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JRRCマガジン No.329 2023/7/20
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。
海開きの便りが聞かれる頃になりました。
いかがお過ごしでしょうか。
さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。
濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/
◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その9)
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横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未
いよいよ暑い夏がやってきました。第9回の今回は東京地判令和5年3月30日(令和4年(ワ)第2237号)〔ブログ時事報道事件〕を取り上げます。
<事件の概要>
事件の内容そのものはシンプルで、本件は、別紙著作物目録掲載の写真(以下「本件写真」という。)の著作権を有する原告(写真家)が、別紙発信者目録記載の各発信者(以下、同目録記載の発信者1を「本件発信者1」と、同目録記載の発信者2を「本件発信者2」と、それぞれいい、本件発信者1と本件発信者2を、併せて「本件発信者ら」という。)が本件写真をそれぞれウェブサイト(以下「本件各ウェブサイト」という。)に投稿(以下「本件各投稿」という。)したことによって、原告の本件写真に係る複製権、送信可能化権及び自動公衆送信権が侵害されたと主張して、本件各ウェブサイトを管理する被告(法人)に対し、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「プロバイダ責任制限法」という。)5条1項に基づき、別紙発信者情報目録記載の各情報の開示を求める事案です。
<判旨>
原告の請求を棄却。
●本件投稿1について
「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件投稿1は、「『まとめサイト』でのインラインリンクに著作権侵害幇助の判決!:プロ写真家・A公式ブログ…」との表題及び「インラインリンクは著作権の幇助侵害にあたるという判決が出たそうです。」とのコメントと共に、本件写真が投稿されたものであり、本件写真は、上記にいう著作権侵害幇助の判決(以下「別件訴訟判決」という。)において、著作権侵害の成否が問題とされた写真そのものであることが認められる。
上記認定事実によれば、本件投稿1は、別件訴訟判決の要旨を伝える目的で本件写真を掲載しているところ、本件写真は、別件訴訟判決という時事の事件において正に侵害の有無が争われた写真そのものであり、当該事件の主題となった著作物であることが認められる。そうすると、本件写真は、著作権法41条にいう事件を構成する著作物に該当するものといえる。
そして、上記認定に係る本件写真の利用目的、利用態様、上記事件の主題性等を踏まえると、本件投稿1において、本件写真は、同条にいう報道の目的上正当な範囲内において利用されたものと認めるのが相当である。」
「これに対し、原告は、「インラインリンクは著作権の幇助侵害にあたるという判決が出たそうです。」との記載は、抽象的に、インラインリンクが著作権の幇助侵害に当たり得るという規範の問題を伝えるにすぎないものであるから、本件投稿1は「報道」に当たらないと主張する。
しかしながら、前記認定事実によれば、本件投稿1は、著作物の利用に関して社会に影響を与える別件訴訟判決の要旨を伝えるものであって、社会的な意義のある時事の事件を客観的かつ正確に伝えるものであることからすると、これが「報道」に当たることは明らかである。したがって、原告の主張は、採用することができない。
また、原告は、本件元投稿においては本件写真がすぐに削除されたことや、規範の問題を伝達するに当たり写真の掲載は不要であることからすれば、本件投稿1における本件写真の掲載は、著作権法41条に規定する「報道の目的上正当な範囲内」に含まれないと主張する。しかしながら、上記において説示したとおり、本件写真は、別件訴訟判決という時事の事件の主題となった著作物であることからすれば、原告主張に係る事情を十分に考慮しても、原告の主張は、上記判断を左右するものとはいえない。したがって、原告の主張は、採用することができない。」
