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JRRCマガジン No.436 2025/9/18
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◆今回の内容
【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説
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皆さま、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。
本日9月18日は「防犯の日」
企業や家庭の防犯対策を見直し、安全・安心な社会の実現に貢献することを目的として制定されたそうです。
さて今回は濱口先生の最新の著作権関係裁判例の解説です。
濱口先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/hamaguchi/
◆◇◆━【1】濱口先生の最新著作権裁判例解説━━━
最新著作権裁判例解説(その33)
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横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授 濱口太久未
今回は、知財高判令和7年7月31日(令和6年(ワ)第10073号)〔聖教新聞撮影画像ツイッター投稿事件〕を取り上げます。
<事件の概要>
本件は、宗教法人であり、その発行する聖教新聞に掲載された本件各写真の著作権を有する原告が、会員である被告に対し、被告において、平成30年10月22日から令和元年10月21日までの間、25回にわたり、インターネットを利用して、本件各写真を本文とともにツイッター(X)に投稿(本件各投稿)した行為は、原告の本件各写真の著作権(送信可能化権。著
作権法23条)を侵害すると主張して、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条、著作権法114条3項)として419万1500円及びこれに対する最後の不法行為日である同日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案です。
原審が本件各写真について引用の抗弁(著作権法32条1項)を認め、原告の請求を棄却したところ、これに対し原告が本件控訴を提起したものです。
<判旨(著作権法第30条の2に関する部分のみ)>
本件控訴を棄却。
「本件各投稿に掲載されている本件各写真(付随)(本件写真10、27~29)は、本件各写真(引用)と同様、聖教新聞の紙面をスマートフォンで撮影し、ツイッター(X)の本件各投稿において掲載しているものである。」
「本件写真10及びこれにより報道された出来事は、本件投稿11の投稿本文による批評の対象ではなく、投稿本文との関連性はない。本件投稿11に掲載された被告がスマートフォンで撮影した聖教新聞の一面の写真(作成伝達物)のうち本件写真10の占める割合は5%程度であり軽微な構成部分(付随対象著作物)と認められる。また、本件写真10は、被告がその利用により利益を得る目的はなく、批評の対象とされた新聞記事に隣接するために分離して撮影することも困難であって、本件写真10が作成伝達物において特段の役割を果たすものでもないことなどからすると、付随対象著作物として正当な範囲内で複製伝達行為に伴って利用されているものといえる。」
「本件写真27、28及びこれらにより報道された出来事は、本件投稿21の投稿本文による批評の対象ではなく、投稿本文との関連性はない。本件投稿21に掲載された被告がスマートフォンで撮影した聖教新聞の一面の写真(作成伝達物)のうち本件写真27の占める割合は3%程度、本件写真28の占める割合は5%程度であり、いずれも軽微な構成部分(付随対象著作物)と認められる。また、本件写真27、28は、被告がその利用により利益を得る目的はなく、批評の対象とされた新聞記事に概ね隣接するために分離して撮影することも困難であって、本件写真27、28が作成伝達物において特段の役割を果たすものでもないことなどからすると、付随対象著作物として正当な範囲内で複製伝達行為に伴って利用されているものといえる。」
「本件写真29及びこれにより報道された出来事は、本件投稿22の投稿本文による批評の対象ではなく、投稿本文との関連性はない。本件投稿22に掲載された被告がスマートフォンで撮影した聖教新聞の一面の写真(作成伝達物)のうち本件写真29の占める割合は15%程度であり軽微な構成部分(付随対象著作物)と認められる。また、本件写真29は、被告がその利用により利益を得る目的はなく、批評の対象とされた新聞記事の紙面における「聖教新聞」の題字に隣接するために分離して撮影することも困難であって、本件写真29が作成伝達物において特段の役割を果たすものでもないことなどからすると、付随対象著作物として正当な範囲内で複製伝達行為に伴って利用されているものといえる。」
「以上によれば、本件各写真(付随)については、付随対象著作物の利用の抗弁(著作権法30条の2)が成立する。」
<解説>
今回は、著作権法第30条の2(付随対象著作物の利用)が適用された裁判例をご紹介します。まず同条の趣旨や創設・その後の一部改正に係る経緯等については、所謂コメンタールにおいて、以下の通り詳しく記載されています(注1)。
