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JRRCマガジン No.397 2024/12/5
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◆今回の内容
【1】管理著作物が増えました!
【2】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
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皆さま、こんにちは。
この時期に街を歩くと、コンビニや惣菜店の店先から風に乗って漂ってくるおでんの匂いに、ふと不思議な懐かしさを覚えます。さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。
今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/
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【1】管理著作物が増えました!
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この度、皆様より多くのご要望をいただいておりました株式会社文藝春秋が発行する「週刊文春」の管理を開始いたしました。
管理著作物については、こちら よりご確認いただけます。
◆◇◆【2】イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
Chapter31. イギリスの出版産業
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明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也
1.はじめに:イギリスの出版産業の概況
イギリスの出版産業は、世界の出版市場において大きな地位を占めています。2023年の統計によれば、業界の総売上高は71億ポンド(約1兆3773億円/1ポンド193円で計算。以下同様)に達しています。特に、輸出市場は、収益の62%を占め、前年比4%増加でした。英国出版業界は、グローバルな影響力が強く、世界最大の書籍輸出国としての地位を確立しています(The Publishers Association, PA Publishing in 2023(以下、PA Publishing in 2023))。
出版形態は、従来の印刷媒体から電子媒体まで、多様な展開を見せています。印刷書籍は、ハードカバー、トレード・ペーパーバック(中型の文庫本)、マス・マーケット・ペーパーバック(小型の文庫本)という3つの主要形態で刊行されています(Copinger and Skone James on Copyright, Second cumulative Supplement to the Eighteenth Edition, para. 26-02(以下、Supplementかどうかに関わらず、単にCopingerとする))。
これに加えて、2007年のアマゾンのAmazon Kindleの登場を契機として、電子書籍市場が急速な成長を遂げました。2023年には、電子書籍、音声ダウンロード、オンラインサブスクリプションなどのデジタル形式による売上が32億ポンド(約6,200億円)に達し、前年と比較して5%増加の成長を記録しました(PA Publishing in 2023)。
特に注目すべき成長分野として、オーディオブック市場があります。2023年には、オーディオブックのダウンロード数が24%増加し、業界に2億600万ポンド(約400億円)の収益をもたらしています(PA Publishing in 2023)。
この急成長は、スマートフォンの普及やデジタル音声技術の向上、さらには通勤や家事など、様々な活動をしながら本を「聴く」というライフスタイルの変化を反映しています。
2023年の印刷書籍の売上は39億ポンド(約7,565億円)で、前年度と大きな変化はありませんでした(PA Publishing Yearbook 2023参照)。しかしながら、この減少は必ずしも印刷書籍の重要性の低下を意味するものではなく、印刷以外の出版形態の多様化による市場の変化を示すものといえるでしょう。
総じて、印刷とデジタルの両方が重要な収益源として共存し、輸出市場が業界全体の成長に大きく貢献している点が特徴です。
ちなみに、日本の紙と電子出版を合計した市場規模は、2023年度で1兆5,963億円でした。そのうち紙出版は6,194億円、紙雑誌は4,418億円、電子コミックは4,830億円、電子書籍(文字もの)が440億円、電子雑誌が81億円でした(出版科学研究所調べ)。
日本は、イギリスのような書籍輸出国ではないなかでも、相当な売上高を有しており、年間の出版点数などの他のデータをみても、世界屈指の出版大国であるということはいえるでしょう。
2.イギリス出版業界の構造
イギリスの出版業界は、一般出版(商業出版)、学術・教育・専門出版、そしてセルフパブリッシングという3つの主要セクターから構成されます。
一般出版(商業出版)セクターでは、いわゆる「ビッグ5」と呼ばれる大手出版社グループが市場を牽引しています。Hachette、HarperCollins、Macmillan、Penguin Random House、Simon & Schusterの5社です。これらの出版社は、一般読者向けの書籍を主に書店やオンライン小売業者を通じて提供しています。他方で、近年では、多数の独立系出版社(インディーパブリッシャー)も台頭していると言われています(Copinger, para. 26-02参照)。
イギリスの学術・教育・専門出版セクターは、一般出版よりも大きな市場規模を持っています。このセクターには、国際的な大手出版社(例:Pearson)、一般出版社の教育部門(例:Hodder Education)、大学出版局(例:Oxford University Press)、学術団体(例:British Medical Association)など、様々な種類の出版社が存在します。
また、学術出版の市場は、36億ポンドの規模がありますが、そのうち26億ポンドが海外市場からの収入であることは注目に値します。日本では学術出版の海外輸出がこれほど大きな規模になることはあり得ないでしょう。翻訳なしに自国の書籍を外国に販売できるのは、イギリスの大きな強みといえます。
2023年の統計によれば、学術・専門書および学術ジャーナルの売上高は36億ポンドを超え、イギリスの出版収入全体の約半分を占めています。特に学術ジャーナルの売上は前年比でも3%増加して24億ポンド(約4,600億円)に達し、出版収入全体の約3分の1を占めるまでに成長しています(PA Publishing Yearbook 2023参照)。
セルフパブリッシング市場は、デジタル技術の発展により大きな変化を生じており、特にアマゾンのKindle Direct Publishingのような電子出版プラットフォームの登場により、著者が直接読者にリーチできる機会が増加しています。
