JRRCマガジンNo.281 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)5 著作権の客体(1)

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JRRCマガジン  No.281 2022/7/21
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)5
【2】日本複製権センター創立30周年記念 著作権セミナーのお知らせ
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みなさまこんにちは。

連日厳しい暑さが続いています。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。

今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についての続きです。
どうぞお楽しみください。

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◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter5. 著作権の客体(1)
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1 はじめに
今回は、イギリス著作権法における、著作権の客体について説明をします。
イギリス著作権法では、著作権の著作物(works)について、(a)「文芸、演劇、音楽又は美術のオリジナルな著作物」、(b)「録音物、映画又は放送」、(c)「発行された版の印刷配列」というふうに、3つのカテゴリーに分けて、8つの種類の著作物を規定しています(イギリス著作権法1条1項)。
日本の著作権法では、例示列挙(10条1項)のほかに、著作物の定義規定(2条1項1号)がありますが、イギリス著作権法には著作物の定義規定はありません。8種の著作物は限定列挙(クローズドリスト)です。
今回は、このうち、(a)「文芸、演劇、音楽又は美術のオリジナルな著作物」について解説します。なお、クローズドリスト、固定要件、オリジナリティなどの基本概念については、すでに説明をしたので、それ以外の部分を中心に解説をします。

2 文芸、演劇、音楽又は美術のオリジナルな著作物
2.1 文芸の著作物
「文芸の著作物(literary work)」とは、演劇または音楽の著作物以外のものであって、書かれ、口述され、歌唱されるあらゆる作品をいいます(イギリス著作権法3条1項)。
文芸の著作物には、小説、詩、学術論文のみならず、試験問題(University of London Press v. University Tutorial Press [1916] 2 Ch. 601 (Peterson J.))や回路図(Anacon Corp. Ltd. v. Environmental Research Technology [1994] F.S.R. 659.)のようなものも含みます。
この点、回路図に関しては、日本法ですと、創作性があるのであれば、「学術的な性質を有する図面の著作物」(10条1項6号)に分類されると思いますので、違和感がありますね。
興味深いのは、この文芸の著作物には、(a)データベース以外の表又は編集物、(b)コンピュータ・プログラム、(c)コンピュータ・プログラムのための準備設計資料、(d)データベースが含まれるとされている点です(3条1項)。
日本法ですと、編集物やデータベースの著作物は、講学上「特殊な著作物」として分類されていますし、プログラムの著作物については、言語の著作物とは別に、例示列挙されています。

2.2 演劇の著作物
演劇の著作物に関しては、一般的には言語で書かれた戯曲や脚本を指しますが、それとは別に、「舞踏又は無言劇の著作物を含む」ともされています(3条1項)。
言語として書かれた戯曲や脚本は、「文芸の著作物」としても成立することになります。
このことの帰結としては、侵害の場面で、言語の部分ではなく、シチュエーションやプロットに相当する部分のみが複製された場合に、演劇の著作物独自の問題が生じることになります(See G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para, 7-98(以下、Copingerとして引用)。
判例によると、 演劇の著作物は、観衆の前で上演されることが可能である行為の作品であることとする要件が示されています(Norowzian v. Arks (No. 2) [2000] E.M.L.R. 67, 73 (Court of Appeal))。
演劇の著作物が成立する上で、物理的に演じることができる可能性を求められてはいません。Norowzian事件では、フィルムリールをつなぎ合わせて、ダンサーに実際には互いに続くことができない動きを演じさせた映画に関して、演劇の著作物としても保護される可能性を肯定しました。
人間によって演じることができないカートゥーン・アニメにおけるダンスであっても、映画の著作物とは別に、演劇の著作物として保護される可能性があることが示唆されています(Jonathan Griffiths, Lionel Bently, William R. Cornish, 2 International Copyright Law and Practice UK § 2 (2021))。
日本の著作権法ですと、演劇の著作物は基本的に「言語の著作物」と捉えることになるでしょう。また、舞踊又は無言劇の著作物は、言語の著作物とは別カテゴリに規定されています(10条1項3号および1号参照)。このように、イギリス著作権法と日本法との間では、分類の仕方に大きな違いが存在します。

