JRRCマガジンNo.362 最新著作権裁判例解説17

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JRRCマガジン No.362    2024/3/21
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。

今年も桜の開花が待たれる頃となりました。
いかがお過ごしでしょうか。

さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。

濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/

◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その17)
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               横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未

 今回は、東京地判令和5年12月7日(令和5年(ワ)第70139号)〔紋次郎いか事件〕を取り上げます。

<事件の概要>
 本件は、原告らが、被告に対し、被告が別紙被告図柄目録記載の図柄(以下「被告図柄」という。)及び「紋次郎」という語を別紙被告商品目録記載の各商品(以下「被告商品」という。)に付して製造販売し、その画像を公衆送信することは、本件各作品に係る複製権又は翻案権、公衆送信権及び譲渡権を侵害すると主張するとともに、被告図柄等を付して被告商品を製造販売することは、不正競争防止法2条1項1号又は2号に掲げる「不正競争」に該当すると主張して、著作権法112条1項及び2項並びに不正競争防止法3条1項及び2項に基づき、被告商品の製造販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、民法709条及び著作権法114条3項並びに不正競争防止法4条及び5条3項1号に基づき、1億5126万1000円(損害額1億3751万1000円及び弁護士費用1375万円の合計額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和5年4月8日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(原告Aは、本件各作品その他の故・笹沢佐保ことB創作による「木枯らし紋次郎」シリーズの連載小説(やこれらの書籍をもとにした漫画、テレビシリーズ、映画)に関する著作権を全て相続し、原告会社に対し、上記著作権一切に関する独占的な利用を許諾したものである。
他方で、被告は、昭和47年6月25日から、「紋次郎いか」という商品名でパッケージに被告図柄を付して、甘辛く煮たするめいかの足を竹の串に刺した食品を製造販売し、またその後、「げんこつ紋次郎」その他の被告商品にも、被告図柄を付して、製造販売していたものである。(注1))

<判旨(※著作権侵害に係る部分のみ記載)>
 原告らの請求を棄却。
「著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」・・・とされており、一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載小説においては、当該登場人物が描かれた各回の文章表現それぞれが著作物に当たり、上記登場人物のいわゆるキャラクターといわれるものは、小説の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができない。そうすると、一話完結形式の連載小説に登場するキャラクターは、著作権法2条1項1号にいう著作物ということはできない(連載漫画についての最高裁平成4年(オ)第1443号同9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁参照)。
したがって、著作権者は、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定する必要があるものと解するのが相当である。」
「これを本件についてみると、原告らは、特定論において、著作権が侵害されたと主張する著作物につき、①通常より大きい三度笠を目深にかぶり、②通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、③口に長い竹の楊枝をくわえ、④長脇差を携えた渡世人という記述(以下「本件渡世人」という。・・・であると特定するにとどまり、本件渡世人を個別の写真や図柄等として特定するものではなく、その他に主張する予定もないと陳述している・・・。
