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JRRCマガジン No.316 2023/4/20
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。
麗らかな春の陽気が続く頃となりました。
いかがお過ごしでしょうか。
さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。
濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/
◆◇◆━濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
【1】最新著作権裁判例解説(その7-1)
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横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未
早いもので、この「最新著作権裁判例解説」を連載し始めてから半年が経過しました。次の半年をあっという間に過ぎてしまいそうですが、第7回の今回は、東京地決令和4年11月25日(令和3年(ヨ)第22075号)〔版画美術館事件〕を取り上げます。なお、今回の事案・決定については重要なポイントが多岐にわたっていますので(版画美術館に係る建築の著作物性、本件庭園に係る著作物性、同一性保持権の適用範囲)、複数回に分割して掲載することとします。
<事件の概要>
本件は、債権者(建築設計事務所)が、「(仮称)国際工芸美術館新築工事」、「(仮称)国際工芸美術館・国際版画美術館一体化工事」及び「芹ヶ谷公園第二期整備工事」と称する各工事の実施を計画する債務者(町田市)に対し、債務者が、これらの工事の一部である別紙差止工事目録記載の各工事(以下、同目録記載1(1)の工事を「本件工事1(1)」、同目録記載2(1)の工事を「本件工事2(1)」などといい、本件工事1(1)ないし(4)及び2(1)ないし(3) 2 を併せて「本件各工事」という。)を行うことにより、「町田市立国際版画美術館」と称する別紙物件目録記載1の建物及びその敷地であって芹ヶ谷公園の一部を構成する同目録記載2の庭園に係る債権者の著作者人格権(同一性保持権)が侵害されるおそれがあると主張して、著作権法112条1項に基づき、本件各工事の差止めを求めた事案です。
<判旨(一部)>
債権者の申立てはいずれも却下。
(※今回の判旨紹介では、版画美術館及び本件庭園における(建築の)著作物性についてのみ提示します。)
「(1) 版画美術館について
建築物に「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)としての著作物性が認められるためには、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)に該当すること、特に「美術」の「範囲に属するもの」であることが必要とされるところ、「美術」の「範囲に属するもの」といえるためには、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていなければならないと解される(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第1小法廷判決・民集54巻7号2481頁参照)。そして、建築物は、通常、居住等の実用目的に供されることが予定されていることから、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えていても、それが実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついている場合があるため、著作権法とは保護の要件や期間が異なる意匠法等による形状の保護との関係を調整する必要があり、また、当該建築物を著作権法によって保護することが、著作権者等を保護し、もって文化の発展を図るという同法の目的(同法1条)に適うか否かの吟味も求められるものというべきである。
このような観点から、建築物が「美術」の「範囲に属するもの」に該当するか否かを判断するためには、建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となる美的特性を備えた部分を把握できるか否かという基準によるのが相当である。
さらに、「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければならないから(同法2条1項1号)、上記の建築物が「建築の著作物」として保護されるためには、続いて、同要件を充たすか否かの検討も必要となる。その要件のうち、創作性については、上記の著作権法の目的に照らし、建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである。」
「・・・版画美術館は、少なくとも、前記bないしd(筆者注:版画美術館の外壁のレンガ部分とコンクリートリブ部分、版画美術館に接続するように設置された概ね丁字状の池とその上段に位置する小さな池(人工的に引き上げた水が上段の受けから流れ落ちる構造になっている)、版画美術館内のほぼ中央に位置するエントランスホールの吹上部分)のとおり、建物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成とは分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握することができるから、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められる。」、
