JRRCマガジンNo.380 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)28 著作権侵害と刑事罰

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JRRCマガジン  No.380 2024/8/1
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※マガジンは読者登録の方と契約者、関係者の方にお送りしています。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
【2】受付中! 無料オンライン著作権セミナー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
皆さま、こんにちは。

今日8月1日は「肺の日」
は(8)い(1)の語呂合わせにちなみ、呼吸器疾患についての啓発のために制定されたそうです。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter28. 著作権侵害と刑事罰
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◇◆ 

                              明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1.はじめに

著作権は、私たちの文化や創造性を守る重要な盾です。音楽、映画、文学、絵画など、様々な芸術作品を生み出すクリエイターたちの権利を保護することで、文化の発展を支えています。しかし残念ながら、この著作権を無視して違法にコピーしたり、無断で配布したりする人々が存在します。そこでイギリスの著作権法は、こうした侵害行為に対して民事的な責任を問うだけでなく、刑事罰も設けています。

2.主な刑事罰の対象となる行為

イギリス著作権法でも、著作権侵害に対する刑事罰が規定されています。主な刑事罰の対象となる行為は、107条に規定されており、以下のようなものがあります。

まず、著作権のある作品の違法コピーの作成・輸入・販売等が挙げられます(第107条(1)(a)(b)(d))。例えば、路上で大量の海賊版DVDを販売している業者がいた場合、著作権を侵害することになります。

著作物をコピーするための特殊な機械の製造・所持も罰則の対象となります(第107条(2))。さらに、インターネットなどを通して著作物を公衆に伝達することも刑事罰の対象となっています(第107条(2A))。

ミュージシャンやダンサーなど実演家の許諾のない録音・録画とその販売も刑事罰の対象です(第198条)。

ただし、条件があり、これらの行為が「業として」で行われたり、「著作権者に重大な損害を与える程度に」行われたりした場合に限り、刑事罰の対象となります。

なお、第107条(1)(d)では、「業として」の販売、貸与、販売・貸与のための提供・陳列、公の展示、頒布が対象となっているのに対して、第107条(1)(e)では、「業として」以外での「著作権者に不利益を与える程度」の頒布が対象となっています。

販売は通常は業として行われますが、頒布は、販売のみならず、業として行わないような無償での提供も含んでいます。第107条(1)(e)によれば、非商業目的で侵害複製物を配った場合でも、それによって「著作権者に重大な損害を与える」場合には、罰せられる可能性があるということになるでしょう。

3.刑事罰の内容

刑事罰の内容は違反の程度によって異なります。軽微な違反の場合は略式起訴による最長6ヶ月以下の懲役または罰金、重大な違反の場合は正式起訴による最長10年以下の懲役または罰金となっています(第107条(4)、(4A))。10年以下という重い懲役刑は2002年の法改正で導入されました。

この法改正の背景には、著作権侵害が組織犯罪の資金源となっているという認識がありました。海賊版DVDの販売や違法ダウンロードサイトの運営などが、犯罪組織の重要な収入源となっていたのです。そのため、より厳しい罰則を設けることで、こうした犯罪行為を抑止しようとしたのです(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para 22-10(以下、Harbottle et al.とする))。

この点に関する興味深い判例として、2017年のR v Evans事件(R v Evans [2017] EWCA Crim 139)があります。ちなみに、イギリスの刑事事件の名称では、通常「R v [被告人名]」という形式が使われます。「R」は「Regina」(女性君主)または「Rex」(男性君主)の略で、現在の君主を表します。この「R」で始まる命名方式は、イギリスだけでなく、他の英連邦諸国の法システムでも見られます。

この事件では、BitTorrent技術を利用して大量の音楽ファイルを違法にダウンロードできるようにしていた被告人に対し、12ヶ月の実刑判決が下されました。判決の中で裁判所は、このようなタイプの事案における違法行為の調査・発見の困難さを指摘し、音楽産業全体への悪影響も踏まえて、抑止力となる量刑が必要であると述べるとともに、量刑に関連する(網羅的ではない)考慮要素を詳細に示しました。

4.著作権侵害の刑事事件の訴追

著作権侵害の刑事事件の訴追については、イギリスでは地方自治体の地方度量衡当局が権限を持っています(第107A条)。地方度量衡当局は、消費者保護や公正取引の監視も行っており、著作権侵害の取り締まりもその一環として位置づけられています。(Harbottle et al., para 22-65.)

