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JRRCマガジン No.339 2023/10/05
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
【2】10/13開催 著作権セミナー『新聞等の著作権保護と著作物の適法利用』のお知らせ
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皆さま、こんにちは。
スポーツの秋、味覚の秋となりました。
いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。
今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/
◆◇◆【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
Chapter19. 権利の例外(2):フェアディーリング②
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明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也
1.はじめに
イギリス著作権法の第1部「著作権」の第3章は「著作物に関して許された行為」を規定しています。日本の著作権法でいえば、第30条以下の著作権の制限規定に該当します。
この第3章には、第28条から第76A条まで規定があります。それらの規定の中には、「フェアディーリング」という要件がある場合と、それがないため「フェア」という要件を裁判所が判断しない場合との2種類が存在します。フェアディーリングとして規定されているのは、研究又は私的学習の目的(第29条)のほか、批評、評論、引用及び時事の報道(第30条)、カリカチュア、パロディ又はパスティーシュ(第30A条)、教育のための例示(第32条)の目的によって分類された4つの場面です。
今回は、フェアディーリング規定のなかから、研究又は私的学習の目的のフェアディーリングに関する規定をみていきます。筆者は、文化庁委託事業でイギリスにおける研究目的のフェアディーリング規定について執筆した経緯があるので、そこで得た知見を踏まえてみていきたいと思います(より詳しくは、一般財団法人ソフトウェア情報センター編『研究目的に係る著作物の利用に関する調査研究報告書(令和4年3月)』23頁以下参照)。
2.非商業的な研究及び私的学習を目的とするフェアディーリングの概要
イギリス著作権法第29条第1項は、非商業目的の研究を目的とする著作物のフェアディーリングは、十分な出所明示を伴うことを条件として、著作権を侵害しないと規定しています。
また、同3項は、私的学習を目的とする著作物のフェアディーリングは、著作権を侵害しないと規定しています。これらの規定の一般的な目的は、学生や研究者による著作物の利用を拡大することであると説明されています(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen (Harbottle et al.), Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para 9-49.以下、Copingerとして引用)。
これらの規定により許容される、非商業目的のための研究や私的学習のフェアディーリングに該当する場合、どのような利用行為かにかかわらず、著作権を侵害しないことになります。「ディーリング」という言葉が、著作物を利用する行為一般を含んでいるからです。
非商業目的の研究および私的学習を目的とするフェアディーリングは、すべての種類の著作物のほか、実演も対象となります(1988年著作権法Schedule 2, s.1C)。すなわち、イギリス著作権法において、著作物として分類される (a)「文芸、演劇、音楽又は美術のオリジナルな著作物」、(b)「録音物、映画又は放送」、(c)「発行された版の印刷配列」だけでなく、著作権法の第2部に規定されている実演に関する権利にも適用されます。
なお、同条が適用される場合、著作権者側に補償金請求権が生じるといった制度は用意されていません。同条に限らず、イギリスの著作権法では、著作権の例外を認める場合に、補償金請求権を認める規定は用意されていません。この点はイギリス法の特徴でもあります。
第29条の規定の場合、フェアという要件が課されているため、非商業目的のための研究や私的学習を目的とする著作物を量的・質的に無条件で自由利用できるわけではありません。
第29条第4B項は、契約の条件が同条により著作権の侵害とならない複製物の作成を禁止または制限することを意図する場合、その範囲において、当該契約の条件は執行できないとし、契約によるオーバーライドを妨げる規定を設けています。
3.非商業的な研究を目的とするフェアディーリング
(1)概要
日本の著作権法にも、研究活動に関連して適用が可能な権利制限規定は一部にあります。たとえば、私的使用目的の複製(第30 条第1項)、思想又は感情の享受を目的としない利用(第30 条の4)、図書館での文献複写サービス(第31 条第1項第1号)、論文等への引用(第32 条)などです。しかし、研究者等が業務として書籍や論文等を複製する行為等を一般的に許容する規定はありません。
これに対して、イギリスの著作権法には研究目的の利用に関する一般的な例外規定があります。この規定が適用されるには基本的に3つの条件があります。第一に、非商業的な研究であること、第二に、フェアディーリングに該当すること、第三に、十分な出所明示を伴うこと、です。
(2)非商業的な研究であること
実は、1988年イギリス著作権法が制定された当時の規定では、単に「研究を目的とする」と規定されており、非商業的な研究という限定はありませんでした。そのため、営利目的での研究に伴う利用行為も、許される行為に含まれていました。