そうすると、原告らは、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定するものではない。
したがって、原告らの特定論に係る主張を前提とすれば、原告らは、本件書籍において著作権が侵害されたという著作物を具体的に特定しないものとして、その主張自体失当というほかなく、この理は、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の一貫した中心人物として主張される本件渡世人についても、異なるところはない。」
「仮に、原告らが、本件渡世人という記述に加え、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の一貫した中心人物という趣旨をいうものとして特定しているとしても、上記中心人物は、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品の表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念をいうものであるから、原告らが特定するものは、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないことからすると、これを著作物であると認めることはできない。」
「さらに念のため、本件渡世人に係る記述自体をみても、原告ら主張に係る本件渡世人は、①通常より大きい三度笠を目深にかぶり、②通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、③口に長い竹の楊枝をくわえ、④長脇差を携えた渡世人というものである。そして、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、渡世人が、三度笠を目深にかぶり、引き回しの道中合羽で身を包み、長脇差を携えていたというのは、江戸時代の渡世人の姿としてありふれた事実をいうものであり、口に長い竹の楊枝をくわえるという部分を更に加えたとしても、これがアイデアとして独自性を有するかどうかは格別、著作権法で保護されるべき創作的表現という観点からすれば、その記述自体は明らかにありふれたものである。
仮に、本件渡世人に対しその後本件テレビ作品で加えられた表現をもって二次的著作物とする原告らの主張に立って、「通常より大きい」三度笠で、「通常よりも長い」道中合羽で身を包んでいるという記述を加えて更に検討したとしても、これらの記述も同じく極めてありふれたものであり、原告らの上記主張の当否を判断するまでもなく、本件渡世人に係る上記記述は、全体として、ありふれた事実をありふれた記述で江戸時代の渡世人をいうものにすぎず、これを創作的表現であると認めることはできない。」
「仮に、原告らが、特定論における上記主張にかかわらず、例えば本件テレビ作品の映像の一部(本件紋次郎表示目録参照)に係る人物写真に著作権を有することを前提として、著作権侵害を主張するとしても、被告図柄・・・との同一性を検討し得る部分は、結局のところ、本件渡世人に係る上記記述部分にとどまるものとなるから、当該記述部分が、ありふれた事実をありふれた記述で江戸時代の渡世人をいうものにすぎず、創作的表現に該当しないことは、上記において説示したとおりである。
そうすると、本件テレビ作品の映像の一部に係る人物写真と、被告図柄との同一性を検討し得る部分は、明らかに創作的表現がない部分にとどまることからすれば、被告図柄の製作が複製又は翻案に該当しないことは、自明である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。のみならず、被告図柄で記述された渡世人の姿についてみると、三度笠の大きさは、概ね背丈ほどもある巨大なものであり、江戸時代の渡世人の姿とは異なるものである。
また、口にくわえるものも顔の数倍程度もあるものであり、これを直ちに竹の楊枝であると認識し得るものとはいえない。そうすると、被告図柄の記述自体からは、本件渡世人のような江戸時代の渡世人を直接感得することはできないことからすると、上記において同一性を検討し得るとした部分についても、著作権法の観点から仔細に検討すれば、そもそも同一性を欠くものといえる。」
「これに対し、原告らは、被告図柄が本件渡世人における表現上の本質的な特徴を維持している旨主張するものの、本件書籍の具体的表現を離れて、紋次郎という登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできず、本件テレビ作品の映像の一部に係る人物写真をみても、被告図柄と同一性を検討し得る部分は、江戸時代の渡世人の姿というありふれた事実をありふれた記述でいうにとどまり、創作的表現ということはできず、同一性を検討し得る部分も、そもそも同一性を欠くといえることは、上記において説示したとおりである。
