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JRRCマガジン No.327 2023/07/06
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)16
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皆さま、こんにちは。
子どもたちが大好きな水遊びをする季節となりました。
いかがお過ごしでしょうか。
さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についての続きです。
今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/
◆◇◆【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)16━━━
Chapter16. 著作権(6)
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明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也
1. はじめに
今回は、イギリス著作権法(1988年CDPA)で保護される著作権のうち、翻案に関する権利(21条)について、日本の著作権法においてこれと相当する権利との比較の視点から見ていきます。
2. 翻案権の歴史的経緯
イギリスにおける翻案の概念は、歴史的な経緯から、複製のうち特定の形態を「翻案」という形式で別個に取り扱うという意味合いが強いものとなっています。
イギリスでは、昔は、異なる媒体や形式での複製は、著作権の侵害にはならないと考えられていました。例えば、ある本を舞台で上演することなどは、著作権の侵害にはならなかったのです。また、音楽出版社の仕事は楽譜を印刷することであり、オルゴールを製造することではないと考えられていました(Boosey v Whight [1900] 1 Ch 122, CA(機械式オルガン用の穴あきロール))。
その背景については、「これは主として、著作権の対象ごとに異なる法律が存在し、それぞれが異なる業界の利益のために制定されていたからである。これらの法律は、それぞれが完全に区分された領域に収まっていると感じられていた。したがって、著作権法はメディア中心的であったと言えるかもしれない」と説明されています(Laddie Prescott and Victoria, The Modern Law of Copyright, vol.1, 5th ed., LexisNexis Butterworths, 2018, 3-149. 以下、Laddie et al.とする)。
しかし、1911年の著作権法が制定された際に、単なる媒体や形態の変更は第一義的な重要性を持たないという原理が打ち立てられました。「問題なのは知的な内容が盗用されたのかどうかということである。重要なのはメッセージであり、メディアではない」という考え方が採用されたのです(Laddie et al., 3.150)。言い換えれば、表現の媒体や形態を変更しても、メッセージが同じであれば、著作権侵害は問われるべき場合があるということになります。
1911年の著作権法では、この考え方に対応するために、現在の日本の翻案規定のような網羅的な規定を設けるのではなく、媒体の変更行為のうち重要なものについては侵害行為となることを明示する形式で立法を行いました。上記の原理は、斬新で大胆な考え方の変更であったためです。さらに、1956年の著作権法では、同様のアプローチを採用するとともに、媒体の変更のうち重要なものを「翻案」と位置付けるに至りました。1988年の著作権法でもそのアプローチを踏襲し、著作物の類型ごとに、何が翻案となるのかについて定義を置くという立法形式を採用しています(以上の歴史的経緯について、Laddie et al., 3-149, 150, 151を参照)。
3. 翻案権の対象
翻案に関する権利(翻案権)は、翻案の作成に関する権利(翻案作成権)と、翻案に対する行為の制限(翻案利用権)の2つの要素から成り立っています。
文芸、演劇、音楽の著作物の著作権者は、当該著作物の翻案を作成することについて排他的権利(翻案作成権)を有しています(21条1項)。また、このように作成された著作物の翻案に関して、複製権、頒布権、レンタル・レンディング権、公の実演・上映・演奏権、公衆への伝達権が及ぶ行為も、翻案権により制限される行為となります(翻案利用権)。
