JRRCマガジン第57号(集中管理の歴史<外国編>)

川瀬真

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   【修正版】JRRCマガジン No.57 

川瀬先生の著作権よもやま話
著作権等の集中管理
第2回「集中管理の歴史<外国編>」
 
                               2016/5/16配信
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※一部内容に誤りがありましたので、訂正して再度送信いたします。

皆様、こんにちは。
JRRCメルマガ担当です。

東京地方では週末は五月晴れでした。
清々しい陽気が続きますが、いよいよ沖縄地方では梅雨入り間近とニュースでありました。
さて、熊本地震より1か月、東日本大震災からは約5年が経ちました。
なかなか進まぬ復興に心が痛みます。

それでは、
川瀬先生の著作権よもやま話
第2回「集中管理の歴史<外国編>」
をお送りいたします。

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川瀬先生の著作権よもやま話 
著作権等の集中管理 
第2回「集中管理の歴史<外国編>」

 著作権制度の歴史は、所有権に比べると比較的新しい。15世紀にグーテンベルクが
印刷技術を発明し、聖書や歴史書等の古典書を中心に出版物の発行が盛んになると、
それに伴い偽版が増え、出版者の利益を害する事態が生じた。著作権制度は、この偽
版から出版者を保護するため、為政者が出版者に出版物の専売の権利を与えるという、
いわゆる出版特許制度として出発した。その後様々な経緯を経て、1709年にイギリスに
おいて保護の対象を出版者ではなく著作者としたアン法が制定されると、以後著作権制
度は著作者保護の制度として更に発達していった。
 このアン法は、著作者に一定期間出版に関する権利を与えるというもので、いわゆる
著作物の複製に関する権利にかかわるものであるが、権利の集中管理については、演
劇脚本や音楽の興行(上演、演奏)の分野で次第に発達していった。
 世界で最古の集中管理団体は、1777年にフランスで創設された演劇作家・作曲家協
会(SACD)である。この協会が集中管理を始めたのは、当時法律上権利が明確でなか
った著作物の興行に関する権利(わが国の著作権法では上演権又は演奏権と規定さ
れている)を興行主との裁判で勝ち取ったのが契機とされている。また、音楽の分野で
も最古の集中管理団体は、1851年にフランスで創設された作詞家・作曲家・出版者協
会(SACEM)であり、SACDと同様に、パリのコンサートカフェにて音楽が無断興行(演
奏)されているのを訴え、その裁判に勝訴したのが設立のきっかけとされている。
 このように集中管理の発祥はフランスであるが、例えば音楽の場合、SACEMに引き
続き、1883年にはイタリアのCIAEが、1887年にはオーストリアのAKMが、1899年にはス
ペインのSGAEが、そして1903年にはドイツのGEMAが設立され、その後も各国へと拡大
していった。
 何故、著作物の興行といういわゆる無形的利用の分野で集中管理が発達していった
のかというと、それにはいくつかの理由があると思われる。
まず、著作物は無体物であるので、興行で利用されたとしても、例えば出版のように複
製物が残らず、その利用を立証することが難しいことや、多くの場所で利用されること
などから、個々の権利者では自分の権利を守ることが事実上困難であったからだと考え
られる。
 また、特に音楽の場合は、興行に当たっては、特定の1曲だけ演奏するのではなく、
多くの曲を演奏するところから、このことも個々の権利者との契約を困難にさせている
と考えられる。
 さらに、著作者と興行主との関係は、対等の立場ではないので、著作者が興行主の
圧力に屈して、適切な使用料を受け取ることができないことも多かったのではないか。
そのため、権利者側は団結し、そのような圧力に対抗する必要があったと考えられる。
当時のように興行に関する権利そのものが認知されていなかった時代は余計に団結
する必要があったのではないか。
 なお、脚本や音楽の場合、エジソンが蓄音機を発明したのは1877年であり、録音技術
が確立するのは更に時間が必要であった。また、録画技術の確立はもっと後である。
したがって、脚本や音楽の分野では、興行に関する権利が複製権の管理より先行した
のは自然の流れであったと考えられる。
 このように集中管理の発達は、個々の権利者では事実上管理ができないこと、権利
者の権利を保護するためには、権利者が団結する必要があったことが大きな要因と考
えられる。そのため、ほとんどの集中管理団体は権利者団体型の事業者であり、それ
は今日においても同様である。なお、集中管理がビジネスの側面を持つと考えられるよ
うになったのは、現代になってからである。
 それでは集中管理の発達とともに、何故このような集中管理を各国とも規制するよう
になったのだろうか。権利者団体型の集中管理は、先述したように立場の弱い個々の
権利者が団結することにより、著作物の利用者に著作権の存在を認めさせ、適切な使
用料を徴収することが出発点であった。しかし、集中管理団体への権利者の集中度が
増すにしたがって、立場が逆転し、今度は利用者側が集中管理団体の使用料値上げ
の圧力に悲鳴をあげるようになった。
 著作権は排他的・独占的権利であるので、権利者の許諾が得られないと利用者は著
作物を利用できない。集中管理団体への権利の集中度が高まると、いわゆる私的独占
状態になり、権利行使の方法によっては様々な弊害をもたらすことになる。
 このため、ヨーロッパのドイツ、フランス、スペイン等のいわゆる大陸法系の国では、
1900年以降、特別法(ドイツ等)又は著作権法(フランス、スペイン等)で事業規制を行う
ようになった。例えばドイツでは、1933年に特別法により演奏権に関する事業規制が行わ
れ、1965年からは複製権も含めたすべての権利の管理に規制が及ぶようになった。また、
イギリス、アメリカ合衆国等の英米法系の国では、主として独占禁止法による事業規制
が行われている。このように規制の仕組みは異なるが、両者に共通していることは、集中
管理団体の強力な権利行使を抑制し、適正な使用料で許諾する仕組みを整えようとして
いるところである。
 このように、欧米における集中管理に関する規制は、集中管理方式による許諾システ
ムの普及が先行し、その弊害が顕在化することにより政府が規制を行ったという構図に
なっている。
 次回はわが国における集中管理の歴史を説明するが、欧米諸国とはだいぶ異なる経
緯を経て集中管理団体が設立され、事業規制が行われたことに注目してもらいたい。

                               
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■編集責任者
   JRRC副理事長 瀬尾 太一   
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