JRRCマガジンNo.411 最新著作権裁判例解説28

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JRRCマガジン No.411   2025/3/19
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。

本日3月19日は「ミュージックの日」
【ミュー(3)ジック(≒じゅうく19)】の語呂合わせにちなんで日本音楽家ユニオンが記念日を制定しました。
音楽のすばらしさや楽しさを発信し、より多くの人たちに音楽家が奏でる音の感動を知ってもらうことが主な目的だそうです。

さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。

濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/

◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その28)
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                              横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未

 今回は、知財高判令和7年1月30日(令和6年(ネ)第10065号)〔肖像写真の無断改変・SNS投稿事件〕を取り上げます。

<事件の概要>
 カメラマンである被控訴人Yは、被控訴人社団(のりこえねっと)からの依頼に基づき、 Z(Colabo 代表者)の肖像写真(本件写真)を撮影し、被控訴人社団に納品した。被控訴人社団は、本件写真を使用して、男性のセクハラ行為や女性差別的言動を告発する内容の動画を作成しYouTube に投稿していたところ、控訴人(YouTubeチャンネル「暇な空白チャンネル」を開設して自己の作成した動画を投稿する者)は、被控訴人らの許諾を得ることなく、本件写真を改変(トリミング、 Z肖像部分にモザイク処理・本件イラストを重ねる処理を施すなど)した上、これを「Colabo の活動報告書は嘘だらけのデタラメでした」等のタイトルの本件各動画に使用しYouTube に投稿した。
 原審は、被控訴人社団が被控訴人Yから本件写真の著作権を譲り受けた著作権者であること、控訴人の行為が被控訴人社団の著作権(複製権及び公衆送信権)、被控訴人Yの著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害するものであることを認め、被控訴人らによる差止請求のほか、被控訴人社団の損害賠償請求を77万円の、被控訴人Yの損害賠償請求を33万円の限度で認容した(金銭請求の認容部分は仮執行宣言付き)。これに対し、控訴人が、その敗訴部分を不服として以下のとおり控訴するとともに、原判決後にした仮払金につき民事訴訟法260条2項の申立てをした。

<判旨(一部のみ)>
 本件控訴を棄却。
「争点に関する当事者の主張は、以下のとおり当審における当事者の補充的主張を加えるほか、原判決「事実及び理由」の・・・に記載のとおりであるから、これを引用する。」として、原判決を引用しつつ、さらに当事者による補充的主張のうち氏名表示権侵害の有無については、以下の通り判示。
「控訴人は、控訴人が本件写真の著作権又は著作者人格権を侵害していたとしても、それを理由に法19条2項の適用を排斥することはできないと主張するが、同項は、著作者の推定的意思を基礎として、著作物を利用する者の便宜を図った規定と解されるところ、少なくとも本件写真に無断の改変が加えられている本件において、同項の適用は前提を欠くというべきである。
また、控訴人は、被控訴人Yが、被控訴人社団やZ、Colabo が、本件写真を利用するに際し、被控訴人Yの氏名を表示していなくても問題としていない旨主張するが、本件写真の利用が予想される範囲の者であるからにすぎず、一律に氏名表示を要しない意思が示されているとはいえない。」
 なお、氏名表示権侵害の有無に係る原判決の該当判示は以下の通り。
「被告は、本件写真を利用した本件各動画をYouTube に投稿に際し(原文ママ)、原告Aの氏名等を著作者名として表示しなかった。このような被告の行為は、原告Aの氏名表示権(法19 条1 項)を侵害するものといえる。
これに対し、被告は、本件写真は様々な媒体で著作者名の表示のないままに利用されていたことをもって、原告Aがこのような利用を広く容認していたというべきである旨などを主張する。しかし、本件写真の利用にあたり著作者名の表示を要しない旨を原告Aが一般的・包括的に意思表示したなどの事情の存在はうかがわれない。また、著作者は、氏名表示権として、その実名等を著作者名として表示し、又は表示しないこととする権利を有するのであって、原告Aが被告以外の者による本件写真の利用に対し著作者名の表示を求めなかったことをもって、被告との関係においても不表示を容認していたものとみることは必ずしもできない。法19 条2 項に係る主張についても、少なくとも侵害者である被告がこれを主張することは相当でない。」

