JRRCマガジン第33号 連載記事

半田正夫の著作権の泉 

~第21回 唱歌と校歌~

われわれのように戦前に小学校時代を経験した者にとっては、当時の文部省が編集した尋常小学唱歌は懐かしい思い出がいっぱいに詰まった、いわばこころのオアシスとなっている。なかでも「故郷」は日本の名歌100本を選ぶとすれば必ずそのなかに名を連ねており、われわれ世代の者で知らない人はいないほど人口に膾炙された歌といってよい。出だしの「兎追いし~」は「兎美味しい~」と覚えた子も多かったようであるが、ともあれ懐かしい歌であることにはかわりはないようである。尋常小学唱歌は文部省の著作名義で公表されており、長らくその著作者が誰であるか明らかにされなかった。これは著作者を明記しないことを条件に編集したことによるとのことであるが、長い期間が経ったいま、著作者が明らかになったものも多く、「故郷」もその例外ではない。作詞者は高野辰之、作曲者は岡野貞一であり、前者は1947年に、後者は1941年にそれぞれ逝去しているので、著作権の保護期間はすでに経過しており、誰でも自由に使って差し支えない状況になっている。

「故郷」とならんでわれわれの世代にとって懐かしい歌といえば、「仰げば尊し」であろう。これは卒業式のいわば定番であった。卒業式では校歌とならんで別れの歌が歌われるのが通常の形式であり、その別れの歌も最近では生徒が自主的に選んだものを斉唱するというスタイルが多くなってきているようだ。だが、われわれの時代は「仰げば尊し」に決まっていた。式も半ばを過ぎ、「蛍の光」が在校生によって歌われた後、卒業生が起立して「仰げば尊し」を歌うのがきまりであった。哀調を帯びたこの歌を歌いながら、在校中にあったあれこれを思い出し、最後のフレーズになると声が詰まり、とくに女子生徒のなかからは嗚咽の声が聞こえてきたものだった。面白いことにこの歌は上述の尋常小学唱歌には載っていないのである。これは当時の世相を反映してか日本国民の手になるものに掲載を限定していたことによるものらしい。たしかに「仰げば尊し」もまた作詞者・作曲者ともに不明である。いろいろな説があるようだが、出自はどうも日本ではないようだ。したがって尋常小学唱歌から外されたのも仕方がないといえる。しかし、不思議なことにこの歌がほとんどの学校で歌い継がれてきたということは、教師が教科書に載っていないこの歌を教えてきたことを示すものといえようか。いずれにせよ、この歌も著作権の保護期間をはるかに経過しているので、現在では誰でも自由に使うことができるのはいうまでもない。

学校の行事や式典で必ず歌われるのは校歌である。その多くは当該校の教師によって作られたものであろうが、なかには著名な作詞者・作曲者に依頼して作られたものもあるようだ。作者がだれであろうと校歌もりっぱな著作物であるから、著作権はその作者に帰属し、その者の許諾なしには利用することはできない。もっとも、演奏の場合は、①非営利目的であること、②演奏者に報酬を支払わないこと、③聴衆から料金を徴収しないこと、の3要件を満たしときには自由に行って差し支えないとされているから(著作権法38条1項)、式典などで歌ったり演奏したりする際には著作権者の許諾は差し支えないが、学校のホームページに掲載する行為は公衆送信権に抵触することとなるので注意が肝要であろう。ただ、その作者が著作権を日本音楽著作権協会(JASRAC)などに委託している場合であれば、同協会の取り決めにより、事前の申込書の提出があれば無償での掲載が認められているようだ。

話は変わるが、筆者の高校時代に進駐軍の命令により男女共学が突如実施されることになり、札幌の公立男子高2校と女子高2校が東西南北の4校に再編され、私は旧女子高であった東高校に移動させられることになった。ただちに硬式野球部が創設され、部員は懸命に練習に励んでいたが、まだ校歌が作られていない状況のなかであったため、その練習風景を見ながら高校野球予選でもし1回でも勝ったなら、わが校はなにを校歌として流すのかと気をもんだものである。幸いなことに、私の在学中、東高校は1勝もできなかったため、杞憂におわったのである。

