JRRCマガジン No.162 浪曲と著作権

半田正夫

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JRRCマガジン No.162  2019/3/28
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映像等では様々なジャンルの演芸が楽しめるようになりました
が、皆さまは演芸と言えば何を思い浮かべられますでしょうか。
さて、今回の半田正夫弁護士の著作権の泉は、「浪曲と著作権」
です。

◆◇◆半田正夫弁護士の著作権の泉━━━━━━━━━━━

第67回     浪曲と著作権
 
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戦前における三大大衆演芸といえば、落語、浪曲、講談の3つが
上げられる。戦後にいたり落語はなお隆盛を保っているといえ
るが、浪曲と講談は人気凋落して久しい時期を過ごした。しか
し、最近になって講談は神田松之丞というスターが現れて人気
復活の兆しを見せ始め、これに刺激を受けてか浪曲も静かなブ
ームを起こしつつあると聞く。このような傾向は復古調といわ
れるかもしれないが、若者による日本文化の新しい発見とみて
喜ばしいと感じるのは自らが後期高齢者の仲間入りをして、仲
間の増加を求めていることによるのかもしれない。
 私の子どものころは浪曲、いわゆる浪花節が全盛の時代であ
った。浪曲は、金屏風を背に扇子を片手に傍らの三味線弾きの
合いの手に合わせて、物語を語ったり唸ったりする芸能で、「
旅行けば~駿河の国に~茶の香り~」で名高い広沢虎造(二代
目)の「次郎長三国志」とか、「佐渡へ佐渡へと草木もなびく
~」で有名な寿々木米若の「佐渡情話」などが一世を風靡し、
老いも若きもこれをまねて唸ったものであった。

 少し古い話になるが、浪曲が著作権で保護されることになる
のかが争われた事件があるので紹介しよう。いまから100年以
上前の明治45(1912)年に、当時最高の人気を得ていた浪曲師
の桃中軒雲右衛門がレコードを発売した。レコードを作製して
販売したのはワダマンというドイツ人であった。当時のレコー
ドは一般に高額で1枚1円50銭であったが、雲右衛門のレコード
は3円80銭という、他のレコードの倍以上の値段で発売したので
ある。雲右衛門の人気からすればこのような高額でも売れると
ワダマンは踏んだようであるが、実際はそうではなかった。
発売後間もなくこれの模造品が1円で発売されはじめ、市場が
食い荒らされたからである。怒ったワダマンは摸造品を作った
会社を相手に、著作権侵害を理由に損害賠償の訴訟を提起した
のも当然といえたのである。
 ところで、不法行為を定める当時の民法709条は、故意また
は過失で「他人の権利」を侵害した場合に損害賠償を認めてい
たので、被告の行為は原告のなんらかの「権利」を侵害してい
ることが必要であった。そこで原告は浪花節は音楽であり音楽
著作物として著作権を有していると主張したのである。
 この争いは現在の最高裁に当たる大審院にまで持ち込まれる
が、結果は原告の敗訴に終わった。判決理由によると、浪曲は
演奏のたびごとに多少とも音階曲節に変化を与え,臨機応変に
瞬間創作をするのを常とし、その旋律は必ずしも一定するもの
ではないのであって、このような瞬間創作に対して著作権を認
めることは断じて著作権法の精神ではないとして、浪曲の著作
物性を否定し、他に浪曲を保護する権利がない以上、不法行為
の成立は認められないとしたのである。
 この判決は二方面において大きな波紋を引き起こすことにな
った。
1つは、民法においてである。雲右衛門事件判決は摸造品を発売
した会社を勝たせるという、一般常識とマル反対の結果を容認
することとなった。判決自身、これが正義に反するものである
ことを認めながらも、被告の行為が原告の「権利」を侵害して
いない以上やむをえないとして、形式論理に終始していること
に世論は反発した。そこで学界のほうでは、民法709条にいう
「権利侵害」は違法な行為の例示として掲げたものに過ぎず、
いたずらに「権利」にこだわるべきではなく、公序良俗に反す
るような違法な行為があれば不法行為が成立するという解釈が
大勢を占めるようになり、やがて大審院も別の事件でこの見解
を承認するにいたった。民法では、この動きを、「権利侵害か
ら違法性へ」というスローガンであらわし、概念法学的な解釈
からの決別を示す象徴的な出来事と評価している。なお、平成
16(2004)年の民法改正によって709条が改められ、「他人の権
利又は法律上保護される利益」を侵害した場合に不法行為が成立
する旨を明記するにいたり、雲右衛門事件のようなケースが不法
行為となることが法文上も明らかになったのである。
 他の一つは、著作権法の分野においてである。雲右衛門が敗訴
したことは芸能家全体に大きなショックを与えることとなった。
他人事ではない、明日はわが身と危機感を抱いた芸能家はここに
自分たちの利益を守るための立法運動を起すことになる。これが
功を奏して、大正9(1920)年の著作権法一部改正において、保
護される著作物に「演奏・歌唱」を加えるとともに、「音ヲ機械
的ニ複製スルノ用ニ供スル機器ニ他人ノ著作物ヲ写調スル者ハ偽
作者ト看做ス」という規定を設け、蓄音機に他人の著作物を録音
する行為は著作権侵害となることを明記するにいたった。この法
改正によって、浪曲師にかぎらず、歌手、講談師、落語家などの
実演家や、レコード製作者も著作権者として保護されることにな
ったが、これは諸外国に比べると、著しく早く、しかも手厚い保
護であったということができる。これは一般にはあまり知られて
いないが、雲右衛門事件の怪我の功名といってよいと思われる。
当時、諸外国では実演家やレコード製作者は著作者の作った作品
を一般大衆に伝達する単なる媒介手段にすぎず、著作物をみずか
ら作る者ではないところから、著作権で保護することはできない
ものと考えられていたのである。したがって、わが国だけが突出
して保護していたことになる。
 ところが第二次大戦後、事情は一変する。ラジオ、テレビなど
の普及に伴い実演家は出演の機会が失われることをおそれ、レコ
ード製作者はレコードの売れ行きの低下をおそれて、それぞれ自
分たちの経済的利益を主張し出したのである。やがて放送事業者
も同様の主張をはじめるにいたり、いっそのことこれらをまとめ
て保護しようとの機運がたかまって、昭和36(1961)年ローマに
おいて「実演家、レコード製作者及び放送事業者の保護に関する
条約」(一般に実演家等保護条約という)が」成立するにいたっ
た。この条約は実演家などに著作者に近い保護を与えることを内
容としており、わが国もこの条約に沿った形で現在の著作権法が
作られている。浪曲も当然このなかで保護されることになっている。

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