JRRCマガジンNo.286 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)7 著作権の主体

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JRRCマガジン  No.286 2022/9/15
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)7
【2】日本複製権センター創立30周年記念 著作権セミナー締切間近
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みなさまこんにちは。

朝夕はめっきりしのぎやすくなりました。
みなさまはいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についての続きです。
どうぞお楽しみください。

バックナンバーは下記からご覧いただけます。
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◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━━━━
 Chapter7. 著作権の主体
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1 はじめに
著作物を創作する者を著作者と言います。著作権の帰属をいずれの主体に帰属させるのか、という問題については、創作者主義を採用するのが一般的です。創作者主義というのは、著作者が著作物の最初の著作権者になる立場が原則を意味します。

創作者主義はあくまで原則であって、特殊な場合には例外が法定されるのが通常です。日本の著作権法でもそうですし、イギリスの著作権法でもそれがいえます。

とくに、イギリスの著作権法では、日本では著作隣接権の保護対象とされているものも含めて著作物として保護するために、特定の者を著作者と擬制する規定が設けられることになります。

具体的にいうと、まず、イギリス著作権法において著作物とされるもののうち、文芸、演劇、音楽および美術の著作物には、創作者主義の原則が当てはまるのですが(著作権法9条1項、11条1項)、録音物(レコード)、映画、放送、発行された版の印刷配列の場合、著作者の認定に関して特別の規定が設けられています(9条2項)。

また、興味深いものとして、イギリスには、人間の著作者が存在しない状況で作成されたコンピュータ生成著作物(computer generated works)に関する特別な規定があり、その場合の著作者は、著作物の創作に必要な手配をする者とされています(9条3項)。

そして、多数の者による創作について、日本法でも共同著作物という考え方がありますが、イギリス著作権法でも、joint works(共同著作物)の場合、最初の著作権は共同著作者の共有になります。

そのほか、日本の著作権法では職務著作制度という、一定の要件を満たす場合、従業員の創作した著作物について法人が著作者となるとする、創作者主義の重大な例外となる規定があります。これに関連するものとして、イギリス著作権法では、国王、議会、議案の著作権、一定の国際機関の著作権(11条3項)、雇用の過程で創作された著作物(11条2項)などは、実際の著作者以外の者が最初の著作権者となります。ただし、イギリスの制度と異なり、日本の職務著作制度と異なり、著作者性(authorship)それ自体を変更するものではなく、あくまで最初の著作権帰属(ownership)を変更するにすぎないものです。

今回は、このなかから、特に日本の著作権法には存在しないコンピュータ生成著作物(computer generated works)について、みていくこととします。

2 コンピュータ生成著作物
2.1 保護の概要
イギリス著作権法においてコンピュータ生成著作物という概念は、1956年法にはなく、1988年の現行著作権法においてはじめて導入されました。

著作権法9条3項は、著作物の創作者について「コンピュータにより生成される文芸、演劇、音楽又は美術の著作物の場合には、著作者は、著作物の創作に必要な手配をした者であるとみなされる」としています。また、178条は、「コンピュータ生成」とは、「著作物の人間の著作者が存在しない状況において著作物がコンピュータにより生成されること」と定義しています。

コンピュータ生成著作物の保護期間は、生成された年の翌年の1月1日から50年間です(178条)。これは保護期間を著作者の死後70年までとする一般原則に対する例外となっています。

1988年法の制定当時、具体的にどのようなものを想定していたのかは、よく調べてみないと分からないのですが、コンピュータ生成といっても、現代におけるものよりも、もっと単純なものであったと思われます。

1988年の著作権法制定前のひとつの裁判例として、コンピュータ自動生成によるビンゴ用のシートの事例があります。1985年のExpress Newspapers v. Liverpool Daily Post [1985] FSR 306において、ウィットフォード判事(著作権法改正委員会による1977年の報告書(通称ウィットフォード報告書)における委員長)は、コンピュータ自動生成によるビンゴ用のシートの著作権は、コンピュータプログラマーに帰属するという判断をしています。ただ、これが現行法の立場といえるかどうかについては、はっきりしていないともいわれています(L. Bently, B. Sherman, Intellectual Property Law (3th edn. OUP 2009) p.122)。

というのも、ウィットフォード報告書では、プログラムを作成した者とデータを作成した者の両方をそうした著作物の著作者と考えているのに対して、イギリス政府のグリーンペーパー(1981年)では、著作者について、著作物を創作するためにプログラムを入れたコンピュータを通じてデータを処理することに責任を負う者とするのが妥当であると指摘していたと言われているからです(「著作権審議会第9小委員会(コンピュータ創作物関係)報告書」(平成5年11月文化庁)参照)。

現行法の「著作物の創作に必要な手配をした者」という文言を見る限り、常にコンピュータプログラマーにのみ著作権が帰属し得るのだとはいえないでしょう。

いずれにしましても、イギリス法では、文芸、演劇、音楽又は美術の著作物のみが、コンピュータ生成著作物となる資格を有しています(9条3項)。

たとえば、完全に自動で音楽を作曲するAIを開発した場合、創作されるのは音楽ですので、その点では、そのようなAIが創作した作品も、イギリス法では、コンピュータ生成著作物となり得る資格があることになるでしょう。他に、AIによる完全自動翻訳などもコンピュータ生成著作物となるケースがあるでしょう。結局のところ「著作物の創作に必要な手配をした者」が誰なのかは、状況に応じて判断がなされるように思われます。

ただし、創作された文芸、演劇、音楽又は美術の著作物が、イギリス法の意味での「オリジナリティ」の要件(1条1項a号)を満たしていることは、必要になってきます(著作物のオリジナリティの要件については、Chapter5. 著作権の客体(1)参照)。