したがって、原告らの主張の実質は、本件書籍、本件漫画作品、本件テレビ作品及び本件映画作品において一貫して登場する紋次郎というキャラクターを保護すべき旨主張するものに帰し、原告らの主張は、表現の自由、創作の自由を保障するという観点から創作的表現に限り一定期間の保護を認めるという著作権法の趣旨目的のほか、前掲各最高裁判決が説示するところを正解するものとはいえない。」

<解説>
 今回の事案は、一定以上の年代の方には馴染みの深い大ヒット作品に纏わる著作権問題を取り上げています。被告製品においてはその目録記載の通り、一定の図柄が描かれており、それが商品容器に貼付されて、また、「紋次郎いか」や「げんこつ紋次郎」の名称を当該容器に付して、内容物であるするめいかの足の甘辛煮の食品とともに一般販売されていたものであることから、原告作品に関する著作権との関係では、支分権該当行為のうち物理的には「複製」や「譲渡」に当たる行為は明らかであり、本件の争点については、原告の主張する対象が抑々著作物性の認められるものであるのかどうか、また、原告の主張対象と被告製品の図柄等との間に創作的表現としての共通性があるのかどうかの点となっています。今回の判決においては著作権分野における重要な最高裁判例も引用されていますので、それにも触れながら解説を進めたいと思います。
 まず、連載小説のキャラクターに係る著作権侵害に関する判断基準の点についてです。ここでは、連載小説という文章表現におけるキャラクターの著作物性と、一話完結方式の連載小説を利用する場合の著作権侵害の考え方との2点が論じられています。この両者は厳密には別々の事柄であるのですが、本判決では連続的に論じられているため、その論理展開に違和感を持つ読者が居られるかもしれませんが、それは、本判決の下敷きになっている引用判例であるところの平成9年の最判〔ポパイ著作権等侵害事件〕が同様の説示を行っていることが影響しています。
この事件は著名な漫画であるポパイの絵柄等を上告人がネクタイに付して販売していたことに関して被上告人が当該絵柄の抹消等を求めていたものであり、最高裁は「著作権法上の著作物は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」・・・とされており、一定の名称、容貌、役割等の特徴を有する登場人物が反復して描かれている一話完結形式の連載漫画においては、当該登場人物が描かれた各回の漫画それぞれが著作物に当たり、具体的な漫画を離れ、右登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできない。けだし、キャラクターといわれるものは、漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって、具体的表現そのものではなく、それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものということができないからである。
したがって、一話完結形式の連載漫画においては、著作権の侵害は各完結した漫画それぞれについて成立し得るものであり、著作権の侵害があるというためには連載漫画中のどの回の漫画についていえるのかを検討しなければならない。」と述べていました。連載漫画の登場人物に係るキャラクターについては、実務的には当該人物の肢体を描いた絵などを指して使われる用語でもあるので多義的ではあるものの、反復継続して描かれることにより形成されていく当該人物の持つ性格等の人物像のようなものだと捉えるのであれば、それはこの判例が指摘する通り、当該人物の絵という具体的表現とは異なる謂わば抽象的なアイデアに属する事柄になりますので、著作物として著作権法上の保護を受けるとすることはできないものと解されます。
このことは、連載漫画の登場人物におけるキャラクターであれ、連載小説の登場人物におけるそれであれ、いずれも異なるところではないと思われるので、その限りで今回の判決がキャラクターの意味内容やその著作権保護の有無に関して上記判例の説示に倣って判断を下していることは妥当なものと思われます(注2)。また、一話完結方式の連載作品における表現を利用した場合に、各回分が各々独立した著作物になることからそのような場合に著作権侵害を著作権者側が主張するに際しては具体的にどの回の表現が利用・侵害されたことになるのかを特定する必要がある旨の判示についても、一話完結方式の作品であれば各回のストーリーや登場人物の表し方等が異なることからすれば、著作権侵害に関する一般論としては特に異論を差し挟むものではないと考えられます。
