JRRCマガジンNo.429 簡単にもかかわらず実は難しい保護期間の計算方法

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JRRCマガジン  No.429 2025/7/31
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※マガジンは読者登録の方と契約者、関係者の方にお送りしています。

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◆今回の内容
【1】川瀬先生の著作権よもやま話
【2】【8/6開催】 JRRC 著作権講座初級オンライン開催について
【3】【8/20 開催】全国オンライン著作権セミナー開催のご案内
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皆さま、こんにちは。

今日7月31日は「蓄音機の日」
1877(明治10)年7月31日、数々の発明品を世に出したトーマス・エジソン氏が、自身の発明品のひとつ「蓄音機」の特許を取得したことにちなんで記念日が設けられたそうです。

さて、今回は川瀬先生の著作権よもやま話をお届けいたします。
川瀬先生の過去の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/kawase/

◆◇◆【1】川瀬先生の著作権よもやま話━━━━━━
 簡単にもかかわらず実は難しい保護期間の計算方法
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                      公益社団法人日本複製権センターシニア著作権アドバイザー  川瀬真

1 はじめに
 著作物の保護期間は、著作物の創作の時から始まり、著作者の死後70年までが原則です(著51条)。また、いつ亡くなったかわからない無名、変名(ペンネーム等。名前と顔が一致する周知の変名の場合は原則にもどる)又は団体名義の著作物は、公表後70年までが原則となります(著52条、53条)。さらに映画の著作物は、著作者名義にかかわらず、著作物の性質上、公表後70年までが原則です(著54条)。
 また、保護期間の計算方法は、計算の簡便化のため、死亡等の日の翌年から起算し、保護が消滅する年の12月31日まで存続することになっています。例えば、2025年7月に死亡された著作者の著作物の保護期間は次のとおりです。
 2025年+70年=2095年12月31日
 もう少し詳しく言いますと31日を経過した瞬間に著作権が消滅することになっています。
 すなわち、保護期間の計算に当たっては、死亡等の年だけを調べればよいことになります。月日は調べる必要はありません。その年に70年を足し、算出された年に12月31日を加えれば、簡単に保護期間は計算できます。1月1日死亡の人と12月31日死亡の人では、事実上1年の差が出ますが、それは計算の簡便化のためやむを得ない措置と考えられています。公表起算の場合も同じです。
 保護期間も、著作権法が制定されて以来一貫して死後70年までが原則であれば、上記の計算のままでよかったのですが、保護期間は時代が進むごとに延長を繰り返してきました。原則的な保護期間は、1970(昭和45)年の現行著作権法(以下「現行法」という)制定時に旧著作権法(以下「旧法」という)の著作者の死後38年が死後50年に延長され、環太平洋パートナーシップに関する包括的かつ先進的協定(以下「TPP11」という)の発効時の2018(平成30)年12月30日に平成28年改正法が施行され、その時に死後70年まで延長されました。また、写真や映画についても、現行法の制定時等に保護期間の計算方法が大きく変化しました。
 この保護期間の延長時に行われた経過措置の重要な考え方は、改正法の施行時に著作権が消滅している著作物の著作権は復活しないということです。これは、一旦著作権が消滅して世の中の人が自由に当該著作物を利用しているにもかかわらず、ある日突然保護期間が延長され、その後は著作権者の許諾なしには利用できないとなると、世の中は混乱し法的安定性を損なうからです。
 また、旧法から現行法へ移行するにあたって、例えば映画の著作物は、著作者が自然人かどうかにかかわらず、公表後50年に統一されましたが、旧法下で公表された映画の著作物は他の著作物とほとんど同様の取り扱いをしていたところから、この場合は既得権の保護、すなわち自然人が著作者(監督等)の映画の著作物は、著作者の死後38年まで保護されたところから、この期間が映画の著作物の公表後50年より長くなるときは、旧法の保護期間を適用することになっています(原始附則7条)。
 このように保護期間の延長等に伴い、上記の視点に立ち経過措置が設けられたことにより、単純に計算すると現在でも保護期間内の著作物になるものであっても実は権利がすでに消滅していることになる場合やその反対の場合もあることになります。
 本稿では、保護期間の延長等に伴う経過措置について説明をします。保護期間の特例についてはこのほか、日本が締結している条約に基づく特例、すなわち戦時加算、翻訳権の10年留保、保護期間の相互主義もあり、保護期間の計算をより複雑にしていますが、ここでは取り上げません。また、実演、レコード等の著作隣接権についても、旧法下で演奏・歌唱及び録音物が保護対象であったこともあり、著作権と同様に適用範囲の経過措置が定められていますが、この説明も次の機会に譲ります。