「そして、証拠・・・及び審尋の全趣旨によれば、版画美術館を構成する部分のうち、例えば、① ・・・の版画美術館の壁については、リズムを生み出すために、連続的に折れ曲がる形状とされたこと、② 前記・・・のうちコンクリートリブ部分については、外壁のレンガが単調な印象にならないように、リズムを付けるために設けられたこと、③ 前記・・・の二つの池及び水が上段の池から下段の池に流れ落ちる構造については、周囲の緑の中に水を溜めて小さな滝を設け、これを版画美術館内から眺めることができるようにしたものであること、④ 前記・・・の吹き抜け部分については、多くの来館者がまず足を踏み入れることになる空間であり、大谷石で周囲を取り囲み、天井から自然光が必要十分に差し込むように工夫されたものであることが認められ、設計者が選択の幅がある中からあえて選んだ表現であるということができる。
一方、版画美術館の全体の設計や少なくとも上記①ないし④の各部分がありふれたものであることを認めるに足りる疎明資料はない。
以上によれば、版画美術館は、作成者の思想又は感情が創作的に表現された部分を含むものと認めるのが相当であり、全体として、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められる。・・・版画美術館は、全体として、「美術」の「範囲に属するもの」であると認められ、かつ、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であると認められるから、「建築の著作物」として保護される。」
「(2)本件庭園について
本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提として、そもそも庭園が「著作物」(著作権法2条1項1号)に該当し得るか否かについて検討する。
「著作物」を例示した著作権法10条1項のうち、同項5号の「建築の著作物」にいう「建築」の意義については、建築基準法所定の「建築物」の定義を参考にしつつ、文化の発展に寄与するという著作権法の目的(同法1条)に沿うように解釈するのが相当である。
そして、建築基準法2条1号によれば、「建築物」とは「土地に定着する工作物のうち、屋根及び柱若しくは壁を有するもの(これに類する構造のものを含む。)」等をいうところ、庭園内に存在する工作物が「建築物」に該当することはあっても、歩道、樹木、広場、池、遊具、施設等の諸々が存在する土地である庭園そのものは、「建築物」に該当するとは解されない。しかし、庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設けられ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ、設計者の思想又は感情が創作的に表現されたと評価することができるものもあり得ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当すると解するのが相当である。
ただし、庭園には様々なものがあり、いわゆる日本庭園のように、敷地内に設けられた樹木、草花、岩石、砂利、池、地形等を鑑賞することを直接の目的としたものもあれば、その形象が、散策したり、遊び場として利用したり、休息をとったり、運動したりといった実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と結びついているものも存在する。そうすると、庭園の著作物性の判断も、前記(1)アの建築物の著作物性の判断と同様に、その実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することができるものについては、「美術」の「範囲に属するもの」に該当し、さらに、「思想又は感情を創作的に表現したもの」に該当すると認められる場合は、「建築の著作物」として保護されると解するのが相当である。」
「・・・前記・・・のとおり、本件庭園内の通路や階段等は、いずれも庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であることから、本件庭園が備えるこれらの設備を総合的に検討したとしても、本件庭園において、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えた部分を把握することはできないというほかない。
そして、本件庭園のその余の部分は、本件全疎明資料によっても、庭園としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して、美術鑑賞の対象となり得る美的特性を把握することができるものとは認められない。
以上によれば、本件庭園は、「美術」の「範囲に属するもの」に該当するとは認められず、「建築の著作物」として保護されない。」
<解説>
今回の決定には、著作権法の学界・実務において従来も一定以上の熱量をもって議論・検討されてきた事柄に関して、本決定としての特徴的な説示が複数含まれているところ、本解説では冒頭に記載したようにそれらについて複数回に分割してみていきたいと思います(事項に応じて筆者のコメントも付しながら進めます)。
