JRRCマガジン No.156 顔真卿

半田正夫

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JRRCマガジン No.156  2019/1/16
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一月も気が付くと後半です。先日地震がありましたが、何ごとも
備えあれば憂いなし、この先は穏やかでありますよう願うばかりです。

さて、今回の半田正夫弁護士の著作権の泉は、「顔真卿」です。
書の達人と称されている人物の顔真卿の自筆の履歴書である
「自書告身帖」(じしょこくしんじょう)にまつわる事件のご紹介です。

◆◇◆半田正夫弁護士の著作権の泉━━━━━━━━━━━

第65回         顔真卿
 
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今年の1月16日から2月24日にかけて東京国立博物館の平成館に
おいて「顔真卿(がんしんけい) 王羲之を超えた名筆」と題する
展覧会が開かれるとのことである。
 顔真卿とは、8世紀に中国は唐の時代に活躍した官僚であるが、
彼の名をとくに高くしたのは能書家としてのそれであり、弘法大師
空海に影響を与えたことで知られていて、王羲之(おうぎし)と
並んで書の達人と称されている人物である。彼の書風は最近とく
に評価され、書道を学ぶ者にとってのお手本としての珍重されて
いるようである。

 ところで、彼の自筆の履歴書である「自書告身帖」(じしょこ
くしんじょう)が台東区立書道博物館に所蔵されているが、この
「告身帖」をめぐって昭和55年に訴訟が発生し、学会などで大き
く論議された事件があるので今回はこれを紹介しよう。
 この「告身帖」は戦前、洋画家であると同時に書家として著名で
あった故中村不折が収集した亀甲獣骨文、青銅器、石碑、法帖、
経巻文書など膨大な数に上る中国と日本の書道古美術品の中の1品
であったが、不折が死亡したことにより、これらの所蔵品が一括
して台東区に寄贈され、現在、区立書道博物館が所蔵するところ
となっている。ところが、「告身帖」がまだ不折の個人所蔵であっ
た戦前に、彼の許可を受けたAがこれを写真撮影し、その乾板を所
有していたが、昭和43年にYがこれを譲り受け、500部印刷して出版
したところ、「告身帖」の真蹟を有する書道博物館(X)が、Yの
無断出版はXの所有権を侵害するものとして販売の差止めと廃棄を
求めて訴えを提起したというものである。
 そもそもすぐれた書道家の真蹟はそれ自体美術の著作物として
著作権の保護を受ける作品といえるが、顔真卿は唐時代の人であ
るから、彼の存命中、著作権の観念が存在しないうえ、仮にあった
としても、保護期間はとうに消滅しているはずである。
そこでXは著作権で争うことを止め、真蹟の所有者として所有権
で争うことにしたもののようである。
 ご承知のように、博物館や美術館においては、著作権がすでに
消滅しているような仏像や美術品の観覧についても入場料を徴収
したり、写真撮影について許可を要するとしたりしているところ
が多い。してみれば、原典や真蹟の所有者はその所有権に基づい
て所蔵品の撮影や利用を行う行為を支配できることが広く認めら
れているとみることも可能である。したがって、もしもかりにYが
Xの許可を得ずにその所蔵品を無断撮影し、これを複製・出版した
のであれば、X主張のように所有権侵害を構成することもできなく
はない、だが、本件のY は「告身帖」がXの所有に帰する前に当時
の所有者である中村不折の許可を得て合法的に作成された写真乾板
を入手し、これに基づいて複製・出版しているのであるから、いさ
さか事情は異なるといえるのではなかろうか。
 この事件は、1審、2審ともにXの敗訴に終わり、Xは最高裁に上告
したが、結局は上告棄却、敗訴で決着をみている。最高裁の判決理
由の大要は、①美術の著作物の原作品は、それ自体有体物であるが、
同時に無対物である美術の著作物を体現しているものであり、美術
の著作物の原作品に対する所有権は、その有体物の面に対する排他
