JRRCマガジン No.158 柔軟性のある権利制限について(その1)

川瀬真

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JRRCマガジン No.158  2019/2/25
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最近温かくなって参りましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて、本日のメルマガは、「川瀬先生の著作権よもやま話」です。

◆◇◆川瀬先生の著作権よもやま話 ━━━━━━━━━━━━━
第30回 「柔軟性のある権利制限について(その1)」
(デジタルコンテンツの流通促進法制から2018(平成30)年の著作権法改正まで)
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1 はじめに
 今回からは、「柔軟性のある権利制限規定」について解説をします。

 2018(平成30)年に著作権法が改正され、その主要部分は本年の1月
1日から施行されています。この法改正の重要な項目の一つとして、
「柔軟性のある権利制限規定」の整備がありました。
この改正は、デジタル・ネットワーク社会の到来を踏まえ、これまで
整備してきた著作物をコンピュータや情報通信の過程等で利用する場
合の権利制限規定に新たな事項を追加した上で、これらの規定を整理
・統合し解釈上の柔軟性を持たせたものです。
この「柔軟性のある権利制限」という用語は、政府(知的財産戦略本
部)が毎年公表している「知的財産推進計画2016」の政策提言で
使われ、それ以降この用語が一般的に使われるようになりました。そ
れまでは、「知的財産推進計画2009」で使われた「権利制限の一
般規定」又は「日本版フェアーユース規定」という用語が使われてい
ました。
 この知的財産推進計画の「2016」と「2009」で使われたこ
れらの用語は、その意味するところが微妙に違いますが、デジタル化
・ネットワーク化が急速に進展し、コンテンツの利用も急激に変化し
ていく中で、従来のような個別的・具体的な要件に基づき権利制限を
行うのではなく、急激な変化に柔軟に対応できるようにある程度包括
的な要件に基づき権利制限を行う規定をわが国においても整備すべき
であるとの考えを念頭に用いられている用語です。
 このように包括的な要件で権利制限を行うという考えは、「知的財
産推進計画2007」で政策提言された「デジタルコンテンツ流通促
進法制」の整備との関連で提案されてきたものと考えています。「デ
ジタルコンテンツ流通促進法制」というのは、特に映像コンテンツを
ネットワーク配信する場合の法制上又は契約上の問題を解決し、コン
テンツの流通を促進する必要があるとのことから提言されたものです
が、これに関連してコンピュータやネットワークを活用したコンテン
ツの円滑な利用を確保するため関係する権利制限規定の整備も求めら
れるようになり、その権利制限の一形態として包括的な要件に基づく
権利制限規定の創設も検討されることになりました。
 本稿では、デジタルコンテンツ流通促進法制の問題から柔軟性のあ
る権利制限規定の整備に至るまでの経緯や、知的財産推進計画の「2007」、
「2009」及び「2016」の内容を踏まえて行われた2009(平成21)年、
2012(平成24)年及び2018(平成30)年の著作権法改正の中の関連規
定の内容について解説します。

