JRRCマガジンNo.416 中国著作権法及び判例の解説8 衣服デザインの著作権侵害事件とその解説

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JRRCマガジン  No.416 2025/4/24
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◆今回の内容
【1】方先生の中国著作権法及び判例の解説
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

本日4月24日は「植物学の日」です。
植物学者として多数の功績を残した牧野富太郎博士の誕生日であることから、この日が記念日に制定されたそうです。

さて、今回は方先生の「中国著作権法及び判例の解説」です。

方先生の前回までの記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/fang/

◆◇◆【1】方先生の中国著作権法及び判例の解説 ━━━
8 衣服デザインの著作権侵害事件とその解説 
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                         中国弁護士・中国弁理士 方 喜玲
1.はじめに
知的財産分野において、衣服デザインの保護をめぐっては、実用品としての性質と芸術性の両立に起因する法的評価の難しさから、従来より議論が続いてきました。衣服は一般に意匠法の保護対象とされる一方、近年ではデザインの芸術性・創作性が高まり、著作権法による保護を求める動きも活発化しています。特に、伝統文様がファッションや文化創作製品に取り入れられる中で、「伝統的図柄が著作物性を有するか」「実質的類似性の判断基準は何か」といった法的争点を含む紛争が増加し、実務・学術双方の注目を集めています。
本稿で紹介する事件は、裁判所が衣服デザインに対する著作権法上の保護を肯定的に認定した点において、今後の法的実務における示唆に富む判例となっています。

2.事件の概要
原告(被控訴人):北京玫瑰坊時装定制有限公司(以下「原告」または「玫瑰坊公司」ともいう)
被告(控訴人):北京某服飾店、北京某会社(以下「被告」ともいう)

第一審裁判所:北京市朝陽区人民法院
第二審裁判所:北京知的財産法院

(1) 原告の主張
 • 本件作品「小金魚橙色新娘褂裙」は美術の著作物であり、著作権法により保護されるべき作品である。
 • 被告が販売する製品「金玉満堂」シリーズの褂裙は本件作品と実質的に類似し、本件作品の著作権の侵害に該当する。
 • 侵害差止、在庫品の廃棄、経済的損害賠償(50万元)および弁護士費用等を含む合理的費用(23162元)の支払いを請求する。

(2)被告の抗弁
 • 本件作品はシンガポールの伝統衣装(娘惹衣装)を基にしており、公知の表現であって独創性を欠く。
 • 被告製品は本件作品と実質的に類似しておらず、著作権侵害は成立しない。
 • 被告製品は「高級オーダーメイド」であり、著作権は発注者に帰属する可能性がある。
 • 使用された刺繍技法(京繍と杭繍)が異なるため、表現が同一ではなく、侵害ではない。
 • 著作権登録証などは一方的証拠であり、著作権の帰属証拠としての効力に疑義がある。
 • 販売実績がないため、損害が発生していない。

(3)争点
 • 本件褂裙の図案構成が著作物性を有するか否か(著作権法上の保護対象となるか)。
 • 著作権者としての原告の適格性(権利帰属)。
 • 被告製品と本件作品との実質的類似性、および接触可能性。
 • 被告の行為が著作権侵害に該当するか否か。
 • 損害賠償額および合理的費用の認定が妥当か否か。

(4)裁判所の見解
イ) 著作物性の判断
裁判所は、衣服のデザインが著作権法により保護されるには、「実用性」と「芸術性」が観念上分離可能であることを要件とし、本件褂裙については、水波紋・金魚・花等の文様と衣服の形状との調和によって高度な審美性が認められると判断しました。そのため、当該褂裙は美術の著作物として著作権法の保護対象に該当するとされました。
ロ) 公知文様との異同
裁判所は、本件作品が伝統衣装に着想を得たものである点は認めつつも、図案構成・配置・造形の細部において明確な創作性が認められることから、伝統衣装とは区別される表現形式であると判断し、著作物性を肯定しました。一方、伝統衣装と完全に一致する要素部分については、パブリックドメインとして扱うべきと整理しています。
ハ) 権利帰属の認定
意匠登録出願資料(2012年)、デザイン原稿、デザイナーの声明等を総合的に評価し、原告が当該衣装の著作権を有することが認定されました。たとえ当該作品が委託制作であっても、契約において権利帰属が明示されていない限り、職務著作として原告法人に帰属するとの判断が示されました。
ニ) 実質的類似性と接触可能性
被告製品は図案構成・配置・配色・装飾位置等において本件作品と極めて類似しており、一般鑑賞者の印象として明らかな近似性が認められるとされました。さらに、被告が中式礼服専門の事業者であることから、原告作品への接触可能性も推認されました。刺繍手法の相違は、著作権侵害の成否には直接影響しないと判断されました。
ホ) 損害賠償および合理的費用
実際の損害額や利益額の立証が困難であったため、裁判所は作品の独創性、被告の主観的過失、侵害の態様等を考慮し、30万元の損害賠償額を認定しました。合理的費用については、証拠保全費用や弁護士費用の一部として13162元が認容されました。

(5)判決の結果
 ⇒ 控訴棄却、原判決維持。
 ⇒ 被告に対して侵害行為の差止。
 ⇒ 被告に対して30万元の損害賠償命令。
 ⇒ 被告に対して合理的費用13162元の支払命令。
 ⇒ その他の請求は棄却。

                ―(2023)京73号民終879号民事判決書より抜粋

3. 分析とまとめ
(1)著作物性の認定については、衣装であっても、実用性と分離しうる審美性を有する場合は、著作権法による保護対象となり得ますし、伝統図案の取り扱いについては、個別の構成・色彩・配置等に創作性があれば、著作権の対象となる余地があります。
(2)作品の権利帰属は、職務中に創作された作品について、特段の合意がない限り、原則として法人に帰属し、委託制作の場合で委託契約において権利帰属が明示されていない限り、職務著作として創作者の法人に帰属されます。
(3)著作権侵害の判断では、実質的類似性と接触可能性があれば、刺繍手法や素材の違いは侵害の成否に考慮されないです。
(4)実務上の示唆
伝統図案には必ず著作権がないとは限りませんが、パブリックドメイン素材を再構成する際は、十分な改変・独自性を付与することが必要となります。そして原創性を裏付けるために、デザイン稿、展示記録、登録証等の証拠を適切に保全することが重要です。また、契約段階で著作権の帰属関係を明確化する必要があります。

4. おわりに
本判決は、衣服デザインに対する著作権法上の保護可能性を広く認めたものであり、今後の実務において極めて重要な先例となるものです。特に、伝統的な文化素材と現代的な創作の境界をどう捉えるかという問題に対して、実質的類似性と接触可能性という基準を軸に、緻密な事実認定と法適用を通じて方向性を示しました。
本事例は、中華服やフォーマルドレス等を扱うデザイン業界、また文化資源を活用した創作分野にとって、明確な法的保護の範囲を再確認する契機ともなり得るものです。

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