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JRRCマガジン No.407 2025/2/20
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
本日2月20日は「歌舞伎の日」
慶長12年2月20日に出雲阿国が江戸城にて初めてかぶき踊りを披露したとの記録があることにちなんで記念日が設けられたそうです。
さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。
濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/
◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その27)
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横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未
今回は、知財高判令和6年12月23日(令和6年(ネ)第10054号)〔映画ゾンビDVD等販売事件〕を取り上げます。
<事件の概要>
第1審原告(外国映画の日本語字幕翻訳を業とする者)は、シネ・マイスター(第1審被告フィールドワークス(映画DVD等の開発・販売等を業とする株式会社)から字幕制作を請け負った業者)からの依頼に基づき、「ゾンビ」というタイトルの付された外国映画(本件各映画)につき本件各字幕を制作した。その後、第1審被告らが、本件各字幕を付した本件各映画のDVD及びブルーレイの商品(本件各商品)を販売したところ、第1審原告は、本件各字幕の利用許諾はゆうばり国際ファンタスティック映画祭2010(本件映画祭)での上映の限度にとどまるなどと主張して、著作権(複製権、頒布権)及び著作者人格権(同一性保持権、氏名表示権)の侵害を理由に、第1審被告らに損害賠償を求めているものです。
(※)原審の東京地判令和6年5月29日(令和4年(ワ)第2227号、令和4年(ワ)第3382号)は、①本件各字幕の利用許諾の範囲につき、DVD商品には黙示の許諾が認められ著作権侵害は否定されるが、ブルーレイ商品については許諾が認められず著作権侵害が成立する、②本件商品字幕4につき、同一性保持権侵害が成立する、③第1審原告の氏名表示がないものにつき、氏名表示権侵害が成立する、④第1審被告スティングレイ(映画の企画制作等を業とする株式会社)及び同フィールドワークスは上記各侵害に係る損害賠償義務を免れないが、第1審被告ハピネット(映像・音楽ソフト等の企画、制作、販売等を業とする株式会社)は氏名表示権侵害についてのみ損害賠償責任を負うなどと判断し、第1審原告の請求を一部認容。これに対し、第1審原告と第1審被告らは、各自の敗訴部分全部を不服として、それぞれ控訴。
<判旨(※同一性保持権侵害の争点のみ)>
全体としては、第1審被告らの控訴に基づき、原判決を一部変更。第1審原告の本件控訴を棄却。
その上で、本件商品字幕4を作成したことが第1審原告の同一性保持権を侵害するかの争点については、原判決を以下の様に一部引用。
「本件商品1のDISC1に収録されている本件映画4に付された本件商品字幕4は、本件字幕4から「もはや政府がこの事態を」の部分を欠落させたものである。
本件で問題となる著作物である本件字幕4は外国語の映画を翻訳した字幕である。外国語の映画の翻訳した字幕の作成作業は、映画内のセリフやナレーション等映画において録音されている外国語を逐語的に日本語に翻訳するものではなく、原語を適切に理解した上で、その話者の話す速度と視聴者が閲読し得る速度を勘案して、そのセリフやナレーション等の時間で視聴者が閲読できるように、適切に短縮し、また、言い換えるなどした日本語に置き換え、映画の内容を理解させるものである。
本件商品字幕4は、本件字幕4の一部が欠落したものであり、その欠落の範囲が本件字幕4全体の中ではわずかであることから、本件字幕4の表現上の本質的な特徴を備えている。そして、本件字幕4のうち「もはや政府がこの事態を」の部分が連続して欠落していることで、日本語による鑑賞をする本件映画4の閲覧者は、少なくとも、この場面の前後の内容を理解できず、また、どのような欠落があったかを直ちに理解することもできない。このような著作物の性質や欠落の影響等に照らすと、この欠落は、「改変」であり、また、著作者である原告の「意に反する」ものであるといえる。」「被告フィールドワークスは、原告の同一性保持権侵害による損害賠償請求は権利の濫用に当たる旨主張するが、以上に述べた事情からすれば、差止請求ではなく、本件で原告が請求する損害賠償請求について、権利の濫用であるとは評価できない。」「以上によれば、被告スティングレイ及び被告フィールドワークスは、本件商品字幕4を作成したことにより、原告の同一性保持権を侵害したといえる。」
