JRRCマガジンNo.460 写真家と作品と著作権

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JRRCマガジン No.460   2026/3/12
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◆今回の内容
【1】棚井氏の写真家と作品と著作権
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

3月12日は「 世界反サイバー検閲デー 」
インターネットでの自由な表現を守るため、報道の自由のために活動する「国境なき記者団」と
国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」が2008年に制定したそうです。

さて今回は、当センター副理事長の棚井による「写真家と作品と著作権 」をお届けいたします。
棚井は写真家であり、日本写真著作権協会の常務理事も務めております。
本メルマガへの初めての寄稿として、写真家としての著作権との関わりについて執筆いただきました。

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【1】棚井氏の写真家と作品と著作権
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                                    棚井文雄

昨年、私が運営に関わっているJPCA-日本写真著作権協会*1が、写真著作権テキストブック『考える写真著作権』*2を発行しました。JPCAが開催している「写真著作権セミナー」などにおいて、「写真著作権を学べる本を作って欲しい」「『JPCA NEWS』*3のQ&Aページを本にして欲しい」との声をたくさんいただいたことから、写真著作権について考えてもらうきっかけをつくりたいと思ったのです。

【瀬尾太一・田沼武能・斉藤博氏から受け取ったもの】
『考える写真著作権』の発行に際して、JPCA-日本写真著作権協会の歴史を調べはじめましたが、それは写真界と写真著作権の歴史を探ることであり、想像を超える時間と労力を費やすことになりました。設立までの確たる資料がなく大変苦労する中、瀬尾太一(JPCA前常務理事/JRRC元理事長)* 4が「これだけは捨てるな」と主張していた、書類が入っていると思われる十数箱の段ボール箱を思い出し、そこに1960~70年代の重要な資料が存在していたのです。氏は、JPCA-日本写真著作権協会と、前身である組織が設立された理由、そこへの写真家たちの想いの記録を残さなければならない、いつか必ず役立つときがくると信じていたのだろうと思います。
 近年、写真分野におけるコンテストの応募要項に「著作者人格権不行使特約」が記載されていることが問題となっています。『考える写真著作権』では、この点についてもしっかりと取り上げるべく動いていました。そして、法学博士である斉藤博氏*5の協力なしにはこの本は成立しないという想いに至り、私の「著作者人格権」についての考えを伝えるなどしたところ、病床にありながらも惜しみない協力を注いでくれました。氏の存在は、我々に大きな力を生み出させてくれたのです。
写真著作権の歴史を調べてみると、写真は他の著作物(文芸、学術、美術、音楽)とは異なり、その保護期間は極端に短く、蔑視されてきたことを再認識させられます。その状況から先人たちが現在の写真著作権を確立させ、それを瀬尾太一、田沼武能*6(JPCA-日本写真著作権協会 前会長)が守り続けてきました。田沼武能は写真著作権について、著作者である「“写真家”が、ちゃんと主張しなければダメなんだよ」と常日頃から語っていました。それは瀬尾太一も同様であり、彼らの想いを受け止め、後世に繋いでいこうと、私はこれまで写真著作権に関わり続けてきました。
そのような中で、『考える写真著作権』の制作を機に斉藤博氏と出会い、氏が深く研究してきた人格権(著作者人格権)を改めて学び、写真家はしっかりとこの権利を認識すべきだと感じるようにもなりました。
あるとき、田沼武能が、「いまの奴らは、仕事の写真しか撮らねぇんだよ、撮れねぇんだよ」と現代の写真家たちへの嘆きを口にしました。写真家にとっての「作品」を考えたとき、現代の写真家とその作品との関係性は、著作権、中でも「著作者人格権」の捉え方に大きく影響を及ぼしているように感じています。
斉藤博氏は、著作物は「著作者の人格の発露であり分身でもある」と語っていました。これこそが、私の追求してきた真の意味での「作品」(著作物)なのだろうと思っています。
もっとも、私の写真家としての「作品」創作の追求を、「著作者人格権」と結びつけて考える日が訪れようとは想像し得なかったことです。

