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JRRCマガジン No.143 2018/9/5
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今回の山本隆司弁護士のコラムは「消尽理論」です。
◆◇◆山本隆司弁護士の著作権談義━━━━━━━━━━━
第67回 「消尽理論」
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今年の著作権法学会では、譲渡権の消尽が取り上げられました。
しかし、私は、そもそも消尽理論のまえに、譲渡権が何のためにあ
るのか、いかなる機能を果たすのかという問題を議論して欲しかっ
たな、と思いました。そこで、その問題の所在をお話ししてみたい
と思います。
譲渡権は、複製物の譲渡に対して著作権者の排他権が及ぶという
ものですが、複製物を権利者の許諾を得て第一譲渡されれば、当該
複製物のその後の譲渡に対しては譲渡権が及ばなくなる(消尽)、
とされています。
譲渡権の機能をみると、第1に、著作権者が違法複製物の市場流
通を阻止することができる機能があります。また、適法複製物に対
しても譲渡権を認める根拠として、第2に、適法複製物が盗まれた
場合にその占有を回収できる機能(アメリカ法)、第3に、適法
複製物の譲受人による著作物の鑑賞に対して対価を徴収することが
できる機能(ドイツ法)が挙げられています。適法複製物に対して
譲渡権を認めるいずれの根拠を再検討したいと思います。
まず、アメリカ法は、適法複製物が盗まれた場合にその占有を
回収できる機能を根拠に、適法複製物に対しても譲渡権を認めます。
たとえば、画家が自分の描いた絵を盗まれた場合に、それが
オークションで売られようとすればそれを止めたいと思うのは、
心情的に理解できます。しかし、その盗まれた絵の流通は阻止できた
としても、画家がその絵を回収することは、著作権ではできません。
画家が所有権を持っている場合に、その所有権に基づいてその絵を
回収できるだけです(その絵を現在占有している者が即時取得して
いれば、画家には所有権はありません)。ところが、画家が所有権
を保有していれば、そもそもその所有権に基づいてオークション
での処分も阻止することができるので、譲渡権は必要ないことと
なります。したがって、著作権者が自分の作った複製物を盗まれた
場合にその転々流通を阻止できることは、譲渡権を設けることを
正当化するとは思えません。
つぎに、ドイツ法では、適法複製物の譲受人による著作物の鑑賞
に対して対価を徴収することができる機能を根拠に、適法複製物に
対しても譲渡権を認めます。この理由付けには色々な点から疑問が
湧いてきます。
第1に、譲受人による著作物の鑑賞に対して対価を徴収するという
前提に多くの矛盾をはらんでいます。①適法複製物が一般人に
譲渡される場合には譲渡権が及ぶとしながら、適法複製物が相続人
はもちろん、家族や友人に譲渡される場合には譲渡権は及ばない
(これらの者による鑑賞に対する対価は複製権に含まれている)
と解します。しかし、家族や友人か無関係の譲受人であるかに
かかわらず、譲渡人による著作物の鑑賞行為とは別に、譲受人によ
る新たな著作物の鑑賞行為が生ずることには変わりがありません。
にもかかわらず、前者には譲渡権が及ばず、後者には及ぶというの
は矛盾しているように思います。
また、②譲渡権は、著作権者から譲渡に対する許諾を受けた譲渡
(第一譲渡)によって譲渡権は消尽し、その譲受人から第三者への
転売には譲渡権は及ばないと考えます。しかし、譲渡権が適法複製
物の譲受人による鑑賞に対する対価を回収する手段であれば、その
転売を受けた者による新たな鑑賞も生じますので、それに対する対
価を回収する手段として転売行為にも譲渡権を認める必要があるよ
うに思います。ところが、それについては回収済みであると解して
譲渡権を認めない(消尽理論)のは、論理一貫性を欠くと思います。