2 適用範囲の経過措置に関する政府解釈と最高裁判決
 現行法の制定の際に定められた原始附則2条1項では、「適用範囲の経過措置」として現行法の施行の際(1971(昭和46)年1月1日)に旧法の著作権が消滅している著作物については、現行法を適用しないとしています。この規定は、先ほど説明したとおり、著作権の不復活の原則を表したものです。当時の政府は、旧法下で1970(昭和45)年12月31日で著作権が消滅する著作物は、12月31日が終わったその瞬間に1月1日になるので、保護期間の切れ目がなく、現行法に乗り移れると解釈していました。私も文化庁の著作権課に赴任して間もないころ、何故12月31日に消滅したはずの著作権が1月1日に復活するのか不思議に思い、先輩に質問したことがあるのですが、著作権法案の内閣法制局審査の過程で、そのような整理が行われたと聞いた記憶があります。
 現行法の制定以来、世の中はその政府解釈に従い現行法が運用されてきたのですが、映画の著作物の保護期間を公表後50年から公表後70年に延長した2003(平成15)年の著作権法改正の際の経過措置の解釈をめぐり、保護期間が消滅した映画を複製し廉価販売していた業者と米国の映画会社の間で、1953(昭和28)年に公表された米国映画「シェーン」の保護期間をめぐり、改正法の前日の12月31日で著作権が消滅したか、改正法の公表後70年の保護期間に乗り移れたかで紛争になりました。2003(平成15)年の改正法は、翌年の1月1日に施行されましたが、平成15年改正法附則2条では、先ほど説明した原始附則2条1項と同様の考え方に基づき、著作権の不復活の原則が定められていました。
 この紛争は、最高裁まで争われましたが、最高裁は2007(平成19)年12月18日の判決において、従来の政府解釈とは異なり、当該映画の保護期間は、2003(平成15)年12月31日で消滅し、改正法には乗り移れないとの判断を行いました。
 この判決は著作権界に大きな衝撃を与えました。最高裁の考え方をすべての経過措置にあてはめますと、本来著作権が消滅している著作物の保護期間が延長され、場合によっては現在においても権利が存在することになるからです。ただ、実務上の大きな混乱は私の知る限りあまり大きくなかったようです。
 (注)最高裁判決に対する反論については、加戸守行著「著作権法逐条講義七訂新版」(著作権情報センター)1112頁から1115頁を参照。
  なお、この最高裁判決を受けて、保護期間が死後50年までから死後70年までに延長された2016(平成28)年の著作権法改正においては、改正法の施行日(2018(平成30)年12月30日)の前日に著作権が存する場合に延長されるとし、解釈に紛れがないように、従来の表現よりは分かりやすく規定しています(同改正法附則7条)。

