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JRRCマガジン No.361 2024/3/14
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◆今回の内容
【1】井奈波先生のフランス著作権法解説
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皆さま、こんにちは。
厚手のコートを脱ぎ、気持ちも華やぐ時期です。
いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は井奈波先生のフランス著作権法解説の第8回目です。
井奈波先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/inaba/
◆◇◆【1】井奈波先生のフランス著作権法解説━━━
第8回 追及権
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(注)フランス語の表記については、アクセントを省略しております。
1 追及権とは
前々回は、著作財産権のうち、複製権と上演・演奏権について説明しました。今回は、日本にはない追及権について、2つの判例を題材に説明します。
追及権は、図形および造形の著作物の原作品の著作者またはその相続人が、著作者による著作物の物理的媒体の譲渡後、その物理的媒体が売買された場合に、その売買価格から一定割合の金額を受け取ることができる譲渡不能の権利と定義されています(122-8条1項、追及権指令1条参照)。他の著作財産権が排他的利用権であるのに対し、追及権は債権と考えられています(法的性質については争いがあります)。
2 追及権創設の経緯
追及権は、1920年に、フランスが世界で初めて法制度化した権利であり、フランス著作権の特徴のひとつといえます。立法の契機となったのは、当初100ドルで取引されたミレー(Millet)の絵画“L’Angelus”(邦題は、「晩鐘」)が、ミレーの死後15年たって、150,000ドル近くの高値で取引されたという状況にありながら、ミレーの相続人は貧困な暮らしをしていたため、富の公平な分配の必要性が認識されたことにあります。
ミレーの例が示すように、まだ成功していないときにタダ同然で著作物を譲渡した美術の著作物の著作者は、その後、著作者が著名になり、著作物の価格が高騰しても、既に譲渡されている著作物から利益を受けることはできません。また、美術の著作物の著作者は、他の著作者と比べ、複製権および上演・演奏権によって利益を受ける機会も限られています。そこで、公平な富の分配や他の著作物の著作者との均衡を考え、美術の著作物の著作者に対し追及権を与え、著作者やその相続人が美術品の転売から経済的利益を得られるようにしたのです。
欧州連合では、2001年に、欧州域内の美術市場に関する法制度の不平等解消を目的として、追及権指令により域内に追及権が導入されることとなりました。フランスも、国内法を追及権指令に調和させています。
3 追及権を享受できる著作物-ロダン事件
たとえば、ロダン(Rodin)のブロンズ作品は、出来上がった立体像から型どりすれば、簡単にコピー商品ができてしまいます。そのようなものはさすがにコピー商品になってしまいますが、著作者が立体像を製作したオリジナルの型から立体像を制作した場合はどうでしょうか。ロダン事件は、ロダン本人ではない者がロダン製作の型を用いて限定数で製作したブロンズ作品について、追及権が及ぶオリジナル作品かどうかが問題となった事件です。
追及権を享受できる著作物について、法は、図形および造形の原作品(オリジナル作品)であると定め(122-8条1項)、オリジナル作品とは、著作者自身により創作された著作物または著作者自身またはその責任の下において限定数で製作された複製物をいうと定義されています(同条2項)。なお、ロダン事件が問題となった当時は、1957年法の時代であり、原作品の定義はありませんでした。また、知的財産法典が成立した時点(1992年)にも定義はありませんでした。
ロダン事件に対し、破毀院は、死後に作られたブロンズ作品であってもオリジナルの型から作られたものであり、その数が限定されているならば、追及権の対象となると判断し、原判決を破棄差戻しました(破毀院1986年3月18日84-13.749ロダンⅠ事件)。差戻審は破毀院の判断に逆らって、ブロンズ作品はロダンが認めたものと厳密にかつあらゆる点において同一でないから、ロダンによるオリジナル作品の資格は認められないと判断したため、ふたたび破毀院に係属します。最終的に、破毀院は、1986年に下した判決を覆し、差戻審の判断を支持します。つまり、このようなブロンズ作品は複製物でありオリジナル作品ではないとして、追及権を認めませんでした(破毀院1991年11月5日90-13.528ロダンⅡ事件)。
