JRRCマガジンNo.393 イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)30 クラウン・コピーライト

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JRRCマガジン  No.393 2024/11/7
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◆今回の内容
【1】今村先生のイギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)
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皆さま、こんにちは。

日ごとの寒暖差が激しい今日この頃、皆様、体調には十分お気をつけてお過ごしください。
さて、今回は今村哲也先生のイギリスの著作権制度についてです。

今村先生の記事は下記からご覧いただけます。
https://jrrc.or.jp/category/imamura/

◆◇◆イギリス著作権法の特徴を捉える(初級編)━━━
 Chapter30. クラウン・コピーライト
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明治大学 情報コミュニケーション学部 教授 今村哲也

1.はじめに

イギリスでは、政府や議会が作成する公的な著作物を保護するため、こうした著作物の著作権に関する特別な制度が設けられています。これには「国王の著作権(Crown Copyright)」と「議会の著作権(Parliamentary Copyright)」という2つの制度があります。

2.国王の著作権の歴史と概要

1911年著作権法以前は、国王の著作権は一般の著作権と同様の扱いでしたが、同法第18条により、政府の指示や管理下で作成・出版された著作物に対する特別な権利として確立されました。この制度は1956年著作権法での改正を経て、1988年著作権・意匠・特許法(1988年著作権法、以下、単に著作権法とする)によって現在のかたちに整備されました。

国王の著作権は、国王の職員や公務員がその任務の過程で作成した著作物を対象としています(著作権法163条)。

国王の著作権は、国王が最初の著作権者となる(163条1項(b))という点が、通常の著作物と大きく異なります。

また、議会制定法、スコットランド議会法、ウェールズ国民議会法、北アイルランド議会法、そして英国国教会総会の条令など、幅広い公的文書が保護の対象となっています(164条)。

議会の制定法は、日本の著作権法では、仮にそれが「著作物」として成立していたとしても、「権利の目的とならない著作物」に分類され、著作権は発生しません(日本著作権法13条)。この点については、日本とイギリスの著作権法とではずいぶん異なるといえるでしょう。

3.議会の著作権制度

議会の著作権制度は、1988年の著作権法により新たに導入されたものです。1956年の著作権法の下では、「最初の発行」というルールに基づいて、国王が議会法案および下院と貴族院の議事の公式報告書について国王著作権を有するものとされていました。

ところが、1988年の著作権法の下では、国王は「最初の発行」を根拠に国王の著作権を取得することはなくなったため、議会に提出された法案、議会での討論記録であるハンサード(Hansard)のような報告書の著作権について具体的な規定を設ける必要が生じました(Laddie Prescott and Victoria (Laddie et al.), The Modern Law of Copyright, vol.1, 5th ed., LexisNexis Butterworths, 2018,, para. 35.27)。

そこで、1988年著作権法第165条は、著作物が庶民院(または貴族院)の指示または管理の下で作成された場合、その著作物は著作権保護の対象とした上で、庶民院(または貴族院)が最初の著作権者となるとしています。加えて、両院により著作物が作成されるか、あるいは両院の監督または管理の下で作成された著作物については、両院が最初の所有者となるとも規定しています。

この制度により、議会に提出された法案、議会での討論記録であるハンサード、議会での音声・映像記録、そして議会職員が職務上作成した著作物など、議会活動に関連する幅広い著作物が保護されることになりました。

興味深いのは、「法案」に関する著作権の扱いです。一般に適用される公法案(Public Bill)の著作権は、最初に法案が提出される院に帰属し、法案が第2の院に送付された後は両院の共有に属します(166条2項)。この場合、法案の本文が議会に提出された時点で議会の著作権が発生します(同項)。そして、法案が国王の裁可を受けて法律として成立すると、その著作権は「国王の著作権」へと移行します(166条5項(a))。

つまり、イギリスでは、新しい法律ができる過程で著作権が移り変わるということになります。この法律案の段階と法律の段階での著作権の移行は、イギリスにおける議会と国王との関係をよく表しているように思われます。

ちなみに、日本の著作権法では、法律そのものではない政府作成の法律案あるいは法律草案も、13条(権利の目的とならない著作物)の「憲法その他の法令」に含まれると解されています(加戸守行『著作権法逐条講義 7訂新版』(CRIC、2021年)145頁)。つまり、著作権が生じないのです。