翻案により作成された作品が別途著作権で保護される場合、元の著作物の著作権者の翻案利用権のほか、別途作成された作品の著作者の著作権も生じます。したがって、ある小説を翻訳した場合、それを出版などに利用することについては、小説の著作権者の翻案権(翻案利用権)と、翻訳者が翻訳について有する著作権の両方について許諾を得る必要があります。
この点の扱いは、基本的には日本の著作権法と同様と考えてよいでしょう。
イギリス著作権法は、著作物を(a)「文芸、演劇、音楽、美術のオリジナルな著作物」、(b)「録音物、映画、放送」、(c)「発行された版の印刷配列」の3つのカテゴリーに分けて規定しています(1条1項)。日本の著作権法で著作隣接権の対象となる録音物や放送も、著作物として分類されています。
したがって、翻案権の対象には、(a)のうち、美術の著作物、そして、(b)および(c)は含まれないことになります。(b)のカテゴリーの著作物も含まれないということで、映画の翻案も、翻案作成権の対象となりません。
ただし、イギリスでは映画に関して、オリジナリティの要件を満たさない映画と、満たす映画の2つが観念されます。オリジナリティの要件を満たしていなくても、動く映像が媒体に固定されてさえいれば、イギリス著作権法1条1項b号および5条のB第1項で定義される「映画」として保護されますが、オリジナリティの要件を満たす映画は、別途、1条1項a号および3条で定義される「演劇の著作物」としての保護も併存することになります。したがって、オリジナリティのある映画については、翻案作成権の対象となります。
日本の著作権法27条における翻案権は、すべての著作物の種類を対象としており、権利の対象を限定していませんので、イギリスの翻案作成権とはその点で異なっています。
イギリス著作権法において、美術の著作物について翻案権がないというのは不思議な感じがしますが、それは前述した歴史的経緯によります。なお、イギリス著作権法における美術の著作物には写真の著作物など、幅広い対象が含まれます(「イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)Chapter5. 著作権の客体(1))」参照)。
4. 翻案権の内容
イギリス著作権法21条は、「翻案」について定義をしています。
4.1 文芸の著作物および演劇の著作物
コンピュータ・プログラムまたはデータベースを除く文芸の著作物および演劇の著作物に関しては、(i)著作物の翻訳、(ii)演劇の著作物が非演劇の著作物に転換された場合の改作、非演劇の著作物が演劇の著作物に転換された場合の改作、(iii)物語又は所作が、全体的に又は主として絵を用いて、書籍又は新聞、雑誌若しくは類似の定期刊行物への再製に適した形式で伝えられる著作物の改作が、翻案として定義されます(21条3項(a))。
例を挙げると、(i)小説を日本語から英語に翻訳すること、(ii)戯曲を小説にすること、小説を映画の脚本や映画(前述のように、イギリス著作権法において、映画は演劇の著作物としても位置付けられる場合があります)にすることには、翻案権が及びます。(i)は「翻訳権」、(ii)は「ドラマ化権」といった形で、産業的に確立した権利に対応するものです。
また、(iii) 書籍や演劇の筋書きを絵で表現することは、表現に言葉が使用されていなくても翻案権が及ぶことになります(Copinger, 7-267)。これは、例えば、コミック・ストリップ権といったものに対応する権利です(Laddie et al., 3-151)。コミック・ストリップとは、ストーリーを一連のコマやイラストレーションによって伝える新聞漫画の類を指します。
4.2 コンピュータ・プログラム、データベースの著作物
コンピュータ・プログラムについては、「プログラムの変更または改変、あるいはプログラムの翻訳」が翻案と定義されています(第21条第3項(ab))。
また、コンピュータ・プログラムに関して、「翻訳」とは、「プログラムがコンピュータ言語またはコードから別のコンピュータ言語またはコードへ変換される、あるいはその逆のプログラムの変換を含む」とされています(第21条第4項)。
この規定の意味は、「伝統的な文芸の著作物が一つの人間の言語から別の言語に翻訳されるのと同様に、あるプログラミング言語で書かれたプログラムが、構造や命名規則が類似している別の言語で書き換えられ、それらがプログラミング環境に適合しているような場合を明示的に取り上げている」ということを意味するようですが、この規定に該当するような行為は、通常は単なる複製として取り扱われるとも説明されています(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) paras, 7-270. 以下、Copingerとして引用)。
