JRRCマガジン No.141 公文書の著作権

半田正夫

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JRRCマガジン No.141   2018/8/15
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残暑お見舞い申し上げます。
風に乗ってどこからか聞こえてくる優しい鈴の音に、
癒される今日この頃ですが、
皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

さて、
今回の半田先生のコラムは、「公文書の著作権」です。
国家公務員がその職務上作成する文書への法人著作(15条1項)適用の可否について、
判例を交えてお話しくださいました。

◆◇◆半田正夫の著作権の泉━━━
第60回「公文書の著作権」
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最近、公文書の改ざんや廃棄などが相次ぎ、新聞紙上をにぎわしたが、
これを機に公文書の著作権はどのようになっているのかについて少
し考えてみたい。
国家公務員が職務上作成した文書が著作物となるのか、著作物であ
るとした場合にその著作権がだれに帰属するかについて直接規定し
た条文はない。ただ、著作権の目的とはならない著作物として、著作
権法13条は憲法その他の法令、告示、訓令、通達、判決などを限定的
に列挙していることから、これに該当しない文書については著作物
の定義(法2条1項1号)に該当するかぎり著作権の成立が認められ、
さらに職務著作の要件(法15条)を充たす限り、国に著作権が帰属す
ることになるのは間違いないといえる。
公文書の著作権が国に帰属するとして国民からの利用許諾請求に対
してそれを拒否することができるだろうか。これについての格好の
判例があるので次に紹介しよう。
敗戦後間もなくの昭和21年に政府は、連合国に対する賠償問題や日
本人の在外資産の補償問題に当面することを予想し、これに備える
資料の整備を企図し、大蔵省(現在の財務省)の付属機関として在外
財産調査会を設置した。同調査会は延べ300名の臨時職員を動員し
て、外国にある日本企業の終戦当時における資産状態を示す資料を
収集し、さらに在外財産の歴史的生成過程などに関する調査を行い、
これを経済史的見地から分析整理して、その調査結果を11篇37冊
から成る報告書として編纂し、政府部内資料として200部を作成し
政府関係部署に配布した。
それから20年以上の時が経過した。前記の資料は戦前における在外
財産の状況を示すほとんど唯一の資料として日本経済史研究者にと
っては垂涎の価値をもつにいたったが、政府部内資料として若干の
部数しか発刊されておらず、一般には入手不可能で「幻の資料」とい
われるにいたった。この点に目を付けた出版社の龍渓書舎は、この資
料の復刻版を発行しようと考え、国に無断で印刷に着手する一方、新
聞紙上などに発行を予告する宣伝文を掲載した。これを知った国は
著作権侵害を理由に発行差し止め等を求めて訴えを提起した。この
事件は最高裁まで行くことになるが、結局は国に著作権があること
を認め、国側の全面勝訴となって決着をみている。

ところで、法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物につ
き、一定の要件を充たすものについては、法人が著作者として扱われ
著作権を取得すること(これを法人著作または職務著作という)は、
現在の著作権法の認めるところであるが(著作権法15条1項)、前掲
の龍渓書舎事件のときはまだ旧著作権法の施行下にあり、このよう
な規定が存在しなかったので、はたして国の著作権帰属が認められ
るべきかが争点のひとつであった。判決では、旧法においても現行法
と同様に考えてよいとの理由で国への著作権帰属が肯定されている。
その当否については異論の存するところもあろうかと思われるが、
それは措くとして、現行法のもとにおいては、法の定める法人著作の
要件を充たすかぎり国による著作権の取得が認められることについ
ては争いがないといってよい。
しかし、国家公務員が職務上作成した著作物について国に著作権の
帰属を認めることがはたして妥当といえるだろうか。国家公務員の
給与はもとより職務上作成に要する費用もすべて国民からの税金で
賄われているのであるから、国に帰属させるよりも国民すべてのも
のとして公有とすべきが妥当なのではなかろうか。国に著作権の帰
属を認めると、国の許諾が得られないかぎり、いかに需要が多かろう
と国民の利用がいっさい許されないという不合理な結果となるから
である。前掲の事件がまさにこのような事例であった。戦前における
我が国の在外財産は公有のものも私有のものもすべて連合国に没収
され、証拠となる書類も破棄されて、在留邦人は身一つで引き揚げて
きたので、いまとなっては前記の資料のみが当時の状況を示す唯一
のものであったから日本経済史研究者が出版を望むのも当然といえ
たのである。
判決が国を勝たせた理由としては、①本件著作物が史料的、学術的に
みていかに高度の価値を有していたとしても、その事実をもって直
ちに出版社が国に無断で本件著作物の発行を行うことが許容される
ものではないこと、②本件著作物は2,3の図書館に備えられている
のであるから、利用しようとする者は若干の不便があるにせよ、閲覧
利用が可能であること、③無断発行により国は使用料相当額の損害
を受けるものであること、などがあげられている。これらの理由はい
ちおうもっともであるということができる。ただ、あまりにも国側の
利益のみが考慮されているきらいがある。2,3の図書館に備えられ
ているので研究者の利用が可能であるとしているが、著作権法31条
によれば、その複製は著作物の一部分について許されているにすぎ
ないから、研究者にとっては不便きわまりないうえ、著作権侵害によ
って国側の受ける不利益は使用料相当額(本件の場合、その額は微細
なものであろう)であるのに対し、発行が禁止されることによって一
般研究者の不利益が多大であること、などを考慮するならば、逆の判
断も可能であったように思われる。
本件の資料は連合国に対する賠償問題に対処するための資料として
作成されたもので、現在においては国が管理する実益をすでに失っ
ており、むしろ無用の長物になっていたものである。にもかかわらず、
著作権が国にあることをタテとして著作権侵害を主張するのはいささ
か大人げない態度といわざるをえないのではなかろうか。

ところで、とくに平成時代に入ってから終戦直後の極秘外交文書が
相次いで公表されるようになり、さらに国民の知る権利の主張が高
まりをみせるようになった状況を受け、平成11(1999)年に情報公開
法が制定されるにいたった。これによると、行政機関の職員が職務上
作成し、または取得した文書等については、国民の開示請求の申し立
てに原則として応じなければならないことになり、開示の方法は閲
覧または写しの交付によることになっている。したがって、前掲の事
件のような場合、研究者としては国に対して複製の許諾を求めるよ
りも、情報開示の手続きを取ったほうが情報入手の確実性が高いと
いえそうである。なぜなら、許諾を求めた場合には著作権者である国
側に許諾を与えるか否かの自由があり、必ず許諾が与えられるとい
う保証がないのに対し、情報開示請求のほうは国に開示に応ずる義
務が課せられているからである。このことは国に著作権の帰属を認
めてもほとんど意味がないことを示すものである。だが、そうである
ならば、米国の著作権法のように、「合衆国政府のいかなる著作物も、
この法律に基づく著作権保護を受けられない。ただし、合衆国政府は、
譲渡、遺贈またはその他の方法によって合衆国政府に移転される著
作権を受領し、かつ保持することは妨げられない。」(米国著作権法
105条)と規定し、法人著作の観念は国に適用されない趣旨を明らか
にすべきであったように思われる。

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