JRRCマガジンNo.302 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)10 モラルライツ(3)

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JRRCマガジン  No.302 2023/01/05
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※マガジンは読者登録の方と契約者、関係者の方にお送りしています。

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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)10
【2】受付開始! 2023年1月25日開催 大阪工業大学共催 著作権講座(オンライン) 
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年頭のご挨拶

 皆様、明けましておめでとうございます。
 公益社団法人日本複製権センター(JRRC)は、おかげさまで一昨年30周年を迎えました。
また、昨年は30周年記念著作権セミナーを多数の方にご参加いただき開催することができました。
そこでは、著作権の集中管理の現状と今後の課題をテーマに、内外の有識者のご参加を得て
活発で有意義なご議論が展開されました。
 そこで得られた一つの結論としては、デジタル・ネットワーク社会においても集中管理の意義や
その重要性は変わらないということでした。一方で、JRRC自身は、時代の進展に合わせて、
デジタル複製やネット送信にも確実に対応した管理体制を整備することが喫緊の課題であることも
確認されました。
 JRRCの今年の課題としては、時代の変化に合わせた使用料体系の見直し、委託者・利用契約者の拡大、
海外の管理事業者との相互管理協定締結の促進等たくさんありますが、一つ一つ解決を図りながら、
委託者、利用契約者双方の皆様に満足していただける体制作りに取り組んでいきたいと考えています。
 どうぞ皆様、今年もよろしくご支援を賜りますようお願いします。

                           公益社団法人日本複製権センター
                                   理事長 川瀬真

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さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についての続きです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter10. モラルライツ(3)
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                 明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1.はじめに
今回は、前回に引き続き、イギリスにおけるモラルライツについて、日本法との比較を視点に見ていきます。紹介するのは、著作物の著作者の地位を虚偽に表示することを禁止する権利と、写真又は映画に関するプライバシー権です。これらの権利は、日本の著作権法には規定がなされていないものです。

また、モラルライツの説明の最後として、モラルライツの移転・放棄に関するイギリス法の規定についても説明します。

2.著作物の著作者の地位を虚偽に表示することを禁止する権利
1.沿革
イギリス著作権法84条は、著作物の著作者の地位を虚偽に表示することを禁止する権利(right to object to false attribution)について定めています。

具体例を挙げれば、たとえば、自分が書いたコラムではないのに、自分の名前が表示されることを禁止することができます。氏名表示権と似ていますが、異なるものです。

氏名表示権の場合、権利を主張するものは、著作者でなければなりませんが、84条の権利を主張する者は著作者である必要はありません。

 2.権利の対象
対象となる地位は、「文芸、演劇、音楽又は美術の著作物の著作者の地位」(84条1項a号)と、「映画の監督の地位」(84条1項b号)です。これらについて虚偽の表示をしてはならないということになります。

 3.保護期間
前回までにご案内した氏名表示権や同一性保持権、そして、後述する写真及び映画のプライバシー権(85条)は、当該著作物の著作権が存続する間、保護されます。

これに対して、虚偽の氏名表示に反対する権利は、氏名を表示された者の死後20年間しか存続しません(86条2項)。

 4.権利の侵害
この権利は、著作者の地位の虚偽の付与がある著作物の複製物を公衆に配布する場合に侵害されることになります(84条2項a号)。美術の著作物については、美術の著作物又は美術の著作物の複製物を公に展示する場合にも侵害となります(84条2項b号)。

また、著作者の地位の付与が虚偽であることを知り、又はそう信じる理由を有しながら、(a)文芸、演劇又は音楽の著作物の場合には、ある者の著作物であるとしてその著作物を公に実演し、又はそれを公衆に伝達すること、(b) 映画の場合には、ある者が監督したものであるとしてその映画を公に上映し、又はそれを公衆に伝達することも侵害となります(84条3項)。

更に、以上の行為に関連して、著作者の地位の虚偽の付与を含む資料の公衆への配布又は公の展示がなされた場合も侵害となります(84条4項)。

業務の過程において利用する場合については、単なる所持が権利侵害となることもあります。具体的には、虚偽の著作者の地位が付されており、それが虚偽であることを知り、又はそう信じる理由があるにもかかわらず、 (a) 著作者の地位の虚偽の付与がある著作物の複製物を所持し、又は利用すること、(b) 美術の著作物の場合には、その著作物に著作者の地位の虚偽の付与があるときにその著作物自体を所持し、又は利用する場合には侵害となります(84条5項)。

84条5項における「利用」とは、「販売し、賃貸させ、販売若しくは賃貸のために提供し、若しくは陳列し、公に展示し、又は頒布すること」を意味します(84条7項)。

権利を主張する者は、現実の損害が生じたことを立証する必要はありません([1998] 1 All ER 959, 965; [1998] RPC 261)。

 5.裁判例
ここで、裁判例を1つ紹介しておきましょう。Clark v. Associated Newspapers [1998] 1 All ER 959という事案です。政治家である原告による日記のパロディを、被告が新聞に掲載したという事案です。

有名な下院議員である原告のアラン・クラークは、1992年に政界を一時引退するまでに出版された独特のスタイルの日記によって有名になっていました。

原告と被告は、原告が日記形式で「イブニング・スタンダード」誌に原稿を寄せる契約をしようとしましたが、合意に至りませんでした。

その後、被告は、原告の日記のスタイルをパロディ化した「アラン・クラークの秘密の政治日記」(”Alan Clark’s Secret Political Diaries”)という題で、実際にはピーター・ブラッドショーが執筆する社会の出来事を揶揄する週1回のコラムを掲載しました。

