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JRRCマガジン No.290 2022/10/20
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※マガジンは読者登録の方と契約者、関係者の方にお送りしています
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
【2】文化庁の著作権普及啓発事業による啓発動画の公開について
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皆さま、こんにちは。
木々が紅葉する時季を迎えました。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて今回からは濱口先生のメルマガが始まります。
濱口太久未先生は、現在横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授として、
教育及び研究に携われています。濱口先生は、文部科学省のご出身で、
文化庁著作権課において著作権法改正法案の企画・立案にも携われたことも
ある知的財産法(特に著作権法)の専門家です。
本稿では、最近の著作権関係判例を中心に解説をしていただきます。
濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/
◆◇◆━濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
【1】最新著作権裁判例解説(その1)
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横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未
横浜国立大学大学院教授の濱口と申します。このたび、「最新著作権裁判例解説」と題して著作権関係裁判例の解説を担当することとなりました。
取り上げる裁判例は過去のもの、新しいものなど当方の気の向くまま様々ですが、それらの最新版解説をお届けします。
初回の今回は、写真の類似性について判示された東京地判令和4年3月30日(令和2年(ワ)32121号)〔スティック春巻写真事件〕を取り上げます。
<事件の概要>
事件自体はシンプル。原告X(食品の企画開発・販売等を行う会社)が被告Y(食品の企画・製造・販売等を行う会社)に対して、YがYラベルシール(1~3の3種)を商品に付して販売する行為がXの専有する写真(Xが企画開発したスティック春巻の商品パッケージに使用する目的で撮影された同春巻の写真)著作権(複製権又は翻案権、譲渡権等)を侵害すると主張して、Yラベルシール(1~3の各写真部分。これもスティック春巻の写真となっている。)の複製等の差止め・廃棄と、Yラベルシール3に係る著作権侵害について不法行為に基づく損害賠償請求を行った、というものです。
今回問題となったX写真とYラベルシール1~3の写真との関係性については、判決によると、Yラベルシール1・2については、Y(と、Yから商品パッケージデザインの制作業務等を受託した訴外A)はXからの警告を受け、X写真の画像データの無断使用の事実を認めていた(※XもAに対して商品パッケージデザインを委託していたため、AはX写真の画像データをメールで受領していた)のに対し、Yラベルシール3の写真はYが自ら又は第三者に委託して撮影したものである、とされています。
なお、X写真目録やY商品目録の実際の画像は次のURLから見られます。
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/077/091077_hanrei.pdf
<判旨>
判旨は複数ですが、今回はX写真に対するYラベルシール3写真の著作権侵害の有無に係る判示を紹介します。
「著作権法が、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの(同法2条1項1号)をいい、複製とは、印刷、写真、複写、録音、録画その他の方法により有形的に再製することをいう旨規定していること(同項15号)からすると、著作物の複製(同法21条)とは、当該著作物に依拠して、その創作的表現を有形的に再製する行為をいうものと解される。
また、著作物の翻案(同法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴である創作的表現の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の創作的表現を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいうものと解される。