2 デジタルコンテンツ流通促進法制
(1)背景
 2000年代に入って、光ファイバー網が整備されるなど情報通信技術
の発達によって、大容量の情報が高速で送信できるようになり、コン
テンツの分野でいうと特に映像コンテンツが支障なく送れるようにな
りました。そのため、ネットワークを活用したビジネスは、音楽等の
比較的情報量が少ないコンテンツの配信から映像配信に拡大していき
ました。また、同時に配信事業は大きな可能性を秘めている新しい事
業であったことから、音楽産業、出版産業、放送産業、映画産業等の
既存のコンテンツ産業だけでなく通信産業等の異業種からも配信事業
に参入するようになりました。
 しかしながら、新規参入しようとしたものの、当該事業者に映像コ
ンテンツを制作する能力も資金力もなく、事業を展開するためには配
信する映像コンテンツをコンテンツ業界から調達する必要がありました。
そこで注目されたのが放送番組です。放送局は、バラエティーやドラ
マを中心に多くの番組を保存しており、不定期に地上波や衛星放送で
再放送をしたり、人気番組についてはパッケージ販売やレンタルされ
るだけであまり活用されていないのではないかと思われたのかもしれ
ません。配信業者は、放送局に放送番組を提供してくれるよう要請し
ましたが、どこの放送局に行っても著作権の問題があるので提供でき
ないと断られました。
例えば、ドラマの場合、放送局は放送番組(映画の著作物)の著作権
を有しているとしても、放送番組は一般に、小説等の原作(原作がない
場合もある)や脚本の二次的著作物であり、また、放送番組には、音
楽、俳優、音源がレコードの場合はレコード製作者の権利等が係わっ
ており、放送番組を利用する場合はこれらの権利者の著作権又は著作
隣接権が合わせて働くことになっています。
当時の放送局は、基本的にはこれらの権利者から放送に関する許諾を得
て放送をしているので、その放送番組を二次利用する際は改めて契約を
やり直すことが必要でした。皆さんは放送番組の製作時に関係の権利者
から将来の二次利用も含めた契約をしておけばいいのではと思われる方
もおられると思いますが、放送番組の場合、基本的にはスポンサーから
提供された製作費によって番組を作っていますので、その製作費をスポ
ンサーとは関係のない二次利用の経費に充填することはできないという
特殊な事情があります。また、放送局の独自の財源で経費を負担すれば
いいという考えもありますが、放送番組の場合、映画会社が製作してい
る劇映画と異なり、二次利用も含めたマルチの利用で製作費を回収する
というビジネススタイルとは違いますので、将来二次利用するかどうか
分からない放送番組のために、許諾料や出演料に二次利用分の経費を上
乗せして支払うということはできにくいという事情もありました。
したがって、配信事業が可能なように関係権利者と契約を改めて行うた
めには、一定の費用と時間がかかりますので、採算性等の問題もあり、
放送局は放送番組の提供には慎重にならざるを得なかったという事情が
あったようです。
また、これは私の全くの推測ですが、かつて放送の黎明期に、放送局が
映画会社に作品の提供を求めたところ、これから放送の時代が来るので
はないかと考えた映画会社が、今後ライバルになるであろう放送局への
映画の提供や俳優の出演を制限したことがあるようで、放送局には昔の
映画会社と同じような思いがあったのではないかと考えてしまいます。
いずれにしても、放送局が放送番組の提供に慎重な態度を取ったのは、
これはビジネス上の問題ですので、やむを得ないことであったのですが、
一部の業者や関係者は、このことを著作権法の欠陥と受け取り、放送局
は著作権法の壁があるので、放送番組を提供したくても提供できないと
勘違いしたようです。
そして、「知的財産立国」を政策の重要な柱にした小泉内閣のときに政
府に知的財産戦略本部が設置(2003(平成15)年)されたのを契機に、
新たにコンテンツビジネスに参入した業界や研究者を中心にデジタルコ
ンテンツの流通推進に関し制度改正の要望が出されるようになりました。