 ただし、この最高裁判例と今回の判決とでは対象となった事象が異なっており、この点については少し整理をしておくことが必要になります。元々、文芸作品における架空の人物(ファンシフル・キャラクター)が著作権法上どのように保護されるのかという点は一つの法的課題でありました。その際、従来議論されていたのは専ら漫画等で視覚的に描かれる人物についてであるところ、こうした課題の背景にあったのは、言ってみれば、漫画の人物をぬいぐるみにしたり文房具への挿絵として利用したりする際に、漫画で描かれている人物と同一ではあるが、漫画のカットをそのまま利用するのでなく新たなポーズ等のものを創作することが通常であるので、
これに対する著作権保護を認めることはいわばキャラクター(というような抽象的な存在)に対する著作権保護を認めることになるのではないか、この点についてはどう考えるべきか、ということが問題だったのですが、前述の最判はキャラクター概念の整理を行うとともに、「具体的な漫画を離れ、右登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできない。」と述べ、実務上の決着を図ったところです。
最高裁からすれば、このような人物の視覚的肢体は具体的な表現物である漫画の絵が著作物として保護されるのであって、ではポーズ・角度等を変えた同一人物の別の絵はどうなるのか?と言えば、同最判では「著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうところ(最高裁昭和五〇年(オ)第三二四号同五三年九月七日第一小法廷判決・民集三二巻六号一一四五頁参照)、複製というためには、第三者の作品が漫画の特定の画面に描かれた登場人物の絵と細部まで一致することを要するものではなく、その特徴から当該登場人物を描いたものであることを知り得るものであれば足りるというべきである。」と述べており、漫画に描かれた人物絵の複製物(又は場合によっては翻案物)として当該漫画の著作権の効力範囲に含めて対応することになるという考え方に立脚したものと解されます。
この最判は今回の判決でも引用されている江差追分最判が出される前のものですので、著作物の複製については上記のような説示になっていますが、端的に現代流に言い直せば「漫画で描かれた人物絵の表現上の本質的特徴がこれに接する者において直接感得することができるかどうか」という基準によって判断することに尽きるのであり、漫画における登場人物の絵を超えて当該漫画の背後から看取される人物像のような抽象度のある存在を著作物として取り込む必要はなかった、ということになります。
 そうすると、著作権侵害訴訟の場面では、権利者側として「自分が著作権を有する漫画の中で、具体的にどの場面の人物絵(における表現上の本質的特徴が直接感得される形で)が相手方において利用されたことになるのか」ということを主張することになるので(注3)、一話完結方式における連載漫画についても、どの場面が利用されたのかということが論点となることから、そうであればその著作権が連載回ごとに発生するかどうかの点については言及する必要がないようにも思われるところですが、これについては最判の対象となったポパイの事案の特殊性が関係しています。
 ポパイの連載漫画は最判で認定されているように、法人著作であったためにその著作権の存続期間は著作者の死後起算ではなく、基本的に著作物の公表後起算であり(著作権法第53条第1項)、判決当時は公表後50年後まで(創作後50年以内に公表されなかった場合は創作後50年度まで)とされていたところ(注4。なお、本件においては「戦時加算制度」(注5)の適用もあった)、これに加えて、継続的刊行物における著作権存続期間が公表後起算の場合には逐次公表物か否かによって各公表物の著作権存続期間が微妙に変わるという法制度上の事情があり(著作権法第56条第1項の前段・後段)、そのためポパイのような一話完結方式の漫画の場合は(「一部分ずつを逐次公表して完成する著作物」である逐次公表物ではなく、)「冊、号又は回を追つて公表する著作物」に該当するものとして、各回の公表著作物に係る(著作権存続期間を計算する上での)公表時は「毎冊、毎号又は毎回の公表の時によるものと」されたものでした。
そのため、その具体的当て嵌めについては、判決文の通り「昭和四年(一九二九年)一月一七日に公表された第一回作品の著作権の保護期間は、右公表日の翌年である昭和五年一月一日を起算日として、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律四条一項によるアメリカ合衆国国民の著作権についての三七九四日の保護期間の加算をして算定すると、平成二年五月二一日の経過をもって満了したから、これに伴って第一回作品の著作権は消滅したものと認められる」(のであり、ポパイの人物絵に関しては第一回作品中の人物絵と本質的特徴が同一であると認められる限りは既にその著作権は消滅している)との具体的帰結を明らかにする必要があったところです(注6)。
