JRRCマガジンNo.289 ドイツ著作権法 思想と方法1 ドイツ著作権法の概要

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JRRCマガジン  No.289 2022/10/13
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◆今回の内容
【1】三浦先生のドイツ著作権法 思想と方法
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皆さま、こんにちは。
芸術の秋でもありますが皆さまいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回より三浦正広先生の連載が始まります。
三浦正広先生は、本センターで長く理事長を務められた半田正夫先生(元青山学院大学理事長・学長でご専門は民法・著作権法)の愛弟子であり、現在国士舘大学法学部教授として教育及び研究に携われています。
ご専門は知的財産法(特に著作権法)で、本稿ではご専門のドイツ著作権法に関する解説をしていただきます。

三浦先生のバックナンバーは下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/miura/

◆◇◆━三浦先生のドイツ著作権法 思想と方法━━━
【1】ドイツ著作権法の概要
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1. 著作者の権利の性質
 世界の著作権法は、〈著作権〉を「著作者の権利」(著作者人格権+著作権)として構成する大陸法系と、単に「著作権」(財産権)として構成するアングロ・アメリカ法系に分類される。
前者は、ベルヌ条約に準拠し、著作者(創作者)の権利を尊重して、著作者人格権の保護に関する規定を設けているが、後者は、功利主義的な立場から著作権(copyright)を経済的な権利として捉え、著作者人格権の保護に消極的な法制を採用している。
ドイツ著作権法は、他のヨーロッパ諸国と同様に「著作者の権利」構成を採用している。
 日本の著作権法は、旧著作権法制定以降、ヨーロッパ法的な構成を採用しているが、知的財産立国戦略を国家政策として掲げた知的財産基本法の制定(2002(平成14))以降、著作権(著作者の権利)は、法政策的に「知的財産権」として認識されるようになり、解釈だけでなく立法においても著作権の経済的側面が強調される傾向が顕著である。
 ドイツ法も、時代の流れには逆らえず、デジタル・ネットワーク時代の到来を迎えて、著作権法の現代化の波が押し寄せており、利用の拡大に傾倒しがちであるが、
著作権法の本来の目的である著作者の権利保護の趣旨は揺らいでいない。EU法において人権として認識される著作者の権利の制限については、条約上のスリー・ステップ・テストの解釈基準を設定するなどして厳格に運用している。
著作権が強すぎると認識される傾向が強い日本法のように、著作権の制限を拡大して、権利者と利用者との利益バランスを図るのではなく、利用を促進しつつ、相当報酬理論を一般化することで、利益バランスを図ろうとしている。
このようなドイツ法と日本法の対応の違いは、著作者の権利保護に対する思想の違いに由来するものであるといってよい。

2. 著作権思想の萌芽
 欧州各国の著作権法の文献を紐解くと、欧州における著作権の歴史は、15世紀半ばヨハネス・グーテンベルクによる活版印刷術の発明に始まるとされる。当時、印刷機で印刷されたのは、歴史書、古文書、宗教書の類であり、創作物は多くはなかったようである。
ドイツでは、聖書が大量に印刷され、マルティン・ルターによる宗教改革に多大な影響を与えたとされる。
グーテンベルクによるこの歴史的偉業は、著作権だけでなく、メディアの萌芽として、欧州において現代のインターネット時代に今なお高く評価されているところである。
 グーテンベルクの発明は、金属活字を用いたことが特徴であるとされるが、東洋においても、7世紀にはすでに中国において木版印刷が行なわれており、その後、朝鮮、日本にも広く普及している。日本の文献では、16世紀後半の戦国時代に活版印刷術が輸入されたとする記述がみられるが、アルファベートと漢字、ひらがなという文字の違いや技術的な問題などにより、日本で普及することはなかった。日本で活版印刷術が普及するのは、明治時代になってからのことである。
 グーテンベルクの出身地ドイツ中部の都市マインツにある博物館には、彼が発明した印刷機や、それにより印刷された『四十二行聖書』などが展示されているほか、グーテンベルク以前の印刷術というテーマで、東洋の木版印刷術に関する資料が展示されている。
ちなみに日本では、和算の学術的発達に貢献したとされる「遺題継承」の契機となった江戸時代のベストセラー吉田光由『新編塵劫記』(1641(寛永18))による海賊版防止のアイデアや、新たに出版する書物の奥書(奥付)に版元名(出版者名)と作者名(著作者名)を表記することを義務づけた江戸町奉行大岡越前による「出版条目(触書)」(1722(享保7))において、著作権思想の萌芽をみることができる。