まずは建築物における著作物性論についてです。建築の著作物は著作権法第10条第1項の例示規定中で第6号として規定されているところ、その立法趣旨として「建築物であるから全て本号に該当するわけではなく、建築の著作物とありますように、宮殿・凱旋門などの歴史的建築物に代表されるような知的活動によって創作された建築芸術と評価できるようなものでなくてはなりません・・・建築の著作物たり得るためには、単に生活便宜のために構造がよくできているとか、あるいは見てくれがいいからということではなくて、建築家の文化的精神性が見る人に感得されるようなものではなくてはならないという発想がございます」(注1)と捉えられてきました。
これは文化振興法たる著作権法の目的や、著作物の定義規定(=思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの)からそのように理解することができます(注2)。この点に関連して、著作物の定義規定における後段部分(=文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの)については、従来の裁判例では、知的・文化的な精神活動の所産全般を指すものと解されてきており、訴訟上検討対象となる作品等が個々の4領域のどこに当たるかについては厳密な特定がされるものではないのですが(注3)、今回の決定ではこの点について立法趣旨に即して建築の著作物を美術の範囲に属するものと明言している点が一つの特徴です(注4)。
その上で具体的に問題となるのは「建築の著作物」の対象範囲はどこまでかという点になります。この点、従来の裁判例では、例えば注文住宅における建築の著作物性に関して、「建築物は、地上に構築される建築構造物であり、例えば、建物は、建築されると土地の定着物たる不動産として取り扱われるから、意匠法上の物品とは解されず、その形態(デザイン)は意匠法による保護の対象とはならない。しかも、建築物は、一般的には工業的に大量生産されるものではないが、前記・・・のとおり種々の実用に供されるという意味で、一品制作的な美術工芸品に類似した側面を有する。
また、前記・・・で認定したとおり、原告建物は、高級注文住宅ではあるが、建築会社がシリーズとして企画し、一般人向けに多数の同種の設計による一般住宅として建築することを予定している建築物のモデルハウスであり、近時は、原告建物のように量産することが予定されている建築物も存在するから、建築は、物品における応用美術に類似した側面も有する。そうだとすれば、建築物については、前記・・・で検討したところがおおむね妥当する。したがって、著作権法により『建築の著作物』として保護される建築物は、同法2条1項1号の定める著作物の定義に照らして、知的・文化的精神活動の所産であって、美的な表現における創作性、すなわち造形芸術としての美術性を有するものであることを要し、通常のありふれた建築物は、同法で保護される『建築の著作物』には当たらないというべきある。
一般住宅の場合でも、その全体構成や屋根、柱、壁、窓、玄関等及びこれらの配置関係等において、実用性や機能性(住み心地、使い勝手や経済性等)のみならず、美的要素(外観や見栄えの良さ)も加味された上で、設計、建築されるのが通常であるが、一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性が認められる場合に、『建築の著作物』性を肯定して著作権法による保護を与えることは、同法2条1項1号の規定に照らして、広きに失し、社会一般における住宅建築の実情にもそぐわないと考えられる。すなわち、同法が建築物を『建築の著作物』として保護する趣旨は、建築物の美的形象を模倣建築による盗用から保護するところにあり、一般住宅のうち通常ありふれたものまでも著作物として保護すると、一般住宅が実用性や機能性を有するものであるが故に、後続する住宅建築、特に近時のように、規格化され、工場内で製造された素材等を現場で組み立てて、量産される建売分譲住宅等の建築が複製権侵害となるおそれがある。
そうすると、一般住宅が同法10条1項5号の『建築の著作物』であるということができるのは、客観的、外形的に見て、それが一般住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形芸術としての美術性を備えた場合と解するのが相当である。」と判示され(注5)、ある作品の持つ実用性と美的鑑賞性とに係る共通性・関係性の点から、(この「最新著作権裁判例解説」ではまだ取り上げていませんが、)応用美術に対する著作権保護の場合と同様の考え方が採用されてきました。
今回の決定もその説示を見ると、建築の著作物性に関する判断の在り方については従前の考え方と同様に応用美術に対する著作権保護の在り方と同様の整理がなされています。ただし、ここでは2点についての留意が必要です。
一つは、応用美術に対する著作権保護の考え方自体が(意匠法による保護との棲み分けを念頭に、)嘗てのような、高度の/一定程度以上の美的創作性を要するという考え方から、ある作品における実用的な部分と分離して美的鑑賞性のある部分を把握できるかどうかによって判断するという考え方にシフトしてきていることから(注6)、今回の決定でも建築の著作物性については、そのような「分離鑑賞可能性」に沿った判断基準が採用されています。応用美術の著作権保護については今後別の裁判例で取り上げる際に解説をする予定ですので、ここでは詳細はオミットします。
もう一つは、建築物における建築の著作物性を巡り美的鑑賞性を要求するに当たって今回の決定が参照した最高裁判決(平成10年(受)第332号、平成12年9月7日第1小法廷判決・民集54巻7号2481頁)についてです。この事件では特定の印刷用書体に対する権利侵害の有無を巡って当該印刷用書体が著作権保護を受け得るのか否かが争点となっており、そのため、この最高裁判決では「印刷用書体がここにいう著作物に該当するというためには、それが従来の印刷用書体に比して顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要であり、かつ、それ自体が美術鑑賞の対象となりうる美的特性を備えていなければならないと解するのが相当」とされています。