さらに、③転売を受けた者以降の譲受人による鑑賞に対する対価
は最初の譲渡権の行使の段階で回収済みであるから、譲渡権は消尽
すると解する点にも矛盾があると思います。貸与を消尽理論の例外と
して、貸与された者による鑑賞に対する対価を回収する手段を与える
ために貸与権を認めます。最初の譲渡権の行使の段階でその後の譲受
人による鑑賞の対価は回収済みという前提で消尽を認めたはずです。
貸与と譲渡とは所有権移転に違いはありますが、他人に複製物の占有
を移転させ、著作物の新たな鑑賞の機会を与えることは同じです。
いずれにおいても著作物の新たな鑑賞を生じさせることには違いは
ないので、消尽理論の適用に違いを与えることは矛盾していると思い
ます。
第2に、そもそも、適法複製物の譲受人による著作物の鑑賞に対
して、新たに対価を徴収する必要があるのかという疑問があります。
複製物は、摩耗損傷するまで半永久的に何度でも鑑賞することを可
能にするものです。一つの複製物が提供することができる鑑賞機会
は、複製物の数を増やさない限り、増えることはありません。譲渡
によって複製物による鑑賞の主体は増加しますが、鑑賞機会の総量
には増減は生じません(複製物を譲渡すれば、一方で譲受人による
鑑賞機会を生じますが、他方で、譲渡人は譲渡後の鑑賞機会を失い
ます)。したがって、このような鑑賞機会の提供可能性に対する対
価は、複製許諾の段階で回収可能です。したがって、譲渡権は、す
でに把握された鑑賞行為を把握する機会を二重に与える意味しか持
ちません。したがって、このような二重の保護は必要ないと思いま
す。
これに対して、著作権者自体が複製した適法複製物については、
複製許諾による対価回収の機会がないとの反論があり得ると思いま
す。その場合、当該複製物の譲渡によって対価回収を行うことにな
ります。しかし、その対価回収に譲渡権を認めることが必要だとい
う結論にはなりません。その対価回収に譲渡権を認めることが必要
だと考えられる状況は、①著作権者自体が複製した適法複製物が他
人によって盗まれた場合や、②権利者が当該複製物を譲渡したが代
金未払いで譲渡契約を解除した場合であろうかと思います。
まず、①著作権者自体が複製した適法複製物が他人によって盗ま
れた場合、当該他人による譲渡を阻止することは譲渡権がなくても、
所有権によって可能です。所有権によれば回収さえ可能です。そも
そも盗難は、財産一般に共通するリスクです。民法上の保護を越え
て著作権法上の特別な「譲渡権」という保護を与える必要はないと
思います。
つぎに、②権利者が当該複製物を他人に譲渡したが代金未払いで
譲渡契約を解除した場合には、当該他人による譲渡の差し止めは、
譲渡権がなくても、所有権や解除権によって可能です。所有権や解
除権によれば回収さえ可能です。契約違反による解除も、契約一般
に共通するリスクですので、民法上の保護を越えて著作権法上の特
別な「譲渡権」という保護を与える必要はないと思います。さらに
問題は、裁判例(東京地判H24.7.11判時2175-98)によれば、著作
権者の許諾に瑕疵があって第一譲渡が取り消されまたは解除され無
効となった場合には、第一譲渡は無かったことになるので、当該他
人から譲り受けた第三者にも、譲渡権が及ぶことになります。しか
し、契約条件の不履行などのような事後的な事情で、複製許諾を受
けて製造された複製物について、その譲渡が適法になったり違法に
なったりすることは、取引の安全を損ない、具体的妥当性を欠くよ
うに思われます。この点について、著作権法113条は、善意無過
失の第三者に救済を与えていますが、無過失まで求めることは他人
間の契約履行についてまで注意義務を課すことを意味しますので、
バランスを欠くように思います。
以上のとおり、適法複製物に対しても譲渡権を認める根拠はほと
んどないように思います。したがって、違法複製物に対してのみ
譲渡権を認めるとすれば、消尽理論を考える余地はないことに
なります。
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