そうすると、被告写真3が原告写真を複製又は翻案したものに当たるというためには、原告写真と被告写真3との間で表現が共通し、その表現が創作性のある表現であること、すなわち、創作的表現が共通することが必要であるものと解するのが相当である。一方で、原告写真と被告写真3において、アイデアなど表現それ自体ではない部分が共通するにすぎない場合には、被告写真3が原告写真を複製又は翻案したものに当たらないと解される。
そして、共通する表現がありふれたものであるような場合には、そのような表現に独占権を認めると、後進の創作者の自由かつ多様な表現の妨げとなり、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同法1条)に反する結果となりかねないため、当該表現に創作性を肯定して保護することは許容されない。
したがって、この場合も、複製又は翻案したものに当たらないと解される。」
判決では、このように複製権・翻案権侵害の一般論を述べつつ、今回の事件における当てはめにおいては、Xが主張したX写真とYラベルシール3写真との共通点6点の表現(スティック春巻を2~3本ずつ両側から交差させている点など。詳細は後述)につき、いずれも「ありふれたもの」とされ、またこれら6点の全体的観察をしても創作的表現の共通性は認められないとして、Yラベルシール3の制作・販売等の行為はX写真の複製権等を侵害しないとされました。
<解説>
本判決は深く検討すると多様な論点が含まれていますが、紙面の関係上、写真表現の創作性と保護範囲とに焦点を当てて検討します。
著作権侵害を問うためには①依拠性、②類似性の2点を充足する必要があるところ、本判決では、このうち、X写真とYラベルシール3写真との関係性につき②の点で著作権侵害が否定されています。②類似性の判断基準については、文字通りの語義とは必ずしも一致しませんが、著作権法は「著作物」という一定の創作表現を保護する法律であることから、端的には原告作品の創作的表現が被告作品の表現から直接感得できる状態にある(創作表現としての共通性がある)ことが必要です(注1)。
これは別の面からみると、原告作品の創作性に関する直接感得性が被告作品に認められる場合でも、それが原告作品における創作性のない表現部分である場合や、原告作品の(表現部分ではない)思想・感情部分にとどまるといった場合には著作権侵害は否定されることになります。
これらの判断基準は、裁判実務上、言語の著作物の翻案行為該当性に関する最判平成13年6月28日(民集55巻4号837頁)〔江差追分事件〕で実質的に確立されたものであり、本判決においても同最判に沿って複製・翻案に関する整合的な解釈が判示されています。
こうした著作物の類似性を論ずる際には、著作物の種類に応じた問題が発生することがあります。写真の場合についていえば、既存の写真が存在している場合において、その写真の被写体と似たような被写体を用意して似たような構図等で別の写真を撮影したとしたらそれは著作権侵害になるのか、という問題です。
これに関して従来盛んに議論されてきたのは、特に被写体の配置等が人為的に工夫できるものである場合(山の写真等ではなく、モデルに独特のポーズをとらせて写真撮影するような場合)に当該被写体の配置等も含めて既存の写真著作権の侵害になると考えるべきなのか否かという点であり、この点、学説上写真の著作物の創作性における考慮要素については「被写体許容説」と「撮影手法限定説」との対立があるところ(注2)、同じ事件における裁判所の上記の立場が異なり著作権侵害の結論が分かれた裁判例があります(注3)。
本事件も被写体の配置等が人為的になされているケースに当たりますが、本判決では上記2説のいずれに与するかの点は必ずしも明確に示すことなく、Xの主張方法に応える形でYによる著作権侵害が否定されました(注4)。
すなわち、両写真(=X写真とYラベルシール3の写真)における被写体等の表現の共通点に関するXの主張として、
①スティック春巻を2~3本ずつ両側から交差させている点、
②2本のスティック春巻を斜めにカットして断面を視覚的に認識しやすいように見せ、さらにチーズも主役でない程度に見えるようにしている点、
③端に角度がついた、白色で模様がなく、被写体である複数本のスティック春巻とフィットする大きさの皿を使用している点、
④皿に並べた春巻を、正面からでなく角度をつけて撮影している点、
⑤撮影時に光を真上から当てるのではなく斜め上から当てることで被写体の影を付けている点、
⑥葉物を含む野菜を皿の左上のスペースに置いている点が挙げられ、さらにこれらを含めて原告写真の全体観察を行っても誰が撮影しても似たような印象になるものではない点が挙げられましたが、本判決では、個別の表現部分についてはいずれも料理の盛り付けに関する教本の存在や既存の写真が複数あること等の証拠に基づき、ありふれたものであるとして原告・被告写真の創作表現の共通性が否定され、また両写真の全体観察に関しても、個別部分はいずれも創作的表現とは認められないので、それらの全体観察を行っても創作表現の共通性は認められない、と判示されました。