以上によれば、本件投稿1における本件写真の掲載は、著作権法41条により適法であるものと認められる。」
●本件投稿2について
「証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、本件投稿2は、「まとめサイト発信者情報裁判Line上告棄却 敗訴確定ニュース プロ写真家 A公式ブログ 北海道に恋して」との記載と共に、本件写真が投稿されたものであり、本件写真は、上記にいう発信者情報裁判の上告棄却判決(以下「別件最高裁判決」という。)において、著作権侵害の成否が問題とされた写真そのものであることが認められる。
上記認定事実によれば、本件投稿2は、別件最高裁判決の要旨を伝える目的で本件写真を掲載しているところ、本件写真は、別件最高裁判決という時事の事件において正に侵害の有無が争われた写真そのものであり、当該事件の主題となった著作物であることが認められる。そうすると、本件写真は、著作権法41条にいう事件を構成する著作物に該当するものといえる。
そして、上記認定に係る本件写真の利用目的、利用態様、上記事件の主題性等を踏まえると、本件投稿2において、本件写真は、同条にいう報道の目的上正当な範囲内において利用されたものと認めるのが相当である。」
「これに対し、原告は、本件投稿2は、悪質なスパムブログにユーザーを誘導するために本件写真を利用するものであるから、「報道」に当たる余地はないと主張する。しかしながら、証拠・・・)及び弁論の全趣旨によっても、Bloggerがスパムブログに悪用され得ることや、広告収入を得る目的等でスパムブログが存在することなどが一般的に認められることが立証され得るにとどまり、本件投稿2自体が悪質なスパムブログにユーザーを現に誘導している事実を具体的に認めるに足りないものといえる。その他に、上記・・・において説示したところと同様に、上記認定に係る本件写真の利用目的、利用態様のほか、本件写真が、著作物の利用に関して社会に影響を与える別件最高裁判決という時事の事件の主題となった著作物であることを踏まえると、原告主張に係る事情を十分に考慮しても、原告の主張は、上記判断を左右するものとはいえない。
したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。」
「以上によれば、本件投稿2における本件写真の掲載は、著作権法41条により適法であるものと認められる。」
<解説>
本件は、直接には、本解説(その6)と同様に、著作権関係訴訟において近時多くなっている「プロ責法」における発信者情報開示請求における権利侵害の明白性の有無を判断する事案であり、その関係で内容的には、著作権侵害の有無に関わって、被告の行為(原告による写真をウェブサイトに投稿した行為)が時事の報道利用を定める著作権法第41条の著作権制限規定の適用を受けるのかどうかが判断された事例です。
報道等に関する制限規定は著作権法第39条~第41条に規定されているところ、第41条は「写真、映画、放送その他の方法によつて時事の事件を報道する場合には、当該事件を構成し、又は当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物は、報道の目的上正当な範囲内において、複製し、及び当該事件の報道に伴つて利用することができる。」というように、制限規定の中では第32条の引用利用と同様に比較的シンプルに定められており、その趣旨は「時事の事件を報道する場合には、その事件を構成する著作物を報道することが報道目的上当然に必要であり、
また、その事件中に出現する著作物を報道に伴って利用する結果となることが避け難いことに鑑み、これらの利用を報道の目的上正当な範囲内において認めたものであります。時事の事件の報道のための利用を認めるのは、それが報道に伴う随伴的利用であり、著作権が及ぶものとすることが理論的にも実際的にも適当ではないと考えられるからであります」(注1)と説かれているところです。
また、ベルヌ条約パリ改正条約との関係では、第10条の2(2)において「写真、映画、放送又は有線による公の伝達により時事の事件を報道する際に、その事件の過程において見られ又は聞かれる文学的及び美術的著作物を報道する目的上正当な範囲内で複製し及び公衆に提供する場合の条件についても、同盟国の法令の定めるところによる。」とされています。
この第41条の解釈論についてはいくつかの論点が存在しており、このうち本判決では①「事件を構成する著作物」、②「報道の目的上正当な範囲内」、③「報道」の3点への該当性について判断がなされているところ、これらの論点に関しては過去の裁判例において判断が示されていますので、今回の解説ではそれらに触れながら検討していきたいと思います。