データベースに関しては、「データベースの変更または改変、あるいはデータベースの翻訳」を指します(第21条第3項(ac))。
4.3 音楽の著作物
音楽の著作物の翻案については、「著作物の編曲又は改曲」を指すと定義されています。これも、ピアノ曲に関する編曲権など、この分野のビジネスとして一般的になされる行為に対応する権利となっています。
5. 複製と翻案
複製と翻案の境界線はあいまいであると言われています。例えば、「文芸的または演劇的著作物の翻訳を行うことは、翻案の定義に明示的に含まれているが、それによってその著作者の知的創造物の実質的な利用が行われたと仮定すれば、翻訳もまた元の著作物の複製であることは明らかである」と言われます(Copinger, 7-260)。
また、イギリス著作権法21条5項は、翻案権について定める21条について、「何が著作物の複製となり、又はならないかについて、この条からなんらの推論も下されない」としています。
このことは、「同一の行為が、制限される2つの別個の類型に該当することができない理由は原則として存在しないため、場合によっては、同一の行為が複製権と翻案権の両方を侵害する可能性があることを示唆している」と言われています(Copinger, 7-262)。
なお、複製権の侵害は客観的類似性の有無によって判断がなされますが、そこで「問題となるのは、著作物の実質的部分(著作者の知的創造の表現である要素を含む部分という意味での)が複製されたかどうかという点であり、おそらく著作権法の分野で日々生じる最も一般的かつ最も困難な問題であろう」と指摘されています(Copinger, 7-15)。
6. おわりに
今回は、イギリスにおける翻案権(翻案作成権、翻案利用権)について見ていきました。
このイギリスの権利は、日本の著作権法における二次的著作物の作成権(27条)、および、二次的著作物の利用権(28条)に対応する権利のように見えますが、大きな相違点が2つあるといえます。
一つ目は、日本の著作権法における二次的著作物の作成権・利用権は、対象となる著作物を限定していないのに対して、イギリスの翻案権はそれを限定しているという点です。
もうひとつは、イギリス著作権法が、対象となる著作物ごとに翻案の「定義」を置いていることです。
一つ目の点について、特に、イギリス著作権法における翻案権の対象には、美術の著作物や映画が含まれていないことについて、読者の方は、「ではイギリスでは美術の著作物の翻案はどう対処しているんだろう」とお考えになるかもしれません。
特に、イギリスも同盟国であるベルヌ条約は「文学的又は美術的著作物の著作者は、その著作物の翻案、編曲その他の改作を許諾する排他的権利を享有する」としており、条約との関係を気にする方もいるかもしれません。
今回、イギリスが翻案権の対象となる著作物を限定し、かつ、翻案の定義をそれぞれに置いているという、この規定の仕方には、歴史的な経緯があることを説明しました。イギリスでは、翻案の原理を承認したときに、翻案行為のうち商業活動において特に重要されてきたものを、利害関係者の予測可能性を高めるために、明示的に列挙してきたという側面があります。他方で、翻案の不成立は「複製」の成立を排除するものではなく、明示された翻案類型に該当するか否かにかかわらず、著作者の知的創造の表現が利用されていて客観的類似性が認められる作品を作れば、元の著作物の「複製」と評価される場合はあるわけです。
また、条約との関係について、イギリス著作権法の考え方は、(1)条約で保護すべき翻案については、翻案の規定で担保されていると考えているか、あるいは、(2)条約で保護すべき翻案の一部は翻案権の規定で担保し、仮にそれ以外にも条約で保護すべき翻案があったとしても、複製権によって対応できていると考えているのかもしれません。
日本の著作権法は、翻案権の対象となる著作物を限定していませんし、また、翻案の定義も置いていません。最高裁判所の判例が言語の著作物について示した翻案の定義をベースに(最判平成13年6月28日民集55巻4号837頁[江差追分])、他の著作物の翻案や、複製と翻案の区別に関する法解釈、そして実務の運用が発展しているところです。
翻案権について、日本法と比較すると限定的に捉えているようにみえるイギリス法からは、さまざまな新たな視点が得られるように思います。
次回は、引き続きこれ以外の著作権について見ていく予定です。
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