JRRCマガジンNo.447 中国著作権法及び判例の解説15 生成AI時代の法的衝突と中国司法の最前線的考察

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JRRCマガジン  No.447 2025/12/4
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◆今回の内容
【1】方先生の中国著作権法及び判例の解説
【2】 無料オンライン著作権ミニセミナーのご案内(近年の複製権等を巡る新聞報道と組織内での適正な複製利用について)
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

12月4日は「血清療法の日」

1890年12月4日に、エミール・ベーリングと北里柴三郎が血清療法の
基礎となる免疫体の発見を発表したことにちなんで制定されたそうです。

さて、今回は方先生の「中国著作権法及び判例の解説」です。
方先生の前回までの記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/fang/

◆◇◆【1】方先生の中国著作権法及び判例の解説 ━━━━━━━━━━━
15 生成AI時代の法的衝突と中国司法の最前線的考察    
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                         中国弁護士・中国弁理士 方 喜玲

一、はじめに
 生成型人工知能の急速な拡大により、従来の著作権制度、人格権制度、さらにはデジタル・プラットフォームのガバナンス体系は、かつてない衝撃に直面しています。2025年 11月11日、ドイツ・ミュンヘン第一地方裁判所は GEMA v. OpenAI 事件において画期的な判決を下し、権利者の許諾なく歌詞を用いてモデルを訓練した行為が著作権侵害に当たると認定しました。この判決は、AIモデルの学習過程における「記憶」や「再現」の法的性質に正面から回答した点に特徴があり、「 AIの無料学習時代の終焉」を告げるものとして、世界のAI及び著作権ガバナンスが新たな段階に進むことを示しています。
中国の司法体系はさらに早い段階から、AI画像生成、 AI音声クローン、ディープフェイクによる顔入替え、バーチャル・デジタルヒューマンの創作、アルゴリズムによるコンテンツ審査など、幅広い類型の紛争に直面してきました。これらの事件に共通するのは、人工知能技術が自然人の創作表現、人格的外観、声紋、さらにはデジタル上の人格識別に深く介入し、「誰が著作者か」「誰が模倣の対象か」「誰が責任を負うべきか」という法的境界が曖昧化する点にあります。このような課題の中で、中国の裁判所は、一律に禁止または完全に放任することではなく、権利の類型に応じた精緻な分析、識別性の厳密な判断、責任主体の峻別、アルゴリズム説明義務の付与などの方法を通じて、現実感・技術理解・価値判断を兼ね備えた司法的対応を構築しつつあります。
 本稿は、北京インターネット裁判所が発表した代表的判例を体系的に紹介し、各権利類型および責任構造等から、中国司法がAI時代において基本的人権の保護と技術革新の促進とをいかに調整しているかを分析するものです。

二、生成AI時代における中国の代表的判例
ケース1 李氏対劉氏の著作物の署名権及び情報ネットワーク送信権侵害に関する紛争事件 
―AI生成画像の著作物性および権利帰属の認定
裁判所は、AI生成画像が、モデル設定・パラメータ調整・素材選択といった過程におけるユーザーの知的投入を反映し、最終的に個性化された表現を体現している場合、その画像は「作品」として認められ、その著作権は創作的な選択を行ったユーザーに帰属すると判断しました。

ケース2 殷氏対某智能科技公司等人格権侵害紛争事件
―自然人の音声権利がAI生成音声に及ぶ
裁判所は、自然人の声は唯一性および人格的属性を有し、AI生成音声が一般の人々に特定の自然人を想起させる程度に識別性を有する場合、権利者の許諾なく行われた音声合成はその自然人の音声権利の侵害に当たると認定しました。

ケース3 李氏対文化メディア有限公司のオンライン侵害責任紛争事件
―肖像権、音声権利に対する総合的保護
文化メディア会社がライブコマース配信者に委託して宣伝動画を制作し、配信者がAI合成された著名人の音声を用いて販売促進を行った事案となります。裁判所は、当該音声が特定の自然人と結びつく識別性を備えている点を重視し、動画において原告の肖像とAI模倣音声を無断使用した行為が肖像権と音声権利の侵害に当たると判断しました。また、文化メディア有限公司には内容の審査義務があり、その義務を尽くしていないとして配信者と連帯責任を負うとしました。