 これに対し、今回取り扱っている判決において対象となっている一話完結方式の連載小説は笹沢佐保という著名な変名作家の著作名義で公表された言語の著作物であり、その著作権存続期間は原則通り当該著作者の死後起算になるものと解されるので(著作権法第52条第2項第1号を参照)、ここで引用されているポパイ最判の説示文言とは相当程度類似していますが、一話完結方式の連載作品の著作権侵害に係る説示の意図するところ・前提条件は同一ではないと解されます。以上のように、今回の判決についてはその文章表現自体が誤っている訳ではないのですが、引用最判との背景の違いを念頭に解読する必要はありましょう。
 次に上記の判断基準を踏まえた具体的な著作権侵害の有無に関する説示についてです。今回の判決を見ると、この点については原告の主張と裁判所の判断との間で本質的なポイントにズレが生じているように見えるところです。原告側においては「本件テレビ作品では、本件書籍で表される「紋次郎」の外観上の特徴のうち、三度笠を大きくし、道中合羽を長くするアレンジを加えており、この「紋次郎」の外観上の特徴を言語化すると、①通常より大きい三度笠を目深にかぶり、②通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、③口に長い竹の楊枝をくわえ、④長脇差を携えた渡世人となる・・・。
本件紋次郎の①ないし④の表現は、いずれも一人の主人公の外観上の特徴を言語により表現した密接不可分のものであり、切り離して検討することは許されないところ、①、②、④の服装をした渡世人が、③のように長楊枝を口にくわえているというのは、「木枯し紋次郎」以前には全く見られなかった表現である。このような特徴を備えた表現は、極めて個性的で創作性に富んだものであり、本件紋次郎は著作者の個性の発揮によってこそ生み出された表現といえる。」と主張しており、換言すれば、ここで記されている紋次郎の風体の特徴が被告製品において明確に表れているし、それで原告側主張に係る被侵害著作物は特定されている、と言っているように推察されるのですが、これに対して裁判所は「原告らは、特定論において、著作権が侵害されたと主張する著作物につき、①通常より大きい三度笠を目深にかぶり、②通常よりも長い引き回しの道中合羽で身を包み、③口に長い竹の楊枝をくわえ、④長脇差を携えた渡世人という記述・・・であると特定するにとどまり、本件渡世人を個別の写真や図柄等として特定するものではなく、その他に主張する予定もないと陳述している・・・。
そうすると、原告らは、一話完結形式の連載小説に係る著作権侵害を主張する場合、その連載小説中のどの回の文章表現に係る著作権が侵害されたのかを具体的に特定するものではない。」として、原告の主張を一蹴しています。この点は主張立証の方法論に関わる事柄ではあるものの、その本質は本件の「木枯らし紋次郎」に係るアイデアと表現(さらには単なる表現と創作的表現)との境界線はどこに存するのかについての理解の相違であると考えられます。(アイデア・表現二分論については、本解説(その1)でも触れていますので繰り返しませんが、)
具体的には、(上記「判旨」にて引用したように)裁判所が「仮に」等と言いつつ4度にわたって原告主張を善解した上での説示を展開している部分にこのことが現れていると思われるところ、特に小説等の言語の著作物において文字により記述される登場人物に関する情報が世に広まっている中で、そのような文字記述による情報をもとに本件のように絵画的に表した場合、小説表現における本質的特徴がその絵画において直接感得できるのかと言われれば、通常は今回の判決の様に小説の登場人物に関する特徴は著作物性が認められる具体的なストーリーを展開するための前提として構想される人物像の設定、即ちアイデアの範疇に属すると判断されるものであって(注7)(注8)、その分だけ今回の事案については言語の著作物における登場人物に関する(異形態利用に係る)著作権保護の限界を呈したものであったと思われます。
 このように文字で記載される人物関係情報をもとに絵画の人物を描いた場合については著作権による元情報の保護は厳しくならざるを得ないと思われる一方で、映像のような方式で表現されている人物情報を絵画的に表現した場合における著作権保護の在り方についても多少思考を整理しておきたいと思います。
漫画の登場人物に係る著作権保護の在り方については既述の通りですが、今回の事案に即していえば、実写映画における人物の風体(←「本件紋次郎表示目録」)に似たような絵(←「被告図柄目録」)を作成する場合はどうかという問題であり、今回の判決(再掲)では「仮に、原告らが、特定論における上記主張にかかわらず、例えば本件テレビ作品の映像の一部(本件紋次郎表示目録参照)に係る人物写真に著作権を有することを前提として、著作権侵害を主張するとしても、被告図柄・・・との同一性を検討し得る部分は、結局のところ、本件渡世人に係る上記記述部分にとどまるものとなるから、当該記述部分が、ありふれた事実をありふれた記述で江戸時代の渡世人をいうものにすぎず、創作的表現に該当しないことは、上記において説示したとおりである。
