JRRCマガジンNo.264 塞翁記-私の自叙伝33

半田正夫

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JRRCマガジン  No.264 2021/1/27
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◆今回の内容
【1】半田正夫弁護士の塞翁記 私の自叙伝33
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みなさまこんにちは。

今月も新型コロナの感染者数は増え続けています。
皆さまもどうぞお気をつけください。

さて、今回は半田先生の得難い経験の続きです。
どうぞお楽しみください。

前回までのコラムは下記よりご覧いただけます。
⇒https://jrrc.or.jp/category/handa/

◆◇◆半田正夫弁護士の塞翁記━━━━━━
              私の自叙伝33
     第19章 得難い経験②     
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◆ドイツのテレビドラマに出演
1990年の夏にドイツに3か月間短期留学をした。その際に、ミュンヘンに駐在している日本人を通じて、われわれ夫婦にテレビドラマにエキストラとして出演してもらえないかとの打診があった。
初経験はなんでも応じる私なので、喜んで承諾。場所は、ミュンヘン市内にあるグリュプトテーク(彫刻館)である。
ここは古代ギリシャ・ローマ時代の石像の美術品が多数展示されているところである。
地元バイエルン放送(2チャンネル)12月23日放送予定の「Zwishen den Yahren」(長い年月の間に)と題する1時間半テレビドラマの冒頭部分で、主人公の老人女性がこの博物館で回想にふけるシーンがあるが、そのバックに石像を見学する中年の日本人夫婦という役回りで登場するのがわれわれの仕事であった。
登場場面は2シーンのみ。監督の指示にしたがって、妻と二人石像を指差しながら見学している様を演じたのである。
われわれの演技はきわめて自然であるとのお褒めの言葉をいただき、数回のリハーサルでOKとなる。この程度の出演にすぎないが、契約書にサインさせられたりして、いっぱしの俳優になった気分で満足したのである。
この録画テープは帰国後しばらくして送られてきたが、方式が異なるため手持ちのビデオデッキでは再生することができず、ほったらかしにしているうちに散逸してしまった。かくして国際俳優一巻の終わりとなったしだい。

◆四権の長?
1999年(平成11年)、著作権法がわが国において初めて施行されてから100年を迎えた。それを記念しての式典が同年7月22日に渋谷区初台にある第二国立劇場において行われた。

当日、私は特別功労者として文部大臣表彰を受章者の代表として受けることになっており、モーニングに威儀を正して会場に到着した。
直ちに係員に誘導されて楽屋裏に案内され、舞台の上に上がる。緞帳が下りているので客席は見えない。
私が着席した席は、正面に向かって右側で、椅子が5つ並べられており、その一番右に座らせられる。
正面に向かって左側には文部省の高級役人がずらっと数列に並んで座る。正面には天皇・皇后の椅子が配置されているのが見える。やがて定刻が近づくと,私の横の席に4名の紳士が座った。見ると、小渕恵三首相、衆・参議院議長と最高裁長官であり、いわゆる立法・司法・行政の「三権の長」ではないか。そしてその末席に私が座っているので、さしずめ私は「四権の長」ではないかと、ひそかに悦にひたったのであった。

定刻ピッタリに天皇・皇后(現上皇・上皇后)が出御。皇后はながらく病気のため公式の行事を休まれており、久しぶりに登場した最初の式典が今日であったのである。
式典は国歌斉唱ののち、天皇陛下のお言葉、「三権の長」の祝辞とあり、特別功労者46名の紹介(名前を呼ばれた際には会場の座席で起立)がなされたあと、私が代表として壇上で起立して前に進み、天皇・皇后に拝礼してから有馬朗人文部大臣から表彰状を受け取るという仕組みであった。
天皇・皇后の目にとまったことは確かだが、これで「四権の長」としての一幕はあっけなく終了となったのである。

◆特務艇「はしだて」への乗艦
海上自衛隊には武器をいっさい搭載しない自衛艦があるということを知ったのは、2003年7月に、われわれ夫婦宛てに「洋上懇談会」と称する乗艦の招待状が届いたときであった。
この船は賓客をもてなすために旧海軍時代から受け継がれたもので、船内は高級な調度品で飾られ、椅子やテーブルなども一流ホテル並みのものが使われていた。
タラップを上がって艦内に入るとき、士官が挙手の敬礼をし、別の士官がピーと笛を吹く。司令官が軍艦に着任するときと同じ儀式で迎えられ、悪い気はしない。
招待された者は各界の名士およそ100組の夫婦で、甲板にしつらえたテント張りのセットの下での立食パーティである。
料理を作るのは全国の海上自衛隊でシェフを務める隊員の中から選抜された選り抜きの隊員で構成されていて,オムレツにしろ、焼き鳥にしろ、さすがに美味い。
妻は大満足。古庄海上幕僚長の開会の挨拶に続き、来賓を代表して挨拶を頼まれた私は、子どものころ、小樽港に入港した戦艦に母に連れられて乗艦し、水兵に肩車をされたという話を母から聞かされたこと、小学校6年のころ、学校を訪れた海軍兵学校生徒の颯爽とした挙措・風貌に憧れ、入るなら絶対海軍だと思ったこと、私の好きな歌には「海の進軍」があり、荒波を蹴立てて進む連合艦隊の映画にかぶせて「海の進軍」の曲が流れるのを聞くのがたまらなく好きだったこと、いま私が乗っている公用車の運転手が海上自衛隊出身者でいろいろ話しを聞かされていること、などを話した。
多くの参会者から「いい挨拶でした」とお褒めの言葉を受ける。妻もとてもよかったと言ってくれる。折しも三日月が顔を出し、爽やかな風が頬をなで、艦上でジャズを聴きながら水割りを飲むという、梅雨時には珍しい快適な一夜に酔いしれたのである。

◆「月刊現代」グラビアに登場
講談社が1966年から2008年にかけて出版していた月刊誌に「月刊現代」というのがあった。
文芸春秋のような雑誌で、そのなかに文春に連載されている「同級生交歓」と同様の企画で、「受け継がれる志」と題して同一高校の先輩・後輩の座談会の模様をグラビアで紹介するというコーナーがあった。

2006年の秋、講談社編集部から札幌東高校を取り上げたいので出てもらえないかとの打診があった。
場所は赤坂プリンスホテル旧館の老舗バー「ナポレオン」においてであって、私のほかは保坂正康(ノンフィクション作家)と山本益博(料理評論家)で、3人の鼎談形式で行うというものであった。
保阪氏は昭和史に関する膨大な書物があり、私も何冊かは読んでいたので名前は知っていたが、山本氏に関しては全く知らなかった。あとで調べると、料理研究家として「料理の鉄人」にも登場するほどの人物であると同時に、落語研究者としても著名であるということであった。
二人とも札幌東高校の後輩で、高校時代の思い出を語り合ったのである。私は、生まれて初めて共学を経験し、毎日が楽しかったこと、新設の高校であったためまだ校歌が作られておらず、高校野球で1勝でもしたらなにを歌うのか心配したが、われわれの在学中は1勝もできなかったので、杞憂に終わったこと、などを話した記憶がある。これは同誌の2006年11月号に掲載されている。

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