ケース4 廖氏対科技文化有限公司のオンライン侵害行為責任紛争事件
―無断の深度合成(ディープフェイク)による顔入替え処理は個人情報権の侵害となる
裁判所は、ディープフェイクによって生成された動画における「入れ替わった顔」が必ずしも原告の肖像として識別されるとは限らないため、肖像権侵害に当たらない場合もあると判断しました。しかし、プラットフォームが原告の顔情報を許可なく収集し、アルゴリズムの訓練に使用した行為は、個人情報権の侵害を構成すると判示しました。

ケース5 唐氏対某科技有限公司のネットワークサービス契約紛争事件
―ネットワークプラットフォームがアルゴリズムツールを用いてAI生成コンテンツを検知する際に、合理的な説明義務を履行しなかった場合、契約違反責任を負うべき
裁判所は、即時的な文章生成に関する本件において、ユーザーが「非AI生成」であることを証明するのは現実的ではないと指摘しました。そのうえで、プラットフォームがアルゴリズムに基づきコンテンツをAI生成物と判断する場合には、その判断の理由について合理的説明義務を負うとし、説明を欠いたままアカウント制限を行った行為は契約違反に当たると判断しています。

ケース6 程氏対孫氏のオンライン侵害行為責任紛争事件
―AIソフトによる他人肖像の悪用・侮辱的な改変は人格権侵害
行為者がAIを利用して原告の写真を低俗化・侮辱的に改変し、SNSグループ内で拡散した事案となります。裁判所は、無断でAI生成の侮辱的画像を作成・送信した行為が肖像権・名誉権・一般人格権を侵害すると判断しました。また、原告に対する侮辱的画像の個別送付も人格尊厳の侵害に当たるとしました。

ケース7 某甲・某乙科技有限公司対孫氏などの著作権の帰属と侵害に関する紛争
―バーチャルデジタルヒューマンの外観は美術作品を構成
裁判所は、バーチャルデジタルヒューマンの外観が独自の美的選択を体現している場合、美術作品として著作権保護の対象になると判断しました。無断で同一または実質的に類似する3Dモデルを制作・公開した行為は著作権侵害に当たるとされています。

ケース8 何氏対AI科技有限公司のオンライン侵害行為責任紛争事件
―同意のない自然人AIキャラクター生成は氏名権、肖像権、一般人格権の侵害
裁判所は、自然人の氏名・肖像・性格的特徴をAIに入力して対話可能なバーチャルキャラクターを生成する行為は、その自然人の「仮想人格」を創出するものであり、本人の許諾を得ずに行うことは氏名権・肖像権・一般人格権の侵害に当たると判断しました。また、プラットフォームがアルゴリズム設計を通じて侵害的生成を実質的に誘導していた点を踏まえ、単なる技術提供者ではなく内容提供者として責任を負うべきだとしました。

三、中国AI判例からみる司法判断の構造的展開
 中国のAI関連判例における著しい発展は、著作権と人格権の二領域で確認できます。著作権では、AI生成物が作品として保護されるか、そして誰が著作者となるのかが主要な争点となっています。裁判所は、生成プロセスにおけるユーザーの創作的判断を重視し、AI補助作品であっても人間の個性が現れていれば独創性を満たすと判断されています。人格権に対する AIの影響はさらに直接的に現れています。 AI音声クローン事件では、自然人の声が識別性と人格的価値を持つ独立した権利として認められています。
顔入替え事件では、最終的な動画が肖像に該当しなくとも、顔情報を収集・処理する行為そのものが個人情報権の侵害になり得るとされています。AIによる侮辱画像生成では、人格尊厳を侵害すると明確に認定されています。そしてプラットフォームの責任も高まっており、裁判所は、アルゴリズムを用いてAI生成物を判断する場合、結果について説明できなければならず、ブラックボックス化を許容しないと認定しています。さらに、バーチャルデジタルヒューマンとAI生成仮想人格に関する判例は、外観の著作物性と自然人の人格的利益という二つの領域を明確に区別しています。これにより、AI時代における「デジタル人格権」の体系が形成されつつあると考えられます。