細かい分析はさておくにしても、この最高裁判決は印刷用書体に係る著作物性の有無という場面に限定した上で説示を展開しており、また、印刷用書体に関しては(単なる個性の表出というレベルを超えた)独創性、美的鑑賞性の2点を要求しているという文脈ですので、異なる対象への判断に関して(裁判実務上の先例拘束性があるとはいえ、)最高裁判決のうちの一部分を切り出して引用し、それを著作物の定義要件における「美術」の範囲にそのまま一般化して基準定立することの当否は議論のありえるところであって、この点は著作権関係訴訟の判決文等において、それとは異なる文脈等で説示されている最高裁判例を引用してくることの問題点等に関して上野達弘先生が従来指摘しておられるところ(注7)に連なる部分であると思われます。
版画美術館の「(建築の)著作物性」を判断するに際し、今回の決定で「創作性については、上記の著作権法の目的に照らし、建築物に化体した表現が、選択の幅がある中から選ばれたものであって保護の必要性を有するものであるか、ありふれたものであるため後進の創作者の自由な表現の妨げとなるかなどの観点から、判断されるべきである」とした上で、美術館の壁等について「設計者が選択の幅がある中からあえて選んだ表現であるということができる。
一方、版画美術館の全体の設計や少なくとも上記①ないし④の各部分がありふれたものであることを認めるに足りる疎明資料はない」と判断した部分については、特徴的な言い回しがなされています。過去の「解説(その2)」でも若干触れましたが、表現上の創作性については伝統的には、表現者の「個性の表出」と解されてきているところ、近時の有力説として「表現の選択の幅説」が提唱されています。これは、特にプログラム等に代表される事実的・機能的著作物の創作性を通説的に「個性の表出」と捉えること等に対する疑問から、「表現の選択の幅」と捉え直す考え方であり、その提唱者である中山信弘先生によれば、ある作品に著作権を付与してもなお他の者には創作を行う余地が多く残されている場合に創作性があるものとするというものであって、創作者の主観を離れて市場・社会の客観的な判断として行うものというような説明がなされている考え方(注8)です。
抽象度が高い説明であるのでピンときにくい面があるかもしれないのですが、筆者流に言い方を変えて簡単にいうならば「ある表現をした者にその表現を長期間独占させることが他者の表現の自由度を然程制約しないと判断できるような場合には、その表現について著作権保護を認めても社会的に差支えはないので、その場合はそれをもって著作権法でいうところの創作性ありとし、著作物性ありとの判断をする」というような意味です。このように中山先生のおっしゃる「表現の選択の幅説」は、他者(の表現の自由)との関係性を重視する考え方であり、もう少し抽象度を上げて換言すれば、本来は文化振興法たる著作権法について、著作物の近時の経済財化等に着目し、同法を競争法的に捉えなおすことを企図した考え方と言えるものです(注9)。
今回の決定では、このような意味での「表現の選択の幅説」を意識させるような説示になっています。この点は本件で問題となったコンクリートリブや吹き抜けの場合、裁判所からすると、表現者の個性の表出というような言い回しを使うには違和感があったのかもしれませんが、従来の裁判例との関係では今回の決定の特徴の一つといえましょう(注10)。
それから、「庭園」における建築の著作物性の点があります。
もともと庭園については「建築物の一部を構成しているものにあっては、建築の著作物と一体性があるものとして、本号(筆者注:建築の著作物を例示する第10条第1項第5号)に該当する場合もありましょうし、独立した庭園・橋・塔についても、それ自体が芸術性を備えているかどうかという観点から評価する問題だと考えます」とされ(注11)、その形態によって建築の著作物として認められ得るとされてきました。
実際の裁判例として、東京地決平成15年6月11日判時1840号106頁〔ノグチ・ルーム事件〕において、建築家と彫刻家とが議論しながらつくって配置した建物、これに隣接する庭園、同庭園内の彫刻について、すべて一体ものとして建築の著作物を構成するものと判示されましたが、他方で大阪地決平成25年9月6日判時2222号93頁〔新梅田シティ庭園事件〕においては、環境面での一定のコンセプトをもって都心の複合施設内に設計・配置された緑地・散策路・噴水・水路当の庭園について、一体としての著作物性は認定されたものの、建築の著作物に該当するとの判断は示されておらず、前述の立法趣旨の通り、個々のケースに応じて庭園に係る建築の著作物性が認定されるものとなっていました。
これに対し、本件では庭園自体に係る建築の著作物性が争点となっており、今回の決定ではそうした当事者の主張に沿って裁判所の判断が示された形、即ち、決定文では「本件庭園が「建築の著作物」として保護されるか否かを検討する前提として・・・」という検討の枠組みが設定されています。庭園に関する当事者の主張が建築の著作物性に限ることなく著作物一般としてなされていれば裁判所の判断もまた今回の決定とは異なったものになった可能性もゼロではありませんが、今回の決定では「そもそも庭園が「著作物」に該当し得るか否かについて検討する」と述べた上で、①建築の意義につき、建築基準法上の建築物の定義を参照しつつも著作権法では法目的に沿った解釈を志向している点、