なお、日本とは異なり、イギリスでは、一般市民による私人訴追も認められています。これは、イギリス法の伝統的な特徴の一つで、市民が直接的に司法プロセスに関与できる重要な権利とされています(Copinger, 22-67)。ただし、濫用の危険性という点から、実際の行使にはさまざまな制約があるようです。

5.侵害複製物であることの認識

刑事罰を科すためには、検察側において、被告人が侵害複製物であることを認識または認識し得た理由を証明する必要があります(107条1項)。

例えば、プロの古物商が明らかな海賊版CDを取り扱った場合、その違法性を認識していたか、少なくとも認識すべきだったと判断される可能性が高いでしょう。一方で、個人が友人から譲渡を受けた本物そっくりのCDを中古市場で頒布したとしても、侵害複製物であることを認識しておらず、認識する可能性すらないような場合もあるでしょう。このような場合、刑事罰の対象とならない可能性が高くなるというわけです。

6.近年の刑事罰の引き上げ

近年ではインターネット上の著作権侵害が大きな問題となっており、2010年デジタルエコノミー法では、オンライン上の著作権侵害に対する刑事罰の強化が図られました。

さらに2017年のデジタルエコノミー法改正では、公衆への伝達権侵害罪の構成要件が見直されました。従来は「業として」または「著作権者を害するような影響を与える程度にまで」行われた場合に限定されていましたが、新たに「利益を得る目的」や「著作権者に損失を与えることの認識」といった要件が加わりました(第107条(2A))。これにより、個人によるファイル共有サイトの運営などにも適用しやすくなりました。

この法改正は、変化するデジタル環境に対応するためのものでした。インターネットの普及により、個人でも大規模な著作権侵害を引き起こすことが可能になったため、法律もそれに対応する必要があったのです。

7.刑事罰の運用

刑事罰の運用では、様々な要素が考慮されます。裁判所は侵害行為の継続期間、被告人の得た利益、権利者の被った損害、音楽産業等への広範な影響、そして被告人の前科や態度を総合的に判断して、適切な量刑を決定するといわれています(Harbottle et al., para 22-33.)。

例えば、長期間にわたる組織的な著作権侵害や大きな利益を得ていた場合には、より厳しい刑罰が科される可能性が高くなります。一方、初犯で小規模な侵害の場合には、教育的観点から執行猶予付きの判決が下されることもあり、個々のケースの特性に応じて柔軟な対応が行われているそうです(Harbottle et al., para 22-33.)。

著作権法第114A条では、侵害コピーや侵害物品の製造に使用された機器の没収について定められており、これにより著作権侵害の再発防止と違法利益の没収が可能となります。さらに、2002年犯罪収益法に基づく没収命令も適用される可能性があり、著作権侵害によって得られた利益を包括的に没収することができます。また、法人の刑事責任も規定されています(第110条)。

刑事訴追には高度な立証責任が伴い、検察側は「合理的な疑いを超える程度」の証明を行う必要があり、これは民事訴訟の「証拠の優越」基準よりも厳しいものです。そのため、イギリスにおいては、明白な証拠がない限り、刑事訴追が行われにくい傾向にあると言われています(Harbottle et al., paras, 22-72 and 22-73)。この点については、日本の著作権侵害における刑事事件でも同様の状況があると言えるでしょう。

8.おわりに

イギリス著作権法には、著作権侵害行為について刑事罰が適用される上で、「業として」で行われたり、「著作権者に重大な損害を与える程度に」行われたりした場合に限るという条件がありました。

