JRRCマガジン第32号 連載記事

半田正夫の著作権の泉 

~第20回 肉筆原稿と展示権~
                                  

 時期的には少し遅れたが、1月2日は書初めの日である。子供のころこの日が来るのがとてもイヤであった。司法書士としての職業柄か能筆であった父はこの日が来ると、われわれ子供たち3人に書初めをさせる決まりがあった。真冬の札幌はとても寒かったが、なぜか父は襖や戸障子を開け放して広くした部屋に書初め用の長い半紙を置き、寒くて震えるわれわれに厳しく字を書くことを強要したのである。父の子でありながら、われわれはこぞって悪筆で、父を嘆かせ、厳しく叱りつけられたものであった。したがって正月が来るのはうれしいが、2日だけは飛ばしてもらいたいものだと毎年のように思っていたものである。

 これにひきかえ最近はありがたいものである。ワープロソフトで手紙も日記も原稿もすべて入力ができるので、悪筆を恥じることもなくなったし、コンプレックスに落ち込むこともなくなった。最近ではよほどのことがないかぎり手書きをすることはなくなり、したがって万年筆を使用することもなくなった。書斎の机の引き出しの中には使い古しの万年筆がゴロゴロといったありさまで、開けるたびごとに、恨めし気に私をみつめて浮気者の私をなじっているような錯覚にとらわれるほどだ。

 国内を旅行すると、文学記念館がやたら目につく。そこには著名な文学者の手書きの原稿や手紙などが収められ、そこに記された文字に筆者の人柄が偲ばれて案外面白いものである。だがなかには相当の悪筆のものも含まれており、たぶん編集者泣かせではなかったろうかと思わせるものも含まれている。聞くところによると、悪筆の作家にはその人専用の編集者が張り付いていて、彼以外の者には全く判読が難しいものもあったそうである。活字にすると悪筆であるか否かが分からなくなるので筆者としては恥じることはないが、文学館に展示されるとなると、ちょっと待ってくれといいたくなることも起こり得るのではないかと思われる。だが、残念なことに展示権が認められ、作者に無断での展示が禁じられているのは美術の著作物と未発行の写真の著作物に限られているから(著作権法25条)、その原稿がよほどの能筆で書かれており、それ自体美術の著作物として評価されるものでないかぎり、ムリといわざるをえない。もっともその原稿が未発表のものであったならば、公表権の侵害としてクレームをつけることが可能であろうが、すでに書籍として市販されている作品の生原稿の場合は、未公表の場合にのみ出番の可能性のある公表権を持ち出してクレームをつけることはできないということになろう。してみれば、悪筆を恥じる著作者としては、出版社との出版契約の際に、肉筆の生原稿の所有権が自分にあり、出版後ただちに返還するよう契約書に明記し、刊行後その原稿が散逸しないように手を打っておくことが肝要となる。

 もっとも、丸文字や絵文字などがはやる昨今、本人が悪筆と思っていても案外面白い字体だと好評で迎えられる場合もなしとしないのであるから、一概に悲観するまでもないような気がする。
 こんなことをグダグダ考えるのは私が悪筆だからで、ほかの人にはまったく痛痒を感じない出来事かもしれない。いずれにせよ、ワープロソフトの使い勝手のよさに慣れ親しんだ私としてはほんとにいい時代が来たものと感じざるをえない。