そうすると、本件テレビ作品の映像の一部に係る人物写真と、被告図柄との同一性を検討し得る部分は、明らかに創作的表現がない部分にとどまることからすれば、被告図柄の製作が複製又は翻案に該当しないことは、自明である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。のみならず、被告図柄で記述された渡世人の姿についてみると、三度笠の大きさは、概ね背丈ほどもある巨大なものであり、江戸時代の渡世人の姿とは異なるものである。また、口にくわえるものも顔の数倍程度もあるものであり、これを直ちに竹の楊枝であると認識し得るものとはいえない。
そうすると、被告図柄の記述自体からは、本件渡世人のような江戸時代の渡世人を直接感得することはできないことからすると、上記において同一性を検討し得るとした部分についても、著作権法の観点から仔細に検討すれば、そもそも同一性を欠くものといえる。」とされている部分についてはどう考えるべきなのでしょうか。
 今回の原告は故・笹沢佐保氏の創作に係る作品の著作権を相続したAと、これらの著作権に関する独占的な利用許諾をAから受けた(著名人の肖像権管理等を行う)株式会社スーンとなっていますし、映像制作会社等が含まれておりませんので、本件では二次的著作物(映像)に対する原著作者の有する権利(著作権法第28条)に基づく主張ということになります。抑々、脚注8に記載したように、二次的著作物に対する原著作者の有する権利(著作権法第28条)の効力範囲については議論があるところですが、仮にそれが二次的著作物全体に及ぶことを肯定した前提の下での整理をしてみると以下のようなものになるのではないかと思います((注9)。なお、従来の実務とは必ずしも整合しない筆者個人の思考によるものであり、「私論」として記載します)。

(私論)
ポパイ最判の論理に即して整理すると、実写版テレビ映画の登場人物に係る人物像は抽象的な存在のものとして著作権法では保護されず、当該映画の具体的なシーンに基づいて著作権保護を検討することになるところ、今回の判決文において「人物写真」の著作権と言及されているように、映画の一コマは「写真の著作物」として観念されるものであるので(注10)、写真の著作物に収められている 人物の表現(の本質的特徴)について、これが別の媒体等に描かれた当該人物の絵において再製・感得されるのかという観点から著作権侵害の有無が判断されることになりそうです。
写真の著作物の創作性を構成する要素については被写体の選択・配置等を含めるかどうかの点で学説上議論がありますが(注11)、仮にこれを肯定した場合に後行作品たる絵において先行映画の1シーンと異なるポーズで、或いは背景のない別角度等の下で当該人物が描かれていた場合はどう考えるべきなのでしょうか。抑々、上述の通り、映画の著作物における一コマ自体が写真の著作物であるとするなら、写真の創作性は被写体の撮影に際して一定の角度やライティング、撮影スピード等を工夫する点にあるので、写真表現としてはそれらの創作的な諸要素がフィックスされた状態で生成されていることになることに鑑みると、それらの要素を捨象して被写体自体に対する著作権保護を写真の保護から導くことには理屈上相当の無理が伴うのではないかと考えられます(注12)。
写真自体のことで考えても、同じ対象物を使っても全く違うシーンを撮影したならば先行写真の著作権が後行写真にまで及ぶと考えるのは難しいのではないでしょうか(注13)。そうすると、今回の事案の対象となった被告図柄目録の表現が「本件紋次郎表示目録」自体の借用ではない絵柄である以上、二次的著作物に係る原著作者の権利保護の観点から本件を論ずることは困難であり、本来であればこの段階で議論が尽きることとなるのであって、今回の判決がこれを超えて写真画像における人物の具体的な風体と被告図柄目録の表現とを対比してその創作的表現に係る同一性の有無について言及した点については、架空の議論であったとはいえ、理屈上は不要であったのではないかと考えます(このような二次的著作物論を離れて、両者そのものの対比をした場合における結論については妥当なものでしょう)。

 私論は以上の通りですが、今回の判決に対する私見的総括としては、判決の結論には賛成であるが、特定の引用判例を支える文脈との相違点には要注意であり、今回の判断過程については一部再整理の余地ありと考えるところです。今回は以上といたします。

(注1)被告商品目録等については、以下から閲覧可能である。092621_hanrei.pdf (courts.go.jp)