まず、「事件を構成・・・(す)る著作物」の該当性については、「事件の主題となっている著作物のことでありまして、例えば、美術館からルオーの「道化」が盗まれたという場合(ルオーの著作権は切れていますが、仮に著作権があると想定した場合)、何がルオーの「道化」であるかということを公衆に知らせるために、その絵画の像をテレビ放送する、その絵画の複製写真を新聞に掲載するということが、これであります。
あるいは、有名人が今日の世相をユニークに風刺した遺書を残して自殺したという場合、そのような遺書を残したことが報道の内容ですから、事件を構成するものとして、遺書の中身を報道するということがあり得ようかと思います。」(注2)とされているところ、裁判例においては、国立西洋美術館における幻のバーンズコレクション展開催が決定したとの新聞報道に関し「右記事は、優れた作品が所蔵されているが、画集でも見ることのできないバーンズコレクションからよりすぐった作品を公開する本件展覧会が平成六年一月から東京の国立西洋美術館で開催されることが前日までに決まったことを中心に、コレクションが公開されるに至ったいきさつ、ワシントン、パリでも公開されること、出品される主な作品とその作家を報道するものであるから、著作権法四一条の「時事の事件」の報道に当たるというべきである。
そして、本件記事中で、本件展覧会に出品される八〇点中に含まれる有名画家の作品七点が作品名を挙げて紹介されている中の一つとして本件絵画・・・が挙げられているから、本件絵画・・・は、同条の「当該事件を構成する著作物」に当たるものというべきである。」と肯定された例(注3)があります。本要件に関しては、何を「時事の事件」と捉えるかによってこの要件への該当性が変わってくることになりますが、立法趣旨的には「過去の記録的な価値ということではなくて、その日におけるニュースとしての価値を持つかどうか」と解されているところ(注4)、別の裁判例では、暴力団組長の継承式(平成元年7月)を撮影したビデオをTV番組内で一部放映(平成元年10月)したことに関し「被告(筆者注:TV局)は、本件番組において、「当日、大阪府警察本部が、五〇〇人の捜査員を投入して、山口組の団体の構成員(組員)四七人を逮捕し、系列の組事務所など、三年半ぶりに山口組系の暴力団の一斉摘発を行った」という時事の事件を報道するとともに、
これに関連して、「右事件は、山口組が同年四月に、懸案だった五代目組長を選んで以降、全国規模での勢力拡大を図っていることに対する大阪府警察本部による先制攻撃といえる」という視点に立って、同年四月のA五代目組長の決定とそれに関連する構成員増加、昼食会と称する集会の開催、抗争事件の発生といった勢力拡大の動きや同年七月二〇日の本件継承式の実施を概括的に報道したうえで、アナウンサーが「新組長の威光を末端組員に対しても周知徹底させようと、この襲名式の模様をビデオに収め、そのビデオを系列の組に配布しました。やくざ映画ばりに華々しい音楽の入ったビデオのダイジェスト版です。」と発言して、本件放送を行い、本件放送中には、キャスター及びアナウンサーが、画面に写し出された本件継承式について感想を述べるとともに、評論家の暴力団組織の存在に関する意見を紹介しており、
これらの事実によれば、被告の本件番組担当スタッフは、本件ビデオの製作及び複製ビデオテープの配布は、新組長の威光を末端組員(系列の団体の構成員)に対しても周知徹底させるために行われたものであり、勢力拡大の動きの一環であると位置付けて、「山口組が、A五代目組長の威光を末端組員(系列の団体の構成員)に対しても周知徹底させるために、本件継承式の模様を撮影して本件ビデオを作成し、その複製物を系列の団体に配布したこと」を時事の事件として報道したことが認められ、また、本件ビデオは、右事件を構成する著作物であり、被告は、本件ビデオを右事件の報道に伴って利用したと認められるから、本件放送は、著作権法四一条所定の、放送によって時事の事件を報道する場合における、当該事件を構成する著作物を、当該事件の報道に伴って利用することに該当するというべき」として、「時事の事件」自体への該当性について、報道内容における構成要素の相関関係等(注5)を考慮した解釈論を展開する例(注6)も存在します。
