JRRCマガジンNo.209 塞翁記-私の自叙伝14

半田正夫

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JRRCマガジン No.209 2020/7/2
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※マガジンは読者登録の方と契約者、関係者の方にお送りしています

みなさまこんにちは。
事務局では昨日から本年度の年間使用料申請の受付が始まりました。
おかげさまで初日から多くの方が申請してくださっており、
順調な滑り出しとなりました。
今年は新型コロナウイルスの影響で、普段にも増して新聞記事や医学や公衆衛生などに関する文献を活用する機会が増えたのではないかと実感しています。
私たちが窓口となり、徴収した使用料をこのように利活用された著作物の権利者へ行き渡るようにすることがJRRCの重要な任務です。
期限は9月30日までとなっておりますが、忘れないうちに申請をお済ませください。宜しくお願いいたします。

さて、今日は半田先生の塞翁記-私の自叙伝です。
自叙伝なのですが、先生の歴史は「戦後日本における著作権法の歴史」そのものだといえます。
いよいよ物語は著作権法学者として波乱万丈の幕開けです。
前回までのコラムはこちらから
https://jrrc.or.jp/category/handa/

◆◇◆半田正夫弁護士の塞翁記━━━━━━
           -私の自叙伝14

第6章 北大助手時代
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■著作権法の研究開始

方向が定まり、著作権の勉強を始めようと思い、文献の収集にあたったが、日本のものは実務家の書いた簡単な入門書程度のものが数冊あるだけで、
学術的な文献が皆無に等しいことに気づかされることとなった。
そこでウルマ―教授の前記の著書を読み始めることにしたが、著作権法に関する知識がまったくない状態なのに、
いきなりドイツの専門書を読むという無謀きわまりないことをはじめたので、いたるところで意味不明の箇所にぶつかったり、
また前後の文脈からなにを意味するかはおぼろげながら分かるものの、適訳となる日本語がないために、みずから造語しなければならないなど、
まさに杉田玄白の「蘭学事始」並みの悪戦苦闘を余儀なくされたのである。
その際に造語した訳語で、いま日本語として定着した専門語が数多くみられるのは嬉しいかぎりである。
 
かくして、ウルマ―の本を読み、これを手掛かりに多くのドイツの文献を渉猟する一方、フランスやイギリス、アメリカの文献にも当たるというという日が続いた。
当時、私はフランス語をまったく学習していなかったので、初級文法のテキストを買い、
あとは仏和辞書を手掛かりに破棄院(フランスの最高裁に当たる)の判例を読むなどという無謀なことまで、あえてしたのである。
その当時、大学助手としての月給は15,000円程度であったと記憶しているが、妻を拝み倒して1万円ほどの洋書を買ったことも再三であった。
助手の身分では大学の図書予算で本を買うなどということは到底できなかったからである。
あるときは、上京して夕闇迫る法務図書館の書庫で探しに探していた古書にたどり着きながら、北海道までの貸し出しはできないとにべもなく断られ、
現在のようにコピーができる時代でなかったため、やむなく手ぶらで引き上げざるを得ないという後ろ髪をひかれる思いで帰ったこともあった。
 
このようにして悪戦苦闘してまとめあげたのが、「著作権の一元的構成について」と題する論文である。論文の冒頭に私は次のように書いた。

「著作権法は私法体系のなかにおいて、特異の地位を占める権利である。それは保護の客体である著作物が創作者の精神的労働の所産であって、
いわば精神の客観的実在である一面を有するとともに、他方、独立の取引材として創作者の経済的利益に奉仕していることから、
著作権もまた著作者の観念的利益と財産的利益を同時に満足するように構成しなければならないという理由による。」

