JRRCマガジンNo.335 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)18 権利の例外(1) フェアディーリング①

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JRRCマガジン  No.335 2023/09/07
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
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皆さま、こんにちは。

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*詳細はページ下部をご覧ください。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についての続きです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
Chapter18. 権利の例外(1):フェアディーリング①
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                              明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1. はじめに
今回は、イギリス著作権法(1988年CDPA)における権利の例外について、日本の著作権法との比較の視点から検討します。

イギリスの著作権法では、第1部「著作権」の第3章に「著作権のある著作物に関して許される行為」(Acts Permitted in relation to Copyright Works)というタイトルの章があり、28条から76A条まで規定されています(76A条のような枝番号が27条あるため、実質76の条文が存在します)。著作権の例外に関する規定は、著作者の著作権に関する規定の全条文(16条から27条までの13条)よりも多くの条文が割かれています。これは条文数だけでなく、ワード数をカウントすると、更に明確となります。

なぜそうなるのでしょうか。それは、著作権は多くの場合「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する」(日本の著作権法21条)といった形で一般的・抽象的な内容として付与されます。一方、著作権の制限・例外は、個別具体的に細かく定められることが多いからです。もちろん米国のフェアユースのような一般的な権利制限規定もありますので、そういう規定はシンプルなものになりますが、米国のような法制でも、一般的な権利制限規定とは別に、個別的・具体的な制限規定が多く設けられています。

アメリカのフェアユースの話が少し出ましたが、よく同列に引き合いに出されるものとして、イギリスには「フェアディーリング(公正利用)」という権利の例外規定があります。両者は柔軟な権利制限・例外規定という点で共通はしていますが、はっきりといえば、似て非なるものです。今回はこのフェアディーリング規定の概要について見ていきましょう。

2. 著作権の「制限」と「例外」の区別
先ほどさりげなく、制限・例外という言葉を並列して使いました。イギリスの著作権法では「著作権のある著作物に関して許される行為」と表現している内容について、日本の著作権法では「著作権の制限」と呼んでいます。他方で、「制限」という言葉に対して「例外」という用語が用いられることがあります。では、この二つの言葉に概念的な違いはなんでしょうか。少し細かな話になるのですが、頭の整理になるので立ち止まって考えてみましょう。

「制限」と「例外」を英語で表現し分けるとすると、制限がlimitation、例外がexceptionということができます。実は、日本の著作権法では著作権の「例外」という言葉は一度も登場をしません。これに対してイギリスの著作権法において上記「著作権のある著作物に関して許される行為」を表現するときには、著作権の例外ということが多いようです。

この「制限」と「例外」の区別について、米国の著名な知的財産法学者のPamela Samuelson教授は次のように述べています。同教授によると、「「制限」と「例外」の区別はやや曖昧で、この2つの用語はしばしば同じ意味で使用される。「例外」とは、おそらく、著作権の責任から完全に免除されることとして理解するのが最もよいであろう。「制限」とは、強制的な、あるいは法定されたライセンスによって、行為自体は許されるが、その使用に対して対価を支払う義務が生じるような責任規定を含む用語である」とされます(Pamela Samuelson, Justifications for Copyright Limitations & Exceptions, in Ruth Okediji (ed.), Copyright Law in an Age of Limitations and Exceptions (Cambridge University Press, 2017) p.13.)

イギリスの著作権法では、許された行為について、対価を支払う義務を生じる規定は用意されていません。これはイギリス著作権法の大きな特徴です。たとえば、ヨーロッパでも大陸法諸国(ドイツやフランス)では当たり前の私的複製の補償金制度もありません。さらに言えば、イギリスには日本のような私的使用目的の複製に対する著作権制限規定といったものはありません(なお、第29条に「私的学習」を目的とした複製の例外規定はあります)。上記の整理に基づけば、イギリスにおける「許された行為」は、フェアディーリング及びその他の規定も含めて、権利の例外(exceptions)と表現するのが適切であるということになるでしょう。