次に「報道の目的上正当な範囲内」の該当性については、元来「報道するために本当に必要かどうか、著作物の本来的利用と衝突しないかどうかで判断していただきたいと思います。原則として、スポーツ・ニュースの番組でスポーツ行事の報道に伴って入場マーチや応援歌が流れてくるのはかまいませんが、その報道時間の長さによっては正当な範囲を超えると判断される場合もございましょう。また、盗難絵画の複製の場合でも、上質紙にカラー印刷して鑑賞に耐えるような利用ケースであれば問題となりましょう。」(注7)と解されているところ、前出のバーンズコレクションに係る裁判例では「複製された本件絵画・・・の大きさが前記の程度(筆者注:が約六八mm×約九五mm)であること、
右記事全体の大きさとの比較(筆者注:該当する新聞夕刊には、下約三分の一が、バーンズコレクション所蔵の絵画の広告で、上約三分の二が本件展覧会の特集を組んだ紙面の頁があり、具体的には、「秘蔵の名画ついに日本へ」、「バーンズ・コレクション展」との大きな見出しの下に、美術評論家の文章、有名漫画家の談話、若手女優の談話、マティス、ルノワール、セザンヌ、ルソーの各作品等のカラー印刷の複製、本件展覧会の会期、会場、主催、後援、協賛等、観覧料を列記した囲み、前売り券扱い所、観覧クーポン券扱い所とバーンズコレクションの説明を一まとめにした囲みが配置されている。)、カラー印刷とはいえ通常の新聞紙という紙質等を考慮すれば、右複製は、同条の「報道の目的上正当な範囲内において」されたものと認められる。」として、複製された著作物の全体に占める大きさや複製の態様が考慮されています。
また、これも前出のTBSの報道番組に係る裁判例では、「証拠・・・によると、五代目山口組は、藤映像から納入を受けた、本件ビデオの複製ビデオテープ八〇〇本のうちの多くを、本件継承式に出席した直系組長や疑似的な親戚関係にある団体の代表者等に出席記念品として、芳名録に記帳することを許諾したが出席できなかった全国各地の山口組系列以外の団体等には本件継承式の模様を報告するとともに賛助に対する謝意を示す趣旨で配付したものの、直接配付していない団体(いわゆる二次団体や三次団体等)も多数あったが、実際には、その配付を受けた者や団体が組員に上映して見せたり、
それを更に複製したビデオテープを系列の団体に交付したりしたことにより、山口組系列の団体の構成員の多くが本件ビデオを鑑賞したことが認められ、その事実と本件ビデオの内容・・・に照らすと、本件ビデオの製作及びその複製ビデオテープの配付は、被告が報道したとおり、A五代目山口組組長の威光を系列の団体の構成員に対しても周知徹底させる効果を果たしたと推認されるから、被告が、「山口組が、A五代目山口組組長の威光を末端組員(系列の団体の構成員)に対しても周知徹底させるために、本件継承式の模様を撮影して本件ビデオを作成し、その複製物を系列の団体に配付した」旨報道したことは、
本件ビデオの製作及びその複製ビデオテープの配付が持つ意味の一面を強調したもので、やや不正確ではあるが、実際に生じた事件の報道の範囲内にあるというべきである。また、証拠・・・によると、既に平成元年二月から本件番組当日までの間、山口組が一和会との抗争の過程で系列団体の構成員を含めると約二万一〇〇〇人の組員を擁するまでに勢力を拡大していること、昭和六〇年一月に四代目山口組組長が一和会系の暴力団組員により殺害された後四年余りの間空席だった組長の座を巡り・・・組長代行派とA若頭派が争った末、同年四月に五代目山口組組長が決定されたこと並びに警察庁や栃木県及び熊本県等の警察本部が新組長の襲名披露式の阻止に力を入れていることが日刊紙で広く報じられており、
本件番組当時、五代目山口組組長決定に関連する山口組の動向が広く世間の耳目をひいていたことが認められ、これらに照らすと、本件ビデオの製作やその複製ビデオテープの配付もまた、社会一般に報じられるべき報道価値の高い時事の事件であったといえる。また、その際に、事件の構成物として、単に、ビデオテープの外部形成のみを写しても、その内容を報道しなければ未録画のビデオテープと異なるところはなく、その事件の内容や意味を視聴者に明確に伝えることはできず、その点では本件ビデオの一部を放送することが、より直截で効果的な方法であることは明らかである。」、「また、被告の本件番組担当者の意図を検討するに、証拠・・・によると、同担当者は、新組長決定という機会を利用して各地で新組長の襲名披露の行事を行い、勢力を誇示して全国的な組織固めと組織拡大を図ることが山口組のような広域暴力団の常套手段であり、
