JRRCマガジンNo.340 フランス著作権法解説3 美の一体性理論と応用美術について

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JRRCマガジン  No.340 2023/10/12
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◆今回の内容
【1】井奈波先生のフランス著作権法解説
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皆さま、こんにちは。

朝の空気に爽秋の気配が感じられる頃となりました。
いかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は井奈波先生のフランス著作権法解説の第3回目です。

井奈波先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/inaba/

◆◇◆【1】井奈波先生のフランス著作権法解説━━━
第3回 美の一体性理論と応用美術について
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1 はじめに
 第2回では、著作物の要件全般を説明しました。今回は、前回取り上げた美の一体性理論と、これに関連して応用美術について説明します。なお、フランス語の表記については、アクセントを省略しております。
 フランス法は、著作権法により保護される著作物を例示列挙しています(112-2条)。文学・美術・音楽の著作物といった伝統的著作物のうち、美術の著作物は、純粋美術(arts purs)と、工業製品や実用品に適用される美術である応用美術(arts appliques)とに分類されます。応用美術の問題に関しては、フランスで訴えられたという相談を何件か受けたことがあります。そのため、日本の会社がフランスで商品を販売するにあたっては要注意の分野なのですが、第1回で述べたとおり、フランスの判例には著作物や侵害品とされる物の目録がついていない問題があり、大変わかりづらいのです。
 応用美術の説明にあたって、今回は、破毀院で問題となった米国Knoll社(ノル社)のチューリップチェア事件(破毀院2020年10月7日第1民事部18-19.441)を例としてとりあげます。本件は、米国Knoll社が、被告らをチューリップチェアの著作権侵害で訴えた事件です。チューリップチェアがどのようなものかは、下記のURLをご参照ください。インテリア好きな人なら見たことがあるかもしれません。果たして、チューリップチェアは応用美術として保護されるのでしょうか。
https://www.knolljapan.com/knoll-studio/by-category/side-seating/tulip-armless-chair.html

2 美の一体性理論
 まず、前提として、フランス著作権法の理論として最も有名な「美の一体性理論(la theorie de l’unite de l’art)」についておさらいします。第2回では、著作物性を判断するにあたって考慮されない4つの要素として、種類、表現形式、価値または用途・目的(destination)が定められている(112-1条)ことを説明しました。
 美の一体性理論とは、美は一体であり、著作物性の有無を判断するにあたり用途・目的を考慮することを認めない原則であり、Pouillet(プイエ)により19世紀の終わりに提唱されました。
 美の一体性理論によれば、美術性と有用性という二面性を有する応用美術において、その用途・目的は著作権による保護の享受に影響しないので、応用美術であっても純粋美術と同様に、著作権による保護を享受することになります。そこで、創作性を判断するにあたっても、特別な基準を採用することなく、他の著作物と同様の基準が用いられ、著作者の個性を表現しうる自由な領域において個性を発揮していれば、創作性が認められることになります。 

3 意匠法との関係
 そうすると、意匠法との関係はどうなるかという問題が生じます。なお、フランス意匠法は、知的財産法典511-1条以下に規定されています。
 我が国では、応用美術について、意匠法と著作権法による重複保護を認めていませんが、フランスは、美の一体性理論により、意匠法と著作権法により二重に保護されることになります。知的財産法典513-2条は、「他の法律上の規定、特に本法典第1編および第3編の適用による権利を害することなく、意匠登録は、その権利者に対し、譲渡またはライセンスできる所有権を付与する」と定め、意匠権が、本法典第1編および第3編の適用による権利、つまり著作権による保護に影響しないことを明確にしています。
 欧州においても、この点についてフランスと同様の考え方を採用しています。欧州意匠指令(意匠の法的保護に関する1998年10月13日欧州議会および理事会指令98/71)17条は、著作権法による重複を認めています。ただし、「創作性の程度を含む、この保護を享受するための範囲および条件は、各加盟国により定められる」と規定し、著作権法により保護されるとしても、その要件は各国の裁量となります。
 なお、フランスは、かつて新規なデザインは当然に創作性も認められるので、意匠権により保護されうる意匠は、著作権による保護も認められると考えられていました。現在は、そうではなく、意匠法の要件と著作権法の要件のそれぞれを満たさなければ、重複保護はされないと考えられています。つまり、新規なデザインであるからといって、創作性が認められるとは限らないという考えに変わったといえます。 

4 機能のみからなる表現形式の除外
 美の一体性理論に従うとしても、アイデアを著作権による保護対象から除外するという考え方から、機能のみからなる表現形式は著作権により保護されません。また、創作性の観点からも、創作者の創作性を発揮できる自由な領域を前提とすれば、機能により自由が限定される領域では創作性を発揮することができないので、機能のみからなる表現形式は除外されると解されています。(破毀院第1民事部2000年11月28日98-17.891)。なお、意匠法においても、「製品の技術的機能によってのみ特徴づけられる外観である意匠は、意匠法による保護を受けられない」(511-8条1項)と定められています。
 ここで、機能のみからなる表現形式除外の原則の適用にあたって、どのような基準により機能と表現形式を区別するかが問題となります。ひとつは、技術的成果を複数の形式によって表しうるならば、著作権による保護は可能と考える見解である①複数形式論(la theorie de la multiplicite des formes)が唱えられています。もうひとつは、形式は、表現が技術的効果と独立して存在する場合にしか保護されないと考える②分離可能性説(la theorie de separabilite)が唱えられています。
 フランスにおいては、著作物性は単なる選択によって認められるわけではないため、①の見解は疑問視されていますが、②の見解を採用しているともいえないようで、この論点に対する答えは明確とはいえないようです。

5 チューリップチェア事件の結論
 では、冒頭に紹介したチューリップチェア事件はどのような判断がされたでしょうか。結論としては、著作権による保護は否定されています。我が国の著作権法の感覚では、「当たり前」の結果になるかもしれませんが、フランスではそうではありません。意匠権で保護されるものは著作権でも保護される可能性があり、たとえば、卵ケースについて著作物性が認められたり(破毀院第1民事部1995年3月28日93-10.464)、栓抜きについて著作物性が認められたりしています(破毀院刑事部1974年10月9日72-93.686)。
 チューリップチェア事件は、原告がKnollという米国法人でした。そこで、破毀院は、ベルヌ条約を持ち出します。ベルヌ条約2.7条は、応用美術に相互主義を定めており、本国が意匠権による保護しか認めていない場合は、意匠権による保護しか要求できません。破毀院は、米国では応用美術に関し分離可能性説(それ自体が絵画、グラフィック、または彫刻作品とみなされる分離可能な芸術的要素を含まない限り、実用的な物品についてはこの保護は除外される)を採用していることを理由として、芸術的要素を機能的形式から切り離すことはできないと判断し、応用美術としての保護を否定しました。

6 チューリップチェア事件からいえること
 この判決から逆算すると、フランスでは分離可能性説を採用していない、ということになりそうです。実際、上記の卵ケースの判決では、「ケースの形状が求められる技術的効果と切り離せないものであるとしても、この目的物を構成する要素全体が、その創作性によって精神の著作物の性質を有する」と判断しています。また、わざわざベルヌ条約まで持ち出したことを考えると、フランス著作権法によるとチューリップチェアは応用美術として保護される可能性があったといえそうです。
 最近は、わが国でも応用美術の保護に関して分離可能性説が有力となっています。本件では原告が米国法人でしたが、日本法人であったとしても同じ結論となりそうです。日本の会社がフランスで商品を販売する場合には、意匠権による保護が受けられるよう意匠登録をしておく必要を感じます。

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