要するに、制限というのは元々権利がある部分を制約してできた領域を指すのに対して、例外というのはそもそも権利がない領域を指すというニュアンスの違いがあります。制限の場合、元々権利がある部分を制約するということなので、補償が必要な場合も出てくるのに対して、例外というのはそういう必要性がそもそもない領域ということになります。

日本の著作権では、著作権が制限される場合、著作権者に対する補償金の支払いが義務化されている規定もあれば、補償がない規定もあります。補償金制度もある日本の著作権法の著作権を制約する一連の規定を全体として表現する用語としては、制限という言葉が適切であるということになるでしょう。

他方で、アメリカのフェアユースは、権利を制約する場合の対価の支払いを求めませんので、イギリスの場合と同様に、権利の例外という表現の方がよいのかもしれません。もっとも、アメリカ著作権法107条から122条までの著作権の制約に関する規定においては「排他的権利の制限(limitations)」というタイトルが使われています。これらの規定をみていくと、著作権の責任から完全に免除されるものもあれば、対価を支払う義務が生じるような責任規定を含んでいます。そのため、日本法と同様に「例外」も包含する意味で「制限」という広い概念を使っているのではなかろうかと言えます。

もちろん、Samuelson教授がいうように、区別には曖昧な部分があるのでいつもそのように区別できるというわけではないでしょう。言葉を使い分けるときのひとつの目安として理解しておくと、頭が少しスッキリするという程度の話です。

3. フェアディーリングとフェアユースの違い
イギリス著作権法には、「著作物に関して許された行為」を規定しているわけですが、その中には、これについては「フェアディーリング」という要件がある場合と、それがないため「フェア」という要件を裁判所が判断しない場合との2種類が存在します。フェアディーリングとして規定されているのは、研究又は私的学習の目的(第29条)のほか、批評、評論、引用及び時事の報道(第30条)、カリカチュア、パロディ又はパスティーシュ(第30A条)、教育のための例示(第32条)という、目的によって分類された4つの場面です。

ところで、アメリカの著作権法第107条は、著作権の制約に関する一般規定としてフェアユースを定めています(フェアユースの詳細については、JRRCマガジンのバックナンバー(白鳥綱重「アメリカ著作権法のABC 6. 著作権の制限等」JRRCマガジンNo.263 をぜひご覧ください))。冒頭に述べましたように、このアメリカのフェアユースは、イギリスには「フェアディーリング」と並列して一般的な権利の制限・例外規定であると引き合いに出されることがあります。

しかし、アメリカとフェアユースとイギリスのフェアディーリングとでは、次の2点で大きく異なっています。

第一に、イギリスのフェアディーリングは4つの目的がある場面でしか適用できませんので、この4つ以外のその他の「許された行為」による著作物の利用は、それがいかに「フェア」であっても、客観的に条文の要件を満たさない限り、認められないという点です。米国のフェアユース規定では、そのような個別具体的な目的による限定は行っていないので、その点が大きく異なります(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen (Harbottle et al.), Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para 9-39.)。

第二に、フェアか否かを判断する基準について、制定法であるイギリス著作権法には定められていない点も、米国のフェアユースと異なっています。アメリカのフェアユース規定には、考慮すべき要素として、① 利用の目的や性格(商業目的か、非営利教育目的か等を含む)
② 利用される著作物の性格、③ 利用される著作物全体における、利用される部分の量や本質性、④ 利用される著作物の潜在的な市場又は価値に対する影響、という4つを含むことが、法文上明記されています。これに対して、イギリスでは、法文には「フェア」とのみ書かれていて、その判断基準は判例法によって示されています。

したがって、制限・例外規定の柔軟性という観点からみた場合、(1)フェアディーリングの適用類型が制定法で4つに限定されている点は、米国のフェアユースよりも柔軟性がありません。他方で、裁判所がフェアかどうかの考慮する要素が制定法で何ら限定されていないという点に注目すると、フェアディーリングはフェアユースよりも柔軟性があるともいえます。