両写真を見る限り、本事件における非侵害の結論は妥当でしょう。ただ、両写真の共通点だとXが主張した各部分の表現がありふれたものでありそれ故に創作表現としての共通性がないとされた点と全体的観察に関する説示部分とについては議論がありえるところです。
ありふれた表現論については、「著作者の個性の表出」の裏返しとして、著作物における表現上の創作性を否定する理由に持ち出されることがよくありますが、今回の共通表現6点のうち、少なくとも(被写体許容説・撮影手法限定説のいずれの見解であっても創作性の考慮対象となる)④・⑤の撮影手法部分の表現については、「アイデア・表現二分論」でいうところのアイデアレベルでは確かにありふれている一般的なものだとは言えますが、被写体撮影に際して「角度をつける」とか「影ができるように光を当てる」といったアイデアの下で実際に被写体を撮影すれば多様な写真表現が生じることは十分にありえることであり、実際、X写真とYラベルシール3の写真について、これらの点で見比べた場合、具体の表現においては相応の違いが看取されます。
この点、写真表現における創作性については、一般的に、光線、構図、シャッタースピード、アングル、レンズの選択、現像・焼付等の様々な要素によって認められると説かれている(注5)ことから、それら諸要素の一つ一つだけではよほどの特徴が無い限り表現上の創作性は肯定されないとする理解ももちろんあり得ますが、他方で写真表現を考えた場合に、こうした角度や陰影の付き方は創作性の大きな要素であることからすると、特定の被写体を同じ機材等の下で別角度から撮影した場合や陰影のつけ方が変わるように撮影した場合にできあがる写真については新たな創作性が付加される可能性は否定できないように思われます(注6)。
本事案に関しては評価が分かれるところですが、私見では、X写真につき少なくとも④・⑤の各々について、(アイデアレベルではなく)表現として見ると、(Yラベルシール3の写真との表現上の共通性はさておき、)ありふれているとは言えないものと考えます(注7)。
それから、全体観察に係る説示に関してですが、XがYラベルシール3の写真との表現上の共通点として主張した6点はX写真における特徴点と考えられることからすると、それら全てをありふれたものと評価した本判決の下では、X写真自体の著作物性が否定されかねない印象ですが、本判決ではX写真の著作物性には言及していないため、この点は必ずしも明確ではありません。
個別の表現部分がありふれているものであった場合でもそれらを総合すると全体として創作表現となりうることは通常ありえる(注8)ことを想起して、本判決においてもX写真全体については実は著作物性を認める立場を採っている可能性は一応あると思われます。
しかしながら、全体観察に係る説示において「共通点aないしfはいずれも創作的表現であるとは認められないから、これらの共通点を全体として観察しても、原告写真と被告写真3との間で創作的表現が共通するとは認められない」と述べている表現ぶりは、X写真の著作物性に対するそのような捉え方とは整合的でないとの疑念が払拭できないところです。
結局のところ、写真はその機械的特性を前提としつつ微妙な差異の下で著作物性が広く認められるとの点(注9)に立ち返ると、その保護範囲は本来的に狭いと解するべきと考えられ(注10)、本判決においても、本件X写真の表現上の創作性が及ぶ範囲が抑々狭く、両写真の創作表現の共通性は個別部分にも全体部分にも認められない、と整理するのが妥当だったものと思われます。
本事案は前述の通り、原告の主張する濾過テストに沿って判断が下されましたが、二段階テストの下で主張・判断した場合には本判決の説示もそれに応じたものになったと考えられるところであり、その意味で、本判決は、写真を巡る「ありふれた表現」論と濾過テストを用いた際の留意点とについて考える材料を与えた意義があるものと思われます。
最新著作権裁判例解説の初回は以上です。第2回以降も引き続き宜しくお願いいたします。
(注1)表現上の本質的特徴の直接感得性と創作表現の共通性との関係性につき、これを完全に同一内容と解するか否かは学説上争いがある。小泉=田村=駒田=上野編『著作権判例百選[第6版]』90~91頁[田村善之]、同92~93頁[駒田泰土]。
(注2)前掲注1・18~19頁[岡村久道]