(2)デジタルコンテンツ流通促進法制の内容
 「知的財産推進計画2007」では、「第4章 コンテンツをいかし
た文化創造国家づくり」の中で、「デジタル化、ネットワーク化の特質
に応じて、著作権等の保護や利用の在り方に関する新たな法制度や契約
ルール、国際的な枠組みについて2007年度中に検討し、最先端のデジタ
ルコンテンツの流通を促進する法制度等を2年以内に整備することにより、
クリエーターへの還元を進め、創作活動の活性化を図る」とされました。
また、経済財政諮問会議の「経済財政改革の基本方針2007~美しい国へ
のシナリオ~」(2007(平成19)年6月 閣議決定)においても同様の
内容が記載されました。
 デジタルコンテンツ流通法制とは、(1)背景のところで記述したよう
に、主要な論点は権利関係が複雑な放送番組をネットで流通させることの
促進法制です。この問題は、文化庁、総務省等の政府部内はもちろんのこ
と、民間でも議論され多くの提案が行われました。
 民間の議論の中でも世間の注目を引いたのは、「ネット法構想」です(注1)。
ネット法構想というのは、著作権法の適用除外を定めた特別法を制定し、
デジタルコンテンツのネット送信については、著作権法の一般原則とは
異なる取扱いをするべきであるという考えに基づいています。具体的に
は、放送事業者、映画製作者、レコード製作者等のデジタルコンテンツ
の製作者に、ネット権という新たな権利を付与した上で、当該コンテン
ツに関わる他の権利者の許諾権を報酬請求権に変更し(収益の公正な配
分については義務化)、法律によって権利の集中化を図り、それによっ
てデジタルコンテンツのネット流通の促進を図ろうとするものです。
 このように法律によって関係権利者の権利を弱めコンテンツの流通促
進を図るという構想に対しては、関係の権利者団体からの強い反対があ
ったのは当然のこととして、これまでの契約秩序の変更を強いられる映
像コンテンツ等の権利者からも不評でした。さらにベルヌ条約等の著作
権関連条約との整合性の問題等を指摘する声もありました。そういう中で、
関係者の話し合いによる契約ルールの変更やネット流通に特有な利用形
態等に対応するための個別権利制限規定の創設で対応する必要があると
の指摘もあったところです。(注2)
 このような状況の中で、文化審議会著作権分科会では、「知的財産推
進計画2007」を踏まえ、民間における議論も参考にしながら課題を
整理し検討をした結果、デジタルコンテンツ流通促進法制については、
特別法で対応するのではなく、
①コンテンツの二次利用に関する課題として、権利者不明の場合の利
用の円滑化
②インターネット等を活用した創作・利用に関する課題として、関連の
権利制限規定の見直し
③権利者が安心してインターネットにコンテンツを提供するため環境整
備としての海賊版の拡大防止策
を著作権法の改正に盛り込んでいくことで対応することが適当としたう
えで、これらの3つの事項についてその内容を整理し、いくつかの事項に
ついて法改正を提言しました(同報告書(2009(平成21)年1月))。
 
(3)フェアーユース規定導入の提案
このデジタルコンテンツの利用促進法制との関連で、インターネット上
のデジタルコンテンツの利用については、個別制限規定に該当しなくて
も、利用の目的やコンテンツの性質等に照らし、その利用が公正といえ
る場合は適法となるフェアーユース(公正使用)規定の創設も合わせて
提案されています。(注3)
フェアーユース規定というのは、包括的な要件で権利制限を行う規定の
ことをいい、もともと米国の著作権法に定められた規定(米国著作権法
107条)を念頭に置きながらに広く使われている用語です。
 米国のフェアーユース規定は、次回以降詳しく説明しますが、130年
以上の判例の歴史を踏まえ、1976年の現行著作権法の制定時に明記され
たものです。したがって、米国のフェアーユース規定は、著作物をコン
ピュータや情報通信の過程等で利用する場合に限定しているわけではな
く、広く著作物の利用一般に適用されるものです。
わが国の場合、これまで見てきたようにデジタルコンテンツの流通促進
の議論を契機として、これまでわが国が採用していた個別権利制限規定
では、情報通信技術等の急速な発展に対応できず、デジタルコンテンツ
の流通促進の阻害要因になるとの観点から生まれた考え方といえます。
なお、前掲の文化審議会著作権分科会でも、フェアーユース規定との関
連に言及していますが、問題点の指摘にとどまっています。

(注1)デジタルコンテンツ法有識者フォーラム(代表 八田達夫政策研
究大学院大学学長(当時))の提言(2008(平成20)年3月)。また、この
内容を更に具体化したデジタルコンテンツ利用促進協議会(会長、中山
信弘東京大学名誉教授)の会長・副会長試案(2009(平成21)年1月)。
(注2)例えば、「ネットワーク流通と著作権制度協議会」(会長 斎藤
博新潟大学名誉教授)の提言(2009(平成21)6月)。
(注3)前掲(注1)有識者フォーラム又は前掲(注1)会長・副会長試案
でも提言

 次回は、2009(平成21)年の著作権法の改正に係る関連規定の内容
について解説します。
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