JRRCマガジンNo.371 ご当地キャラクター「ひこにゃん」と契約の不備

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JRRCマガジン  No.371 2024/5/30
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※マガジンは読者登録の方と契約者、関係者の方にお送りしています。

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◆今回の内容
【1】川瀬先生の著作権よもやま話
【2】【6/21開催】JRRC無料オンライン著作権セミナー開催のご案内(受付中!)
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皆さま、こんにちは。
今日5月30日は「 文化財保護法公布記念日」
1950(昭和25)年5月30日に法律文化財保護法が公布されたことにちなんで記念日が設けられたそうです。

さて、今回の川瀬先生の著作権よもやま話は、
「ご当地キャラクター「ひこにゃん」と契約の不備」です。

川瀬先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/kawase/

◆◇◆【1】川瀬先生の著作権よもやま話━━━
ご当地キャラクター「ひこにゃん」と契約の不備
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1 はじめに
 私は、滋賀県の彦根市の出身です。彦根市はご当地キャラクター「ひこにゃん」で有名です。彦根を訪れると市内のあちこちで「ひこにゃん」のポスターやのぼりが見られ、お土産屋さんでは、「ひこにゃん」を使ったキャラクター商品が売られています。また、国宝彦根城を訪れると時間が決まっていますが、「ひこにゃん」のぬいぐるみが観光客を歓迎してくれます。
 「ひこにゃん」はご当地キャラクターのはしりといわれていますが、華々しくデビューし、全国的な知名度を得ましたが、その後原画(漫画)の著作者との紛争が起こり、訴訟を含めた長い争いの末、ほぼ10年間を要して和解に至りました。
 何故これだけ「ひこにゃん」の利用に関し混乱が生じたのか、私の出身地のご当地キャラクターですので、少し調べてみたところ、その原因は原作者との最初の契約の不備にあったようです。私の見るところ、原作者と彦根市(最初の契約は「400年祭実行委員会」と結んだものでしたが、その後契約は彦根市に継承されていますので、本稿では彦根市で統一します)のキャラクター契約をするにあたって、特に彦根市側は著作権に関する知識が十分でなかったように思います。彦根市のような地方都市では著作権法の内容に詳しい助言者が不在だったこと、ご当地キャラクターの先駆けということで先例が少なかったこと等が原因と考えられますが、紛争になったおかげで、「ひこにゃん」のイメージが損なわれたことは非常に残念なことです。
 本稿では、キャラクターに関する著作権契約に焦点をあて、何が問題であったのか、問題になる前にどうしたらよかったなどについて解説します。

2 紛争に関する経緯
 解説の前に紛争に関する経緯を簡単に紹介しますので、まずはこれを読んでください。

▲2006(H18) 年 「国宝・彦根築城400年祭」の公募で、「ひこにゃん」(著作者A)が採用。①「お座り」「跳ね」及び「剣」の3ポーズの②著作権を400年祭実行委員会が譲り受けた。商標登録も済ませる。
①の原画

▲2007(H19)年11月 3ポーズ以外の商品も販売されている等の理由からAから彦根市に対し「ひこにゃん」の使用中止を求め民事調停の申し立て。調停成立。彦根市の利用継続が認められる。
▲彦根市がAの所属するデザイン会社に対し類似キャラ③「ひこねのよいにゃんこ」を考案し利用したとして、類似キャラを使用した商品の製造・販売等の差止めを求める仮処分を大阪地裁に申立。2010(H22)12月却下。その後大阪高裁に特別抗告。④2011(H23)年3月仮処分決定。 その後、彦根市は大阪地裁に商標権侵害による差止等を求めて本訴。
③の原画

▲2012(H24)年11月大阪地裁にて和解成立。類似キャラの利用の中止、彦根市が「ひこにゃん」のポーズ等を改変する権利があることも認められる。
▲2016(H28)年7月覚書締結。彦根市がAに依頼すれば、別のポーズのイラストやアニメの制作が可能になった。 