(注2)この点に関連して、小泉直樹『知的財産法〔第2版〕』242頁は「言語で説明された登場人物等の特徴自体はアイデアである」としつつ、「その利用が、言語の著作物の表現部分の複製または翻案となる事例は視覚的なキャラクターの利用の場合に比べて相対的には少ないと考えられるが、およそ成立の余地はないとまでいうことはできないであろう。文学的キャラクターの様々な構成要素が、当該言語の著作物のその他の表現要素との相関関係で、表現において著作者の個性が表れた部分であると判断される場合には、侵害が想定されることになろう。」と述べる。また、こうした小説等における文学的キャラクターを利用した「続編問題」に関する比較法的観点に基づく知見として、本山雅弘講演録「小説の続編作成をめぐる著作権法の解釈 ―特に、いわゆる文学的キャラクターの保護の可能性について―」『月刊コピライトNo.706 Vol.59』2頁以下。
(注3)『最高裁判所判例解説民事篇 平成9年度(中)(4月~7月分)』943頁[三村量一]を参照。
(注4)著作権法第51条以下の各条に規定されている現在の著作権存続期間については、著作者の死後や著作物の公表後、70年後までとなっている。
(注5)戦時加算制度については、「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律」(昭和27年法律第302号)で規定されているものであり、「昭和十六年十二月七日に連合国及び連合国民が有していた著作権は、著作権法に規定する当該著作権に相当する権利の存続期間に、昭和十六年十二月八日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生ずる日の前日までの期間(当該期間において連合国及び連合国民以外の者が当該著作権を有していた期間があるときは、その期間を除く。)に相当する期間を加算した期間継続する。」(第4条第1項)、「昭和十六年十二月八日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生ずる日の前日までの期間において、連合国又は連合国民が取得した著作権(前条の規定により有効に取得されたものとして保護される著作権を含む。)は、
著作権法に規定する当該著作権に相当する権利の存続期間に、当該連合国又は連合国民がその著作権を取得した日から日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生ずる日の前日までの期間(当該期間において連合国及び連合国民以外の者が当該著作権を有していた期間があるときは、その期間を除く。)に相当する期間を加算した期間継続する。」(同条第2項)と規定されているものであって、国によって具体的な加算日数が変わるが、典型例は英・仏・米などの3,794日である。加戸守行『著作権法逐条講義七訂新版』483頁参照。このように、戦時加算制度は、著作権存続期間の「暦年主義」(著作権法第57条)による具体的な計算結果に対する例外となっている。
(注6)本文では省略しているが、ポパイ最判においては、各回作品の関係性につき「連載漫画においては、後続の漫画は、先行する漫画と基本的な発想、設定のほか、主人公を始めとする主要な登場人物の容貌、性格等の特徴を同じくし、これに新たな筋書を付するとともに、新たな登場人物を追加するなどして作成されるのが通常であって、このような場合には、後続の漫画は、先行する漫画を翻案したものということができるから、先行する漫画を原著作物とする二次的著作物と解される。」と判示されているところである。これは、この説示に続く「二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ、原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である。
けだし、二次的著作物が原著作物から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるのは、原著作物に新たな創作的要素が付与されているためであって・・・、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は、何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著作物として保護すべき理由がないからである。」とする二次的著作物自体(の著作者)の権利範囲を示すことで、人物絵に係る著作権が当該人物の表現上の本質的特徴と同一視される限りで全て複製と捉える見方を補強する意義があると言えるが、抑々後行作品について先行作品を原著作物とする二次的著作物であるとする説については、疑問を呈する見解がある。吉田大輔「解説/漫画キャラクターの保護期間は永遠か ―最高裁平成9年7月17日判決を分析する―」『月刊コピライト No.437Vol.37』22頁以下。