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山本隆司弁護士の著作権談義

~第29回 電子コースパック~

米国のフェア・ユースに対する関心が高いので、昨年出ました電子コースパックの裁判例をご紹介します。
この事件の原告は、学術書籍の出版社で、出版物に対する著作権者です。被告は、ジョージア州立大学です。大学の先生は、授業で使用する教材として、いろいろな学術書の抜粋(書籍の1章や雑誌の1記事)を集めて使用します。関係団体間で合意したクラスルーム・ガイドラインの範囲内では、先生が学生のためにそれをコピーして配布することにはフェア・ユースの成立が認められています。しかし、第三者(コピーショップ)が同じものを作成して、学生に販売することは、Princeton University Press v. Michigan Document Service, Inc., 99 F.3d 1381 (6th Cir. 1996)で判決されたとおり、フェア・ユースが成立しないので、作成者は著作権者に複製使用料を支払うことが必要になります。ところが、ジョージア州立大学は、大学の先生が指定した学術書の抜粋を大学のサーバーにアップし、授業に登録した学生だけに配信し、アクセス可能にしました。このような配信が、著作権者の許諾なく行えるのかが争われました。
一審のジョージア北部地区連邦地方裁判所は、原告が侵害を主張した74件の複製のうち、5件についてだけ著作権侵害を認め、残りのうち26件について著作権保有の立証がないとして、また43件についてはフェア・ユースの成立を認めて、著作権侵害を否定しました。控訴審の第11巡回区連邦控訴裁判所は、原審判決がフェア・ユースの適用を誤っているとして、原審判決を破棄し、原審に事件を差し戻す判決を下しました(Cambridge University Press v. Patton, 769 F.3d 1232 (11th Cir. 2014))。
米国著作権法107条は、 (a)著作物使用の目的および性格、(b)著作物の性質、(c)著作物使用の量と実質性および(d)著作物市場への影響を考慮して、フェア・ユースであるか否かを判断すべきと規定しています。
まず、原審は、この4つの要素をフェア・ユースの成立に有利であるか不利であるかを判別し、半数以上がフェア・ユースに有利であれば、フェア・ユースの成立が認められるとのアプローチをとりました。しかし、控訴審は、これまでの判例法理どおり、4つの要素が同格というわけではないと判示(前記Princeton University Pressと同旨)して、原審の判断に誤りがあると認定しました。
つぎに、(a)著作物使用の目的および性格について、原審は、被告の使用の目的はトランスフォーマティブではないが非営利的なので、フェア・ユースに有利であると認定しました。控訴審は、被告の使用の目的は非営利的で一応フェア・ユースに有利であるが、トランスフォーマティブの場合と異なり、損害の不存在を推定するだけで、(d)の要素と合わせて検討する必要があると判示しました。
また、(b)著作物の性質について、原審は、原告著作物が映画のような高度に創作的な著作物ではなく論文という事実的著作物であるので、フェア・ユースに有利であると認定しました。しかし、控訴審は、被告が原告著作物を丸ごと使っており、著作物のなかの事実だけではなく創作的表現も使っているので、この要素についてはフェア・ユースに有利とも不利ともいえないが、どちらかといえば不利であると判示しました。
さらに、(c)著作物使用の量と実質性について、原審は、クラスルーム・ガイドラインの基準である著作物全体の10%以内または1章のみの複製であれば、フェア・ユースに有利であると認定しました。しかし、控訴審は、このような形式基準は妥当ではなく、個別具体的に検討すべきであると判示しました。なお、この点についての控訴審判決は、クラスルーム・ガイドラインに則った実務に影響を与えるところが大きいので、批判も大きいようです。
最後に、(d)著作物市場への影響について、原審は、原告著作物が被告利用に向けたライセンスを提供していない場合には、原告著作物市場への影響は微々たるものであるとして、フェア・ユースに有利であると認定しました。他方、控訴審は、被告の使用の目的が非営利であっても、トランスフォーマティブな使用の場合と異なり、著作物の目的とする使用方法であり、正規商品・ライセンスへの代替効果は大きく、著作物市場への影響は甚大である、と判示しました。しかし、控訴審も、原告著作物が被告利用に向けたライセンスを提供していない場合には、原告著作物市場への影響は小さいとの原審の判断を支持しました。
以上のように判示して、控訴審は、原審によるフェア・ユースの適用に誤りがあると認定して、原判決を破棄した次第です。控訴審の判決は、これまでの判例法理に従ったアプローチをとっていますが、いくつか目新しい判示事項があります。とりわけ、①クラスルーム・ガイドラインの基準が必ずしもフェア・ユース認定の基準にならないとの判示、②著作物市場への影響への評価において著作権者がライセンスを提供しているか否かを考慮した判示が、重要です。ただし、後者の判示に関しては、ⓐトランスフォーマティブ・ユースの文脈ではなく、非営利の教育目的での使用の文脈であること、ⓑ二次的著作物作成の文脈ではなく、単純複製の文脈であることに、留意することが必要であり、それ以外の文脈にまで一般化できる判示ではないように思われます。