3 紛争の原因と契約上の不備
 紛争の原因は大きく分けて次の2点と考えますが、これは当初の契約の際著作権の専門家の助言を受けてその解決策について契約に反映しておけば避けられた紛争であると考えます。
(1)著作権(財産権)については、当該権利を全部譲渡すると契約書に書いてあっても著作権を全部譲渡したことにはならない。
 これだけ読むと不思議に思われる方も多いと思いますが、著作権法では著作者保護の観点から、他の権利の譲渡契約とは異なる取り扱いが行われています。
 著作権法では著作権契約に関する条項の中に次のような規定があります。
「著作権を譲渡する契約において、第27条又は第28条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保されたものと推定する。」(61条2項)
 著作権法27条というのは、二次的著作物の創作権と呼ばれるもので、既存の著作物に依拠しつつ、そこに新たな創作性を加えて既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する権利です。翻訳、編曲、変形又は脚色化・映画化・要約等の翻案行為のことを指します。漫画の場合であれば、原画からぬいぐるみを作成したり、原画をベースに様々な姿態を模した派生画を作成する場合に働く権利と考えてください。
 また、著作権法28条の権利というのは、二次的著作物が利用された場合、二次的著作物の著作者に与えられた権利と同様の権利を原著作物の著作者も与えられることを意味します。すなわち、この権利があるので、二次的著作物が利用された際は、二次的著作物の著作者の権利と同時に、原著作物の著作者の著作権も働くことになります。
 このことから、著作権法上、著作権の全部を完全に譲り受けるためには、「著作権の全部(著作権法27条及び28条の権利を含む)を譲渡する」と規定しないと27条及び28条の権利は譲渡人に残っていると推定されることになります。ただし、推定ですので譲受人が証拠をそろえて反証しそれが認められれば当該権利の譲渡が認められる場合もあります。
 それでは当初の「ひこにゃん」のキャラクター契約における原画の権利に係る譲渡契約ではどのような表現になっていたのでしょうか。
 契約書では、「キャラクターに関する所有権(著作権)等一切の権利」(②参照)と書いてありました。「キャラクター」自体は抽象的な概念であり著作物でないというのが通説・判例ですので、ここでいうキャラクターとはキャラクター募集に応じて提出された3つのポーズの原画(①を参照)を指すことになり、この契約の表現では原画に係る著作権法27条及び28条の権利はAに留保されていると推定されます。
 もし、27条の権利がAに残っているとすれば、Aと契約していた販売会社が製造・販売していた「ひこねのよいにゃんこ」(③を参照)が「ひこにゃん」の「剣」ポーズの二次的著作物とすれば、Aの行為は適法になることになります(商標権侵害はここでは考えない)。
 この紛争は、裁判になりましたが、④の仮処分決定において、大阪高裁は、契約時の実態等を踏まえ、推定を覆す判断をし、彦根市の差止請求を認める仮処分決定をしました。
 この経緯を見てもわかるように、もともとの契約内容の不備がここまで解決を後らせた大きな原因ということになります。
 それともう一つは彦根市側のキャラクター管理の甘さがあったようです。キャラクター管理の過程で、当初はなかったキャラクターイメージに「肉好き」を加えたり、原画にはない尻尾をつけた派生画を認めたりとキャラクター利用のルールが明確になっておらず、それがAの彦根市に対する不信感を助長させたようです。このキャラクター管理の甘さが、次の問題点につながります。

(2)著作者人格権は、他人に譲渡できない。
 知的財産権法制の中でも著作権法は特異な存在です。その一つが、著作者の人格的利益を保護する著作者人格権の存在です。著作者人格権は、例えばプライバシー権や名誉権の人格権と同様に、他人に譲渡することができません(59条)。したがって、契約書に原画に係る一切の権利を譲渡すると書いても、そこには著作者人格権は含まれません。また、著作者人格権を譲渡すると書いても、その規定は無効となります。
 著作者人格権の中でも「ひこにゃん」の場合は同一性保持権(20条)の問題が関係します。同一性保持権とは、著作物やその題名の同一性を保持する権利のことで、著作者の意思に反して著作物等の変更、削除等の改変を行うことはできません。要するに著作物等の改変を行う場合は、著作者の同意が必要ということです。
 例えば、①の原画に尻尾を付けたり、肌や兜等の色を変えたり、兜や刀の形状を変えたりすると同一性保持権侵害の問題が生じる可能性があります。この場合、二次的著作物の利用権(27条)の権利との関係が気になるところですが、以前は、二次的著作物は原著作物とは別の表現であるので同一性保持権の問題は生じないという考えが主流でしたが、現在では二次的著作物であっても同一性保持権の侵害はありうるというのが有力説です。この考え方の内容についてはここでは説明しませんが、キャラクター管理を円滑に行うためには、同一性保持権の侵害の可能性も考慮しながら、著作者との間で派生画等の取扱いについて決めておく必要があります。
 例えば、派生画等を認めるのであれば、安易な変更を回避するため、様々なポーズを事前に用意しできるだけその中から選択してもらうこと、変更できない箇所(例えば顔の表情)と変更できる箇所(例えばポーズ)を明示すること、派生画等の作成ルールを決めた上で承認制にすること等の方策が考えられます。また、多様な変更を認めるということであれば、著作権(財産権)の譲渡契約を結ぶ際に、同一性保持権の行使を行わないとする不行使特約を結ぶことも考えられます。
 いずれにしても、著作者人格権侵害の問題が生じないように著作者と充分話し合いを行い対応することが大事だと考えます。

4 おわりに
 「ひこにゃん」の問題を考えたときに、紛争が生じた原因は、著作者と彦根市側の原画の取扱いに関する話し合いが十分でなかったことと著作権制度に関する知識の欠如による契約の不備と考えます。最初にそのことをきちんとしておけば、訴訟になるような紛争も起こらなかったでしょうし、積極的な事業展開により、彦根の知名度もより高まり、ライセンス料もさらに増加したと考えられます。彦根市側としては回避できた紛争であっただけに、彦根市出身の私としては非常に残念な事件でした。

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日 時 :2024年6月21日(金) 14:00~16:00
会 場 :オンライン (Zoom)
参加費 :無料
主 催 :公益社団法人日本複製権センター
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~~プログラム~~

14:00 ~ 14:05 開会・諸連絡
14:05 ~ 14:40 【1】新聞等の著作権保護と著作物の適法利用
14:40 ~ 15:00 【2】ご存じですか?新聞記事や写真の利用
15:00 ~ 15:05 休憩
15:05 ~ 15:25 【3】新聞記事を巡る著作権侵害の事例
15:25 ~ 15:40 【4】JRRCからのご案内
15:40 ~ 15:55 質疑応答
15:55 ~ 16:00 閉会

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