JRRCマガジンNo.315 ドイツ著作権法 思想と方法7 肖像権~伝統的理論とその展開

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JRRCマガジン  No.315 2023/4/13
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◆今回の内容
【1】三浦先生のドイツ著作権法 思想と方法7
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皆さま、こんにちは。

真新しいランドセルの子どもたちが駆け抜けて行きます。
いかがお過ごしでしょうか。

さて、本日は三浦先生のドイツ著作権法 思想と方法の続きです。
三浦先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/miura/

◆◇◆━三浦先生のドイツ著作権法 思想と方法7━━
【1】肖像権~伝統的理論とその展開
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  国士舘大学法学部 三浦 正広

 ドイツ著作権法の大きな特徴の1つは、肖像の保護に関する具体的な法規定が置かれていることである。ドイツ法における肖像権理論は、著作者の権利との関連において発展してきた理論である。1907年に制定された美術著作権法(KUG)には、自己の肖像に関する権利(Recht am eigenen Bild)が規定されていた(KUG 22条ないし24条)。現行著作権法の制定(1965)により、KUGは廃止されることとなったが、この肖像権に関する規定は未だ効力を有する。それだけでなく、世界的にも早い時期に制定されたこの肖像権規定は、他の欧州諸国やわが国の判例や学説に大きな影響を与えてきた。
 肖像権の性質について、当初ドイツでは、肖像権は人格権の1つとして理解されていたが、死後の肖像権や肖像の営利的利用に関する議論の高まりとともに、財産権としての性質を有するものであると認識されるようになる。このようなドイツ法理論の影響を受けて、肖像権の財産権的側面は、アメリカ法ではパブリシティ権として認識され(Haelan Laboratories, Inc. v. Topps Chewing Gum, Inc., 202 F. 2d 866 (1953).)、わが国の判例法理の形成に影響を与えた。
 ところが、デジタル・ネットワーク時代の到来により、人の肖像は、氏名とともに、基本的な個人情報として認識されるようになり、報道の自由を標榜するマス・メディアとの関連において、ドイツ法の伝統的な肖像権理論を取り巻く法状況は大きく変容することとなる。

 かつて人の肖像は、絵画、彫像やブロンズ像などにおいて、宗教的、政治的な目的のために、あるいは美術作品として作成されてきた。欧州では19世紀半ばにカメラが発明されて以降、写真による肖像の固定が容易になるとともに、その後の写真技術の進歩により、撮影された肖像写真の利用可能性が拡大し、無断利用も横行した。このような時代背景のなかで肖像権は制定法上の権利として定められることになる。肖像権法の原則として、肖像は本人の同意がなければ、頒布・公表することはできない(KUG 22条1文)。ビスマルクの遺影が不法侵入者によって無断撮影された事案について、写真の頒布差止め、原版の破棄を命じた最高裁判所の判決等がこのような立法の契機となっている(RGZ 45, 170.)。
 人の肖像が肖像権として保護される法益について、当初は肖像本人の名誉、羞恥心であると理解されていたが、その後の学説により、肖像権は、基本法(GG)1条1項で保障される人間の尊厳、さらに2条1項における自己の人格を自由に発展させる権利を根拠とする権利であると位置づけられ、氏名権(ドイツ民法12条)と同様に個別的人格権として認識される。
 また、廃止された規定の中には、別段の合意がない場合、肖像の複製権は注文者に属するとする規定が存在した(KUG 18条)。日本の旧著作権法にも写真肖像に関する規定があり、肖像写真の著作権は、嘱託者(依頼者)に帰属するとされていたが(旧法25条)、これらの規定はいずれも肖像本人の人格的利益を保護する趣旨から、著作者(作成者)の権利を制限する規定であったと解することができる。KUG 22条に規定されている肖像権は、著作物としての肖像の利用権に関する規定であり、その利用について肖像本人の同意が必要であるとする規定であって、肖像の作成について本人の人格権(一般的人格権)を保護する趣旨の規定ではない。

