JRRCマガジンNo.251 Chapter2. アメリカ連邦著作権法のざっくりヒストリー

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JRRCマガジン  No.251 2021/9/16
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※マガジンは読者登録の方と契約者、関係者の方にお送りしています

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◆今回の内容
【1】白鳥先生のアメリカ著作権法のABC Chapter2. アメリカ連邦著作権法のざっくりヒストリー
【2】日経紙等利用許諾の申込みについて
【3】10月6日開催 著作権講座(オンライン)のお知らせ
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みなさまこんにちは。
本日のメルマガは、白鳥先生のアメリカ連邦著作権法のABCの続きです。
ところで、JRRCでは日本の著作権法について無料で学べる著作権講座も提供しています。
詳しくは本メルマガの【3】をご参照ください。

◆◇◆アメリカ著作権法のABC━━━━━━

Chapter2. アメリカ連邦著作権法のざっくりヒストリー 

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2.1  イントロダクション
ご存知の皆さんも多いと思いますが、いまのアメリカ連邦著作権法は、1976年の法律です(ちなみに、本件とは関係ない話ですが、同年は、スティーブ・ジョブズ氏らがアップル・コンピュータを立ち上げた年のようです)。
もちろん、1976年法は、その時に、突然降って湧いたように現れたのでは、当然ありません。
制定法が、判例法との関わりの中で存在しているように、制定法自身も、過去の制定法との関わりの中で存在しています。
「今」を知るには「過去」を知ることも必要です。
というわけで、第2回目となる今回は、「ABC」の「B」です。アメリカ連邦著作権法(制定法)の“Brief History”(ざっくりヒストリー)を中心にお伝えいたします。

2.2  1909年法の特徴
「過去」を知るといいましても、ここでは、「昔話」に出てきそうなくらいの過去にまでは遡らず、1976年法の前身である1909年法との対比に焦点を当てて、簡単にご紹介したいと思います(なお、アメリカ連邦著作権法の誕生は、1909年法が最初ではなく、日本でいえば江戸の頃、1790年のことでありました。)。

1909年法の大きな特徴は、いわば「連邦法と州法のすみ分け」です。第1回目では、連邦法と州法の関係性についてご紹介をしました。
連邦著作権法によって、州法による保護は「専占」されるということですが、これは、現行法である1976年法の話です。
これに対し、1909年法の下では、連邦法と州法とでは、次のような役割分担がなされていました。
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① 発行(publication)された著作物:連邦法(連邦著作権法)
② 発行されていない著作物(未発行の著作物):州法(コモン・ロー上の著作権)
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このように、「発行」があるか否かが、連邦法による保護と州法による保護を分ける重要なメルクマールとなっていました。
ここにおけるコモン・ロー上の著作権というのは、未発行の著作物の著作者が、著作物の最初の発行をコントロールし、あるいは発行自体をしないようにすることができる権利を指します。いわば「第一発行の権利」です。
したがって、この部分だけを見ると、日本の著作者人格権である公表権(18条)に相当する権利であるともいえそうですが、発行されない限り、権利は消滅しないという側面がありました。
他方、発行された著作物については、連邦法による保護の話になってきますが、連邦著作権法である1909年法の保護を受けうるためには、「発行」とともに、「著作権表示」(notice)も求められました。なお、保護期間は、「発行から28年間、更新により更に28年間」という、合計56年間の保護が可能なものでした。

2.3  1976年法の特徴(1909年法との対比)
連邦議会における長年の検討を経て成立した1976年法は、連邦法と州法の二元的な保護の仕組みに、別れを告げます。
先述のように、一元的に連邦法で保護することとなったのです。その際、連邦著作権法による保護のためには、「著作権表示」が引き続き求められました。しかし、1909年法と異なり、「発行」はもはや著作権保護の主要なメルクマールではなくなり、代わりに、保護の要件としては、「固定」(fixation)が重要な要素となりました。
また、保護期間については、1909年法のような、「発行」から一律に何年、ということではなく、「著作者の生存の間及びその死後50年」まで延長されることになりました(1998年改正前の302条(a))。
ただし、無名・変名の著作物については、発行等のタイミングから計算しますが、保護の期間は大幅に延びて、発行の時から75年、又は創作の時から100年となりました(1998年改正前の302条(c))。
このように、保護期間についていえば、ベルヌ条約が求める水準は満たすことになりましたが(ベルヌ条約7条参照)、保護の条件として、「著作権表示」等の方式を引き続き求めていたことなどは、ベルヌ条約と正面衝突したままです。
こうしたこともあり、アメリカ合衆国は、1976年法の制定によってもなお、ベルヌ条約の加盟国ではなく、ベルヌ条約に加盟するためには、さらに時間的な猶予が必要でした。
この点、日本について振り返ってみますと、日本がベルヌ条約に加盟したのは、1899年のことです。
不平等条約からの脱却という外的な要因等があったとはいえ、近代化を急ピッチで進めた日本は、著作権法等の整備により、比較的早く、加盟を果たすことができました。
したがって、ベルヌ条約加盟という点では、アメリカ合衆国を、いわば追い抜いた形になります。
そして、このことは、それぞれの社会で定着してきたルールは、そうそう簡単に変更できるものではない、ということの現れであるように思います。
例えが適切かは分かりませんが、「車は急に止まれない」のです(アメ車がどうのとか、車の生産国とは無関係な話ですので、念のため)。