3. 著作権法の生成と発展
 ヨーロッパにおいて世界で最初に制定された近代的な著作権法は、当時のヨーロッパの覇権を握っていたイギリスである(1710アン女王法)。
その後フランスが革命期に著作権法を制定している(1791, 1793)。領邦の支配権力が強かったドイツは政治的統一が遅れ、1837年にプロイセンが著作権法を制定している。その後1901年に文学・音楽著作権法(LUG)、および出版権法が制定され、さらに1907年に造形美術・写真著作権法(KUG)が制定された。このLUGとKUGは旧著作権法と位置づけることができる。1965年に現行著作権法(Urheberrechtsgesetz)が制定される。
 著作者の権利を保護するという発想がなかった時代において、出版に際して著作者が原稿を出版者に引渡すと、原稿の所有権が出版者に移転するだけでなく、出版権や著作権等の出版に関する一切の権利が出版者に移転するというような構成がとられていた。これに対して、ドイツの哲学者カントは、原稿は著作者の思想や人格が反映された精神的創作物であり、所有権の対象である単なる有体物とは異なるという認識を示し、これにより精神的所有権論が主張されることになる。18世紀後半から19世紀前半にかけてのドイツは、学術的な爛熟期にあり、さまざまな学問分野で先進的な理論の発展を見ることができる。
 このような著作権法の発展の歴史を踏まえて、近年は、著作者の権利の内容は、複製や送信などのメディア技術と密接に関連していることからわかるように、それぞれの時代や社会における文化との関係、さらには政治や経済状況との関係のなかで理解されるべきものであると考えられている。
21世紀のデジタル市場において、著作物の経済的価値は、従来の法律学的な学問体系だけで把握することのできない社会的な意義を内包することとなる。

4. 著作権法の目的
 現行ドイツ著作権法は、著作権一元論を採用し、著作者の権利保護を徹底しているといえるが、日本法のような明文の目的規定は置かれていない。
立法当時の理由書によると、著作者の権利を保護することが文化の創造・発展につながるということを念頭に置いていることがわかる。
日本の現行著作権法は、第1条に目的規定が置かれており、法律の目的が明確に定められている。著作者等の権利を保護し、その上で創作された著作物の公正な利用を促すことで「文化の発展に寄与すること」が究極的な目的であると定められている。
これは、文化を創造する者の権利保護に加えて、文化を享受する者の権利を定める世界人権宣言(1948)および国際人権(社会権・文化権)規約(1966)の趣旨を受けて、1970(昭和45)年に成立した現行法の最も象徴的な規定であるといえる。

5. 憲法上の位置づけ
 ドイツ法における著作者の権利は、基本法(Grundgesetz:GG)における人格の自由な発展に関する権利(GG2条1項)、表現・出版の自由 (GG 5条1項)、芸術の自由、学問・研究の自由(GG 5条3項)および所有権(財産権)の保障(GG 14条1項)を根拠とする。2021年の著作権法改正において、パロディを許容する著作権の制限規定が新たに設けられたが、これは基本法で保障されている芸術の自由が大きく影響している。
欧州において、国際法上の「人権」として尊重される著作者の権利は、 知的財産権の保護に関するEU基本権憲章17条2項(EU条約6条1項)によって保護され、 そして、EU運用条約118条により、 EU域内における統一的な保護が要求されている。このような権利意識のもとで、情報通信技術の発展によってもたらされる著作物の新たな利用可能性は、著作者の権利保護において考慮されなければならないとする法思想が定着している。
日本法における著作権の憲法上の位置づけとして、著作者人格権については、憲法13条の幸福追求権が憲法上の根拠とされ、また、著作権については、財産権を保障する憲法29条がその根拠であると理解されている。

6. 最近の動向
 日本において、コンピュータ・プログラムの法的保護をめぐる1985(昭和60)年の著作権法改正が大きな転換期となったように、ドイツにおいても、EU(欧州連合、以前はEC:欧州共同体)によるコンピュータプログラム指令(1991)や情報社会指令(2001)等のEU指令にもとづく法改正が行われ、EU域内における著作権法のハーモナイゼーション(調和)、およびデジタル・ネットワーク時代に適合する著作者の権利の現代化が基本テーゼとなっている。また、国際的にはWIPO著作権条約(WCT)および実演レコード条約(WPPT)の批准に合わせた法改正が行われている。
ドイツ現行著作権法における歴史的な大改正は、2002年に成立した「著作者契約法(Urhebervertragsgesetz)」である。 
著作者の権利は、かつては単に「著作物とその利用に関する精神的および人格的結びつきを保護する権利である」と規定されていたが、「著作物の利用に関する相当の報酬を保障する権利である」という条項が追加され、著作者契約法の根幹となる理論である相当報酬理論の法律上の根拠が明確にされた(ドイツ著作権法11条2文)。さらに、その後の2021年デジタル域内市場(DSM)指令には、この相当報酬理論が採用された。これによりデジタル・ネットワーク時代の新機軸と位置づけられる理論がEU加盟国に浸透することとなった。
EUにおける国家的ないし組織的システムは、さまざまな面でドイツ的なシステムが導入されているが、法システムにおいてもドイツ法のシステムが色濃く反映されている。とくに著作権制度の枠組みには、あらゆる場面でドイツ法の影響がみられ、ドイツ法がEU法を牽引しているといえる状況である。
                    国士舘大学法学部 三浦 正広
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