さらに、控訴審段階における第1審被告スティングレイ等の主張に対しては以下の判断を付加。
「第1審被告スティングレイは、同一性保持権侵害は故意によるものに限られる旨主張するが、同一性保持権は著作物の同一性を保持し、それが無断で改変されないことについての人格的利益を保護する趣旨から設けられたものであって、過失ならその侵害が認められてよいという主張は不法行為法上も根拠を欠くものであるから、採用できない。」
「第1審被告フィールドワークスは、本件映画2と本件映画4の共通する動画部分にチャプターを入れる場合、本編の主音声(本件字幕付映画2)及び本編の字幕(本件字幕2)を鑑賞するためのチャプターとは別に第2のチャプターとして設定する結果、副音声(本件字幕付映画4)の字幕(本件字幕4)が一部欠落することがあるところ、これは故意・過失がなくても不可避的に生じるものである旨主張する。しかし、同主張は、改変がなされていないことの理由にはならない。
また、第1審被告フィールドワークスは、本件商品1に本件字幕4は欠落文言を含め格納されているが、チャプターを設定したことからこれが表示されないにすぎないので、改変は存在しない旨主張するが、同一性保持権は、表現が改変されることにより、著作物の表現を通じて形成される著作者に対する社会的評価が低下することを防ぐためのものであるから、DVDに格納されたデータがオリジナルであるとしても、字幕として購入者等に認識される表現が変更されていれば、同一性保持権侵害が生じ得るのであり、第1審被告フィールドワークスの主張は採用できない。
さらに、第1審被告スティングレイは、バグによる副音声部分の欠落であることを理由に、第1審被告フィールドワークスは、欠落文言が11文字にすぎないことを理由に、「やむを得ないと認められる改変」(著作権法20条2項4号)に当たる旨主張する。しかし、バグにより副音声部分が改変されてしまうのであれば、改変部分を確認の上対処すべきであり、本件では改変自体が見過ごされているのであるから、やむを得ないとものは(原文ママ)いえない。
また、欠落文言が11文字であるとしても、ひとまとまりの意味のある部分であって、原判決別紙対比表のとおり、欠落部分があることにより、「収拾できない」ことの主体が一義的に明らかとはいえなくなるから、やむを得ないものとはいえない。
そして、上記のとおり改変が見過ごされているところからすれば、第1審被告スティングレイ及び同フィールドワークスの過失も認められる。」
<解説>
本事件においては、第1審被告からの依頼に基づき第1審原告が「ゾンビ」の題号を持つ外国映画に付けた字幕につき、当該映画のDVD等を第一審被告らが制作・販売した際に、その中の一部のDVDにおいてチャプター設定に伴って副音声字幕の一部(文字数にして11文字)が欠落する現象が生じた点が第一審原告の有する同一性保持権の侵害をしたものになるかどうかが、その争点の一つとなっていたものです。
原審判決の別紙対比表によれば、具体的な問題となった箇所につき、もともとの字幕では次のようなものとなっていました。
「1151 そうだね
1152 テレビはいつも討論だ
1153 もはや政府がこの事態を
1153.01 収拾できないことが明らかになり
1154 駄弁を弄している (「弄」に「ろう」とルビを振っている)」
そして、問題となったDVDにおいては、このうち、1153の番号で表示されている「もはや政府がこの事態を」の11文字が欠落していた、という事実関係です(原審における被告スティングレイの主張によれば、約7140秒のコメンタリーのうち、この11文字に対応する部分の時間は3秒程度とされています)。
同一性保持権に関して従来指摘されてきた問題点については、本解説(その7-2)で取り上げていますので詳しくはそちらをご覧いただきたいと思いますが、今回の事案においても双方の主張がぶつかり合っていたポイントも、同一性保持権に係るこのような長年の主要論点である第20条第1項における「著作者の意」、「(著作者の意に反する)改変」、同一性保持権の適用除外条項である同条第2項第4号における「(著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らし)やむを得ないと認められる改変」の捉え方や具体の当て嵌めの点が主となっていました。