3.イギリス出版業界におけるデジタル化の影響
デジタル化は出版業界の構造を根本から変化させています。デジタル形式(電子書籍、音声ダウンロード、オンラインサブスクリプション等)による売上が総売上の重要な部分を占め、特にオーディオブック市場は顕著な成長を示していることは前述のとおりです。
学術出版分野では、オープンアクセス(OA)出版が急速に普及しており、従来の「購読者支払い」モデルから、論文出版料(APC)を著者が支払うモデルへの移行が進んでいます。
英国研究・イノベーション機構(UK Research and Innovation, UKRI)により策定されたオープンアクセス方針では、UKRIの資金提供を受けた研究論文と長編の学術出版物に関する幅広いオープンアクセス方針を策定しました(2021年8月)。
しかし、イギリス出版協会が委託した経済影響調査によれば、この移行により2022年から2027年にかけてジャーナルは20億ポンド(約3,880億円)の損失を被り、大学側の支出は年間最大1億4,000万ポンド(約271億円)増加する可能性が指摘されています。このように、オープンアクセス化は出版社の収益構造と大学財政に大きな影響を及ぼす可能性があります(Copinger paras. 26-11, 26-13参照)。
他方で、欧州委員会の調査によると、2011年から2018年の間にイギリスで発表された研究出版物の52.3%がオープンアクセスとなっており、イギリスは世界で最も多くのオープンアクセスポリシーを持つ国となっていると言われています(The European Commission , Trends for open access to publications (2018))。
4.書籍流通・販売の現状
書籍の流通・販売チャネルは、デジタル技術の発展とともに大きな変貌を遂げています。2020年にはオンラインの販売チャネルがイギリスの出版収入の3分の2以上を占めるようになりました(The Bookseller Editorial Team, Two-thirds of UK book sales came through online channels in 2020, Oct 19, 2021)。
特にアマゾンとの関係は注目すべきものがあります。イギリスの書籍販売市場においてアマゾンは圧倒的な市場シェアを持っています。印刷版の本については全体の約50%を占め、特にオンライン販売に限ると70-80%という高いシェアを誇っています。さらに電子書籍市場では約90%というほぼ独占的な地位を確立しています。アマゾンはThe Book DepositoryやAbeBooksなどの他のオンライン書店も所有しており、これらを含めると実質的なシェアはさらに高くなるそうです(2020年7月に英国のBooksellers Association (BA)がCMAのDigital Task Forceに提出した報告書による)。
この状況は、出版社に新たな対応を迫っており、多くの出版社は、オンライン小売業者との競争に対応するため、自社ウェブサイトを通じた直接販売(D2C:Direct to Consumer)を開始しているようですが、このことは、従来の卸売りベースのB2Bモデルから大きな転換を意味し、出版社が、消費者の権利、データ保護、電子商取引規制などへの対応を迫られることになったと言われます(Copinger, para. 26-09)。
イギリスおよびアイルランドの書店の95%を代表するBooksellers Associationによれば、2016年時点で4,279店の書店があり、そのうち867店が独立系書店でしたが、その数は2021年には1,027店舗にまで増加したとされます(Copinger, para. 26-04参照)。
ちなみに、日本では書籍について再販売価格維持制度が適用されるため、出版社が小売店である書店に対して書籍の販売価格を拘束することができます。つまり、書籍の値段は出版社が決定し、小売店である書店が書籍の価格を変えることができないようになっています。
これに対してイギリスには書籍に関する再販売価格維持制度は、1990年代に廃止されています。したがって、イギリスの書店は、最終的な購入者に対して、自由に価格を設定することができます。
日本は、年々書店数が減少しています(坪あり店舗数は、2003年の13,661店から2023年の8,051店にまで減少しています(出典:出版科学研究所のウェブサイト https://shuppankagaku.com/knowledge/bookstores/)。
出版業界の環境が大きく変わるなかで、書籍に関する再販売価格維持制度の継続することと、書店数の減少には何らかの関係があるかもしれません。
5.出版物の二次利用の管理団体
Authors’ Licensing and Collecting Society(ALCS)は、著作者のために二次的権利の管理を行っています。その主な業務は、複写複製権(コピー、スキャン、電子出版物のデジタル再利用など)の管理であり、このサブライセンスをCopyright Licensing Agency(CLA)に付与し、CLAから受け取った収入を会員である著作者に分配しています。また、外国でのレンディング・レンタル権、ケーブル・衛星再送信権などの権利管理も行っています。
また、Publishers Licensing Society(PLS:幾つかの出版社団体が会員となっている団体)が出版社に代わって管理する複写複製権およびデジタルコピー権のサブライセンスがCLAに付与されており、CLAから受け取った収入を出版社の会員に分配しています。
このようにCLAは、出版社と著作者双方の権利を管理する重要な組織となっています。ちなみに、CLAのレポートによると、2022/23年度のライセンス収入は、95,997,634ポンド(約186億円)であり、そのうち、教育機関 (Schools, Further Education (FE), Higher Education (HE)) からの収入は42,500,087ポンド(約82億円)でした(CLA, Annual Transparency Report 2022 – 2023)。つまり、教育機関からの収入が大部分を占めています。
6.おわりに
出版物の複写権の管理について、公益社団法人日本複製権センター(JRRC)の2023年度の使用料徴収額は、約7.66億円と公表されています(JRRC「2023 年度事業報告書」)。
CLAとJRRCとでは、管理委託を受けている権利の範囲なども異なりますし、特に、日本では著作権法35条(学校その他の教育機関における複製等に関する権利制限)の存在もあって、教育機関との利用許諾による収入が多くは見込めないことあって、単純な比較はできません。
しかし、さらなる出版物の効果的な二次利用のためには、イギリスのCLAの運用状況が参考になる部分もあるでしょう。
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