<解説>
 今回も前回解説に引き続いて著作者人格権に関する論点を含んだ裁判例を扱うこととしており、具体的には氏名表示権について考えてみたいと思います。氏名表示権を規定する著作権法第19条第1項は「著作者は、その著作物の原作品に、又はその著作物の公衆への提供若しくは提示に際し、その実名若しくは変名を著作者名として表示し、又は著作者名を表示しないこととする権利を有する。その著作物を原著作物とする二次的著作物の公衆への提供又は提示に際しての原著作物の著作者名の表示についても、同様とする。」という条文であり、その保護趣旨については既に本解説(その4)でご紹介したように、「著作者の創作という個人的事実によって生ずる著作者と著作物の人格的不離一体性に着目し、その人格的利益を保護するために、著作者がその著作物の創作者であることを主張する権利を認める趣旨に出たもの」(注1)とされています。
 氏名表示権の適用画面は(原作品固有の場合もありますが、)著作物の原作品・複製物を公衆に提供・提示する場合と条文上規定されており、前回解説で扱った第20条第1項の同一性保持権のような私的領域における利用行為に対する適用(他者による表現の自由の確保・配慮をどの程度すべきかに関わる事柄)について意識されることがほとんど無いことも手伝ってか、氏名表示権に係る研究蓄積については、リツイート事件に関する判例研究等は一定程度存するものの、全体的に限定的になっている状況です(注2)。
 今回の解説では、第19条第2項の「著作物を利用する者は、その著作者の別段の意思表示がない限り、その著作物につきすでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示することができる。」の規定が適用できるかどうかについて取り上げることとしているところ、同条項の解釈について見ても、比較的多くの頻度で指摘されている論点は「すでに著作者が表示しているところに従つて著作者名を表示」という時の表示に無名の表示も含むと解するかどうかという点であって(注3)、著作権法に関する基本書等では矢張り多くの紙幅は割かれておりません。
 今回の事案では、判決文から読み取れることを総合すると、控訴人が無断利用をして問題となった被控訴人Yの写真につき、もともとYの氏名が記載されていない無名の著作物として流通していたものであったところ、控訴人による個別具体の動画において変更の態様が異なるものの、概ね一定の改変がなされているという事実関係となっています。氏名表示権は著作物と著作者とを結びつける紐帯の役割を果たしているものであり、且つその効力は基本的に公衆に提供・提示される際に認められるとの制度設計がなされていることからすれば、著作物について(単純な切り取りではなく)種々の改変がなされている場合には、提供・提示を受ける公衆との関係で当該紐帯が遮断される危険性が定型的に高まることから、第19条第2項は適用されないものと思われます。その意味では、今回の判決が「少なくとも本件写真に無断の改変が加えられている本件において、同項の適用は前提を欠くというべきである」と判示した点は正当と解されます。
 その上で、同条項に関して考えておくべきなのは、仮に著作物がそのままの状態で公衆に提供等される場合において、控訴人が主張するように著作権侵害に該当する利用行為であっても同条項が適用されるのか、或いは非控訴人Yが主張するように著作物の適用利用を行う場合に限って同条項が適用されることとなるのかどうかという点です。今回の事案では先にみたように、著作物に対する改変がすでに行われていて且つその改変が無断で行われているという場面であるためにこの時点で第19条第2項の適用はないと整理されていることから、上記の点について今回の裁判体がどう考えているかは必ずしも明確にはされておりません(注4)。
この点、立案者の見解は「既に著作者によって表示されている著作者名をそのとおり表示して著作物を利用することは著作者の人格を傷つけるものではないところから・・・『鞍馬天狗』を印刷・出版する場合には、著作権の処理は別として、著作者にお伺いを立てるまでもなく大佛次郎という著作者名をそのまま表示してよろしいということであります」(注5)というものであり、これも違法複製等の場合にどう考えるかについては矢張り必ずしも明確にはされておりません。
 違法複製等の場合は第19条第2項の適用は無いとする見解にも一定の説得力はあると思いますが、もともと著作財産権と著作者人格権とは別々に評価される法的構成が採られていますし、例えば著作権制限規定(写り込み等)に基づいて著作物を利用しようとする場合に微妙な事情によって合法・違法が分かれることがある中で、著作財産権に関して合法な利用に当たれば第19条第2項も適用されるとする一方で、違法な利用の場合に当たれば同条項が適用されないことになると解することには少なからず違和感を覚えるところであり(注6)、私見としては第19条第2項の適用の有無は著作財産権に関する評価とは分離して検討すべきと考える次第です。
 今回は以上といたします。

(注1)加戸守行『著作権法逐条講義七訂新版』176頁
(注2)氏名表示権に関する論考として、例えば、柳沢眞実子「ゴーストライターの氏名表示権」『半田正夫古稀記念論集 著作権法と民法の現代的課題』111-126頁
(注3)例えば、小泉直樹=茶園成樹=蘆立順美=井関涼子=上野達弘=愛知靖之=奥邨弘司=小島立=宮脇正晴=横山久芳『条解著作権法』309頁[上野達弘]
(注4)今回の判決における氏名表示権に係る説示では、第19条第2項の適用に関しては著作者の意思表示が重視されており(特に後半部分)、その点からすれば、今回の裁判体においては、違法複製等の場合であっても同条項の適用が(前半部分だけを見ると排除されているようにも見えるが、)必ずしも排除される訳ではないとする立場を採用しているかのように、一応見えるところではある(原判決でも、本解説の本文に記載したように、著作者による意思表示を重視した判断がなされている)。尤も、前半部分の説示において、著作物の無断改変がなされている今回の事案では同条項の適用の前提が失われているとする以上、控訴人Yの主張に対応した後半部分の説示は不要であり、そこで著作者の意思表示が誰・どの範囲に対してなされているかに関する判断を示すことで寧ろ上述のような論理的整合性に対する疑念を生じさせる結果となっているように思われる。
(注5)前掲注1・177頁
(注6)関連して、著作権法第50条、前掲注1・450頁参照

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