4.管理・運用体制と近年の発展

法律などの公にすべき情報について著作権が発生することは、情報の流通にとって妨げになるのではないか、と思う方も当然いると思います。この点について、イギリスではどのように対応しているのでしょうか。

国王の著作権の管理は、HMSO(His Majesty’s Stationery Office)が担当しています。HMSOは1996年に大きな再編を経験し、印刷・出版機能は民営化されました。民営化以前は、ほとんどの政府出版物はHMSOにより出版がされていました。そして、この組織再編は、国王の著作権の管理のあり方を見直すきっかけとなりました。

現在では、国王の著作権の対象となる著作物となる情報については、「オープン・ガバメント・ライセンス(Open Government Licence)」という新たな制度により、ライセンスの条件に基づいて、複製、公開、頒布および送信すること、翻案すること、対象となる情報を他の情報と組み合わせたり、独自の製品やアプリケーションに組み込むなどして、対象となる情報を商業的および非商業的に利用することが許されています。

同様に、議会の著作物も「オープン・パーラメンタリー・ライセンス(Open Parliamentary Licence)」を通じて広く利用可能となっています。

これらのライセンス制度は、公的情報へのアクセスを促進し、政府や議会の透明性を高めることに貢献するものとなりました。

5.判決文の著作権をめぐる議論

イギリスは判例法の国ですが、そこでの裁判所の判決文の著作権の扱いはどうなっているでしょうか。

実は、1988年著作権法以前は、判決文自体には「国王の著作権」は及ばないとされていました。これは、裁判官が政府の指示や管理下にない独立した立場で判決を下すという原則に基づいています。

ただし、最初の発行のルールに基づいて、たとえば判例集などを政府が最初に出版物として発行する場合には、その出版物に関しての著作権が認められていました。

1988年著作権法が施行された後の、1989年8月1日以降の判決文については、判決文が、「国王の職員若しくは公務員によりその任務の過程において、作成される場合」に該当するのかどうかが問題となります。

この点については、司法の独立とも関わる大問題ですが、判決文への国王の著作権の成立については否定的な見解が有力のようです(詳しくは、Laddie et al., 35.47-50を参照)。その理由は概ね以下のようなものです。

まず、1988年著作権法以前から、判決文には国王の著作権は及ばないとされてきました。その理由は、判事は政府の指示や管理下で判決を書いているわけではないからです。1701年の王位継承法以来、判事は政府からの独立性が保障されており、政府に遠慮することなく判決を下せるようになっていると言います。

また、判事は政府の「公務員」や「職員」とは異なる特別な立場にあり、法律でも別個に規定されています。イギリスでは、裁判官について言及する必要がある法令では、裁判官を示すのに「職員(officer)」という用語を使用するのを避ける傾向にあるそうです。もし議会が判決文に国王の著作権を認めるつもりだったのであれば、より明確な規定を置いたはずですが、そのような規定は存在しないことも理由に挙げられています。

そうすると、誰が判決文の著作権を取得するのかという問題が生じますが、実務的には、事前に書面が準備される判決の場合は判事に著作権が帰属し、事前の準備なしでなされる判決の場合は判決自体とその記録の両方に判事の著作権が認められる可能性があるようです。もちろん、著作物としての要件を満たしていることは条件となります。

そうなると判事が著作権を持つということになるわけですが、それを行使するということは想定しにくいでしょう。

この点については、イギリスの代表的な著作権法の教科書によると、確立された慣習によって、法律記者が自由に出席し、書き写し、出版することができる公開の法廷で判決を下す場合には、裁判官は、判決を公衆に捧げることで、その著作権を放棄したか、判決文を発行することについての取り消し不能なライセンスがあることを否定できないようになる、といった説明がなされています(Laddie et al., para.35.50)。

ちなみに、上記文献によれば、「現代において著作権を主張した裁判官はいない」、ということです(Laddie et al., para.35.50)。

なお、日本では、著作権法13条により、「裁判所の判決、決定、命令及び審判並びに行政庁の裁決及び決定で裁判に準ずる手続により行われるもの」は、著作権の目的とならないとされています。こうした著作物の性質上、国民に広く開放して利用されるべきなのであるから、仮に判決が著作物であったとしても、著作権の保護対象外としているというのが理由です。

6.おわりに
今回は、国王の著作権と議会の著作権という制度についてみました。これらは日本にはない制度で、興味深いものといえます。比較して見えてくることも、いろいろとありそうです。

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