 これからすべての文筆家がワープロソフトを使用するようになると、各所にある文学館はいったいなにを展示するようになるのか、ひとごとながら気になるところではある。

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山本隆司弁護士の著作権談義

~第28回 -保護されない「事実」-~

 先日(2015年2月6日)、著作権法学会判例研究会において、「風にそよぐ墓標」事件(知財高裁平成25年9月30日判決)が取り上げられました。事実の表現は(創作性があれば)保護されますが、表現された「事実」自体は保護されません(江差追分事件・最高裁平成13年6月28日判決)。その議論の中で、事実の「表現」と表現された「事実」自体の区別、言い換えると表現とアイデアの区別に、識者にも混乱があるように思いましたので、今回はこの問題を検討したいと思います。
 上記事件の原告Xは、1985年に起こった日本航空ジャンボジェットの墜落事故で夫をなくした遺族で、その経験を綴った「雪解けの尾根」の著者です。被告Y1は、ノンフィクション作家で、事故に遭った6家族を取材して、その経験を6章にまとめた「風にそよぐ墓標」の著者です。被告Y2は、その出版社です。被告書籍の第3章はX家族を取り上げていますが、その中の記述26カ所が原告書籍の複製または翻案であるとして、著作権侵害を問われました。知財高裁は、14カ所の記述について、著作権侵害を認めました。Y側代理人として三村量一弁護士が、また鑑定人として田村善之北大教授が当該箇所について非侵害を主張しました。
 ここでは、侵害を認められた14カ所のうち、「事実」と事実の「表現」の観点から第2記述だけを取り上げて検討してみたいと思います。
 原告書籍の第2記述は、「朝、元気に家を出た人間が、その夕刻に死ぬなんて、私にはどう考えても信じられない。悪夢でも見ているのではないか、そうであってほしいと思った。今まで、夫のいない生活を考えたこともなかった。これから一人になって、どんな楽しみがあるのだろうと思ったら、涙が止めどなく溢れてしかたなかった。私は、周囲に気づかれないよう涙をそっとふいた」というものです。他方、被告書籍の第2記述は、「朝元気に家を出ていった夫が、その夕刻に死ぬなんてXにはどうしても信じられなかった。これは悪夢にちがいない。そう何度も思おうとしていた。夫のいない生活など考えたこともない。これから一人になって、自分は何を頼りに生きていけばいいのだろうか。考えれば考えるほど、止めどもなく涙が溢れてきた。周囲に悟られまいと、Xは何度もハンカチで涙を拭った。」というものです。両者には、言葉の言い換えなどの差異がありますが、表現された内容の同一性にとどまらず、表現自体に十分同一性が認められます。
これに対して、Y側の主張は、当時のXの感情を忠実に記載したものであるから「事実」の記載である、したがって、「思想または感情」の表現(=著作物)ではないというものです。この論理は正しいでしょうか。この論理でいえば、芸術作品はいずれも作成当時の作者の思想・感情を忠実に表現したものですから、「事実」の記載であり、したがって著作物ではないということになってしまいます。この論理の問題は、存在した「感情」と、感情が存在したという「事実」との区別を、忘れていることにあります。ある時点で抱いた「感情」は、紛れもなく、著作物の定義における「感情」です。当該感情が存在したか否かという点で問題にすれば、存在するという意味での「事実」になります。したがって、原告書籍の記載は、事実の記載ではなく、感情の表現(=著作物)というべきです。(なお、そもそも、「事実」の「表現」であっても(たとえば歴史書)、表現に創作性がある限り、著作物性は認められます。)
 また、Y側は、単文ごとに切り離して分析し、いずれも短い文章であって、ありふれた感情表現であるから創作性がないと主張しています。各単文がそれぞれ一つの著作物を構成するわけではありません。多くの単文で一つの著作物が構成されます。同様に一つの感情や一つの場面であっても、多くの単文を使って表現されます。たとえば、点画は、各点の濃淡や色彩で全体の絵を構成します。このときに、各点が丸であろうが文字であろうが、各点の形状の平凡さゆえに、点画の創作性が否定されることにはなり得ません。本件においても、第2記述は、これを構成する各単文の平凡さで創作性を評価するのではなく、第2記述全体で構成される表現が平凡か否かを評価する必要があります。やはり第2記述には十分な創作性が認められると思います。
 以上の問題は、アイデアと表現の二分法にまつわる問題です。いずれかの機会に体系的に議論したいと思います。

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JRRCなうでしょ 第20回

こんにちは。
JRRC事務局長の稲田です。
2月も早や終わり、来週から3月ですね。
段々と朝の日差しも強くなり、近所の梅の花も咲きだしてきました。
それと同時に朝家を出ると、気のせいか鼻がむずむずしてきます。
いよいよ花粉の季節も近づいてきましたね。
3月に入ったら、毎年恒例の耳鼻科に治療に行かなくてはなりません。
皆様にとって花粉症大丈夫ですか。
さて、2月号の最初のお知らせですが、第6回JRRC著作権セミナーを2月20日(金)に
有楽町朝日ホールで開催いたしました。
事前に600名を超える申し込みをいただき、事務局一同皆様の関心の高さに驚くと同時に
充実したセミナーとなるよう内容についてもこれまでの皆様のご要望を取り入れて配慮いたしました。
おかげさまで当日は、約500名のご参加をいただき、また、ほとんどの出席者の方が最後まで聴講されておりました。
特に皆様には、山本弁護士の著作権侵害事例についての講演に対する関心が高かったように思います。
一般にはなかなか聞けないような著作権侵害の実例が豊富に紹介され、非常に参考になったのではと思います。
今後も皆様のご要望に応えられるように、セミナーの内容を充実したものにしていきたいと考えていますので読者の皆様のJRRCへのご支援とご協力をよろしくお願いいたします。
次は、2015年度JRRC事業計画についてです。
2月の理事会で2015年度の事業計画案と予算案が理事会で承認されました。
3月の総会で最終決定されますので、詳細については3月号でのご紹介を予定しています。
その中で一つだけ顧客サービス向上策の一環として、年2回の大規模な著作権セミナーとは別に、20名-30名程度を対象とした小セミナーの定期開催を検討しています。
小セミナーでは一方通行の講演だけでなく、講師と参加者との意見交換も行えるよう検討していますのでどうぞご期待ください。
詳細は次号で紹介いたします。
次に、今月号で紹介予定のTPP交渉に関してのニュースですが、だんだんと内容が煮詰まってきたようです。
1.著作権侵害に対する非親告罪化
2.懲罰的賠償制度
3.保護期間の70年化
これらについては、各国の利害関係もあり、まだまだ流動的ですので、もう少し時間をいただいて、次号以降で紹介したいと思います。
以上2月号のJRRCなうでしょでした。

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