的支配権能であるにとどまり、無体物である美術の著作物自体を直
接排他的に支配する権能ではない、②著作権が消滅した場合にはだ
れでも自由に著作物を利用することができるのであり、著作権消滅
後に無体物としての面に対する排他的支配権能が所有権の一内容と
してそれに吸収されることはない、というものである。
 この判決はしごくもっともなことを述べているのであって、少な
くとも著作権法の専門家でこれに異議を唱える者はいないといって
よいが、一般にはわかりづらい表現ということになろうか。
 つまり、こういうことである。所有権というのは、目的物を直接
かつ排他的に、しかも全面的に支配できる権利のことを言い、その
目的物は有体物に限定される(民法85条)。有体物の意義について
は、かつて物理学上の物と同視され、固体・気体・液体のみに限定
されていたが、最近の学説は、光・熱・電気などのエネルギーのよ
うに人間の支配可能なものまで含むものとしているが、有体物の概
念をいかに広げようとも、発明とか著作物など、人間の頭で考え出
された知的創作物までこれに含めることはできない。これらの創作
物は、無体物としてそれぞれの性質に見合った独自の権利構成が必
要であり、所有権概念になじまないからである。
 このような目的物の相違から、両者間には次のような相違が生じ
てくる。所有権は永久に存続する権利として構成されているが、著
作権をそのように構成することはできない。なぜなら、著作権の対
象である著作物は、それを作成した著作者一個人のモノであると同
時に国民共通の文化材としての一面を有するものであるうえに、著
作者は著作物の作成に当たってはなんらかの形で先人の文化遺産を
摂取しているのがふつうであるから、新たに作成された著作物も一
定の時期以後は国民すべてに開放され、後世の人々の自由な利用に
供されるという義務が課せられているとみなければならないからで
ある。そこで各国とも著作権に保護期間を設け、期間経過後は誰で
も自由に著作物を利用できるものとしている
このように、所有権と著作権とは目的物の性質および権利構成の仕
方に大きな相違があるから、両者の重複・並存が可能であり、また
一方を処分しても他方に影響を与えることはないのである。たとえ
ば、作家Aが小説を書いた場合に、Aは書き記した原稿という紙媒体
について所有権を有すると同時に、原稿に盛り込まれた小説自体に
ついて著作権を取得する。そして、かりにAが原稿をBに譲渡したと
しても、譲渡されるのは原則として原稿所有権のみであり、著作権
はA に留保されることになる。同様のことは権利の消滅の場合につ
いてもいえる。著作権の保護期間が消滅すると、著作権は消滅する
が、原稿所有権は――原稿が毀滅しないかぎり――存続することに
なる。このことは美術の著作物についてもい
えることである。画家のAが絵を描いた場合に、Aはこの絵について
著作権を取得すると同時に、原画について所有権をも取得すること
になる。そしてこの絵がCによって盗まれたとき、Aは所有権に基づ
いて返還請求をすることができるが、著作権に基づいては、それは
できない。また、Cが盗んだ絵を展覧会に出品したとき、Aは美術の
著作権に含まれている展示権に基づいてその差止めと損害賠償の請
求をすることはできるが、所有権に基づいてはこのような請求をす
ることはできない。このような役割分担は、所有権と著作権との権
利性質上の相違、とくに有体物か無体物かという保護すべき対象の
相違に由来するのであって、いわば当然のことといってよい。この
当然のことを、一般にはっきりと認識させた判例の功績は大きいと
いわなければならないと思われる。

 顔真卿は、唐の時代に粛宗皇帝(しゅくそう)に仕える官僚であ
り、反乱を起こした李希烈(りきれつ)の慰撫を命じられ派遣され
るが、かえって李希烈に捕らえられ、部下になるよう勧められたが、
これを拒否しつづけて殺されたことから、剛直の忠臣としても知ら
れているそうである。彼の真蹟からその一端を窺うことができるか
もしれない。そういった角度から今回の展覧会を見るのも一興では
なかろうか。
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