JRRCマガジンNo.292 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)8 モラルライツ(1)

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JRRCマガジン  No.292 2022/11/3
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)8
【2】著作権講座(中級)オンライン開催予告
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みなさまこんにちは。

朝晩めっきり寒くなってまいりました。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についての続きです。
どうぞお楽しみください。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter8. モラルライツ(1)
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                 明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也
1 はじめに
モラルライツとは、著作者が著作物に関して著作権とは別に有する人格的利益に関わる権利です。我が国では「著作者人格権」と呼ばれる権利です。モラルライツについて、ベルヌ条約はローマ改正以降、氏名表示権、同一性保持権を定めています。

イギリスでは、1988年著作権・意匠・特許法(以下、著作権法という)において初めてモラルライツの包括的な規定を導入しました。また、現行法では、実演家のモラルライツも規定しています。

このモラルライツの保護は、著作権の保護について、オーサーズライトの伝統をもつ諸国(フランスやドイツなど)と、イギリスやアメリカのようなコピーライトとしての保護のもつ諸国とでは、その位置付けが大きく異なります。

イギリスの著作権法においてモラルライツと分類される権利には、①氏名表示権、②同一性保持権、③著作物の著作者の地位の虚偽の付与、④ある種の写真及び映画に関するプライバシー権、があります。

①と②の権利は日本の著作権法にもあります。これに対して、日本の著作権法と異なり、イギリス著作権法には、公表権といった権利はありません。他方、上記③および④の権利は、日本の著作権法には見られない権利です。

今回は、モラルライツの導入経緯を説明した上で、イギリスにおけるモラルライツのうち、氏名表示権の保護について、日本法との比較から見ていくことにします。

2 モラルライツを導入した経緯
イギリスは1887年にベルヌ条約に加入しましたが、ベルヌ条約のローマ改正会議以降も、1988年の著作権法が成立するまでは、著作権法それ自体にモラルライツを明示した詳細な規定を置いていませんでした。

この点について、ベルヌ条約ローマ改正に違反していたかどうかという問題が生じますが、イギリスではモラルライツを担保するものとして、名誉毀損、パッシング・オフや契約に関する一般法が存在し、また1956年著作権法にも不正の著作者表示に関する規定(1956年著作権法43条)があったため、これらを適用することによってベルヌ条約のモラルライツ(著作者人格権)に関する諸規定は担保されていると考えられていました。

しかし、1977年のウィットフォード委員会(著作権法改正委員会)では、イギリスがベルヌ条約上の義務を履行していないのではないかという点が問題となりました。その結果、1988年CDPAの第4章において、ようやくモラルライツに関する包括的な規定が導入されるに至っています。

もっとも、1988年の著作権法によるモラルライツの導入も、ベルヌ条約の上記規定に対する国際的義務を守りつつ、一方で現行法や国内の商業の在り方にできるだけ影響を与えないように導入されたといわれています(Jonathan Griffiths, Not Such a ‘Timid Thing’: The UK’s Integrity Right and Freedom of Expression, in Jonathan Griffiths and Uma Suthersanen(ed), Copyright and Free Speech (Oxford: OUP, 2005) para 9.22.)。

そのことをもっとも象徴的に示しているのが、著作権法87条における書面の合意による広範なモラルライツの権利放棄に関する規定です(87条2項)。イギリス著作権法では、モラルライツは譲渡できないけれども、放棄はできるのです。同意により権利侵害にならないことも明文ではっきりと規定されています(87条1項)。

なお、イギリスの1988年の著作権法では、モラルライツが、「第1章 著作権の存続、帰属及び存続期間」、「第2章 著作権者の権利」、「第3章 著作権のある著作物に関して許される行為」に引き続いて、「第4章 モラルライツ(著作者人格権)」として定められています。

日本の著作権法の第二章が、「第三款 著作権に含まれる権利の種類」に先立って、「第二款 著作者人格権」を定めているのと対照的といえます。条文の配列順から単純にそうだということはいえませんが、このこともまた、コモン・ロー法系におけるモラルライツの位置づけを象徴しているものともいえるでしょう。

3 氏名表示権
(1)概要
CDPA77条1項は、ベルヌ条約6条の2を淵源とする、著作者または監督として確認される権利(right of attribution)、すなわち氏名表示権(right of paternity)について定める一般規定です(以下では、単に「氏名表示権」とします)。