「著作物をとりまく環境の急激な変化に適切かつ迅速に対応し、著作物の利用の円滑化を図るためには、新たな個別権利制限規定の創設や既存の個別権利制限規定の改正による対応ではもはや限界があるのではないかという指摘がなされ、米国著作権法第107条のいわゆるフェアユース規定のように、一定の包括的な考慮要件を定めた上で、権利制限に該当するかどうかは司法の判断に委ねるという方式の権利制限規定を導入すべきであるとの要請がなされるようになっていました。
こうした要請を受け、知的財産戦略本部(の)「デジタル・ネット時代における知的財産制度専門調査会」において・・・平成20年11月に「権利者の利益を不当に害しないと認められる一定の範囲内で、公正な利用を包括的に許容し得る権利制限の一般規定(日本版フェアユース規定)を導入することが適当」とする報告書が公表され・・・知的財産推進計画2009・・・は、「・・・日本版フェアユース規定・・・の導入に向け、ベルヌ条約等の規定を踏まえ、規定振り等について検討を行い、2009年度中に結論を得て、早急に措置を講ずる。」とされました。
これらを踏まえ、平成21年5月、著作権分科会において権利制限の一般規定についての検討が開始され、同分科会法制問題小委員会において、権利制限の一般規定ワーキングチームによる集中的な検討や、のべ61団体からのヒアリングの実施等を通じて慎重な検討が行われた結果、平成23年1月に著作権分科会報告書がとりまとめられました。
平成23年報告書では、いわゆるフェアユース規定のような包括性の高い一般規定を導入するのではなく、関係者ヒアリング等で示された著作物の利用に支障が生じているとされる事例に基づき、①著作物の利用を主たる目的としない他の行為に伴い付随的に生ずる当該著作物の利用であり、かつ、その利用が質的又は量的に社会通念上軽微であると評価できるもの(著作物の付随的な利用)【A類型】、②・・・(適法利用の過程における著作物の利用)【B類型】、③・・・(著作物の表現を享受しない利用)【C類型】の三つの類型を対象とする権利制限の一般規定を導入することが適当であるとされたので・・・す。
本条について・・・、著作物の創作や利用に際しては 、写真撮影やビデオ収録の際、背景に著作物であるキャラクターが写り込んでしまうといったことや、キャラクターが写り込んだ写真等をブログ等に掲載するといったことが日常的に行われております。こうした利用行為は、写り込んでしまった著作物・・・の利用を目的とするのではなく、他の著作物(上記の例でいう撮影された写真の著作物等)の利用行為に付随して生ずるものにすぎないことから、利用の程度も軽微であり、通常、写り込んでしまった著作物の著作権者の利益を害するものではないと考えられ、また、ブログ等といった情報発信行為の際には避けることのできない利用行為であるものの、既存の権利制限規定の適用を受けるものではなく、
著作権侵害に問われるおそれもないとはいえないところ・・・、こうした情報発信行為に伴って著作物の公正な利用を阻害しないよう、権利制限の対象とし、明確化を図る必要性が認められたことから、平成24年の法改正により第30条の2を新設し、写真の撮影等の方法によって著作物を創作するにあたり、当該著作物(写真等著作物)に係る写真の撮影等の対象とする事物等から分離することが困難であるため付随して対象となる事物等に係る他の著作物(付随対象著作物)は、当該創作に伴って複製又は翻案することができることとし、複製又は翻案された付随対象著作物は、写真等著作物の利用に伴って利用することができることといたしました。・・・
本条は、規定の適用場面を明確にする観点から、平成24年当時に立法の必要性が特に高かった部分に限定して規定され・・・そのため、日常生活において広く一般的に行われている行為等について著作権等が制限されず、妥当な結論を導くことができない場合があるとの指摘がなされ・・・また、その後のスマートフォンやタブレット端末等の急速な普及に伴って、スクリーンショットや動画投稿・配信プラットフォームを活用した個人による生配信など、著作物等の利用に係る社会実態が大きく変化する中で、従来の規定では不都合が生じる場面が顕在化してきており・・・さらに、本条の要件を緩和することにより、ドローンを活用した生配信サービスなど社会的に意義のある新規サービスが可能となる・・・事例も新たに明らかとなってまいりました。こうした社会実態の変化や・・・令和2年改正による侵害コンテンツのダウンロード違法化に際し、
国民の正当な情報収集活動に萎縮を生じさせないための措置の一つとして、スクリーンショットを行う際に 、違法にアップロードされた画像が写り込むことなどを違法化対象から除外することが求められたことも踏まえ、令和2年改正において、本条の適用範囲の拡充・明確化を行うことといたしました。
具体的には、従来は「写真の撮影」「録音」「録画」に限定されていた対象行為を複製や伝達行為全般に拡大した上で、著作物等の創作以外の場面における写り込みも対象とし、対象となる著作物をメインの被写体から分離困難なものに限定しないこととする一方で、「正当な範囲内」という要件を新たに規定する見直しを行っております。」
著作権制限規定の規定群については、ある程度のグルーピングが可能であり、(現在は枝番号の著作権制限規定が多くなったため、厳密な分け方は困難ではあるのですが、)第30条~第32条については、大まかにいって、個人・日常生活上の利用に着目したグループと考えられ、今回の第30条の2(所謂写り込みに係る著作権制限)もこのグループに属する重要な制限規定であると理解することができます。
尤も、同条に関係する事象は日々様々な場面において発生しているものではあると思われるものの、実際に同条が争点となった裁判例は管見の限り、数件に限られており(注2)、また今回の判決の原審判決(注3)においては同条に関する判示がなされていないため、今回の判決は同条に関する貴重な裁判例となっています。
