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JRRCマガジン No.167 2019/5/31
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※このJRRCマガジンは、読者登録の方々にお送りしています。
令和になって1ヶ月が過ぎようとしています。5月の事務局は、IFRRO
(世界複製権機構)のアジア大会やメディア関係の国際会議に出席し
たりで、意外と忙しく感じられました。皆さまはいかがでしょうか。
さて、本日のJRRCマガジンは「柔軟性のある権利制限について」の
続きです。
◆◇◆川瀬先生の著作権よもやま話 ━━━━━━━━━━━━━
第33回 「柔軟性のある権利制限について(その4)
(柔軟な権利制限規定の導入と2018(平成30)年の著作権法改正)」
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7 IOT、ビッグデータ、人工知能(AI)時代における権利制限の
あり方
デジタル化・ネットワーク化の更なる発展の中で、著作物を含む
大量の情報を集積・整理し、解析することにより新たな付加価値の
ある知見を創出するという技術革新の時代が到来しようとしています。
例えば、大量の動物の写真データを集積し、AIに学習させた上で、
センサーで検知した生き物がどの動物か判断するシステムでは、写
真の著作物の複製等が行われるものの、当該著作物がそのまま他人
に提供されるわけではありません。また、例えば、文献の所在検索
サービスにおいても、大量の文献(著作物)が集積されるものの、
アーカイブ化された文献は、利用者がPCに打ち込んだキーワードの
検索のために使われるだけで、提供される情報は当該文献の書誌事項
(文献の名称、著作者名、出版者名、発行年等)や文献の所蔵場所
等であり、仮に文献そのものが提供されたとしても、ごく短い抜粋
(スニペット表示)が表示されることにとどまっている場合がほと
んどです。
このように、著作物が複製等の方法により利用されていることは
間違いないのですが、利用者に提供される情報は当該著作物そのも
のではなく、仮に著作物そのものが提供されたとしても、ごく短い
抜粋等であり権利者が被る不利益はごくわずかな利用について、権
利制限のあり方がより問われるようになりました。
政府は、このような状況の変化に対応していなかったわけでは
なく、私がこれまで解説してきたように、主として個別制限規定の
方法により、電子計算機や通信課程における著作物の利用を中心に
権利制限を行うための著作権法改正を行ってきたところです。
また、前回解説したように、2012(平成24)年の著作権法改正に
当たって、文化審議会著作権分科会で、上記のような世の中の急速
な変化を踏まえ、C類型(著作物の表現を享受しない利用)に関する
権利制限が提言されたものの、様々な理由により、C類型関連の条文
も個別制限規定に近いものにとどまっていた感がありました。
8 知的財産推進計画2016
IOT、ビッグデータ、人工知能(AI)の時代の到来、また個人的に
は、米国におけるGoogle Books サービス訴訟においてGoogleが実施
した文献の所在検索サービスにおける大量の文献の蓄積と、検索結果
におけるごくわずかの著作物利用(スニペット表示)等が米国著作権
法のFair Use規定(107条)に該当し、権利侵害にはならないという
判決が確定したことにより(2016年4月の最高裁の上告不受理処分に
より2015年の高裁判決が確定)、知財立国を目指すわが国においても、
他の国、特に米国に遅れないように権利者の利益を不当に害しない範
囲内での著作物利用の促進を一層求められるようになったと思われます。
そうした状況の中で、当初知的財産推進計画2009では、権利制限
の一般規定(日本版フェアーユース規定)の創設を求められましたが、
知的財産推進計画2016においては、もう少し広い観点から権利制限の
内容を考えるという趣旨の政策提言が行われました。
具体的には、「著作権制度を取り巻く課題は複層的なものであり、
その対策についても一つの政策手段で全てを解決しようとするので
はなく、無償の権利制限規定、報酬請求権付きの権利制限規定、著
作権等の集中管理、著作権者不明等の場合の裁定制度など多様な政
策手段の中から適切なものを選択し、課題に対し柔軟に解決を図る
「グラデーションのある取組」を進めていくことが必要である。具
体的には、新たなイノベーションへの柔軟な対応と日本発の魅力的
なコンテンツの継続的創出に資する観点から、デジタル・ネットワ
ーク時代の著作物の利用への対応の必要性に鑑みて適切な柔軟性の
ある権利制限規定を創設すること、(中略)などの取組を進めてい
くことが必要である。」と提言されたところです。
9 文化審議会著作権分科会での検討
情報通信技術の更なる発展の状況や知的財産推進計画2016での提
言を受け文化審議会著作権分科会において改めて検討が行われました。
そこでは、2012(平成24)年の著作権法改正の際に問題となった
権利侵害かそうでないかの要件の明確化、すなわち明確性の原則と
の関係に注意が払われ、権利制限を3つの類型に分け、それぞれの
類型ごとに権利制限のあり方について考え方が整理されました。
この類型化については、上記のC類型(著作物の表現を享受しない
