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JRRCマガジン No.165 2019/4/25
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昨年(2018年)著作権法の一部が改正されましたが、今回の「川瀬先
生の著作権よもやま話」は2012年に改正されました著作権法の解説
です。ひとつ前の著作権法改正からの解説は有難いと思いますが、
皆さまいかがでしょうか。
◆◇◆川瀬先生の著作権よもやま話 ━━━━━━━━━━━━━
第32回 「柔軟性のある権利制限について(その3)
権利制限の一般規定(日本版フェアーユース規定)の導入と2012
(平成24)年の著作権法改正」
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4 知的財産推進計画2009
前回説明したように2009(平成21)年6月に改正著作権法が成立し、
情報検索サービス、情報解析及び通信過程や電子計算機の使用過程
における複製等について、個別権利制限方式による権利制限規定の
整備が行われました。その同時期に知的財産戦略本部の「知的財産
推進計画2009」が閣議決定され、その重点施策の一つとして、
「著作権法における権利者の利益を不当に害しない一定の範囲内で
公正な利用を包括的に許容し得る権利制限の一般規定(日本版フェ
アユース規定)の導入に向け、ベルヌ条約等の規定を踏まえ、規定
振り等について検討を行い、2009年度中に結論を得て、早急に措置
を講ずる」
との政策提言が行われました。
この提言の基礎的研究を行ったのは、同本部に設置された「デジ
タル・ネット時代における知財制度専門委員会(会長 中山信弘東
京大学名誉教授)ですが、その報告書を読むと、個別制限規定の必
要性は認めつつも、技術革新が急速に行われている社会の現状を考
えると個別権利制限規定だけでは対応できないという懸念を前提と
して、権利者側の意見、日本人の法意識、日本の法制度の特性に言
及しつつも、公正な利用を包括的に許容しうる権利制限の一般規定
(日本版フェアーユース規定)の導入が適当であるとしました。
日本版フェアーユース規定としたのは、さすがに米国型のような
社会のあらゆる分野で適用できるフェアーユース規定の導入はわが
国の法文化になじまないと考えたからだと思います。
このように、デジタル・ネットワーク社会におけるコンテンツの
流通促進等の課題に対処するため多くの施策を実施する中で、フェ
アーユース規定の導入については、それまでは民間における議論が
中心だったのが、この時期からは政策課題として取り上げられるよ
うになりました。
5 文化審議会での検討
知的財産推進計画2009の政策提言を受け、文化庁では、2009(平
成21)年度に、各国の制度や議論の状況、わが国の学説や判例の動
向の調査等を行い、その結果を踏まえた上で、文化審議会著作権分
科会において検討を行い、その結果を報告書にまとめました(2011
(平成23)年1月)。
そこでは、デジタル・ネットワーク社会の急速な発展状況を考慮
すると、個別権利制限規定の解釈や新たな規定の制定では一定の限
界があること、居直り侵害行為者が蔓延する等の権利者側の懸念に
ついては要件の明確化や規定の十分な周知によりある程度解消でき
ること、法令遵守が強く求められる現代社会において権利制限の一
般規定の導入により著作物の利用に関する委縮効果が一定程度解消
されることから、権利制限の一般規定の導入は意義があるとしまし
た。その上で、産業界からの要望等も踏まえ、その内容を次の3つ
の類型に整理した上で、条文化する場合の検討課題とともに法改正
を提言しました。
A類型 著作物の付随的な利用
著作物の利用を主たる目的としない他の行為に伴う付随的利用
(例 写真や映像の「写り込み」)
B類型 適法利用の過程における著作物の利用
適法な著作物の利用を実現するための過程における当該著作物
の利用(例 商品化のための社内検討会における著作物の複製)
C類型 著作物の表現を享受しない利用
著作物の表現を知覚(見る、聞く等)することを通じこれを享