イギリス著作権法が、コンピュータ生成物に関して、何を持ってオリジナリティがあるとするのかは議論があるところです。

これについては、幾つかの見方が示されています。具体的には、(1)コピーしたものでなければ、オリジナリティを満たすという考え方、(2)仮に人間の著作者が創作した場合に、オリジナリティの要素を満たせば、オリジナルといえるという見方(以上について、(L. Bently, B. Sherman, D. Ganjee, P. Jonson, Intellectual Property Law (5th edition, OUP, 2018) p.117)、(3)オリジナリティの認定に必要な技能や労力は、著作物の創作に必要な手配を行った者のものであることを示唆する考え方(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para 3-238)があります。

いずれにしても、オリジナリティが認められれば、保護されることになってきます。ただ、仮にコンピュータ生成著作物として成立したとしても、コンピュータ生成著作物を模倣した場合の保護範囲も、たとえば、デッドコピーに近いものしか保護しないなど、いろいろと議論があります。

他方で、イギリス著作権法で、著作物としてカテゴライズされる、録音物、映画、放送、発行された版の印刷配列は、コンピュータ生成著作物とはなり得ません。

これらの著作物については、録音物の場合には製作者、映画の場合には製作者及び主たる監督、放送の場合には放送を行う者等、発行された版の印刷配列の場合には発行者が、それぞれ著作者とみなされます。

つまり、これらの著作物を作成する際にコンピュータを使用するとしても、これらの者が必要な手配をし、それらの者が著作権を取得するわけですから、わざわざコンピュータ生成物という概念に当てはめる必要はないということかもしれません。

なお、モラルライツ、つまり日本の著作権法でいう著作者人格権の一部は、コンピュータ生成著作物には生じません。したがって、コンピュータ生成著作物が成立する場合、著作者として確認される権利(氏名表示権)、著作物を傷つける取扱いに反対する権利が生じません(79条1項、81条2項)。

2.2 裁判例
1988年に現行著作権法が制定されてから、コンピュータ生成著作物に関して言及した事案は、管見の限りでは、 Nova Productions Ltd v Mazooma Games Ltd 事件しか見当たりませんでした。この事件における第一審の高等法院(High Court)におけるKitchin判事の判決(Productions v Mazooma Games Ltd、 [2006] EWHC 24 (Ch))で、コンピュータ生成著作物について認定した部分があります。

この事件は、いわゆるプールゲームに関するギャンブルのアーケードゲームを作成した会社(Nova Productions)が、類似のゲームを作成した会社(Mazooma Games Ltd)を訴えた事件でした。ちなみに、プールゲームというのは、プール=溜まり場、にビリヤードが置いてあったという理由で、プールというとイギリスではビリヤードを意味するようです。

この事件にはさまざまな争点がありました。その1つとして、ゲームをしたときに表示される個々のフレームが、美術の著作物として誰に帰属するのかということが問題となりました。

被告のMazooma Games Ltdは、プレーヤが遊んだ結果画面上に出力される個々のフレームを模倣して、類似のゲームを作ったということが問題となりました。判決は、権利の帰属について、コンピュータゲームを遊ぶときに表示される個々のフレームは、ビットマップファイルを作った作者によるもの「または」プログラムによるコンピュータ生成物によるもの、のいずれかに該当する美術の著作物であり、ゲームプレーヤーが創作した著作物とはいえない、と述べています。つまり、出力フレームは原告が著作権をもつ美術の著作物であることはみとめたわけです。

ただ、このように原告側(Nova Productions)に著作権があるとはしたものの、被告が模倣したのが非常に抽象的なレベルにすぎないので、美術の著作物の著作権侵害については、非侵害となりました。

なお、第二審の控訴院(Court of Appeal)の判決(Productions v Mazooma Games Ltd. [2007] EWCA Civ 219)は、一審の結論を維持していますが、控訴院のJacob判事とLloyd判事は、特にコンピュータ生成著作物については議論していません。

3 おわりに
イギリスにおいてコンピュータ生成著作物の規定に関連する判例が少ないのは、おそらく、「著作物の人間の著作者が存在しない状況において」著作物が生じるという状況が、あまりなかったのだと思われます。

上記で紹介したアーケードゲームの出力フレームも、一応、出力フレームを構成するビットマップファイルを作った作者によるもの「または」プログラムによるコンピュータ生成物、ということを述べています。

すなわち、本件も、完全には、著作物の人間の著作者が存在しない状況における著作物の事案ではなかったわけです。

しかし、人間の著作者が関わらないで、コンピュータ自体が「オリジナリティ」のある成果物を独自に出力できる時代が進むと、この条文がもつ重要性にも変化が出てくる可能性があるかもしれません。

先に述べたオリジナリティの要件について矛盾があるのではないかという考え方や、経済的な観点から、AI時代のコンピューター生成著作物に対する著作権保護は過剰になるのではないかという議論があります。

そうしたこともあり、イギリスでは、2021年に、AIが生成した著作物をどこまで保護するべきなのかについて、政策的な検討が行われ、コンサルテーションも実施されました。

コンサルテーションにあたっては、変更を行わない、現行規定を削除する、成立範囲や保護期間を縮小した新しい権利に置き換えるといった選択肢が示されました。しかし、検討の結果、イギリスの知的財産庁は、2022年6月、今回は変更を行わないとの結論を公表しています(Intellectual Property Office, Artificial Intelligence and Intellectual Property: copyright and patents, 28 June 2022)。

変更をしなかった根拠は、コンピュータ生成著作物の保護が有害であるという証拠はなく、AIの使用はまだ初期段階にあるため、現段階では、上記の選択肢を適切に評価することができないということでした。

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