大胆な権利の例外規定でしたが、その理由について、当時の議会における議論では、「商業的研究に必要な著作権者の同意が得られない可能性」、「著作権者が英国人でない場合、許諾する気がないわけではなく、利用者が著作権者を突き止められないために、許諾を得ることが困難なケースも少なくないこと」、ライセンス制度による場合のコストの問題などが挙げられ、フェアディーリングのケースには支払いを要求するべきではないとの見解が示されています(Hansard, HL Vol 493, col.1153(Lord Beaverbrook)。
そこに至るには紆余曲折がありましたし、産業界からは、最後まで反対意見もありましたが、審議の結果、商業的研究のフェアディーリングも許される行為から除外しないとする案が承認されることになりました(Hansard, HL Vol 493, col.1157)。
しかし、その後、当時はイギリスも加盟していたEUでは、2001年5月22日に「情報化社会における著作権並びに著作隣接権の調和に関する指令」(情報社会指令、2001/29/EC) が採択されました。同指令では、研究に関する著作権の制限を非商業目的に限定しています(情報社会指令第5条第3項第a号)。
EU構成国は、情報社会指令で規定されている権利に関して、指令で許容されている範囲で権利の例外または制限を設定する必要があります。そのため、著作権の例外を非商業的研究に限定していなかったイギリス著作権法の規定は修正をする必要が生じ、2003年規則により「非商業的研究」に限定する改正を行いました(The Copyright and Related Rights Regulations 2003 (S.I. 2003/2498), reg. 9(a))。
この変更について、情報社会指令のイギリスにおける実装について解説した資料では、「商業目的での研究を実施する企業も対象とするライセンス・スキームを拡大しようとするであろうCLA(Copyright Licensing Agency)のような団体にとっては朗報であろう」との評価がなされています(Trevor Cook, Lorna Brazell, The Copyright Directive: UK Implementation (Jordans 2004) para 2.63)。
非商業的の範囲は限定的に解されており、イギリスにおける代表的な著作権法の解説書のひとつでは、「この例外は厳密に解釈されなければならないため、「非商業目的」を狭い範囲として捉える必要があるといわれている」と述べられています。イギリス知的財産庁のガイダンスでも、「この例外規定は非商業的な研究にのみ適用されるため、企業が行う研究に適用される可能性は非常に低い」と述べられています(Intellectual Property Office, Exceptions to copyright: Research, October 2014, p.5)。
したがって、基本的に、営利団体の活動に対する本規定の適用は難しく、大学などの非営利で研究を行う団体内部での複製などの利用行為が対象となると考えられます。さらに、たとえ非営利の団体に属する者の場合でも、商業活動を行う場合はあるので、その場合は適用されません。たとえば、大学教授が企業のために法的な意見を執筆するようなケースです(情報社会指令に関して、S. von Lewinski, ‘Information Society Directive’, in Walter and von Lewinski, European Copyright Law: A Commentary (Oxford University Press 2010) at 11.5.50]参照)。
(3)フェアディーリングであること
たとえ「非商業目的の研究」に該当する場合でも、フェアディーリングの要件を満たさないと、この規定に基づく著作権の例外には該当しないことになります。
なお、第29条のフェアディーリングに関して検討した判例はほとんど存在しないといわれています(ジョナサン・グリフィス〔今村哲也訳〕「英国著作権法における公正利用-その原則と問題-」別冊NBL116号(2006年、商事法務)273頁)。フェアディーリングの規定が問題となった判例の大部分は、第30条(批評、評論、引用及び時事の報道の関連)に関連するものであるといわれています。もっとも、本条の適用について検討した裁判例もないわけではありません。
Forensic Telecommunication Services v. Chief Constable of West Yorkshire事件([2011] EWHC 2892 (Ch), [2012] FSR (15))があります。
この訴訟の原告は、フォレンジックサービスを提供するForensic Telecommunication Services社(FTS社)であり、各種の携帯電話のパーマネントメモリーの絶対アドレス(PM Absアドレスと呼ばれる)のリストを保有していました。
原告は、PM Absリストに基づいて作成されたソフトウェアを警備会社にライセンスしていました。このライセンスは、警察のような法執行機関には適用されるものではありませんでした。
しかしながら、被告の一人である警察官は、警備会社からPM Absリストを受け取り、それをインターネットに掲載、他の警察官もそのリストに追加しました。当該警察官は、原告の33のPM Absアドレスのうち32を含むリストを作成し、このリストを使用して、原告のソフトウェアに類似したソフトウェアを作成しました。
本件は、以上を背景として、原告FTS社側が、警察官の所属組織(the Chief Constable of West Yorkshire:ウェストヨークシャー警察署長)および警察官個人に対して、著作権およびデータベース権の侵害等を主張して争った事案です。