②さらに庭園そのものは建築物には非該当としつつも「庭園は、通常、「建築物」と同じく土地を基盤として設けられ、「建築物」と場所的又は機能的に極めて密接したものということができ・・・ることからすると、著作権法上の「建築の著作物」に該当すると解するのが相当」と一般論を述べていることからすると、本件に限らず庭園は建築の著作物に該当すると言っているように見えるところ、このように言い切っている点は従来の裁判例からすると大きな特徴になっています。
今回の決定では、本件の庭園も本件の版画美術館を含めて一群の場所に在り、本件庭園の著作権保護の有無に関しても版画美術館の場合と同様の処理(=分離鑑賞可能性説)をすることが念頭に置かれていたのではないか、そのためこのような「庭園は建築の著作物性に該当する」という説示になったのではないかと想起されるのですが、特に上記②については議論の余地がありましょう。
本来的に庭園自体を建築物と捉えることは語義的に違和感が生じるところですし、建築基準法を離れて著作権法の観点で見るといっても自ずと限界があるように思われます。実際、現行著作権法の立案の大本となった著作権制度審議会の議論の過程(注12)でも「庭園は、それが建物の一部を構成する場合に限り、建物と一体をなすものとして、建築的著作物として考慮され得るものと了解する」とされ、庭園を建築の著作物で捉えきるとされていた訳ではありません。仮にそのような経緯はさておくにしても、抑々第10条第1項各号の著作物の種類は例示ですから、全ての著作物を9種類のいずれかに押し込める必要はありませんし、建築の著作物性を認めたとしても庭園そのものについて独立して検討するのであれば、わざわざ建築の著作物性を認定せずとも、今回の決定における建築物と庭園とに係る実用性・美的鑑賞性の機能的共通関係性の点から庭園についても建築の著作物性の場合と同様に解するのが相当であると述べれば良かったのではないかとも思われます。
寧ろ、庭園が今回の決定のように建築の著作物に該当するものとした場合、土地に付着している美術作品(彫刻)などは同様の考え方で建築の著作物に当たることになるのかどうか、その場合に第46条の制限規定の適用関係はどうなるのかといった点にも疑問が生じることになると思われます。
今回の判決については、冒頭申したようにほかの論点もありますので、その続きは次回に取り上げたいと思います。
(注1)加戸守行『著作権法逐条講義七訂新版』129頁。また、後掲注10も参照。
(注2)プログラムの著作物については、第2条第1項第1号との関係では「学術」の範囲に属するものと解されている。斉藤博『著作権法第3版』98頁。
(注3)例えば、東京高判昭和62年2月19日無体裁集19巻1号30頁〔当落予想表事件〕。
(注4)この点については、今回の決定文では語られてはないが、裁判所において現行著作権法の制定過程を見た上で今回のような判断がなされたように思われる。後掲注12参照。
(注5)大阪高判平成16年9月29日(平成15年(ネ)第3575号)〔グルニエ・ダイン事件〕
(注6)ただし、応用美術に対する著作権保護の基準として、近時の判例・学説上は、本文記載の「分離鑑賞可能性説」と「美の一体性説」とが存在しており、必ずしも収斂している訳ではない。前者は意匠法との間で保護領域の差が目的・制度などに照らして抑々存在する等として応用美術に対する著作権保護を謙抑的に捉えようとする立場であるのに対し、後者は応用美術の保護に関して意匠法に対する著作権法の片面的謙抑関係に疑義を呈する等の立場から美術に対する著作権保護の在り方は純粋美術であろうと応用美術であろうと統一的に考えるべきとする。
(注7)上野達弘・講演録「著作権法に関する最高裁判決の射程 ―最高裁判決のミスリード?―」『コピライト』No.686Vol.58・2頁以下。
(注8)中山信弘『著作権法第3版』71頁以下。
(注9)表現の選択の幅説については、近時の有力説ではあるものの、これに対する評価は学説上も分かれており、表現上の創作性に対する捉え方が収斂している状況ではない。表現の選択の幅説を採用した場合、提唱者の企図するように、事実的・機能的なものも含めて全著作物を通じて表現上の創作性を統一的に把握することは可能となるのかもしれないが、その一方で表現者による個性の表出という点を云々せずに客観的にみた他者による表現の残存可能性の点から著作物性を認めることとした場合、理屈上の問題として、なにゆえにそのような著作物に関してその表現者にベルヌプラスと呼ばれる強力な著作者人格権を認めてよいことになることになるのか、というような点の解明はなお残り続けるものと思われる。
(注10)ただし、今回の決定では「選択者が・・・あえて選んだ表現」という言い回しをしており、この点は表現者の個性の表出という伝統的通説のことも考慮しての言葉遣いになっているようにも思われる。
(注11)前掲注1・129~130頁。
(注12)「著作権制度審議会各小委員会審議状況について(中間報告)(昭和38年11月4日)」を参照。最終的にとりまとめられた著作権制度審議会答申(昭和41年4月20日)においては「建築物は、それが美術の範囲に属する場合は、著作物として保護されるものとする。また、橋、塔のような構造物・工作物も、それが美術の範囲に属する場合には、建築物と同様に保護されるものとする。」と記載されている。ここでは庭園の扱いについては記載されていないが、上記中間報告を前提としていたものと思われる。
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