【写真著作権との関わり】
2004年のある日、私の所属する写真団体を通じて、瀬尾太一から話をしたいと面談の依頼がありました。この頃、氏のことはあまり良く知らず、写真家らしからぬ、一見すると怪しい風貌にかなり警戒しながら会食をすることになります。おもてなしというか、執拗にというか、たっぷりと酒を注がれながら、当時、氏が常務理事を務めていたJPCA-日本写真著作権協会の「仕事を手伝ってもらいたい」「運営に協力して欲しい」という誘いを受けました。その際、JRRCの名も挙がり、業務内容が印象的であったのか、「日本複製権センター」の組織名はずっと記憶に残っていました。会食後も、何度か連絡がありましたが、活動拠点を欧州へ移すことを検討していた私は、渡英を理由に断りました。
その後、ニューヨークに拠点を移し、個展開催やそれに伴うギャラリーとの契約に際して「著作権」と、いわゆる「肖像権」といったそれまで直面しなかった問題と向き合うことになった私は、米国における著作権関連裁判のニュース記事を苦労して読むなどしていました。そんな経験を知る由もない瀬尾太一が、10年後に日本に帰国し、出席していた所属写真団体の懇親会会場で目の前に現れたのです。そして、再び「JPCA-日本写真著作権協会」の運営への参加を打診され続け、現在に至ります。
 しかし、そもそも何故、瀬尾太一が私に声を掛けてきたのか、聞いたことはありませんでした。

【写真家にとっての「作品」とは何か? ― 3氏の意志を継ぐ】
大学在学中、私はかねてよりその作品に惹かれていた写真家の門を叩き、師事することになりました。その決断により、当時、広告分野において飛ぶ鳥を落とす勢いだった写真家集団への大学からの推薦を断ることになり、更に正反対とも言える進路の選択(写真家への弟子入り)に、研究室の教授が複雑な表情をしていたことをしばらく忘れられませんでした。 
大倉舜二*7、その写真家は、弟子たちに「オヤジさん」と呼ばれていました。氏が、1990年頃に頻繁にテレビ出演していた同業の加納典明氏に、「俺より(弟子の扱いが)ひどい」と言わせるほどの厳しい人物であったことや、日本画家・川合玉堂の孫であることは、入門してはじめて知りました。大倉の側にいることになって、はじめに見た(習った)ことと言えば、仕事のもらい方ではなく、断り方でした。その姿を「カッコいい」と思ったかどうかの記憶はありませんが、「断る」というのはフリーランスならではの特権であり、これまでの写真家人生においては、意外と役に立ってきました。
大倉舜二との3年間は、「写真家にとっての“作品”とは何か」「写真家とは“何者”なのか」を自身に問い続けた日々であったと言っても過言ではありません。当時の大倉は、ファッション写真と料理写真の双方でその名を馳せる特異な存在であり、白洲正子、宇野千代、杉村春子といった文化人、作家、役者らと私もご一緒することも多く、少なからずそのような方々と話ができたことは、日本文化に触れ、見識を深める良い機会であったと後に感じるようになりました。
ただし、何よりも、商業目的ではない、私が考える真の意味での写真家(写真作家)の取り組みを大倉が実践していたこと、それこそが、「写真家にとっての“作品”とは何か」「写真家とは“何者”なのか」を問い続けるきっかけとなったのです。無論、その後もその問いは続き、ロンドンやニューヨークにおいて世界の写真家(写真作家)の「作品」と彼らの生き様を目の当たりにして、一定の答えを見つけたと思っています。だからなのでしょうか、私にとって作品(著作物)とは、財産的な価値よりも、まずは人格的な品位や品性、写真家とその作品との関係性へと意識が及ぶのです。
 瀬尾太一は、それを直観していたのかもしれません。そうであるならば、瀬尾太一、田沼武能、斉藤博氏らの意志をこれからもしっかりと継いでいきたいと思います。

*1:(一社)日本写真著作権協会 – JRRCの会員団体である「日本著作者団体連合」の構成団体のひとつ
*2:『考える写真著作権』共著:棚井文雄/加藤雅昭(日本写真著作権協会 2025年)https://jpca.gr.jp/books/251121/
*3:『JPCA NEWS』- 日本写真著作権協会が発行する広報誌
*4:瀬尾太一(1960年〜2021年)写真家 / 日本複製権センター理事長、日本写真著作権協会常務理事、文化庁文化審議会著作権分科会委員などを務めた。写真展に「下町往来1984-1988」などがある。
*5:斉藤博(1934年〜2025年)法学博士、弁護士 / 著作権法学会会長、国際著作権法学会日本支部会長、文化庁文化審議会著作権分会会長。主な著書に『人格権法の研究』『著作権法概論』などがある。
*6:田沼武能(1929年〜2022年)写真家 / サン・ニュース・フォトスに入社し木村伊兵衛に師事。日本写真著作権協会会長、日本写真家協会会長、日本写真保存センター代表などを務めた。文化勲章受章。
*7:大倉舜二(1937年〜2015年)写真家 / ファッション、料理、ヌードなど幅広い分野で活躍。講談社出版文化賞受賞。主な写真集に『Emma』『日本の料理』『七代目菊五郎の芝居』などがある。

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