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JRRCマガジン No.164 2019/4/11
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寒暖の差が激しい日々が続いていますが、皆さまお変わりござ
いませんか。ところで、共同の著作物について考えることはあ
っても、結合著作物について考える機会は、一般的に少ないの
ではないでしょうか。今回の半田正夫弁護士の著作権の泉は、
『「大菩薩峠」と結合著作物』です。
◆◇◆半田正夫弁護士の著作権の泉━━━━━━━━━━━
第68回 「大菩薩峠」と結合著作物
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結合著作物とはなにかご存知だろうか。
AとBが創作に関与していて、外形的には1個の作品を共同で作成
したようにみえながら、Aの作成した部分とBの作成した部分とを
切り離してもそれぞれ単独で1個の作品として利用できる場合の
ことであり、具体的には、流行歌のように作詞の部分と作曲の
部分とから成っている著作物などがこれに当たる。1個の作品
のように見えながらも著作権法的には複数の著作物からなって
いるのであるから、著作権も別々にはたらくことになる。した
がって、たとえば、作詞家Aと作曲家Bとが協力して流行歌を作
った場合に、この全体を利用しようとする者はもちろんAとB の
許諾を受けなければならないが、作詞の部分のみを使用しようと
する場合にはA の許諾を受ければよいし、作曲の部分のみを利用
しようとする場合にはB の許諾を受けるだけで足りることになろ
う。また保護期間についてもばらばらに扱わなければならず、A
が死亡して70年を経過していればBの死後70年を経過していなく
とも、作詞の部分だけは自由に利用できることになる。
結合著作物と似たものに共同著作物がある。これは複数の者が
協力して1個の作品を作るという点では結合著作物と似ているが、
創作に関与した者の分担部分を切り離して利用することができな
いものをいい(著作2条1項12号)、たとえば、AとBとが共同して
壁画の製作を請け負い、まずAが描いたあとにBが書き足す場合と
か、ソフトハウスにおいてプロジェクトチームが共同して一つの
コンピュータソフトを製作する場合などがこれに当たる。共同著
作物についてはいずれ別稿を考えており、ここでは結合著作物に
ついて、実際に争いになった事例をひとつ紹介することにしよう。
大正2(1913)年のことである。作家の中里介山は都新聞に「大菩
薩峠」と題する小説の連載を開始した。この小説は虚無の剣客で
ある机龍之介を主人公とする時代小説で、延々30年ほども連載し
てついに未完に終わったという、戦前における最大の長編小説で
あり、介山の代表作となっている作品である。介山は連載を開始
するにあたり、新聞社と相談した結果、挿絵を石井鶴三に依頼す
ることに決めた。鶴三は彫刻家、版画家として著名であったが、
挿絵画家としても名を馳せていたようである。介山は登場人物の
キャラクターをどう表現するかについて鶴三と数度の打ち合わせ
を行っており、時にはユーゴーの小説に出てくる人物像を示した
り、また時には仏像の写真を示したりなどして作家としてのイメ
ージを鶴三に伝え、鶴三はこれに基づいて何度も書き直し、やっ
と合意を得て連載が開始されたと伝えられている。この連載小説
は介山にとって代表作となったのはいうまでもないが、鶴三にと
っても代表作の一つとなった。
後年、鶴三は自分の作品を集めて作品集を出版することとなり、
その際、「大菩薩峠」のなかから代表的な作品を抜粋し、それを
掲載順に配列して、「石井鶴三挿絵集第1巻」として出版した。
このことを知った介山は、「大菩薩峠」の著作権は小説の部分だ
けでなく挿絵の部分についても自分にあるのに、自分の許諾なく
して挿絵集を作成して出版したことは自分の作品の無断複製に当
たると烈火のごとく怒り、著作権侵害を理由に、鶴三を相手に訴
えを起した。これに対し、鶴三は挿絵の著作権は自分に帰属して
いると主張して争い、それぞれの支持者を含む外野席まで巻き込
んで激しく争われたといわれている。
ところで、本件の連載小説「大菩薩峠」のような挿絵入りの新聞
小説の場合はどう考えたらよいだろうか。結論から言うと、通常、
小説と挿絵とは切り離してそれぞれ別個に利用できる性質のもの
であるから、結合著作物の範疇に含まれると考えてよいと思われ
る。前述のように、たしかに主要人物のキャラクターを設定する
にあたっては介山の意向がかなり参考にされているとはいえ、挿
絵それ自体は介山の小説を読んだ鶴三が自分のイメージにしたが
って描いているのであるから、鶴三が著作者であり、その著作権
も鶴三が取得しているのであって、それを介山が譲り受けている
のでない限り、介山が著作権をもつことはないといわなければな
らない。まして挿絵集が小説の複製という主張は論外というべき
であろう。
この事件は結局、介山の訴えの取下げという形で落着しており、
裁判所の判断が示されないままに終わっている。争訟中、二人
を取り巻く外野席では野次半分の多くの意見が現れたようである
が、その大部分は鶴三を支持するもので占められており、そのひ
とつひとつに介山は噛みついて大方を閉口させたと伝えられている。
いまから15~6年前の夏の暑い日、私は信州の上田に遊んだ。
その際、街中に「石井鶴三美術館」の看板が掲げられている建物
を発見し、懐かしさのあまり、ふと訪れる気になった。陳列品の
なかに介山の挿絵を発見し、これが問題の挿絵集かと感慨ひとし
おのものがあった。
人気のない館内は蒸し暑さのなか、扇風機だけが気だるげに音を
立てて回っていた。
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