JRRCマガジンNo.297 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)9 モラルライツ(2)

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JRRCマガジン  No.297 2022/12/1
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)9
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みなさまこんにちは。

師走になり何かとおしつまってまいりました。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についての続きです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter9. モラルライツ(2)
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                 明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也
1 はじめに
今回は、前回に引き続き、日本の著作権法における著作者人格権に相当する、イギリスにおけるモラルライツについて、日本法との比較を視点に見ていきます。

イギリス著作権法80条1項は、「著作権のある文芸、演劇、音楽または美術の著作物の著作者及び著作権のある映画の監督は、この条に定める状況において、その著作物を傷つける取扱い(derogatory treatment)に従わせない権利を有する」と規定しています。この権利は、イギリスでは「the right of integrity」であるとか、「the right to object to derogatory treatment of a work」というように呼ばれています。以下、この権利を「同一性保持権」として説明します。

2 同一性保持権
(1)同一性保持権の対象
日本の著作権法の場合、どのような種類の著作物であっても著作者に同一性保持権が生じます(20条1項参照)。

これに対して、イギリス著作権法では、同一性保持権の対象が、①文芸、演劇又は音楽の著作物(80条3項)、②美術の著作物(80条4項)、③映画(80条6項)に限定されています。 

「傷つける取扱い」をされた著作物が、どのように利用される場合に侵害となるのかについて、著作物の類型ごとに定めています。

たとえば、①美術の著作物の場合、(a) 著作物を傷つける取扱いを商業的に発行し、若しくは公に展示し、又は著作物を傷つける取扱いの視覚的影像を公衆に伝達する者、(b) 著作物を傷つける取扱いの視覚的影像が挿入されている映画を公に上映し、又はそのような映画の複製物を公衆に配布する者、(c) (i) 建築物のためのひな形の形式における建築の著作物、(ii) 彫刻、(iii) 美術工芸の著作物の場合には、著作物を傷つける取扱いを表現している図画の著作物の複製物又はそのような取扱いの写真の複製物を公衆に配布する者とされています(80条4項)。

いずれも商業的に発行したり、公衆に対してなされる行為が介在する場合について、侵害を認めているので、純粋に私的な領域で「傷つける取扱い」がなされても、原則としては侵害には該当しないように読めます。

日本の著作権法の場合、著作物の意に反する改変行為それ自体が、同一性保持権侵害になることについては、明確に定めれらています(20条1項)。私的領域で行われる改変についての侵害の成立を必ずしも否定していないので、その評価について解釈論上の論点となってきます。

また、日本法では、改変された作品を提供・提示する行為について、著作権法113条1項1号・2号の侵害とみなす行為に該当する場合(情を知って行われる頒布目的の所持やその申し出など)以外について、どのように評価されるのかについては、解釈論上、争いがあるところです。

なお、イギリスの著作権法でも、日本法の著作権法113条1項1号・2号のように、侵害物品の所持又は利用による権利侵害については、定めを置いています。

すなわち、同一性保持権は、侵害物品である物品又は侵害物品であることを知り、若しくはそう信じる理由を有する物品について、(a)業務の過程において所持すること、(b)販売し、賃貸させ、又は販売若しくは賃貸のために提供し、若しくは陳列すること、(c)業務の過程において公に展示し、又は頒布すること、(d)業務の過程以外において、著作者又は監督の名誉声望を害するようにして頒布することを行う者によって侵害されます(83条1項)。

ここでいう「侵害物品」とは、(a)著作権法80条の意味における傷つける取扱いを受けたもの、(b) その権利を侵害する状況において、同条に定める行為の対象となっており、又は対象となる可能性がある著作物又は著作物の複製品のことをいいます(83条2項)。

(2)「取扱い」(treatment)の要件
対象となる「取扱い」とは、著作物に対する追加(addition)、削除(deletion)、改変(alteration)または翻案(adaptation)です(80条2項a号)。

文芸または演劇の著作物の翻訳、キーまたは音域の単なる変更を伴う音楽の著作物の編曲または編作は、「取扱い」にはあたりません(80条2項a号(ⅰ)(ⅱ))。このうち翻訳については、真実かつ正確な翻訳に限定されるべきであるとする見解もあります(Laddie Prescott and Victoria (Laddie et al.), The Modern Law of Copyright, vol.2, 5th ed., LexisNexis Butterworths, 2018, p.2336)。

日本法では、著作物性のある文章について、著作者の意に反する表現の改変がある場合、同一性保持権(20条1項)の侵害とまりますが、「やむを得ないと認められる改変」(20条2項4号)は、侵害にならないこともあります。この点は、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らして判断されます。

そして、日本法の下でも、翻訳に関して、甚だしい誤訳や、文中で翻訳すべき部分を翻訳しないこと、また、翻訳として許される意訳の範囲を超えることは、「やむを得ない」改変とは認められない場合もあるでしょう。

イギリス法の下では、ある著作物を新しいコンテクストに置くこと自体は、追加、削除、改変または翻案ではないため、著作物の取り扱いには該当しないとする見方もあります(W.R. Cornish, Moral Rights Under the 1988 Act, 12 EIPR (1989) 450. コーニッシュ教授も、アート作品に容赦ない批判のコメント付きで展示するような場合を挙げて説明しています)。

他方で、こうした一般論に対して、「問題とされるべきなのは、著作者又は監督が、自らの作品を通して伝達しようとしていたメッセージを歪曲又は切除しているかどうか」ということであると述べて反対する見解もあります(Laddie et al., p.2336)。

この点、日本では、ある著作物を新しいコンテクストに置く場合のように、意に反する表現の改変を伴わなくても、著作者の名誉又は声望を害する方法によりその著作物を利用する行為は、著作者人格権を侵害する行為とみなされます(113条11項)。