特に本判決においては、同条第1項の要件である「当該複製伝達行為により作成され、又は伝達されるもの・・・のうち当該著作物の占める割合、当該作成伝達物における当該著作物の再製の精度その他の要素に照らし当該作成伝達物において当該著作物が軽微な構成部分となる場合」の軽微性について具体的な割合に基づく判示がなされており、その点で意義を有するものと解されます。個別の割合の状況については写真によって異なりますが、3%~15%である状況についていずれも軽微性が肯定されています。勿論、同条における付随性は総合考慮の結果によって判断されますので(注4)、作成伝達物全体に占める付随対象事物に係る著作物の割合のみが絶対視される訳ではありませんが、今回の事案は一つの参考となるケースと解されましょう。
なお、判旨部分では紹介しておりませんが、今回の事案においては、原告(控訴人)の主張として、本件において適用を検討すべき第30条の2の規定は現行法のものではなく、令和2年改正前のものが適用されるとするものがあり、この点についても判示されている部分があります。
改正法の立案実務の立場からすると、実際の立案作業において非常に気を遣う点の一つに経過措置を過不足なく講じてこれを的確に法文化するという点があります。今回の判決においては、第30条の2の改正に関して、令和2年著作権法等一部改正法(注5)では経過措置が講じられていないこと(注6)や、第30条の2の改正趣旨・目的(適用要件緩和)の点を考慮し、現行の第30条の2が適用されるとする判示がなされています。その際、著作権という権利の性質につき、「天賦の人権ではなく国が文化の発展のために政策的に認めている権利であるから、その内容や保護範囲は絶対的なものではなく、他の保護すべき価値や利益との関係で相対的に決まる性質のものである」旨にも言及しているのですが、これは著作権法立案担当者の解説と符合する捉え方であり(注7)、実際の判決において判示されていることは珍しいので、この点もご紹介しておきます。
その他、今回の判決においては、個別の写真につき著作権法第32条第1項(引用利用)の該当性についても争われており、かなりのボリュームをもって各要件の判断基準や具体の認定などの詳細な判示がなされているのですが、その点についてはオミットしますので、ご関心のある読者におかれては実際の判決文においてご確認いただければと存じます(注8)(注9)(注10)。今回は以上といたします。
(注1)加戸守行『著作権法逐条講義七訂新版』262頁以下
(注2)第30条の2の適用の有無が争点として実質的に判断された裁判例としては、東京地判R2・10・14(令和2年(ワ)第6862号)〔聖教新聞発信者情報開示請求事件〕、東京地判R4・10・31(令和4年(ワ)第967号)〔料理店パンフレット事件〕がある。
(注3)東京地判R6・9・26(令和5年(ワ)第70388号)
(注4)前掲注1・加戸271頁
(注5)著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律(令和2年法律第48号)
(注6)ただし、厳密には、改正法施行前の行為に対する罰則の適用については、第30条の2の規定を含めて改正前の法律によることとする経過措置が講じられている。前掲注5の法律附則第11条を参照。
(注7)前掲注1・加戸14頁。なお、関連する議論として、上野達弘講演録「「人権」としての著作権?」『月刊コピライトNo.722 Vol.61』2頁以下も参照。
(注8)なお、今回の事案で問題となった各写真については、裁判所ウェブサイトに搭載された本判決の別紙において閲覧可能。
(注9)引用利用をめぐる近時の裁判例の状況等については、平澤卓人「美術鑑定書判決以降の引用の裁判例に関する総合的研究」田村善之編『知財とパブリック・ドメイン 第2巻:著作権法篇』289―322頁を参照。また、最近のものとして、澤田将史・講演録「近時の裁判例から見る引用に関する実務上の留意点2025」『月販コピライトNo.773 Vol.65』2頁以下を参照。
(注10)なお、本解説(その31)で言及した発信者情報開示請求に関し、前掲注9・澤田10-11頁では、件数が近年減少傾向にあることの理由等につき、「2022年10月から当時のプロバイダ責任制限法・・・、現在の情報流通プラットフォーム対処法・・・に基づき発信者情報開示命令申立て事件という事件類型が増えたことによるのではないかと推測しています。この事件は訴訟である発信者情報開示請求事件と違って、非訟です。
裁判所の命令又は却下決定に対する異議申立てがされれば、訴訟に移行し、その判断は公開されますが・・・異議申立てがなければ非訟ですので公開されません。・・・現在の制度でいうと、当事者は、訴訟の発信者情報開示請求・非訟の発信者情報開示命令申立てのいずれも選択できるので、発信者情報開示請求訴訟が全くなくなるわけではありませんし、異議申立てがあれば、訴訟に移行するという建付けになっていますので、これから発信者情報開示関係で公開される裁判例が全くなくなるわけではありませんが、恐らく減っていくだろうと予想しています。」と述べられており、
またさらにそれに続けて「引用を離れて、ここ数年の著作権に関する裁判例で言っても、肌感覚としては、発信者情報開示請求事件が多かったです。その多くが非訟になるとすると、著作権法に関して公表される裁判例自体が激減する可能性があります。裁判例が出てこなければ、引用の要件に関する議論もなかなか進まない」といった懸念も示されている。
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