これらに関して特に今回注目したいのは、本判決において同一性保持権の保護法益について「同一性保持権は、表現が改変されることにより、著作物の表現を通じて形成される著作者に対する社会的評価が低下することを防ぐためのものである」と判示された部分です。
確かに、同一性保持権の保護法益を今回の判決のように理解する立場を採れば、その考え方を本事案に当てはめてみると、上記1153の11文字が見えないことによって、「何を言っているのか文意が通らない」ことになると思われるので、その字幕の出来具合を通じて、翻訳者たる第1審原告の翻訳能力に疑問符がつき、同一性保持権を侵害する方向に判断が傾くことにはなると考えられます。第1審原告の立場からすれば、そのような世間の誤解を招きかねない翻訳物たる字幕が一般販売・拡散されるというのはその人格的利益の保護に欠けると思われるところであり、今回の判決はその結論において是認されるべきものと考えます。尤も、それと同時に上記のような同一性保持権の保護法益に係る説示の部分については、原審判決引用部分との関係性の点でよく考えてみる必要があるとも思われます。
両判決においては、(同一性保持権侵害を検討する際の個別的着眼点・処理方法は必ずしも一致してはいませんが、)いずれも、本件のようなケースにおいては、字幕が持つ役割・機能を念頭に置きつつ、字幕についてそれが字幕の閲覧者にどのように見え、どのように理解されることになるのかという点が考慮され、そのことを重視した判断がなされています。即ち、同一性保持権の侵害を考えるに当たっては、著作物に接する一般の人々との関係性の視点を踏まえるという思考が看て取れます。これは、同一性保持権に関して条文上の強度の保護性の裏返しとして従来の学説(注1)で指摘されている、利用者の私的領域における改変行為の自由性確保の点(例えば、自宅浴室で部分的な替え歌を歌うことを同一性保持権侵害とすることは妥当性を欠くとする考え方)に連なる事柄であり、この点に裁判所も留意していることの現れであると理解することができましょう。
その上で、原審判決の仔細を見ると、そのロジックは、字幕の作成プロセスや字幕が発揮する機能や、字幕の一部が欠落した場合に閲覧者の理解に与える影響等に鑑みると、今回の事案においては同一性保持権が規律する「改変」であり且つ「(著作者)の意に反する」の各要件に該当することになるというものですが、他方で今回の判決では同一性保持権の保護法益が上記の通り著作者の社会一般から受ける評価の低下防止にあるとして、今回の事案では同一性保持権の侵害になり得る旨の判示が明確になされている点とは対照的です(注2)。換言すれば、原審判決をそのまま読む限り、そこでは字幕の閲覧者が当該字幕を読んでその意味をちゃんと理解できるかどうかと、読者が字幕制作者による翻訳の文意を理解できなくなる形態の変更に対してそれが著作者の意に適合するかどうかが問題とされているのであって、今回の判決のような字幕閲覧者による字幕制作者に対する評価がどうなるかについては検討の埒外だと思われるところです。
そうすると、今回の判決は、同一性保持権をどのようなものとして捉えるべきかに関する理解の点で原審判決との間でズレを起こしているように見えるのですが、尤も今回の裁判体が依って立つ見解を徹底する立場からいえば、原審判決の引用該当部分も当該見解と必ずしも矛盾する文面になっている訳ではなく、当該見解の下で見た場合でもその文意は通じ得るので、当該部分を引用しても問題視されるものではなかったのかもしれません。
原審判決と今回の判決とについては、全体的に第1審原告側の主張を汲んだ判断がなされており、特にこの同一性保持権の保護法益については第1審原告側の訴訟代理人がすでに既刊論考にて公表されている見解(注3)に今回の判決が依拠したものとなっているのですが、ただし、このような見解を採用した場合の論点として、本解説(その11)で取り上げた著作権法第113条第11項(著作者の名誉声望を害する方法による著作物の利用行為を著作者人格権の侵害とみなす旨の規定)との関係性をどのように整理するか等の課題が生じるところであり、そのように考えると、(今回の判決内容は当事者の主張に裁判体が丁寧に答えていった結果とはいえ、)同一性保持権の保護法益に関して、今回の判決のように明確に判示した点の妥当性については、疑問が残るところです(注4)。