(注3)東京地判平成11年12月15日(判時1699号145頁)〔みずみずしい西瓜写真事件(第一審)〕では、「写真技術を応用して制作した作品については、被写体の選択、組合せ及び配置等が共通するときには、写真の性質上、同一ないし類似する印象を与える作品が生ずることになる。しかし、写真に創作性が付与されるゆえんは、被写体の独自性によってではなく、撮影や現像等における独自の工夫によって創作的な表現が生じ得ることによるものであるから、いずれもが写真の著作物である二つの作品が、類似するかどうかを検討するに当たっては、特段の事情のない限り、被写体の選択、組合せ及び配置が共通するか否かではなく、撮影時刻、露光、陰影の付け方、レンズの選択、シャッター速度の設定、現像の手法等において工夫を凝らしたことによる創造的な表現部分、すなわち本質的特徴部分が共通するか否かを考慮して、判断する必要があるというべきである。」として、撮影手法限定説に立って侵害を否定。
他方、東京高判平成13年6月21日(判時1765号96頁)〔同控訴審〕では「撮影の対象物の選択,組合せ、配置等において創作的な表現がなされ,それに著作権法上の保護に値する独自性が与えられることは,十分あり得ることであり、その場合には,被写体の決定自体における,創作的な表現部分に共通するところがあるか否かをも考慮しなければならないことは,当然である。
写真著作物における創作性は,最終的に当該写真として示されているものが何を有するかによって判断されるべきものであり,これを決めるのは,被写体とこれを撮影するに当たっての撮影時刻,露光,陰影の付け方,レンズの選択,シャッター速度の設定,現像の手法等における工夫の双方であり,その一方ではないことは,論ずるまでもないことだからである。」として、被写体許容説に立って侵害を肯定。
(注4)髙部眞規子『実務詳説著作権訴訟(第2版)』260頁によれば、原告・被告の両作品を対比する場合には、「2段階テスト」、「濾過テスト」と呼ばれる2種類の方法がある。前者は「原告作品の著作物性を認定してから、被告作品に原告作品の創作的表現が複製又は翻案されているかを順次判断する方法」 であるのに対し、後者は「原告作品と被告作品の同一性を有する部分を抽出し、それが思想又は感情の創作的な表現に当たるか否かを判断する方法」であるが、「事案に応じていずれの判断手法を採用することも可能」とされる。今回の事件ではX側が「濾過テスト」による主張を行っており、本判決もこれに沿って判示している。
本判決では結論として著作権侵害が否定されており、写真の著作物における創作性の考慮要素について判決がいずれの立場を採用しているかは明確ではないが、原告が被写体許容説に基づく主張を行い、本判決ではその主張方法自体に異論を差し挟むことなくこれに沿って判示していることからすると、本判決も一応、被写体許容説に立っているものと推察される。
(注5)中山信弘『著作権法(第3版)』125頁以下。
(注6)ただし、写真の著作物性認定の容易さの現状に対して疑念を示す見解もある。池村聡講演録「現代社会における写真と著作権」(『コピライト』No.718 Vol.60・32頁以下)、池村聡「写真の著作物性をめぐる実務上の諸問題」(『IPジャーナル』Vol.16・4頁以下)。
(注7)なお、仮にこれら個々の表現部分を抽出して利用しえた場合にそうした利用行為が著作権侵害を構成するかどうかは、前掲注1における表現上の本質的特徴の直接感得性の捉え方による。
(注8)前掲注1・93頁[駒田]。
(注9)前掲注5・中山125頁以下。なお、写真の機械的特性に由来する写真の保護の沿革等については、(公社)日本写真家協会著作権委員会編『写真著作権』17頁以下[川瀬真「写真著作権概論」]に詳しい。
(注10)前掲注5・中山127頁以下。
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【2】文化庁の著作権普及啓発事業による啓発動画の公開について
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この度令和4年度著作権普及啓発事業として文化庁にて作成された啓発動画をご紹介いたします。
啓発動画名:「現役大学生が人気クリエイター東村アキコさんと対談!創作活動のリアルと著作権」
公開期間 :2022年10月3日~2023年3月31日
文化庁>政策>著作権:https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/93778101.html
対談特集記事はこちら↓
(マイナビ学生の窓口より):https://gakumado.mynavi.jp/gmd/articles/60019
(マイナビ学生の窓口ツイートより):https://twitter.com/m_gakumado/status/1576867154330124288?s=20&t=9vHjq8xnz5lvxg3duOVxGg
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