(3)「傷つける」(derogatory)の要件
イギリス著作権法80条2項b号は、著作物の取扱いが、「著作物の歪曲または切除となり、その他著作者または監督の名誉または声望を害する」場合に、その取扱いが「傷つける取扱い」となると規定しています。この条文の読み方については、名誉声望を害することを証明する証拠がなければ、「傷つける」取扱いとはならないと読む考え方が趨勢のようです(Pasterfield v Denham FSR 168, 180)。

Tidy v Trustees of the National History Museum(Tidy v Trustees of the Natural History Museum [1996] 39 IPR 501)では、博物館の展示に用いるために原告が描いた一連の恐竜の漫画が、その後、原告の許諾なしに被告である博物館が出版した書籍の挿絵として、縮小される等の態様で使用された事案において、「著作物を傷つける取扱い」にあたるかどうかについて、(a) 著作物の歪曲にあたるかどうか、(b) 著作者の名誉声望を害するかどうか(80条(2)(b))という点から争われました。

この事件において、Rattee判事は、(a)の点については、縮小等して複製することが原作品を歪曲することにはならないこと、(b)の点についても、再制作された作品が公衆に対する原告の声望が不利益な影響を受けたことを示す証拠がないとして、「著作物を傷つける取扱い」であるとの主張を認めませんでした。

(4)「名誉または声望」(honour or reputation)の要件
イギリスの著作権法には、著作者や監督の創作者としての「名誉または声望」の意味に関して、定義をしていません。主たる解説書における学説でも意見の一致をみていないようです。

たとえば、Copinger and Skone James on Copyrightは、「声望」とは、客観的な内容を意味する用語であり、ある人物について一般にいわれたり、考えられたりすることを意味し、一方で「名誉」とは、声望および評判の両方に関係する用語であるが、むしろある人物やその地位に対する敬意(respect)に関わる問題であるとします(G. Harbottle, N. Caddick, U. Suthersanen, Copinger and Skone James on Copyright (18th edition, Sweet & Maxwell 2021) para 11-50)。この考え方においては、「名誉」と「声望」の区別は必ずしも明らかにされていないように思われます。

裁判例では、前述したTidy v Trustees of the National History Museumで紹介したように、名誉または声望に対する侵害が客観的に証明されることを求めているようであり、また、実際には、個々の用語の意味は無視して、「名誉または声望」を一つのまとまりとして、「声望」の類語として構成された複合句であると解釈することで、「名誉」の意味を厳密に定義することを避けているのではないかと指摘されています(Jonathan Griffiths, Not Such a ‘Timid Thing’: The UK’s Integrity Right and Freedom of Expression, in Jonathan Griffiths and Uma Suthersanen(ed), Copyright and Free Speech (Oxford: OUP, 2005), para 9.41.)。

日本の著作権法では、「名誉または声望」を害されることは要件になっていません。同一性保持権の侵害について、ベルヌ条約6条の2は、名誉または声望が害されていることを条件とすることを可能としていますが、日本法はそうした要件を設けていないので、ベルヌ条約よりも高い保護(著作者により有利な保護)を求めていると評価されています(いわゆるベルヌプラス)。

(5)権利の対象とならない著作物および権利の制限
イギリス著作権法では、同一性保持権の対象が、①文芸、演劇又は音楽の著作物(80条3項)、②美術の著作物(80条4項)、③映画(80条6項)に限定されることについては冒頭説明しましたが、さらにそうした類型の著作物についても、権利の対象とならない場合が定められています。
 
たとえば、同一性保持権は、イギリスでは文芸の著作物として分類されるコンピュータ・プログラム(3条1項b号)には及びません(81条2項)。また、コンピュータ生成著作物(たとえば、コンピュータ生成物として文芸の著作物が自動生成されたようなケース)(81条2項))にも及びませんし、時事の事件の報道を目的として作成される著作物には及ばない((81条3項)。その他にも、いくつかの場合が権利の対象とならないものとして定められています(81条参照)

職務著作などについては、特別な規定があります(82条1項)。たとえば、著作権が原始的に雇用主に帰属する著作物については、一定の場合を除いて、著作権者の行為又は著作権者の許諾を得て著作物に対し行われる行為について、同一性保持権は及ばないとされています。

なお、イギリスの著作権法における職務著作の場合、あくまで著作者は実際に創作をした被用者になります。この点、日本法が、職務著作が成立する場合に、法人を著作者としているのと異なります。

上記の一定の場合とは、職務著作の場合であれば、(a) 行為の時に著作者が確認される場合、(b) 著作物の発行された複製物において以前に著作者が確認されていた場合です。

もっとも、これらの場合でも、十分な否認がなされるのであれば、同一性保持権は侵害されません。「十分な否認」とは、著作者が同意しなかった取扱いを著作物が受けた旨の明確かつ合理的に顕著な指摘であって(a) その行為の時に与えられる指摘、あるいは(b)その行為の時に著作者が確認される場合には、その確認とともに示される指摘のことをいいます(178条)。

職務著作がなされる実際の場面において、こうした十分な否認を従業員が指摘することは大きなハードルのように思われますし、十分な否認があってもなお利用される場合が果たしてあるのか、疑問に思わなくもありません。

いずれにしても、これらの場合に、同一性保持権が侵害されないのは、「誰も著作物に対する取扱いと著作者又は監督とを結びつけることがない状況では、それらの者の声望又は名誉が害される可能性がないからである」と言われています(Laddie et al., p.2345)。

3 おわりに
今回は、イギリスにおけるモラルライツのうち、同一性保持権についてみました。次回は、その他のモラルライツ等について、日本法との比較の観点から、みていく予定です。

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