2.3 音楽の著作物
「音楽の著作物」は、「音楽からなる著作物であって、音楽とともに歌われ、話され、又は演奏されることを意図した言葉又は動作を除くもの」と定義されています(3条1項)。この定義によれば、歌詞は、楽曲と同時に利用される場合でも、音楽の著作物ではないことになります。この点は、日本の著作権法の一般的な理解とは大きく異なっています。
日本法の場合、楽曲のほかに、楽曲と同時に利用されて音的に表現されるべき歌詞も音楽の著作物となるとされ、楽曲と一緒に利用されない場合には、言語の著作物と理解されています(加戸守行『著作権法逐条講義 7訂新板』(CRIC、2021)127頁)。たとえば、音楽とともに演じられれば、演奏権の対象となるし、音楽抜きで朗読される場合、口述権の対象となるということになります。
もっとも、この違いは大きなものではないでしょう。というのも、日本法の場合、歌詞が音楽とともに演じられる場合、歌詞と楽曲のいずれについても演奏権が及ぶことになりますが、イギリスの場合でも、音楽の著作物(楽曲)と言語の著作物(歌詞)も、「実演」(performance)の権利の対象になり、著作権が及ぶからです。

2.4 美術の著作物
イギリス著作権法4条は、美術の著作物として、三つのサブカテゴリを列挙しています。すなわち、(a) 芸術的な質(美術としての品質)にかかわらず(irrespective of artistic quality)、図画の著作物、写真、彫刻(sculpture)又はコラージュ、(b) 建築物又は建築物のためのひな形である建築の著作物、(c) 美術工芸の著作物(a work of artistic craftsmanship)です。
このサブカテゴリのリストも、保護される著作物の類型と同様に、クローズドリストとなっています。つまり、ある作品が「美術の著作物」というためには、これらのリストのいずれかに該当する必要があります。
図画の著作物、写真、彫刻又はコラージュは、一定の美術的な基準(芸術性の高低)に達しているかどうかに関係なく、美術の著作物として保護されます。このことは、美術の著作物の対象を拡大させてきたといわれています。この「芸術的な質にかかわらず」との条件があるため、過去の一時期の判例は、芸術性に対する判断を回避する上で、図面の著作物等の保護対象を拡大する傾向がありました。
しかし、最近では、「美術」というものの一般的意味や、あるいは美術の著作物のリストの文言(「図面」、「彫刻」など)を基礎として保護される著作物の範囲を限定する傾向にある判例も出てきているといわれています(Bently, Lionel; Sherman, Brad. Intellectual Property Law, 5th ed., OUP, 2018, p.72.)。

