30年=2019年12月31日まで

イ 上記の経過措置は、現行法で計算した場合(実演後70年)における著作隣接権の存続期間より長い場合の特例で、それより短い場合は現行法の計算によります。
計算 1965年(実演年)+70年=2035年12月31日まで

ウ アが適用される場合であっても、現行法の施行後70年を超えることはできません。
計算 1970年(現行法施行年の前年)+70年=2040年12月31日まで
この場合、保護期間はイで計算した2035年12月31日までとなります。

もう一つ例をあげますと、島倉千代子氏(2013(平成25)年死亡)が1958年(昭和33)年に行った「からたち日記」の歌唱の場合
ア 2013年(死亡年)+30年=2043年12月31日まで
イ 1958年(実演年)+70年=2028年12月31日まで
ウ 1970年(現行法施行年の前年)+70年=2040年12月31日まで
この場合、保護期間は、ウで計算した2040年12月31日までとなります。

以上のとおり、旧法下で行われた演奏・歌唱及び録音物で死後起算のものについては複雑な計算が必要です。特に演奏・歌唱については個人名義のものが多く、
しかも保護の起算点が現行法では実演後になっているところから、死亡年と実演年によって保護期間が大きく変わることに留意してください。

②外国人の実演等の保護

1970(昭和45)年の現行法制定時、実演等の保護については、旧法下における演奏・歌唱及び録音物を除き、現行法の施行後の実演、当該施行後に固定されたレコード及び当該施行後に放送された放送を保護することとしました(原始附則旧2条3項)。
また、外国人の実演等は、わが国は現行法の施行時には著作隣接権に関する条約に加入しておらず、原則として保護されませんでした。
その後、1978(昭和53)年に「許諾を得ないレコードの複製からのレコード製作者の保護に関する条約」(レコード保護条約)に加入し、また1989(平成元)年には実演家等保護条約に加入し、
条約上保護義務を負う外国人の実演、レコード及び放送を保護することになりましたが、これらの条約は、ベルヌ条約と異なり、条約の発効後に行われた実演等だけを保護すればよいとするいわゆる「不遡及の原則」を採用しているため、
わが国の改正法でも同様の措置をしています(昭和53年改正法附則2項、平成元年改正法附則2項)。

さらに、1994(平成6)年に「世界貿易機関を設立するマラケッシュ協定」(WTO協定)に加入した際の「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)では、
これまでの条約とは異なり、条約の発効前に行われた実演、レコード又は放送であっても、発効時に保護されていれば保護するという「遡及の原則」が採用されたため、
平成6年改正法では、著作隣接権制度ができた現行法の施行時を限度として遡及保護することとし、その後の国際的な議論を踏まえ、平成8年改正法ではその限度を撤廃し完全遡及することになりました。
なお、遡及の原則については、2002(平成14)年に加盟したWIPO実演・レコード条約についても同様です。
この完全遡及の措置により、日本人か外国人かを問わず、保護期間は著作物の場合と同様に計算することができるようになりました(この措置の結果、一旦消滅した権利が復活するという事態も生じました)。
なお、日本人の場合、②の経過措置の対象となるものを除き、例えば、実演の場合ですと、演奏・歌唱以外の実演すなわち舞台・映画の演技やダンス等についても、保護されることになりました。
こうした改正の結果、外国人の著作隣接権に係る保護期間の計算は、比較的単純に行うことができるようになりました。

例えば、ビートルズに係るレコードの権利で説明します。

ア レコードの保護期間は、現行法では発行後70年までです。
イ ただし、著作物の場合と同様、TPP11協定の発効に伴う改正法の施行の際(正確には「施行日の前日」)(施行日は2018(平成30)年12月30日)に権利が存するものだけが保護期間が延長されることになっています
(「環太平洋パートナーシップ協定の締結及び環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律附則7条)。
最初の事例は、ビートルズの最初のシングルです。このレコードは1962年(A面はLove Me Do)に英国で発売されました。
ア 1962年(発行年)+70年=2032年12月31日まで
イ 1962年(発行年)+50年=2012年12月31日まで
これにより、このレコードについては改正法に乗り移れないことになり、保護期間は2012年12月31日で満了したことになります。

次に1968年に英国で発売されたシングルです(A面はHey Jude)
ア 1968年(発行年)+70年=2038年12月31日まで
イ 1968年(発行年)+50年=2018年12月31日まで
これにより、このレコードは改正法に乗り移れることになり、保護期間は2038年12月31日まで保護されることになります。
このように、実演及びレコードの保護期間については、著作物と同様、70年の保護期間に乗り移れるかどうかにより、保護期間が大きく変わることに留意する必要があります。
なお、確認ですが、戦時加算の対象は著作物に限定されており、また演奏・歌唱及び録音物に関する経過措置は原則として日本人に限定されているため、外国人の実演等の保護期間を計算するに当たっては、基本的に考慮する必要はありません。
 

保護期間に関する説明は以上のとおりです。次回は、侵害とみなす行為について説明をします。

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