今回は以上といたします。
(注1)例えば、高林龍『標準 著作権法〔第5版〕』248-249頁
(注2)今回の判決の読み方として、著作者の社会的評価を低下させる改変行為は同一性保持権を侵害する場合の一類型であるとする理解もなくはないかもしれないが、今回の判決文では同一性保持権の保護法益を明確に述べた上で今回の事案が同一性保持権の侵害になり得る旨を説示しており、これを素直に読む限り、今回の裁判体の理解としては、同一性保持権の適用については著作物の改変行為によって著作者の社会的評価の低下が生じたかどうかで判断されることになるものと解される。(なお、判決文で「同一性保持権侵害が生じ得る」という可能性の文意で表現されているのは、社会的評価の低下が起きるかどうかは事案次第であるということを言い表そうとしたためであろう)。
(注3)小倉秀夫「著作者人格権」高林龍=三村量一=竹中俊子代表編集『現代知的財産法講座Ⅱ 知的財産法の実務的発展』286頁
(注4)機器を使用した場合の表示変更という点のこともあり、ここでリツイート事件に係る知財高裁判決(平成30年4月25日(平成28年(ネ)第10101号))と少し見比べておきたい(ご案内の様に、リツイート事件については最高裁判決(平成2年7月21日(平成30年(受)第1412号))が出されているところ、同判決では氏名表示権侵害について判示されているが、同一性保持権侵害については触れられていない)。
まずリツイートの事案においては、ツイッターにアップされていた元々の画像とリツイートされた結果表示される画像とは別々のものであり、そのような状態の下でツイッターの技術的な仕組みによって表示が変更されていることについて、知財高裁の裁判体ではこれはリツイート者による改変に当たるとして同一性保持権の侵害が認定されており(厳密には、どういう行為が「改変」になるのかというものではなく、誰が改変主体なのかという文脈での判示)、(ある展示著作物の原作品・複製物に幕を掛けたり額に入れたりすることで、当該原作品・複製物の一部の表示を見えないようにするパターンではなく、)少なくとも表示されているもの自体が別々の存在になっている場合には、それが技術的な仕様によって生じるパターンであっても同一性保持権の「改変」に該当し得るとしている点は(第20条第2項第4号の「やむを得ないと認められる改変」への非該当性の点も含めて、)リツイート事件・今回の事件の両事案において共通的に認識されている事柄である。
他方で、リツイート事件知財高判においては、争点の一つであった名誉声望保持権侵害(当時は著作権法第113条第6項)の点については、控訴人主張は「問題となった写真画像が特定のファンシフルキャラクターとともに表示されていること」であったものの、さらに「そして,他に,控訴人の名誉又は声望を害する方法で著作物を利用したものというべき事情は認められない」と述べ、最終的には全体として名誉声望保持権侵害を否定しており、そのことからすると、同一性保持権の保護法益について、リツイート事件知財高判と今回の判決との間では異なる理解をしていることが看取されるところである。
なお、同一性保持権の保護法益について、これを著作物の公衆への提供・提示による著作者の社会的評価の低下の有無に係らしめて捉えるとする見解は、本文中でも言及したように、本来的には条文上広範囲に及び得る同一性保持権の適用を妥当性のある範囲に限定するという文脈の中で生じたものであるところ、今回の事案においては寧ろ第1審被告の行為が同一性保持権の侵害に当たり得ることを積極的に正当化するためにこの保護法益論が持ち出されており、この点は興味深いところである。
もちろん、同一性保持権の適用をこのような範囲で捉える訳であるから、その範囲に属する利用行為であることを述べるに当たって保護法益の考え方に言及することは何等可笑しいものではないが、第20条第1項の文言と乖離が大きい解釈論を展開するに際しては「では、なぜ、同一性保持権の保護法益についてそのように捉えるべきであるのか」についてその理由を説得的に開示することが求められるところ、今回の判決ではその点への言及が欠落しており、今回のような積極的な文脈においてはなおさら、同一性保持権の保護法益論について著作者の社会的評価の低下の有無に係らしめて捉えることの困難さを示唆しているように思われる。
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