JRRCマガジンNo.234 塞翁記-私の自叙伝23

半田正夫

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JRRCマガジン No.234 2021/3/25
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みなさま、こんにちは。

桜の開花宣言が取り上げられる時期となり、東京は3月22日に満開宣言
がありました。この季節は、様々な変化の一つとして、進学、就職に加
えて教育機関での生涯学習を考えておられる方もいらしゃると思います。
各方面で教育機関の役割が益々大事になってきていると感じています。

さて、今回の半田先生の私の自叙伝は、教育機関としての大学長候補時の
基本方針について触れられています。具体的な内容ですので、興味深い
のではないでしょうか。詳細は本マガジン本文にてご確認いただけます。

前回までのコラムはこちらから
https://jrrc.or.jp/category/handa/

◆◇◆半田正夫弁護士の塞翁記━━━━━━
             -私の自叙伝23
第13章 大学長選挙に挑戦
        
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■青山学院大学における役職

青山学院大学で最初に役職に就いたのは、1983年の法学部私法学科主任である。
その後、1987年に法学部長に就任して2年間勤め、1990年には大学図書館長として2年間、1998年には総合研究所長として1年半、1999年12月からは4年間にわたって青山学院大学学長として勤務したのである。
これによって青山学院大学の主な役職を総なめしたことになる。
なお、この後、学校法人青山学院の常務理事、副院長、院長代行、理事長と進んだので青山学院のすべての主要な役職を経験したことになる。青学出身者でないのみならず、クリスチャンでもない者がこれほどの役職を経験した例はこれまでにはなく、おそらく今後も現れることはないものと思われる。
青学にとっては激動の時代であったからこれが可能であったものと思われるが、私にとっても得難い経験であったといえそうである。この点についてはまた後に触れることにしよう。

■大学長選挙に挑戦
定年を1年有余残し、その後の第二の人生の過ごし方をぼんやり考え始めたときに、某教授が研究室に来て、学長選挙に出る意思はないかとの打診を受けた。
驚天動地のことではあったが、長年世話になった青学になんらかのお返しをしたいとの希望をもっていたので、もしもその可能性があるのであれば前向きに考えてもいい旨を返答した。

青山学院大学の大学長選挙は、大学の助手(現在の助教)以上すべての専任教員、理工学部の実験講師(青学特有の講師で、のちに廃止)、それに一定年数以上勤務した専任職員(61名)の計500名ほどの直接選挙によって決めることになっていた。
ただ候補者を限定しないと、延々長時間に及んでも決まらないという過去の例の反省から、数年前から、あらかじめ学長候補者選考委員会を開いてそこで候補者を3名にしぼり、その3名が所信と経歴を文書に記して提出し、それを選挙前に選挙権を有する者に配布しておき、それを参考に当日一堂に会して選挙するという方式に改められていた。
1999年のこの年に開かれた学長候補者選考委員会において、私は3名の候補の一人に選ばれたのである。
私以外の一人は現政権で副学長をしている文学部のK教授、もうひとりは国際政経学部長のI教授であった。
I教授は学長選挙のたびごとに候補者に上げられるが評判はいまひとつで、万年候補者とされていたが、K教授はその辣腕ぶりから次期学長として最右翼におり、学内の知名度も高かった。
知名度の点からいえば残念ながら私は一番低いといわざるをえなかった。
ところが、学長候補者選考委員会において候補者を選考するにあたって、意外なことに私とI教授が同数で並び、K教授がこれよりかなり票数を少なくしたことから、選考委員会終了後、K教授が健康を理由に辞退を表明し、結局、私とI教授の一騎打ちということになったのである。
所信表明の原稿を求められた私は、次のような内容の文書を作成し、提出した。

(大学長候補者としての所信)

基本方針
1.青山という地の利を活かし開かれた大学づくりを第一の目標とする。
 いままでの受け身の立場を捨て、21世紀に向けて積極的に自己主張をする大学への変貌を目指す。
2.学部間の格差をなくし、人事異動の明朗化を図り、これによって教員・職員一体となった閉塞感のない明るい大学づくりを目指す。
3.学生を大切にする大学づくりを目指す。

具体策
(a)21世紀委員会の答申を最大限尊重し、これの実現に力を尽くす。ただ最近登場してきた新キャンパス構想との関連で、多少の修正を迫られることはやむを得ないところと考える。
(b)他大学にはない魅力ある講義カリキュラムの新設を促進する。
私は92年から5年間にわたり日本レコード協会から寄付を受けて、わが国を代表する専門家を毎週招いて読み切りの形で講義をするという特別講義を実施し、大学の閉鎖的な壁を取り払い、外部からの新鮮な風を取り入れる試みを行ったが(これは「レコードと法」ほか5冊にまとめられ、社会科学部門教員の各研究室に配布済み)、このような試みは青山の地の利と知名度にしてはじめてなしうるところである。
各学部の独自の工夫に基づくこの種の試みを推奨し、実現に協力したい。
(c)渉外関係の窓口を設置し、外部からの資金援助や助成金の受け入れ、さらには産学共同研究の支援態勢を整え、研究面での活性化を図る。
(d)学部間にみられる教育環境と研究環境の格差を是正する。とくに学生が大学側から受けるサービス面での格差を是正する。
(e)人事異動のルール化を図り、明朗で、だれでも納得できる人事システム作りを考える。人事委員会の設置も視野に入れることになろう。
(f)新キャンパス問題は各学部の意向が無視されることのないよう慎重に対処する。
(g)生涯教育の時代を迎え、地の利を得ている青山キャンパスの施設を最大限活用し、昼夜を問わず、社会人を受け入れるための講座の開設や、そのための制度づくり(施設を含めて)を実現する。
(h)校友会との連絡を密にし、卒業生、保護者と大学との一体感を醸成するとともに、アドバイザー・グループ(アド・グル)やゼミの活性化を図り、教育の充実を通じて学生を大切にし、激化が予想される大学の「生き残り」時代に対応する。

大学長の選挙は、どんよりした空模様の1999年11月24日14時から青山学院講堂において行われた。
その結果、1回目の投票で圧倒的な過半数を得て私は大学長に選任された。
そして任期は、1999年12月15日から2003年12月14日までの4年間と決まったのである。

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