以上

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JRRCなうでしょ 第21回

こんにちは。
JRRC事務局長の稲田です。
梅のシーズンも終わり、いよいよ桜の季節が近づいてきました。
お花見を予定している方も大勢いらっしゃると思いますが、あまり飲みすぎることのないよう気を付けてくださいね。
さて、3月号の最初のお知らせですが、先週開催された総会で2015年度の事業計画が承認されました。
この中で2015年度に計画している5つの重点事業についてご紹介いたします。
1.電子ファイル化許諾実現への取り組み
2.多様な権利者からの権利受託の促進
3.国際化への取り組み
4.利用者に対する情報提供の充実とより簡便な契約締結に向けた周知の充実
5.顧客サービスの充実
以上どれを取ってもJRRCにとっては重要な事業ですが、年度内実現に向けて着実に努力していきたいと考えています。
次に、TPP関連のニュースですが、先月号で段々と煮詰まってきたと記述しましたが、
日米交渉自体は米国内の事情もあり、それほど進展がないようです。
このままで行くと秋頃まで続くのではないかという見方も出てきました。
その中で、日本でも特に問題となっているのが著作権侵害に対する非親告罪化です。
TPPに参加すると、著作権侵害についてはこれまでの親告罪から非親告罪になると言われています。
これにより、日本ではこれまで著作権侵害事例を警察が発見した場合でも、必ず著作権者に確認を取ってから捜査・摘発を行っていたものが、著作権者の確認なしに警察が直接捜査・摘発ができるようになると言われています。
そうなると影響が出てくると考えられているのが「コミックマーケット」いわゆる「コミケ」の存在です。
ご存知のように「コミケ」は、オリジナルの漫画を元に、別の作者が様々な二次作品を制作し、同人誌として発表・販売するようなマーケットですが、既に日本では一つの文化として定着してきていると考えられています。
ところがコミケの抱えている問題として、コミケでは別の作者が二次作品を制作する際に、原作者の許諾を得ないで制作するケースが多々あると言われており、この点で著作権法上問題があるのではないかと言われています。
実際には、原作者にとって、自分の作品を元にした二次作品が評価され、大勢の人の目に触れるようになることは、決して悪いことではないわけですから、それ故著作権侵害については、目くじらを立てるほどでもないと思っている方も多いようです。
その一方で、著作権侵害の非親告罪化により、警察が著作権者への確認なしに「コミケ」の捜査・摘発が行われるのではないかと危惧する方もいるようです。
現在、政府はクールジャパンを旗印に、日本の文化を世界に発信して行こうと様々な推進活動を行っています。
「コミケ」も日本の文化の一つであるコミックを元にした文化活動の一つであると言われており、その点で活動の発展を推進することはあれ、逆にそのような文化活動が阻害されることのないようにして欲しいものですね。
次回は懲罰的賠償制度について考えたいと思います。

以上3月号のJRRCなうでしょでした。

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