四、AI時代の権利再構築:判例から見える制度的傾向
 これらの判例からいくつかの体系的傾向が読み取ることができます。まず、著作権法における独創性の理解が拡張され、創作は「手を動かすこと」ではなく、「選択と判断」によって実現されるという理念が重視されています。次に、人格権の保護領域が深化し、声・尊厳・仮想人格といった新しい権利要素が認識されていると解されます。また、識別性の判断基準が、音声・映像・対話型 AIなど多様な技術領域に統一的に適用され始めています。アルゴリズムを使用するプラットフォームの義務も強化され、単なる受動的ホストではなく、説明可能性と透明性を備えたガバナンス主体としての役割が期待されています。さらに、バーチャルデジタルヒューマンとAI生成仮想人格の構造は、 AI時代の新たな人格権概念の萌芽としても注目されます。

北京インターネット裁判所が発表した代表的判例:
        https://baijiahao.baidu.com/s?id=1842890529590690157&wfr=spider&for=pc

五、おわりに
 生成AIは、法体系全体を再構築させるほどの大きな影響力を持つ技術です。中国の裁判所は、AIの技術的特性を踏まえつつ、著作権保護、人格権保護、プラットフォーム責任、デジタル人格の法的地位といった重要領域について最前線の司法判断を積み上げてきました。こうした判例が蓄積する経験は、中国国内に限らず、国際的なAI規制の議論においても極めて重要な参照枠となり得ると同時に、今後もAI技術が進化する中で、司法と立法が相互補完的に協力しつつ、新たな法秩序を築いていくことが不可欠となります。

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【2】 無料オンライン著作権ミニセミナーのご案内
(近年の複製権等を巡る新聞報道と組織内での適正な複製利用について)
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毎年のように複製権や公衆送信権の侵害の裁判例及び侵害の疑いについての報道がなされており、
その度に多くの皆様から自らの組織における複製利用は問題ないかというお問合せをいただいております。
今年も5月に投資コンサルタント会社の事案が、また、11月には自治体についての事案が新聞をはじめとするメディアで大きく報道されたことから、
弊センターでは、お問合せの内容を踏まえ、組織内における著作物の複製利用についての基礎知識や複製等にあたり適切に許諾を得る方法についての情報を提供するミニセミナーを開催することと致しました。

参加は無料かつ短時間(1時間以内)での開催予定ですので、知識の再確認や異動等で新しくコンプライアンスを担当された方の参考情報入手の場としていただければと存じます。

【著作権ミニセミナー開催概要】
●日時:  ①2025年12月16日(火)15:00-16:00(説明30~40分、質疑15分)
②2025年12月19日(金)11:00-12:00(同)
     ③2025年12月19日(金)15:00-16:00(同)

●内容: ・近年の著作権侵害事案に関する新聞報道
     ・複製権及び公衆送信権について(基礎的な内容)
     ・組織内における著作物の正しい利用について
※内容は多少変更となる可能性がありますので、予めご了承願います。

●お申込みURL:https://jrrc.or.jp/miniseminar/

●主催:公益社団法人日本複製権センター
●参加協力:新聞著作権協議会(加盟68社)* および 日本経済新聞社、日刊工業新聞社、奈良新聞社
*朝日新聞社,毎日新聞社,読売新聞グループ本社,産経新聞社,ジャパンタイムズ,報知新聞社,日刊スポーツ新聞東京本社,スポーツニッポン新聞社,東京スポーツ新聞社
東京ニュース通信社,日本農業新聞,共同通信社,時事通信社,北海道新聞社,室蘭民報社,十勝毎日新聞社,苫小牧民報社,東奥日報社,陸奥新報社,デーリー東北新聞社,岩手日報社
河北新報社,秋田魁新報社,山形新聞社,福島民報社,福島民友新聞社,茨城新聞社,下野新聞社,上毛新聞社,埼玉新聞社,神奈川新聞社,千葉日報社,山梨日日新聞社,静岡新聞社
信濃毎日新聞社,長野日報社,市民タイムス,中日新聞社,岐阜新聞社,新潟日報社,北日本新聞社,北國新聞社,福井新聞社,伊勢新聞社,京都新聞社,神戸新聞社,紀伊民報,山陽新聞社
中国新聞社,新日本海新聞社,山陰中央新報社,島根日日新聞社.みなと山口合同新聞社,宇部日報社,徳島新聞社,四国新聞社,愛媛新聞社,高知新聞社,西日本新聞社,佐賀新聞社
長崎新聞社,熊本日日新聞社,大分合同新聞社,宮崎日日新聞社,南日本新聞社,沖縄タイムス社,琉球新報社,宮古毎日新聞社

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