3 適用範囲の経過措置により保護期間の延長の適用を受ける著作物とそうでない著作物の例
 これからは経過措置に関する実例を説明します。なお、経過措置に関する解釈については最高裁の考えに従い整理しました。
(1) 旧法と現行法の保護期間の差が大きかった写真の著作物の経過措置
 写真の著作物は、旧法が制定された1889(明治32年)当時は、まだ写真の発展の黎明期にあり、個性あふれた作品が次々に生み出されるという状況ではなく、まだ肖像写真が主流の状況でした。このようなことから、写真は旧法で保護される著作物でしたが、その創作性は小説、絵画、彫刻、論文等の他の著作物と比べて低いとされ、その原則的保護期間は公表後10年(現行法制定前の暫定措置により最終的には公表後13年)でした。他の著作物の原則的な保護期間が死後30年(同様の措置により最終的には死後38年)であったことから、公表後起算か死後起算の違いだけを見ても、写真の著作物の保護期間があまりにも短かったのがよくわかります。この保護期間は、現行法では公表後50年に延長され、さらに1996(平成8)年の改正により他の著作物と同様に死後50年まで、2016(平成28)年の改正により死後70年まで延長されることになりました。
 ここでも不復活の原則は適用されるので、例えば、現行法の制定によって保護期間が公表後50年までに延長されたにもかかわらず、公表時期が1957(昭和32)年か1958(昭和33)年かによりその取扱いが異なることになります。
 ①1957年公表+13年=1970年12月31日
 ②1958年公表+13年=1971年12月31日 
 すなわち、現行法の施行日が1971(昭和46)年1月1日ですので、①の著作権は消滅し、②の著作権は公表後50年に乗り移れるということになります。
 写真の場合、旧法と現行法の保護期間の差が大きく、しかも公表起算だったので、写真家が存命で活躍されているにもかかわらず、例えば戦後の復興期の優れた写真の作品群の著作権が消滅していることになります。

(2) 著作物一般(映画の著作物を除く)について原則的保護期間が死後50年までから死後70年までに延長された際の経過措置
 この改正は2016(平成28)年の改正により行われたものです。ベルヌ条約では原則的保護期間が著作者の死後50年までですが、この時代は先進国の多くが死後70年までに移行しつつありました。このような時代に、米国主導で環太平洋パートナーシップ協定(以下「TPP」という)交渉が行われました。TPPは開かれた太平洋地域における自由な貿易を実現するための経済協定ですが、著作権を含む知的財産権保護の平準化を図ろうという意図から交渉国間の制度の見直しを図るための交渉も行われました。その中で米国が強く主張をしたのが著作権制度における原則的保護期間の最低限の期間を死後70年までにすることでした。
当時の交渉国は米国を含めて12か国でしたが、その中で死後50年の保護期間であったのは日本、カナダ及びニュージーランドの3か国のみでした。この保護期間の統一は、例えばキャラクター商品の域内における自由な流通を阻害する要因になります。すなわち、各国で保護期間が異なると、著作権侵害のおそれから、長い保護期間の国から、短い保護期間の国へ商品が流通しにくくなるからです。TPP交渉は米国の政権がオバマ政権からトランプ政権に代わったことにより、米国が交渉から離脱することになりましたが、米国抜きのTPP11において交渉は妥結し、保護期間の延長が行われました。
 改正法は、TPP11の発効の日に施行されることになっていましたので、TPP11の発効の日である2018(平成30)年12月30日に我が国の原則的保護期間も死後70年までに延長されました。
 この延長に当たっても、従来の法改正と同様、著作権の復活はないことになりましたが、先述したとおり、条文についてはより分かりやすくなりました(平成28年改正法附則7条)。
 この時の経過措置により、長い保護期間に乗り移れるかどうかの分かれ目は1967(昭和42)年と1968(昭和43)年になります。
 ①1967年死亡+50年=2017年12月31日
 ②1968年死亡+50年=2018年12月31日
 このように、1967年に死亡された著作者(例えば山本周五郎(小説家))の著作権は消滅し復活しません。一方、1968年に死亡された著作者(例えば、藤田嗣治<洋画家>)の著作権は死後70年までに乗り移れることになります。

(3) 現行法において保護期間の計算方法を改めた結果、現行法の保護期間より長くなった映画の著作物等の経過措置
 映画の著作物は、先述したように現行法の制定の際、旧法における著作者名義により保護期間が異なる方法から、著作者名義にかかわらず公表後50年までの方法に統一されました。この場合、旧法下で公表された映画の著作物で著作者(監督等)名義が自然人でしかも実名で公表されている作品の中には、現行法で公表起算になったことから、例えば著作者が存命中にもかかわらずその著作権が消滅するという事態も想定されることになりました。
 このことから現行法では既得権の保護を図るため、映画の著作物に限定した措置ではありませんが、旧法下で公表された著作物については、旧法で計算した保護期間より、現行法で計算した保護期間が短い場合は、現行法の計算方法を適用しないとしました(原始附則7条)。
 なお、もう少し詳しく説明をすると、旧法下では映画の著作物について次のような保護期間になっていました。