 さらに、KUGには肖像本人が報酬を受けて肖像を作成させた場合に、肖像の頒布・公表に同意があったものと推定するとする規定が置かれている(KUG 22条2文)。有名な俳優パウル・ダールケの肖像が無断で広告に利用された事案について、1956年、連邦最高裁判所は肖像権を「財産的価値を有する排他的な権利」として把握した(BGHZ 20, 345.)。これにより、肖像権は、自己の肖像の利用について、人格権としての性質を有する権利であることに加えて、財産権としての性質を有する自己決定権であることが認識されることとなった。
 日本法では、肖像の財産的利用に関する権利はパブリシティ権として認識されており、マーク・レスター事件判決(東京地判昭和51・6・29判時817-23)をリーディング・ケースとして、ピンク・レディー事件最高裁判決(最判平成24・2・2民集66-2-89)において判例法上承認されている。

 ドイツ法の伝統的な肖像権理論では、肖像の利用には肖像本人の同意が必要であるとする原則が定められる一方、「現代史の領域における肖像」については本人の同意を必要としないとする例外規定が設けられている(KUG 23条1項1号)。現代史の人物、すなわち公共の関心事の対象となる、いわゆる「有名人」については、肖像権の例外として本人の同意なしにその肖像を利用することができるものとされている。
支配的な学説は、「現代史の領域における肖像」を現代史の絶対的人物と相対的人物に分類したうえで、判例では国家元首、政治家、発明家、学者、芸術家、俳優、歌手、作家、プロフットボール選手、経済界の有力者などが、公共性との関連において情報価値を有する人物とみなされ、本人の正当な利益を侵害しない限り、同意なしに公表することが可能であるとされている。ここではドイツ法特有の典型的な解釈論が展開されていた。ドイツでは、マス・メディアにおける個人の肖像の頒布・公表は、長らくこの条項の解釈によって本人の同意の有無が判断されてきた(他にも例外規定において、公の場所で付随的に写り込んだ画像や芸術性のある画像等については、本人の同意は必要ないとされている(KUG 23条1項2号~4号))。

 ところが、日本で写真週刊誌をめぐり無断撮影や盗撮による肖像権侵害が争われた多くの訴訟が提起された時期とほぼ時を同じくして、欧州では、モナコ(ハノーファー)のカロリーネ王妃の私生活がパパラッチの標的とされたことで、肖像権に関する議論が沸き起こることとなる。タブロイド紙やイエロー・ジャーナリズムによって、有名人の私生活やプライバシーを暴露するような報道が過熱したことを契機として、肖像権理論は、個人の私生活の保護理論へと大きく傾斜していくことになる。カロリーネ王妃の私的領域におけるプライベート写真が本人の同意なしに公表された事案において、ドイツ連邦最高裁判所(BGH)は、KUG23条1項1号に関する従来の支配的見解にしたがって、肖像権侵害を否定したが(BGH GRUR 1996, 923 – Caroline von MonacoⅡおよびBVerfG GRUR 2000, 446 – Caroline von Monaco.)、欧州人権裁判所(EGMR)は、BGH判決を覆し、欧州人権条約8条で保護されている私生活を尊重する権利の侵害に該当するとする判決を下した(EGMR GRUR 2004, 1051 – Caroline von Hannover.)。
 時代の流れや情報社会の動向を反映した欧州人権裁判所の判決により、旧来のドイツの肖像権理論は、解釈の修正を余儀なくされた。肖像の作成ではなく、利用行為を前提とするドイツ法の肖像権理論では肖像本人の人格的利益を十分に保護することができない状況が生じていた。ドイツ法の伝統的な肖像権理論自体が否定されるわけではないが、KUG 22条および23条に関する従来の解釈論は大きな転換を迫られることとなった。

 日本では、デモ行進参加者に対する無断撮影について肖像権が争われた京都府学連事件に関する最高裁大法廷判決(最大判昭和44・12・24刑集23-12-1625)において、憲法13条の幸福追求権を根拠として、人格権としての肖像権が承認された。その後1980年代以降の写真週刊誌ブームの到来により、肖像権理論はプライバシー権との関連で議論が深められることとなる。日本の肖像権理論は、ドイツ法とは異なり、肖像利用権だけでなく、ドイツ法において一般的人格権として理解されている肖像作成権を包摂する概念として構成されているため、ドイツ法のような硬直した解釈論に陥ることなく、プライバシー概念を取り込んだ柔軟な理論展開が可能であったといえよう。

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