2006年の法改正により、著作者の責任の下で創作された限定数の複製物について、追及権が及ぶことが明記されました。したがって、死後に創作されたものは「著作者の責任で」創作されたものといえず、オリジナル作品ではないと解釈されています。ところで、問題となったブロンズ作品のように、複数点が製作される作品については、追及権の対象となるオリジナル作品の数が問題になります。この点は、規則(122-3条2項)に定めがあり、このようなブロンズ作品ならば、12点(番号を振った作品とアーティストプルーフの作品とで12点)と定められています。
4 追及権料を誰が負担するかについて-クリスティーズ事件
次に紹介する事件は、追及権料を誰が負担するかが問題となったクリスティーズ事件です。クリスティーズはロンドンで創業したオークションハウスですが、本件の当事者はフランス法人クリスティーズ・フランス(以下、単にクリスティーズといいます)です。クリスティーズの契約には、追及権により著作者に支払う追及権料と同額を買主から受領する条項、つまり追及権料を買主の負担とする条項があり、この条項の有効性が問題となりました。
なぜこのような問題が発生するのか、その背景をみていきます。まず、追及権は、①美術市場の専門家が売り手、買い手または仲介者として関与する、②著作者または権利承継人によって行われる最初の譲渡の後の売買に適用されます(122-8条1項)。ただし、当該譲渡が、その前3年以内に売り手が著作者から直接取得し、販売価格が1万ユーロを超えない著作物の譲渡である場合には、追及権は及びません(同条項但書)。これは、美術作品のプロモーションに配慮した適用除外です。2006年法以前は、追及権は公売にしか適用されませんでしたが、2006年法からは、ギャラリーなど美術市場の専門家によって行われる取引にも追及権が適用されています。そのため、クリスティーズでの美術品取引は追及権の対象になります。
追及権料を誰の負担とするかについて、フランスは、原則として売主の負担と定めています(122-8条3項)。したがって、クリスティーズの契約条項は、追及権料を売主の負担と定めるフランスの法律に反することになります。その支払義務は、売買に関与する専門家にあり、専門家同士の間で行われる売買では売り手側の義務となります(同条項)。
この契約条項について、パリ控訴院は公序良俗違反を理由に無効と判断し、上告審である破毀院は、「追及権指令1条4項により定められた追及権料の支払いを売主負担とする規定は、契約で排除できるものではなく、売主は、絶対的にその費用を負担するものと解釈されるか」を先決問題として欧州司法裁判所に付託しました。欧州司法裁判所(2015年2月26日判決C-41/14)は、契約自由の原則により、追及権料を買主に負担させる契約も可としました。ただし、契約上の取り決めによって売主が負担を免れるわけではありません。
欧州司法裁判所の判決後、破毀院は、欧州司法裁判所の判決に従った判断を下し、控訴院に差し戻しました(破毀院2015年6月3日13-12.675)。差戻審となったベルサイユ控訴院は、案の定(?)、欧州司法裁判所の判決に従うことを拒否し、またもや、破毀院に係属します。破毀院(2018年11月9日17-16.335)は、控訴院の判断を法律の解釈を誤ったものと判断し、ようやく決着がつきました。最終的に、追及権料を買主負担とする条項も有効とされたわけですが、これには、そうしないと売主が市場から逃げるという懸念もあったのではないでしょうか。
5 料率と分配
追及権料は、譲渡益ではなく、売買価格を基準として算定されます。したがって、取得価格より低額で転売され、譲渡損失が生じる場合であっても支払義務があります。売買価格は、公売の場合はハンマープライス、その他の売買の場合は売主が受け取った譲渡価格(いずれも税抜)を基準とします。ただし、フランスでは750ユーロを下回る取引に関しては、追及権料は発生しません(規則122-5条)。
追及権料の料率には変遷があり、1957年法では売買価格の3%の定率でしたが、2006年法以降、価格が高い部分については低い料率を適用する逓減制が採用されています。逓減制とする理由は、美術市場が他の国に移ることを回避するためとされています。追及権料の上限は12,500ユーロと定められています(規則122-6条)。
追及権制度については、美術市場に与えるインパクトが議論され、影響は少ないというのが建前のようですが、実際はどうなのか気になるところです。
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