新組長の襲名は、単なる団体内部の私事ではなく、全国規模で広範囲にわたりその支配を確立しようとする広域暴力団の諸活動にとって重要な役割を有しており、そうであるからこそ、警察庁も山口組が各地で襲名披露の行事を行うことを阻止しようと各警察本部に指示して警戒を強めていると認識していたが、実際には、平成元年7月に襲名披露の趣旨を持つ本件継承式が神戸市灘区所在の山口組本部で行われ、その模様がビデオ撮影されてその複製ビデオテープが系列の団体に配付されたこと、またそのビデオテープが更に複製されて高値で取引されていることなどを知り、本件番組の数日前には本件ビデオを複製したビデオテープを入手していた状況下において、大阪府警察本部が山口組の一斉摘発に乗り出し、大阪府内の山口組系暴力団事務所など二八か所を捜索し、四七人を逮捕するという時事の事件が発生したことから、その報道に当たり、単に当日の警察の行為を伝えるだけでなく、
① 四年余りも空席だった組長が決定し、日本最大の暴力団山口組の組織が固まったこと、② これを機会に全国各地で襲名披露を行って組織拡大を図ろうとする動きがあり、警察が警戒してきたこと、③ 大阪府警察本部の一斉取り締りはこうした山口組の動きに対する先制攻撃の意味を持っていることなど、事件の背景を説明することが視聴者の理解にとって必要なことであり、またその理解を深めることになると考えるとともに、本件番組当日までに知りえた、神戸では新組長の襲名披露の趣旨を持つ本件継承式が既に行われ、新組長の意思・威光を末端組員にまで周知徹底させるためにその式の模様をビデオ撮影したうえで、系列の団体にその複製ビデオテープを配付したという事実も、新組長決定後の山口組の動き、状況の中で重要な意味を持ち、警察が組織固め・勢力拡大の端緒になるとして警戒してきた襲名披露式とは一体何であるか、
それにもかかわらず挙行されビデオ撮影までされて、その複製ビデオテープが配付されるという襲名披露式とは一体どんなものなのかを、実際の映像と音声で紹介することは、組織暴力団の実態を視聴者に知らせるうえでも、また、当日の各事件報道の持つ意味内容を明らかにするうえでも大きな意味があると考え、当日生じた事件の報道に加えて、本件ビデオの作成及びその複製ビデオテープの配付を含む五代目山口組組長決定に伴う諸事件をまとめて放送し、それに伴って、本件ビデオの一部を放送することとし、当日の各事件報道の対象素材ないし参考素材として、山口組関連の各事件及び山口組五代目襲名披露式の内容を理解するのに役立つと考える部分を選択し、暴力団に詳しい専門家に取材して番組出演者のコメントを準備したうえで本件放送をしたことが認められ、これらの事実に照らすと、
本件番組担当者は、原告主張の如く、時事の事件から離れて、本件ビデオを見せ物として放送して視聴者に鑑賞させる意図を有していたものではないと認められる。」、「本件放送の放送時間は四分十数秒間であり、単純計算では本件番組中の山口組関連の報道全体の放送時間約七分間の約六割を占めるようにみえるが、両者は時間的に重複しているものであり、被告は、本件放送中も、本件ビデオのみを放送するのでなく、出演者が、画面に写し出された本件継承式について感想を述べたり解説を加えたりしており、これらは、視聴者が、本件ビデオの作成及びその複製ビデオテープの配付という事件がいかなる意味を有するかを理解するのに資する行為である。
また、四分十数秒間というのは、本件ビデオ全体を放送する場合の時間(約一時間二七分)の五パーセント弱にとどまる。」、「前記・・・認定の事実によれば、本件番組は、視聴者が本件放送をそれ以外の部分と区別しうる状態で放送したと認められる。」、「以上の諸点を総合して考えると、本件放送は、報道の目的上正当な範囲内において本件ビデオを利用したものと評価するのが相当である。」として、報道内容におけるその目的物の位置づけや、実際に放送された部分の量的割合、番組内での他の報道内容との区別性等を総合考慮して、報道の目的上正当な範囲内の該当性が肯定されています。
そして、「報道」の意味内容については、別件訴訟の訴訟代理人が作成した当該別件訴訟の訴状を当該代理人に無断でブログ内にリンクをはる形で公表したことの著作権等侵害に係る裁判例(注8)では、被告のブログ記事について「その趣旨は,紛争状態にある別件訴訟原告から訴えを提起されたことについて,遺憾の意を表明し,あるいは訴状の内容の不当性を訴えるものであって,公衆に対し,当該訴訟や別件訴状の内容を社会的な意義のある時事の事件として客観的かつ正確に伝えようとするものであると解することはできない。」「したがって,別件訴状の公表は,「時事の事件を報道する場合」に該当せず,著作権法41条は適用されない。」と説示している例があり、これによれば報道とは(公衆に対して)社会事象を客観的かつ正確に伝達することを意味するものと解されます。
以上のような既存の裁判例と適宜比較しながら今回の判決を見てみると、まず、本件で問題となった写真はウェブサイト上で投稿された、別の判決においてその著作権侵害の成否が問題とされた写真そのものであり、時事の事件を構成する著作物に該当するものと考えられ、バーンズコレクションの裁判例と同様に、立法趣旨の通りに、事件の主題となっている著作物に該当するものと解されます。