受するための利用とは評価されない利用(例 通信過程等で行わ
れる技術的に不可避の一時的複製、情報解析のためのアーカイブ
化)
この中で、A類型及びB類型については、デジタル・ネットワ
ーク社会の特質に起因するものではなく、一般の社会生活の中で
もよくある行為ですが、C類型についてはその特質に起因するも
のであると考えられます。すなわち、著作権法では、従来から著
作物を知覚する行為に権利を与えておらず、その直前の行為であ
る著作物の複製、上演・演奏等の利用について権利を認めてきま
した。従来は、知覚する行為と著作物の利用行為が直結しており、
読むために小説を出版(複製)する、聴くために音楽を演奏する、
観るために脚本を上演するという関係だったのですが、デジタル・
ネットワーク社会においてはC類型のような利用があり、そこで
複製や公衆送信等が行われれば、形式的かもしれませんが著作権
侵害の問題が生じることになります。
こうした行為は、権利者の利益を害しないし、仮に害するとし
ても極めて軽微なものと考えられますので、C類型のように利用
目的を限定した上で、包括的要件で権利制限を認めることの必要
性はあると考えられます。
6 2012(平成24)年の著作権法改正
文化審議会著作権分科会の提言を受け、文化庁は著作権法の改
正を行いました。権利制限の一般規定に係る改正事項は、4項目
あります。
まず、A類型については「付随対象著作物の利用」(30条の2)
が、B類型については「検討の過程における利用」(30条の3)
が新設されました。また、C類型については、その内容を二つに
分け、「技術の開発又は実用化のための試験の用に供するための
利用」(旧30条の4 新30条の4第1号))と「情報通信技術を利
用した情報提供の準備に必要な情報処理のための利用」(旧47条
の9 新47条の4第1項3号))が新設されました。
規定の内容ですが、30条の2と30条の3については、5で説明し
たとおりです。旧30条の4については、録音、録画等の技術開発
や実用化を目的として、その効果や実証を確認するために著作物
を複製等することをいい、例えば、開発中の録画機器に使われて
いる新しい録画技術を検証するために実際に放送番組を録画して
みる等の行為が該当します。また、旧47条の9については、ネッ
トワークを活用した情報提供の準備行為のための著作物の複製等
を可能にする規定であり、例えば、ネットによる情報提供サービ
スにおいて、分散処理による情報処理の高速化を図るために、
サーバーに著作物を複製する等の行為が該当します。
こうしてみると、条文上は一定の柔軟性のある内容が盛り込ま
れているとしても、全体的にみると個別権利制限規定に近い条文
の作り方になっています。
これは審議会報告でも指摘されているのですが、著作権侵害は
刑罰を伴う違法行為であるので、罪刑法定主義の原則により、適
法行為と違法行為の境目が明確でなければならないという憲法上
の要請があります。権利制限の条件を包括的にすればするほどこ
の明確性の原則との関係が問題となるので、法案作成の過程にお
ける政府部内の調整で、このような条文になったと考えられます。
また、米国や英国のように包括的要件による権利制限を導入し
ている国とわが国との法文化の違いや権利侵害事案の増加による
権利者側の負担増等について、権利者側の懸念が消えず、導入の
必要性等の理解が進まなかったことも理由の一つになると思われ
ます。
権利制限の一般規定に関する改正は以上のとおりですが、この
改正では、以下の4項目についても改正が行われています。
ア 国立国会図書館による図書館資料の自動公衆送信等に係る規定
の整備(アーカイブ化した資料のネットによる提供等)
イ 公文書等の管理に関する法律等に基づく利用に係る規定の整備
(永久保存のための複製等)
ウ 著作権等の技術的保護手段に係る規定の整備(暗号方式を追加)
エ 違法ダウンロードの刑事罰化に係る規定の整備(内閣法案提出
に対する議員修正)
次回は、権利制限の一般規定から柔軟な権利制限規定の整備への
変更の経緯と2018(平成30)年の著作権法改正の内容を解説します。
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