これに対して、日本の著作権法119条以下の罰則規定には、一部の行為類型を除いてそれに類似するような限定はありません。しかし、実際には、業として行われたわけでもなく、著作権者に重大な損害を与えないような著作権侵害が、起訴されることはほとんどないように思われます。

その点は検察による刑事罰の適切な運用により、その適用が妥当な範囲に収まっているといえるのでしょう。

他方で、たとえ権利侵害があるからといって、それが些細なものであるときに、著作権者が刑事罰の適用可能性を振りかざして示談交渉を有利に進めようとするのは、いささか問題であるように思われます。

もちろん、著作権侵害があれば、刑事罰が適用される可能性は否定できないわけですが、現実の検察の運用はそうではないわけです。ですので、その点については、刑事罰となる場合とならない場合との線引きや、検察の運用の実態を明確化する必要があると思います。

現在、明治大学法学部の金子敏哉先生が研究代表者となって、日本国内における著作権法罰則の運用実態を把握し、諸外国とも比較する共同研究を行なっており、私も微力ながら参加しております。著作権者にとって刑事罰による救済の存在は心強いものかもしれませんが、著作物の利用が過度に萎縮することは望ましくありません。研究者としては、そのような文化の発展に貢献する研究ができればよいと考えています。

◆◇◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【2】受付中! 無料オンライン著作権セミナー
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◇◆
この度、日本複製権センターは主に官公庁の方を対象とした、「官公庁向け著作権セミナー」を開催いたします。第7回開催のテーマは『新聞等の著作権保護と著作物の適法利用』です。
著作権のより一層の保護を図るために、著作権の基礎知識の普及と複製を行う際に必要となる契約についてご案内させていただきます。
なお、本セミナーは官公庁の方に限らずどなた様でもご参加いただけますので、多くの皆様のご応募をお待ちしております。
※第6回開催の官公庁向け著作権セミナー(南関東・北海道地方)の内容と一部重複いたしますので、予めご了承ください。 

★開催要項★
日 時 :2024年8月22日(金) 14:00~16:00
会 場 :オンライン (Zoom)
参加費 :無料
主 催 :公益社団法人日本複製権センター
参加協力:朝日新聞社/毎日新聞社/読売新聞社/産経新聞社/日本経済新聞社/中日新聞社(北陸中日・日刊県民福井)/北日本新聞社/北國新聞社/福井新聞社/神戸新聞社/紀伊民報社/京都新聞社/奈良新聞社

~~プログラム~~

トピックス1 新聞等の著作権保護と著作物の適法利用
トピックス2 写真取材の現場から
トピックス3 新聞記事を巡る著作権侵害の事例
トピックス4 著作物の複製利用の許諾取得について
詳しくはこちらから

━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◇◆
      インフォメーション
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JRRCマガジンはどなたでも読者登録できます。お知り合いの方などに是非ご紹介下さい。

□読者登録、配信停止等の各種お手続きはご自身で対応いただけます。
ご感想などは下記よりご連絡ください。
⇒https://jrrc.or.jp/mailmagazine/

■各種お手続きについて
JRRCとの利用契約をご希望の方は、HPよりお申込みください。
(見積書の作成も可能です)
⇒https://jrrc.or.jp/

ご契約窓口担当者の変更 
⇒https://duck.jrrc.or.jp/

バックナンバー
⇒https://jrrc.or.jp/mailmagazine/

━━━━━━━━━━━━━━━━━◆◇◆
      お問い合わせ窓口
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━          
公益社団法人日本複製権センター(JRRC)
⇒https://jrrc.or.jp/contact/

編集責任者 
JRRC代表理事 川瀬 真

※このメルマガはプロポーショナルフォント等で表示すると改行の位置が不揃いになりますのでご了承ください。
※このメルマガにお心当たりがない場合は、お手数ですが、上記各種お手続きのご意見・ご要望よりご連絡ください。

アーカイブ

PAGE TOP