3 応用美術の問題
美術の著作物に関しては、いわゆる応用美術の保護をめぐる問題があります。実用目的をもつ製品がどのような要件で著作物として成立するのかという問題です。日本の著作権法における最大の難問といっても過言ではありません。
イギリスでは、この応用美術について著作物性があるかが争点となる場合、具体的には、美術の著作物のなかでも、「彫刻」、「図画の著作物」のうち「版画」、そして「美術工芸の著作物」に該当するかどうかが、争点となることが多いようです。
ここでは、「美術工芸の著作物」との関係で応用美術の著作物性が問題となった有名な事例をみておきましょう。
まず、この美術工芸について、イギリス著作権法に定義はありません。具体例をあげれば、手細工の装身具、タイル、花瓶、ステンドガラス窓、鉄製ゲート、ニットのジャンパー、かぎ針で作ったドイリー(花瓶の下敷き)などがこれに該当します。
美術工芸は、美術性(artistic)と職人的技能(craftsmanship)という二つの要素をもっています。職人的技能の要素については、職人(craftsman)が、技能的な手段で何かを作るとともに、その技能について正当な誇りを有している者と考えられることから、職人的技能による著作物は、物品が作られる素材とその素材を物品に加工する道具を用いる創作者としての技能の行使を必要とします(Copinger, para 3-156)。
そして、すべての職人的技能の作品が美術の著作物になるわけではなく、美術性の要素が必要となります。この美術性については、何らかの真の美術性ないし芸術的な性質が実際にあることを要件とするものであり、美術に属する作品あるいは「純粋美術」である必要があります(Copinger, para 3-157)。
美的性質の要件は、裁判所によって証拠に基づき客観的に判断される問題であるといわれています(Copinger, para 3-157)。
1956年著作権法の下での事案ですが、1976年の貴族院のヘンシャー事件判決(現在の最高裁判所に相当する)では、被告の家具が、美術工芸の著作物といえるのかどうかが問題となりました(Hensher v. Restawile Upholstery [1976] A.C. 64)。
この事件において、被告は、原告が大量生産するソファーの「プロトタイプ」について、職人的技能の作品(work of craftsmanship)であることは認めていたので、「美術性」を有するかが主な争点として残されていました。
貴族院は、結論としては、問題となった家具のデザインについて、著作権を認めることを否定しました。しかし、貴族院のすべての裁判官は「美術性なし」と判断したものの、その理由がすべて異なるというものであり、明確なルールを示したとは言い難い状況にあります。
イギリスにおける著作権法の代表的な文献の一つでは、この判決に基づいて、「美術性」の問題は、さまざまな証拠に基づき客観的に判断される問題であると整理した上で、考慮される証拠を以下のように整理しています(Copinger, para 3-157)。
第一に、制作者の意図に関する証拠、特に、美術作品を創作する目的意識を有していたかどうかは、重要あるいは関連性のある証拠として採用されるが、最重要又は決定的な考慮要素というわけではないとします。
第二に、当該作品に関して、感性的あるいは知性的なレベルであろうとなかろうと、その外観を評価している(であろう)、あるいは喜びや満足を得ている(であろう)という公衆の一般的な構成員の証拠は、関連性があるとされます。
第三に、専門家証拠は、必ずしも必要ではないが、意見の形成に関して特殊な能力や資格を有する者やその意見が敬意を得られる者の意見、特に、定評のある美術工芸家や美術工芸の教育に関わるものからのものであれば、証拠として採用されるとします。
ヘンシャー事件について、2022年1月にお亡くなりになったケンブリッジ大学のコーニッシュ教授は、控訴院と貴族院の裁判官は、一式の家具が美術工芸の著作物ではないことを同意するために、「複雑な苦悩のページを費やした」と表現しており、イギリスの美術に関する著作権法の歴史において、もっとも論争の多い判決であると考えられています(Centre for Intellectual Property and Information Law, Virtual Museum, Hensher v Restawile [1976] AC 64, http://www.cipil.law.cam.ac.uk/virtual-museum/hensher-v-restawile-1976-ac-64)。

4 おわりに
著作物についてはその分類の仕方に日本とイギリスの違いが見て取れます。また、日本でもそうですが、応用美術をめぐる問題はイギリスでも難問の1つのようです。次回は、その他の著作物の類型について、日本法との相違を意識しながらみていきます。
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【2】日本複製権センター創立30周年記念 著作権セミナーのお知らせ
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おかげさまで日本複製権センター(JRRC)は昨年創立30周年を迎えました。
創立30周年を記念しまして9月30日(金)の午後にオンラインセミナー(無料)を開催いたします。
開催のテーマは、「著作権等の集中管理の現状と課題」です。
デジタル・ネット社会の到来を踏まえ、著作権等の集中管理の将来を関係者と一緒に考えていきます。
この問題はわが国のみならず国際的にも大きな課題ですので外国からの招待者に基調講演を行っていただきます。
また権利者、利用者及び有識者によるパネルディスカッション等も予定しています。
参加者募集については8月末ごろにJRRCのHPやメルマガ等にて行います。ぜひ、皆様ご参加ください。
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