この事件において被告側は、第29条第1項の適用を争いました。原告FTS社側は、非商業的な研究か否かの判断について、被告は原告FTSとの間で競争関係があるため、商業的なものであったという趣旨の主張をしました。この点について、Arnold判事は、「当該使用は非商業的な目的、すなわち法執行のために行われたものであった」と判断しました。
しかしながら、Arnold判事は「被告によるPM Absリストの複製はフェアディーリングではない。被告の行為はFTSと競合するし、PM Absリストは未発表であり、複製された範囲は相当なもの(considerable)であった」と判断し、第29条第1項に基づくフェアディーリングの抗弁は成立しないと判断しました([2011] EWHC 2892 (Ch) [112])。
第29条のフェアディーリングに該当性のその他の関連する要因として、Copingerでは、侵害と主張される者の動機、使用の目的、未公表であった著作物のコピーが、窃盗その他の横領によって被告によって入手されたという事実、といったものが示されています(Copinger, para 9-48)。
また、量の問題に関して、イギリス知的財産庁の研究に関する例外規定に関するガイダンスでは、「複製は、実際に行っている非商業的研究又は私的学習において、厳密に必要なものに限定される。著作物全体を複製することは、一般的にフェアディーリングとは見なされない」と述べています(Intellectual Property Office, Exceptions to copyright: Research, October 2014, p.4)。
(4)出所が明示されていること
非商業的な研究を目的とした利用について第29条の適用を受けるには、原則として、著作物の出所を明示することが義務付けられています(第29条第1B項)。しかし、出所明示についてはそれが難しいなどの理由がある場合には、省略することができます(同項)。著作物が匿名で公表されている場合や、未公表の著作物で作者が合理的に特定できない場合は、もともと出所表示ができませんが、その他の理由のために出所明示が不可能である場合にも、免除されます(Copinger, para 9-53.)。
4.私的学習を目的とするフェアディーリング
第29条第1C項は、私的学習を目的とする著作物のフェアディーリングについて、その著作物のいずれの著作権をも侵害しないとしています。イギリス著作権法には、日本の著作権法と異なり、私的使用目的がある場合を一般的に対象とした複製に関する例外規定はありませんが、この私的学習の目的のフェアディーリングであれば、私的使用の複製等も可能となります。
イギリス著作権法における「私的学習」に関する著作権の例外規定は、古く1911年著作権法から存在します。しかしながら、その内容が判例で詳しく検討されたことはないそうです(L. Bently, B. Sherman, D. Gangjee, P. Johnson, Intellectual Property Law (5th edn, Cambridge University Press 2022) 258)。具体的には、学生がゼミの準備をする場合やエッセイの執筆に役立てる場合などは、対象になるだろうと言われています(同上)。
私的学習が商業的に行われる場合も想定できますが、第178条の定義において「私的学習」は、「この部において」「直接又は間接の商業目的のためのいずれの学習も含まない」としているので、商業的な目的で行われる私的学習は、第29条第1C条の適用を受けることはできません。
第29条1C項では、利用できる分量は特に示されていませんが、私的な学習であっても、利用の程度としてフェアディーリングと言えなければならないため、分量はその点で考慮されるのでしょう。この点について、知的財産庁のガイドラインでは、著作物全体を複製することは、一般的にフェアディーリングとは見なされないとしています(Intellectual Property Office, Exceptions to copyright: Research, October 2014, p.4)。
これに対して、日本の著作権法では、私的使用目的の複製権の制限規定において、複製できる分量に特に限定はありませんから、私的学習が私的使用目的の範囲で行われるのであれば、複製できる分量に限定はありません。
なお、私的学習を目的とする著作物のフェアディーリングの場合、プライベートに行われるという性質上、利用に際して出所表示は義務付けられていません。当たり前と言えば当たり前です。
5.おわりに
今回は、イギリスのフェアディーリングの規定の一つをみていきました。非商業的な研究を目的とした一般的な著作権制限規定は、現在のところ我が国にはありません。
近年、日本でも研究目的の著作物利用に関する権利制限規定について、検討はされましたが、その導入は見送られました。既存の権利制限規定を含めた著作権制度の普及啓発等や、簡素で一元的な権利処理方策と対価還元に係る新しい権利処理方策による対応によって解決されない支障や新たなニーズがある場合に、必要に応じ、そのニーズに応じた検討を行うということでした。
日本には、研究の場面でも適用できるイギリスにはない権利制限規定も多くあります。また、そもそも研究機関向けの合理的なライセンスが提供されていれば、著作権法に制限・例外規定を設ける必要もありません。この点では、イギリスのCLAがそうであるように、我が国のJRRC(公益社団法人日本複製権センター)のような団体の活動の展開が大いに期待されるところです。
いずれにしても、イギリスのような研究目的の権利制限規定がないからといって、日本の方が、著作権との関係で研究の自由度が低いとは必ずしも言えないでしょう。
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