 旧法における映画の著作物の原則的保護期間 
 ア 独創性を有する映画 生前公表(原則) 著作者の死後38年                  
             死後公表     公表後38年
             無名又は変名で公表  公表後38年
             団体名義で公表    公表後33年
 イ 独創性に欠ける映画 写真の著作物と同じ  公表後13年

 また、映画の著作物の保護期間について争われた事例としては次のようなものがあります。
 例えば、チャールズ・チャップリン(1977年死亡)が監督等であった映画(「サニーサイド」(1910年公表)、「ライムライト」(1952年公表)等9作品)の保護期間について争われた事案では、当該作品の著作者はチャールズ・チャップリン監督個人と認め、死後起算による保護期間の計算を認めたものがあります(最高裁<2009(平成21)年10月8日判決>)。また、邦画については、旧法下に公表された黒澤明監督(1998(平成10)年死亡)による作品について同様の判断をした判例があります(知財高裁<2008(平成20)年7月30日判決>)。
 先述した映画「シェーン」の事件も旧法下で公表された映画であり、米国の著作物であっても条約上の内国民待遇の原則により、権利関係の認定は原則日本法が適用されるので、映画会社が当該映画は団体の著作物ではなく個人の著作物であるので、日本での保護期間は死後起算であると主張を変えれば、結論は違っていたかもしれません。

4 おわりに
 「はじめに」でも説明したとおり、著作物の保護期間は簡単に計算できるはずですが、消滅著作権の不復活や既得権の保護の考え方により著作権法の附則で適用範囲の経過措置が定められており、計算方法がより複雑になっています。また、今回は説明していませんが条約上の特例措置等もあるので、より計算方法を複雑化しています。さらに実演やレコードについても同様です。説明していない課題については機会があれば説明したいと思っています。

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【2】【8/6開催】JRRC 著作権講座初級オンライン開催について
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先日延期のご案内を差し上げておりました「著作権講座初級オンライン」につきまして、
振替日程が下記の通り決定いたしましたので、ご案内申し上げます。
プログラムにつきましては、前回のご案内から変更はございません。

★開催日時:2025年8月6日(水) 13:30~16:35★

プログラム予定
13:30~15:05 第1部 著作権制度の概要
15:05~15:15 休憩
15:15~15:25 JRRCの管理事業について
15:25~16:35 第2部 死後の人格的利益の保護(八代亜紀さんの場合はどうなる)

★ 参加お申込みページ : https://jrrc.or.jp/event/250709-2/

皆さまのご参加を心よりお待ちしております。

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【3】【8/20 開催】全国オンライン著作権セミナー開催のご案内
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このたび、全国の官公庁・民間企業の皆様を対象に、著作権に関する実務セミナーを開催いたします。
情報発信の多様化やデジタル化が進む現代において、著作権の適切な理解と対応は、業務運営上ますます重要性を増しています。
今回は、著作権のより一層の保護を図るために、著作権の基礎知識の普及と複製を行う際に必要となる契約についてご案内させていただきます。
また、一般的な著作権(初級レベル)についての解説や著作物の正しい利用方法についてより詳しくご説明いたします。
※7/31開催の全国オンライン著作権セミナーと一部内容が重複しております。

〇開催要項
日 時 :8月20日(水) 14:00~15:30
会 場 :オンライン (Zoom/YouTube)
参加費 :無料
主 催 :公益社団法人日本複製権センター
参加協力:新聞著作権協議会(加盟68社)および日本経済新聞社、奈良新聞社

〇プログラム(予定)
トピックス1 著作権の集中管理と適正利用について
トピックス2 新聞の紙面ができるまで
トピックス3 新聞記事を巡る著作権侵害の事例
トピックス4 著作物の複製等に関する利用許諾の取得について

参加お申込みページ:https://jrrc.or.jp/event/250703-2/

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