次に、報道の目的上正当な範囲内での利用であるかどうかの点については、本件においては「本件写真の利用目的、利用態様、・・・事件の主題性等を踏まえると・・・本件写真は・・・同法の目的上正当な範囲内において利用されたものと認めることが相当」とされており、大きな意味では従来の裁判例と同様に事件報道に係る複数の要素を考慮して判断をしたものとなっています。考慮する要素自体は、個別の事案に応じて検討されているので判断基準が厳密な意味で統一されている訳ではないのですが、一般的にみて利用態様については考慮要素になるものと思われます。本件で明示されているその他の考慮要素は、「利用目的」と「事件の主題性」との二つですが、このうち「利用目的」については第41条の条文に「報道の目的上」と規定されていることから特段の言及は要しないと思います。
他方、「事件の主題性」についてですが、事件の主題が何であるかによって事件を構成する著作物、すなわち事件の主題となっている著作物の報道利用の合法性・違法性が分かれ得るとなると、一見トートロジー的な印象を受けることもあって、説示の意図するところが理解しにくくなるのですが、本件投稿2に係る「・・・上記認定に係る本件写真の利用目的、利用態様のほか、本件写真が、著作物の利用に関して社会に影響を与える別件最高裁判決という時事の事件の主題となった著作物であることを踏まえると」との説示から考えると、裁判所が言いたかった点を善解すれば、時事の事件とその報道で利用される著作物との関係性や報道利用上の必要性というようなものと推察されるところです。
裁判所としては、「本件写真は、別件・・・判決という時事の事件において正に侵害の有無が争われた写真そのものであり、当該事件の主題となった著作物であることが認められる。」と本件投稿1・2のいずれについても言及していますので、上記「事件の主題性」はそのような強調点を端的に表現しただけなのかもしれませんが、この点についてはもう少し言葉の付け足し・補足があって然るべきであったように思われます(注9)。
なお、報道の目的上正当な範囲内の利用かどうかの判断に当たっては、さらに本判決を見ていくと、原告側が主張した元投稿1において本件写真がすぐに削除されたことや投稿2が悪質なスパムブログにユーザーを誘導するために本件写真を利用するものであること(ただし、投稿2については「証拠・・・及び弁論の全趣旨によっても、Bloggerがスパムブログに悪用され得ることや、広告収入を得る目的等でスパムブログが存在することなどが一般的に認められることが立証され得るにとどまり、本件投稿2自体が悪質なスパムブログにユーザーを現に誘導している事実を具体的に認めるに足りないものといえる。」とされている)等の点があるのですが、これについては「原告主張に係る事情を十分に考慮しても、原告の主張は、上記判断を左右するものとはいえない」として排斥されているところ、これもその理由についてこれ以上のことは語られておらず、少なくとも投稿1における本件写真の短時間での削除の点を排斥していることについてはそうした行為態様が抑々報道といえるのかという疑問を生じさせるところでもあるので、より説得的な説示が望まれましょう。
そして、この「報道」の該当性における本判決の説示は「・・・前記認定事実によれば、本件投稿1は、著作物の利用に関して社会に影響を与える別件訴訟判決の要旨を伝えるものであって、社会的な意義のある時事の事件を客観的かつ正確に伝えるものであることからすると、これが「報道」に当たることは明らかである。」とされており、これは前述の別件訴状ブログの裁判例と同様の見解に立っているものであって、「個人情報の保護に関する法律」(平成15年法律第57号)第57条第2項の「2 前項第一号に規定する「報道」とは、不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること(これに基づいて意見又は見解を述べることを含む。)をいう。」との定義規定とも平仄の合っているものです。