利用)をより詳細に分析するなどし、権利制限の全体像を示した
ことは、今後の権利制限規定の整備に資するものであると考えら
れます。
具体的な類型化は、次のとおりです。
第一層 著作物の本来的利用には該当せず、権利者の利益を通常害
さないと評価できる行為類型
例 電子計算機や通信課程における著作物の利用(旧30条の4、
旧47条の5、旧47条の8等)、情報解析(旧47条の7)等
第二層 著作物の本来的利用には該当せず、権利者に及び得る不利
益が軽微な行為類型
例 インターネット情報検索(旧47条の6)等
第三層 公益的政策実現のために著作物の利用の促進が期待される
行為類型
例 教育関係(35条等)、障がい者関係(37条等)等
この整理では、第一層から第三層かけて権利者が被る不利益が高
くなっていきますが、各層の特徴に応じた柔軟性のある要件を整備
する必要があると提言しています。
10 2018(平成30)年の著作権法改正
文化審議会での検討を踏まえ、2018(平成30)年に著作権法の改
正が行われました。第一層及び第二層関係では、それまでの個別制
限規定等を整理・統合し、新たな要件を加えるなどし、各層の特性
を踏まえた整備が行われています。
具体的には、
第一層関係
☆著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用(新30条の4)
☆電子計算機における著作物の利用に付随する利用等(新47条の4)
第二層関係
☆新たな知見・情報を創出する電子計算機による情報処理の結果
提供に付随する軽微利用等(新47条の5)
の3つの規定に整理統合されました。
(第一層関係)
第一層関係は、通常は権利者の利益を害さない利用と考えられ
るため、例えば、新30条の4では、例示された3つの利用(下記
「参考」を参照)のほかに、「著作物に表現された思想又は感情
を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」、
原則として、「いずれの方法によるかを問わず、利用することが
できる。」と規定されました。新47条の4も同様の規定の仕方で
す。これにより、今後の技術発展により著作物の新たな利用方法
が開発されたとしても、第一層に該当する利用については、その
都度法改正をしなくても、権利制限の対象となる根拠規定ができ
たことになります。
(第二層関係)
また、第二層関係ですが、「電子計算機を用いた情報処理によ
り新たな知見又は情報を創出することによって著作物の利用の促
進に資する次の各号に掲げる行為を行う者」が政令で定める基準
(施行令新7条の4)に従い行う場合であって、その利用が軽微な
ときは、原則としていずれの方法によるかを問わず、利用するこ
とができるとされました。ただし、第一層関係と大きく異なるこ
とは、該当行為については、インターネット情報検索とその結果
の提供(1項1号<旧47条の6>)と情報解析とその結果の提供
(1項第2号)に加えて、「国民生活の利便性の向上に配慮して政
令で定めるもの」(1項3号)とし、例示している利用とは別の利
用行為については政令で定めることとしています。第二層関係は、
第一層関係に比べて、権利者に与える不利益はやや大きいため、
政令で利用行為を定めることとしたと考えられます。なお、著作
権法は著作者に著作権という私権を与える法律であることから、
著作者に新たな権利を与えたり、権利を制限したりするときは、
法律で規定することが原則といわれています。今回の改正は、法
律上の一定の厳しい要件があるとはいえ、利用行為そのものを政
令で定めることとしており、このような手法は今までにあまり例
がないと考えられます。法律改正より政令改正により利用行為を
定める方が、国会での審議が必要でない分、手続としては簡単で
すので、このことだけでも権利制限における柔軟性がこれまでよ
り増したと考えられます。なお、これまでのところ、政令改正に
よる利用行為の追加はありません。
なお、第三層関係では、
教育の情報化(35条等関係)、障がい者の情報アクセス機会の
充実(37条関係)及びアーカイブの利活用の促進(31条等関係)
に関する権利制限規定の整備等が行われました。
(参考)
<新30条の4>
☆著作物の利用に係る技術開発・実用化の試験のための利用
(旧30条の4)
☆電子計算機を用いた情報解析のための複製等(旧47条の7)
☆サイバーセキュリティー確保等のためのソフトウエアの調査
解析(リバース・エンジニアリング)(新規)
<新47条の4>
△キャッシュ等関係
☆電子計算機におけるキャッシュのための複製(旧47条の8)
☆サーバ管理者による送信障害防止等のための複製(旧47条の5)
☆ネットワークでの情報提供準備に必要な情報処理のための複製等
(旧47条の9)
△バックアップ等関係
☆複製機器の保守・修理のための一時的複製(旧47条の4第1項)
☆複製機器の交換のための一時的複製(旧47条の4第2項)
☆サーバの滅失等に備えたバックアップのための複製(旧47条の5)
<新47条の5>
☆インターネット情報検索のための複製等(旧47条の6)
以上で柔軟性のある権利制限に関する解説は終了です。次回は、
アーカイブ関係の権利制限を中心に解説をしたいと思います。
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