2.4  無方式主義への移行(1988年改正:ベルヌ条約執行法)
アメリカ合衆国がベルヌ条約に加盟を果たしたのは、1989年のことです。その前年、1988年のベルヌ条約執行法の成立が、そのカギとなりました。

ベルヌ条約執行法は、ベルヌ条約との調和を図るため、著作権保護における方式主義を撤廃し、無方式主義への移行を実現しました。
これについては、2つポイントがあります。

1つは、【著作権の成立要件】としての「著作権表示」を不要としたことです。
具体的には、従来は、著作物については、①マルCの記号又は「Copyright」やその省略形の「Copy.」の文字、②最初の発行の年、及び③著作権者の名前、を表示することが求められ、この著作権表示がない場合には、著作権は原則として失われることになっていました。しかし、ベルヌ条約執行法により、著作権表示は、もはや著作権の保護要件ではなくなりました。
ただし、著作権侵害訴訟において、侵害者が善意である場合には、賠償額は裁判所によって軽減されうるところ、適切な著作権表示がある場合には、そのような「善意」の抗弁は原則として成り立たないとされています(401条(d)等)。
このように、著作権の保護要件としては求められなくなったといっても、著作権表示を行うインセンティブは、引き続き残されています。

もう1つは、【訴訟提起要件】としての「登録」についてです。1909年法においても、また、当初の1976年法においても、著作権に基づく訴訟を提起することができる要件として、著作権の「登録」(registration)などが必要とされていました。
しかし、ベルヌ条約執行法により、訴訟提起要件としての「登録」が求められるのは、アメリカ合衆国を本国とする著作物、すなわち、アメリカ合衆国で最初に発行された著作物等(“United States work”)に限られることになりました(411条(a)参照)。これは、逆にいえば、アメリカ合衆国を本国とする著作物は、訴訟提起については、方式主義が維持されているということです。
ただし、ベルヌ条約は、自国以外の国の著作物の保護の義務を定めるものであって、自国の著作物の保護の在り方は、それぞれの国の国内法に委ねられています(ベルヌ条約5条(3)参照)。したがって、「外国」の著作物について無方式主義が採用されている限り、この点は、ベルヌ条約違反ではないといえます。
とはいえ、外国の著作物であっても、「登録」をしておくことで、訴訟遂行上の大きなメリットが得られます。具体的には、著作物の最初の発行から5年以内になされた「登録」の証書は、著作権の有効性等についての一応の証拠となり、立証責任が軽減されるというメリットがあるほか(410条(c))、逆に、侵害前に「登録」がなされていない場合には、法定損害賠償(statutory damages)や弁護士費用(attorney’s fee)の救済は、原則として受けられません(412条)。
こうして、「登録」に向けた強力なインセンティブが用意されているところです。なお、「登録」は、著作権局(Copyright Office)への申請により行いますが、訴訟提起要件としての「登録」(411条(a))は、著作権局への申請(application)だけでは足りず、審査を経て、実際に著作権局長(Register of Copyrights)により登録されることまでが必要とされています(Fourth Estate Pub. Ben. Corp. v. Wall-Street.com, LLC, 139 S. Ct. 881(2019))。
ちなみに、著作権の登録といった連邦著作権法の行政実務は、そもそもは連邦地裁が担っていたところ、これが連邦議会図書館の下に集約されたのが1870年(独立した部署として著作権局が設置されたのは1897年)のことでした。
こうして、著作権局は、昨年(2020年)に150周年を迎えており、スタッフ数は、現在約440名とのことです(https://www.copyright.gov/about/)。

2.5  小括
第2回目となる今回は、「ABC」の「B」として、連邦著作権法の「ざっくりヒストリー」をお伝えしてきました。
人で例えれば、“Biography”(伝記)のようなものです(これも「B」から始まります!)。
そのような「ヒストリー」としては、方式主義から無方式主義への流れを中心にご紹介してきましたが、1976年法の特徴は、もちろん、これだけではありません。

そこで、いよいよ次回からは、現在の1976年法の特徴について、もう少しだけ深掘りをして、見ていくことにしていきます。
「ABC」の「C」に突入です。果たして、この「C」とは何を指すのか?
そんなにもったいぶらずとも、大方の察しは付いてしまうのではないかと思いつつ、次回をどうぞお楽しみに!

(横浜国立大学国際社会科学研究院准教授 白鳥綱重)

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【2】日経紙等利用許諾の申込みについて
ご要望が強かった日本経済新聞社発行の新聞「日本経済新聞」「日経産業新聞」
「日経MJ」および「日経ヴェリタス」(これらを「日経紙等」といいます。)
について、8月10日より管理を開始しました。 
詳しくはこちら↓よりご確認いただけます。
⇒https://jrrc.or.jp/nk2021/

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【3】10月6日開催 著作権講座(オンライン)のお知らせ
今回は大阪工業大学との共催で行います。
著作権制度の概要(初級)に加えて、トピックスとして「人格権(特に肖像権)」と
「図書館の情報提供機能の強化に関する一連の著作権法改正について」を説明する予定です。
詳細については、当センターHP↓にてご確認ください。
⇒https://jrrc.or.jp/event/210914-2/

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