CDPA77条2項以下に、著作物の類型毎に、氏名表示権の内容について定めている個別規定が列挙されています。Copinger and Skone James on Copyrightによると、イギリスの氏名表示権には、次の三つの特徴があるといわれます。

すなわち、①氏名表示権の生じる状況が著作物の類型によって異なること、②氏名表示権は、定められた方式によって主張されない限り、侵害されないこと、そして③氏名表示権には数多くの例外にしたがうこと、④氏名表示権は放棄または同意の対象とすることができます(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para 11-12)。

(2)対象
氏名表示権の対象は、①文芸の著作物(音楽とともに歌われ、又は話されることを意図される歌詞以外のもの)又は演劇の著作物(77条2項)、②音楽の著作物および文芸の著作物(歌詞)(77条3項)、③美術の著作物(77条4項)、④映画の著作物(77条6項)、です。

ただし、権利を有する場合は、一定の場合に限られており、たとえば、文芸の著作物又は演劇の著作物の場合、氏名表示権を有するのは、(a) 著作物が商業的に発行され、公に実演され、又は公衆に伝達される場合、(b) 著作物が挿入されている映画又は録音物の複製物が公衆に配布される場合に限られます。

「商業的発行」という概念は、著作者が氏名表示権を有する場合の条件として何度か出てきます。この文言は、 (a) 注文の受領の前に作成された複製物が一般的に公衆に提供される時に著作物の複製物を公衆に配布すること、(b) 電子情報検索システムを用いて著作物を公衆に提供すること、と定義されています(175条2項)。

(3)権利主張要件
氏名表示権には権利主張要件という特別な要件があります。これは、氏名表示権は一定の形式に従った権利の主張がない限り、侵害されないことを意味します。

著作者自身が著作権者である場合は、(1)著作者又は監督が署名した書面による証書、あるいは(2)著作者が著作権を譲渡する場合には、著作権の譲渡の際に、著作者又は監督がその著作物に関して確認される権利を主張する旨の記述を、譲渡を実施する証書中に含めることが必要となります(78条1項)。

これらの意味するところは、証書により権利の主張がなされるまでになされた行為は、権利の侵害が発生しないということです。この帰結は、日本法と大きく異なります。ただ、そもそも、このような要件はベルヌ条約5条(2)の規定する無方式主義に反するのではないかという議論が残されているとも指摘されています(L. Bently, B. Sherman, D. Ganjee, P. Jonson, Intellectual Property Law (5th edition, OUP, 2018) p.289)。

なお、美術の著作物の公の展示に関して氏名表示権を主張する場合については、別の規定が用意されていますが(78条3項参照)、ここでは省略します。

(4)権利の例外
氏名表示権は広範な例外規定が存在しています。まず、(a) コンピュータ・プログラム、(b) タイプフェイスの意匠、(c) コンピュータ生成著作物に対しては適用されません(79条2項)。

また、著作者又は監督の雇用主に原始的に権利が帰属する場合には、著作権者により又はその許諾を得て行われる行為に対しては権利が及びません(79条3項)。

この点について、日本では職務著作が生じた場合、その著作者は法人となるのに対して、イギリスでは、雇用の過程で創作された著作物(11条2項)は、実際の著作者以外の者が最初の著作権者となるものの、著作者性(authorship)それ自体に変更はないので、従業員が著作者となります。しかし、79条3項により、従業員による氏名表示権の主張は認められていないわけです。

つぎに、著作権の侵害とならない一定の場合(79条4項)や、時事の事件の報道を目的として作成される著作物にも及びません(79条5項)。

そして、(a) 新聞、雑誌又は類似の定期刊行物、(b) 百科事典、辞書、年鑑その他の参照用の集合著作物の発行を目的として作成され、又はそのような発行を目的として著作者の同意を得て提供される文芸、演劇、音楽又は美術の著作物の次の出版物における発行に関しても及びません(79条6項)。

さらに、(a) 国王の著作権又は議会の著作権が存続する著作物、(b) 著作権が原始的に国際機関に帰属していた著作物についても原則として及びませんが、これらの場合でも、以前に著作者として確認されている場合には氏名表示権が及びます(79条7項)。

4 おわりに
今回は、イギリスにおけるモラルライツの導入経緯と、4つのモラルライツのうち、氏名表示権についてみました。次回は、その他のモラルライツについて、日本法との比較の観点から、みていく予定です。

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