以上のように、今回の判決は、大きくみると、従来の裁判例が提示してきた判断基準に沿ったものであり、第41条における解釈論はある程度定着してきていると考えられるところです(注10)。ただし、他方において、個人による情報発信手段が発達している現状において、上記のような定義付けをされている「報道」概念についてはある種の揺らぎを生じさせているものと考えられるところであり、第41条との関係では同条の適用を受ける報道の主体が伝統的な報道機関に限定されると解するべきなのか、将又、個人も含まれると考えるべきなのかは議論のあるところです(注11)。因みに私見としては、報道の持つ公共的意義や、そのことを勘案したことによって著作権制限規定が整備されている点のほか、同じく報道に係る第40条第2項の制限規定では制限される支分権との関係上利用行為主体として個人が想定されていないと思われること等の事情から第41条についても個人の行為を対象化することには消極に解する次第です。今回は以上といたします。
(注1)加戸守行『著作権法逐条講義七訂新版』360頁
(注2)前掲注1・360~361頁
(注3)東京地判平成10年2月20日知的裁集30巻1号33頁〔バーンズコレクション事件〕
(注4)前掲注1・360頁
(注5)なお、この裁判例では、本解説本文で紹介しているように、さらに別の箇所で「・・・既に平成元年二月から本件番組当日までの間、山口組が一和会との抗争の過程で系列団体の構成員を含めると約二万一〇〇〇人の組員を擁するまでに勢力を拡大していること、昭和六〇年一月に四代目山口組組長が一和会系の暴力団組員により殺害された後四年余りの間空席だった組長の座を巡り・・・組長代行派とA若頭派が争った末、同年四月に五代目山口組組長が決定されたこと並びに警察庁や栃木県及び熊本県等の警察本部が新組長の襲名披露式の阻止に力を入れていることが日刊紙で広く報じられており、本件番組当時、五代目山口組組長決定に関連する山口組の動向が広く世間の耳目をひいていたことが認められ、これらに照らすと、本件ビデオの製作やその複製ビデオテープの配布もまた、社会一般に報じられるべき報道価値の高い時事の事件であったといえる」と述べている。
(注6)大阪地判平成5年3月23日判時1464号139頁〔TBS事件〕
(注7)前掲注1・361頁
(注8)東京地判令和3年7月16日(令和3年(ワ)第4491号)〔別件訴状ブログ事件〕
(注9)仮にそうした時事の事件とその報道で利用される著作物との間の(主題性に係る)関係性の幅というようなことを考慮要素に入れ込むと、主題そのものである著作物だけでなく、主題をそのまま構成するわけではないが当該主題に緊密に接している著作物についても、第41条の適用対象となる余地が生じうると思われる。前掲注6の裁判例では、対象となった報道番組で扱われた時事の事件は、①大阪府警が500人の捜査員を投入して山口組系列の団体の構成員47人を逮捕し、系列の組事務所など28か所の捜索を行うなど、3年半ぶりに山口組系の暴力団の一斉摘発を行ったこと、②山口組がA5代目組長の威光を末端組員(系列の団体の構成員)に対しても周知徹底させるために、本件継承式の模様を撮影して本件ビデオを作成し、その複製物を系列の団体に配布したことであるとされ、
当該番組におけるビデオの一部放映は②の時事の事件の報道に伴う利用行為であると認定されているが、抑々②をそれ自体として一つの時事の事件と捉えるかどうか、さらには②自体についても、仮にそれが①とは相対的に独立した報道価値のあるものだとしても、そこで捉えられる事件の核心がビデオの作成・配布なのか、一定期間空席状態になっていた全国最大規模の暴力団の組長が関係者の構想の末に決定され(て、その継承式が行われ)たことなのかの点も議論のあるところであり、これらの点について考えてみると、②は①の報道がなければそれ単独ではニュース性が乏しいと思われ、また、②自身についてもあえてニュース性がある事柄を挙げるとすればそれは組長の決定であると思われるところであって、
そしてそうであるとすると、この事件でのビデオの一部放映は第41条の適用を受けないとする結論が本来は妥当であると考えられるが、他方において、警察組織による大規模一斉捜索・逮捕と、(そうした警察の動きに関連している)新組長の威光の全国周知のために作成・配布されたビデオとの間の距離感について、裁判所の認定している諸事情によってその近接性を認めるとするならば、実際の判決とは異なった論理構成によりやはり第41条の適用が容認される余地が生じることとなろう。
(注10)今回の解説では全ての論点に言及している訳ではなく、例えば、「当該事件の過程において見られ、若しくは聞かれる著作物」に関して、第30条の2や第32条との関係性如何等の論点は存在する。
(注11)この点に関する学説の状況については、小泉直樹=茶園成樹=蘆立順美=井関涼子=上野達弘=愛知靖之=奥邨弘司=小島立=宮脇正晴=横山久芳『条解 著作権法』489頁[茶園成樹]を参照。
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