4 「フェア」かどうかの判断
4.1 フェアディーリング規定の基本要件
イギリス著作権法におけるフェアディーリングの規定の適用を受けるためには、(1)利用者は、問題となっている利用が許される目的のいずれかに該当すること、(2)著作物及びその著作者の「十分な出所表示」を行ったことだけでなく、(3)その利用が「フェア」であることを立証しなくてはなりません(ジョナサン・グリフィス〔今村哲也訳〕「英国著作権法における公正利用-その原則と問題-」別冊NBL116号(2006年、商事法務)272頁(以下、ジョナサン・グリフィス〔今村哲也訳〕とする)。このうち(3)の要素が決定的に重要であると考えられています。

4.2 フェアの客観的基準
まず、「フェア」かどうかは、主観的な基準ではなく、「公正な心をもつ誠実な人物であれば、関連する目的のために被告が行ったような方法で当該著作物を取り扱ったといえるかどうか」という客観的基準で判断されます(Hyde Park Residence Ltd v Yelland [2001] Ch. 143 (CA))。そういった人物を想定して客観的な判断するんだということです。

4.3 裁判所のアプローチと主観的要素
しかし、フェアかどうかを判断するアプローチは、どうしても主観的な要素を含まざるを得ません。そのため、判事は、一般に被告による利用が「フェア」であったかどうかを判断するに先立って、「何が公正利用を構成するかは個別具体的な事例に左右され、ある程度までは心証に基づいて決定するしかない」との常套句(あるいは類似の言葉)を述べることにより(Banier v News Group Newspapers [1997] FSR 812, 815. See also, Hubbard v Vosper [1972] QB 84, 94 (CA); Beloff v Pressdram Ltd [1973] 1 All ER 241, 262)、判断が主観的であるとの非難を受けることを避けるのだと言われています(前掲・ジョナサン・グリフィス〔今村哲也訳〕273頁)。常套句とはいえ、なんだか言い訳じみた感じはします。

4.4 考慮される重要な要素
「フェア」を判断する場合に関連する考慮要素はさまざまなものがありますが、最も重要な要素としては、(a)侵害と疑われる利用が著作権者による著作物の利用とどの程度競合しているか、(b) 著作物が公表されているかどうか、(c)利用の程度および利用された部分の重要性の3つが挙げられるとされており、そのなかでも、(a)が最も重要な要素といわれています(Harbottle et al., para 9-48)。ただし、各要素の重要性は相対的なものであり、問題となる事案や取引の種類によって異なるとも言われています(Intellectual Property Office, Exceptions to copyright: Research, October 2014, p.12)。

4.4.1 著作権者の利用との競合度/著作物の公表の有無
上記(a)は、著作物の使用が、元の著作物の市場に影響を与えるかどうかを考慮するものであり、著作物の使用がその代替となり、権利者が収益を失うような場合には、それはフェアであるとはいえない可能性が生じます(Intellectual Property Office, Exceptions to copyright: Research, October 2014, p.12)。

上記(b)は、著作物が公表の状況が問題となりますが、4つの条文のうち30条(批評、評論、引用及び時事の報道)についてはもともと公表されている著作物だけが対象ですので、利用作品が未公表のものであればフェアディーリングの対象になりません。

4.4.2 利用された著作物の量とその必要性
上記(c)で問題となるのは、利用された著作物の量が合理的かつ適切であるかどうか、そして、利用された量を使用する必要があったかどうかという点でして、フェアディーリングでは、通常、著作物の一部分のみを使用することができます(Intellectual Property Office, Exceptions to copyright: Research, October 2014, p.12)。

これについて説明した文献では、「原告の著作物を利用した絶対量又はその著作物全体に占める割合が多いほど、その利用が公正であるとされない可能性が高い。ただし、一定の場合には、著作物全体を使っても公正であるとされる場合がある。裁判所では、原告の著作物を利用した量を必ずしも数量的にではなく、むしろ「質的」に評価している。つまり、著作物の「重要な」部分を利用した場合には、重要ではない部分を利用した場合よりも公正であるとされない可能性が高い」と述べられています(前掲・ジョナサン・グリフィス〔今村哲也訳〕273頁(原文脚注省略))。

5. おわりに
今回はフェアディーリング規定の概要をみていきました。抽象的な話が多かったので、イメージが湧きにくかったかと思います。次回は具体的な規定や事例を題材に説明する予定です。

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