(注7)田村善之『著作権法概説第2版』71頁は、小説等の続編問題に関して「人物像が共通しているのであれば,キャラクターが利用されているのであるから,それだけで著作権侵害を問いうるのではないかという議論もあるが,文字による表現の場合,読み手が思い浮かべるキャラクターのイメージは読み手の過去の体験を反映するために千差万別に分かれうる(かのスカーレットですら,映画でビビアン・リーの演じた姿を見たことがない読み手の間では心に思い浮かべるイメージは人により様々なものがあるはずである)。そうだとすると,読み手が想起するイメージは読み手自身が心の中で創作したものでしかなく,著作者が創作した表現とはいいがたいことになろう。」と指摘している。
これは上掲脚注2に関連する小説等の続編問題に関する論述であるが、本質的にはある無体の情報を他の場面で利用しようとする場合にその利用される情報が抽象的なアイデア/具体的な表現のいずれのレベルのものであるのかが問われているのであり、利用される元情報と、利用後に生成される具体的な表現との間で、当該表現に接する個々の感得者によってその幅・バラツキが一定以上に大きく開く程度になるものである場合には、当該元情報がアイデアレベルで捉えられることになる旨が示唆されているといえよう。文章表現の一歩裏手にある「具体的なストーリー」が(旧来の内面的表現形式として)表現に属するものと取り扱われて著作権法の保護対象になっているというのは、当に当該文章に接する個々人が直接感得するものが自ずとその具体性をもったストーリーの範囲に収まっているといえるからであろう。
なお、この点に関連して、中山信弘『著作権法〔第4版〕』がアイデア・表現二分論につき「思想(これには感情も含まれる)とは,表現されたもの(著作物)の保護範囲を画するための道具概念である。思想・感情がどこまで抽象化されれば著作権の保護を受けることができなくなるのかという問題であり,保護を受けなくなる程度まで抽象化されたものを「思想」と称し,尾後を受けるものを「表現」と称している。思想と表現の境界の画定とは,保護すべきものとすべきでないものとを画する作業であり・・・」(48~49頁)と述べ、さらに「二次的著作物とアイディアの保護」の項目においても「・・・そもそも表現を「外面的形式」と「内面的形式」とに区別することが困難である上,思想・感情の体系に近い内面的形式を保護するということは,実質的には著作権法がアイディア保護に踏み込んでいると考えざるを得ない。
しかし著作権法の建前として,正面からアイディアを保護しているとはいえないために「内面的形式」という言葉を用いているにすぎないように思える。極論すれば,実質的には著作権法で保護すべきものを表現(「外面的形式」と「内面的形式」)と称し,保護すべきでないものを「内容」(アイディア)と称しているともいえる・・・」と述べている(192~193頁)ことには留意しておくべきと思われる。
(注8)ただし、原作者が小説形式で執筆した原稿をもとに同原稿に可能な限り忠実に連載漫画を描いたという事情の下で連載漫画における原著作者(小説形式で執筆)の権利範囲が連載漫画に描かれた主人公の絵にも及ぶとされた事例として、最判平成13年10月25日集民第203号285頁〔キャンディ・キャンディ事件〕があるところ、同最判と今回の判決との整合性については不明確である。尤も、同最判については実質的な理由が判示されておらず、また、本文掲載のポパイ最判との対比上、二次的著作物に対するその著作者が及ぼせる権利範囲と原著作者のそれとの間で考え方が分かれる見解となっていること(前掲注6を参照)への疑問等から、上記キャンディ・キャンディ最判に対しては批判的見解も有力に主張されているところ、例えば前掲注7・田村115頁。
(注9)なお、実写映画における俳優自身の権利保護については、著作隣接権や、パブリシティ権(最判平成24年2月2日民集66巻2号89頁〔ピンクレディー・ダイエット事件〕)の論点があるが、本稿では省略。
(注10)佐野文一郎=鈴木敏夫『改訂・新著作権法問答』146頁[佐野文一郎発言]
(注11)本解説(その1)を参照。
(注12)写真の著作物の創作性について被写体の配置等を考慮しない「撮影手法限定説」においては、(それも考慮対象に含めて考えるとする)「被写体許容説」を採用した場合に写真の著作権を通じて被写体が著作物でない場合でもそのものを保護することになりかねないとして、その不当性を指摘している。
(注13)この理は(もちろん異論はあり得るとは思うが、)映画の著作物の場合にも妥当するのではないかと思われる。そのようには解しないとする立場を採用した場合は、極端にいうと、映画の試写会において当該映画の主要な複数の人物が映画内でのコスチュームを纏って登場した場合において、当該試写会におけるトークの模様を取材して情報番組等で放映したり写真撮影して雑誌に掲載したりするといったケースについてはその映画の著作物に係る著作権処理を行うことにもなりかねないが、これは少なくとも理屈上の疑義を禁じ得ない結論であろう。

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