コラムには原告の写真が冠せられるとともに、記事冒頭の要約部分において、ピーター・ブラッドショーが、偉大な日記作者である原告のアラン・クラークであればどのようにその出来事を書きとどめるであろうかを想像するとの言葉が付されていました。

この事案では、以上の事実を背景として、原告が被告に対して、虚偽の氏名表示に対する権利の侵害およびパッシング・オフの成立を理由に訴えを提起したものです。

Lightman判事は、表題部分の表示は、原告が当該コラムの著作者であるとの虚偽の氏名表示とする明確かつ十分なものであり、その他のより目立たない部分の記述によって治癒されるものではないとし、虚偽の氏名表示を認めるとともに、パッシング・オフの成立も認めています。

3.写真又は映画に関するプライバシー権

イギリス著作権法には、写真又は映画に関するプライバシー権という、ユニークな権利が存在しています。この権利は、私的及び家庭内の目的のために写真の撮影又は映画の作成を委嘱する者に対して、その結果生じた著作物に著作権が存続する場合には、(a) 著作物の複製物の公衆への配布、(b) 著作物の公の展示又は上映、(c) 著作物の公衆への伝達を行わせない権利を与えるものです(85条1項)。

著作権法では、この写真に関するプライバシー権は、著作権法の第4章のモラルライツの項目に位置づけられており、モラルライツの一つに分類されています。

たとえば、プライベートな結婚式の様子を写真や映画で撮影した場合、撮影者が著作権者になるのですが、著作権者である撮影者が無断でそうした写真や映画を利用しようとする場合、委嘱した者の有する写真に関するプライバシー権の侵害となるわけです。

写真及び映画のプライバシー権は、著作物の全体又はその実質的な部分に及びます(89条1項)。また、この権利の存続期間は、当該写真の著作物の著作権保護期間と同一です。

4.モラルライツの移転・放棄

イギリスでも、日本における著作者人格権と同様に、モラルライツは譲渡することはできません。このことは、イギリス法において、条文上明示的に規定されています(94条)。

しかし、氏名表示権、同一性保持権、そしてこの写真又は映画のプライバシー権については、資格を有する者の死亡により、一定の条件にしたがって遺言によって指定された者、著作権を遺産として承継する者、あるいは人格代表者に移転するとされています(95条)。

この点は、著作者人格権も人格権のひとつであり、一身専属的権利であるため、死亡により消滅するとしつつも、著作者の死後の人格的利益の保護(60条)を定めている日本の著作権法の考え方とはやや異なります。

なお、著作者の地位の虚偽の付与により付与される権利に対する侵害についても、その者の人格代表者が提訴することができるとされています(95条5項)。

また、権利について資格を有する者が同意している場合、モラルライツの侵害は成立しないことが条文において明示されています(87条1項)。この非侵害の同意に関しては、要式が定められていないため、口頭でもよいとされるとともに、明示のみならず黙示の同意でもよいと解されています(A. Speck, et al (eds), Laddie, Prescott and Vitoria: The Modern Law of Copyright (5th edn, Lexis Nexis 2018) para 38.56.)。

イギリスの著作権法では、日本の著作権法の理解とは大きく異なり、こうしたモラルライツを放棄することができます。ただし、放棄をする場合、権利を放棄する者が署名した書面による証書が必要とされています(87条2項)。

放棄は、特定の著作物、特定の種類の著作物又は著作物一般について行うことができるとともに、現存の著作物だけでなく、将来の著作物についても行うことができるとされています(87条3項a号)。

さらに、放棄は、条件付き又は無条件とすることができ、取消される可能性があることを表明することもできます(87条3項a号)。

なお、放棄が、関係する著作物の著作権者又は将来の著作権者のために行われる場合、反対の意図が表明されない限り、その者の許諾を得た者及び権利承継人に及ぶものと推定されます(87条3項)。

5.おわりに
今回は、イギリスにおけるモラルライツのうち、著作物の著作者の地位を虚偽に表示することを禁止する権利と、写真又は映画に関するプライバシー権についてみました。どちらも日本の著作権法には存在しない権利で、イギリスで保護される法益が、日本でどのように保護されるのか(あるいは、されないのか)、興味が生まれるところです。

また、モラルライツの移転・放棄についても、イギリス法と日本法には大きな違いがあることが分かります。もちろん、日本法では著作者人格権を放棄することはできないものの、著作者人格権の不行使特約は有効であるといった考え方もあるので、実際には大きな違いは生じないのかもしれません。

そして、イギリス法でモラルライツが放棄できるとなった場合、ではどのような改変も可能なのか、この点についても、名誉毀損に関する一般法との関係で問題となる部分は残るように思われます。

比較法的な考察は、このように、日本の著作権法の立場を相対化し、潜在的な課題や論点を認知する機会を与えてくれるように思いますし、日本法と比べて異質な部分をもつイギリス法には、特にそのようなタネが多く隠されていると言えるでしょう。

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【2】受付開始! 2023年1月25日開催 大阪工業大学共催 著作権講座(オンライン) 
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本年度最後の著作権講座です。参加は事前登録制です。
内容は初級レベルの講義と利用者が関心をお持ちと思われる2つのトピックス
「クリエイターへの適切な対価還元」と「TPPと著作権制度」 を予定しています。

本日より受付開始! ↓詳細は当センターHPをご参照ください。
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編集責任者 
JRRC代表理事 川瀬 真

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