このような特異な性格を有する権利の構造を解明するには多くのアプローチの仕方がある。

たとえば、他の私権、とくに知的財産権の範疇に属する他の権利との異同を、あるいは巨視的に、あるいは微視的に検討しながら、
著作権の特質を明らかにする方法、
視点を著作物の創作過程に置き、著作者の創作的能力が著作物のなかでどのように具現されていくかの考察を通じて、
著作物の特異性、ひいては著作権の特異性に論及するという方法、
さらには、著作権の権利構成に関する学説をひとつひとつ吟味すると同時に、著作権の形成に影響を与えた歴史的、社会的諸条件、
さらには各国の実定法における著作権制度の体系的考察を検討しながら、著作権の基礎構造を明らかにする方法である。

私はこのうち3番目の方法を採ることによって、著作権の構造を解明しようと試みたのである。

■一元的構成による論文の完成

著作権の歴史を紐解いてみると、最初は著作権を財産権の一種ととらえることに異論をみなかったものが、
ドイツ民法学の第一人者であったギールケが、創作者の人格の発露である著作物を保護の対象とする以上、著作権は人格権の一種ととらえるべきだと主張し、
これを契機に財産権ととらえる学者と人格権ととらえる学者との間にはげしい論争が続いた時期があった。
それがやがて、財産権と人格権とが併存するという二元的構成の考え方と財産権的要素と人格権的要素とが渾然一体となった一種の権利とみるべきだとの一元的構成の考え方との論争に発展することとなった。
この論争はドイツ、フランス、とりわけドイツにおいて顕著にみられるところであった。

プラグマティズム的な考え方をとる英米はむしろ単純に著作権を財産権としてとらえ、大雑把にいえば、人格権的部分は著作権とは埒外の権利として考える傾向にあったといってよい。
私は、著作権とは創作者の利益を保護し、それによって創作の意欲を高め、ひいてはそれがわが国の文化の発展に寄与するという政策的な見地から認められた権利であるとの基本的認識にもとづき、
保護利益との関係、財産権的権利と人格権的権利との相互関係、さらには政策的考慮などをも考慮しながら、一元的構成の考え方を立法的に採るべき理想型として位置づけた。
だが、わが国の法制は一元的構成の考え方を立法的に採用していないため、この理想型を現実面において実現するにはどのような法解釈を駆使すべきかに腐心しなければならなかった。
連日、朝から夜寝る時まで、寝るときは枕元にメモ用紙と鉛筆を置き、絶えず一つのことを考え続けることを常とした。
このような生活を続けていると、なにも考えていないときに天啓のようにアイデアがひらめくということを何度も経験することとなった。

このようにしてまとめた論文は、字数にして20万4600字。200字詰め原稿用紙にして1000枚以上という大部なものとなった。
著作権のイロハから勉強を始めてわずか3年余で完成したことになるが、今にして思えば、このわずかな時間でよくこれまでのことができたものだと自分のことながら驚いている次第である。

この間私の生活はこれ1本にかかりきりの状態であった。

だれも見向きもしないこの分野を開拓していて、はたしてヒトの注目を集めることがあるだろうか、
自分はとんでもない回り道をしているのではないかという不安と焦燥に駆られる日もときにはあったが、
その時には、恩師のひとりである小山昇教授の「他人のやらないことをして、その道の権威者になれ」というコトバを思い出しては励むのを常とした(このことを数十年後に東京新聞に書いたことがある。
そしてその切り抜きを小山先生に送ったところ、そのようなことを言ったかは忘れてしまったが、君がそれを忘れないでいて大成してくれたことは非常に嬉しいとの返事をいただいた)。
この論文は私の助手論文であると同時に博士号取得の論文となり、新設の北海学園大学法学部への就職論文ともなったのである。

僥倖なことに、この論文が北大法学論集に連載されるとほぼ時を同じくして,著作権法全面改正するための政府草案が発表され、これを契機に数少ない著作権法の研究者として一躍脚光を浴びるにいたった。
人間、一生懸命にやれば必ず報われるという格言について身をもって体感することとなったのである。

つづく
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